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100 防衛作戦


 その後、マグダレナ主導で打ち合わせ──と言うか口裏合わせが行われた後、国王によって国の重鎮たちが招集され、夜中にようやく非常事態が宣言された。



 そして翌朝早く、私たちは街の外へ続く門の前に集合した。


 本来なら既に通用門が開いている時刻だが、今朝は固く閉ざされて、両脇に門番が立っている。

 国から非常事態の通達があったのは昨日の夜遅く。まだ国民全員には情報が回っていないようで、どうして外に出ちゃいけないんだ、と門番に食って掛かる住民も居た。


 まあ、私ら冒険者と街のケットシーたちとその他関係者が物々しい雰囲気で集合してるのを見て、静かに離れてったけどね。


「──全員集まりましたね」


 全員の顔を見回し、マグダレナが微笑む。


 門が閉ざされているので、ここからでは外がどうなっているのかは確認出来ない。ただまあ…昨夜城の上層階から確認したし、気配でおおよその予想はつく。


「現在、この国全土で魔物が大量発生しています。原因は地下を流れる高濃度の魔素。魔物の種類、及び個体数に規則性はありません。あらゆる魔物が出現します」


 マグダレナの淡々とした説明は、どちらかというと私たちではなく周囲で聞き耳を立てている住民たちに向けたものだ。その証拠に、


「──この国の勇者が魔素の流れを()()に戻すまでこの街を防衛し、正常に戻した後、残った魔物を殲滅すること。これが私たちの役割です」


 嘘は言っていない。この状況を作り出したのが『勇者()』だと口にしていないだけ。


 昨夜、一応、曲がりなりにも、国にも体面というものがあるのだと国王やら文官やらに泣きつかれて、こういう口裏合わせをすることになった。

 …別にあの連中がどうなろうと知ったことじゃないけど。何も知らずにここに住んでる人たちに、余計な不安は与えたくないしね。


 各々頷く冒険者一同を笑顔で見回し、マグダレナは隣に立つギルド長を見上げた。


「──では、これより先は小王国支部長のカルヴィンの指示に従ってください。私は初撃に参加した後、街全体を覆う結界魔法に専念します。──みなさん、くれぐれも無理はしないように。特に灰色のスライムには決して触れないで、火魔法の使い手に任せてくださいね」

『はっ!』


 …無茶するな、のくだりで思いっ切り私を見てたな。分かってるよ、無茶はしない。多分。


 マグダレナが一歩下がると、ギルド長が入れ替わりに前に出た。


「冒険者は街の外に大発生している魔物の討伐を行う! 街の中の防衛は──カーマイン、オフィーリア、頼むぞ」


 ギルド長が視線を向けた先には、赤紫の目に紅色の髪の美女──『カーマインの素材屋』の店主のカーマインと、萌黄色の目にピンク色の髪の豪奢な美女。カーマインがユライトウルフの毛皮を卸している高級服飾店の店長で、オフィーリアというそうだ。


 昨夜遅く、城から帰ってギルドで現場レベルの打ち合わせをした時に初めて会ったが、『貴女が『幻獣の毛皮』を復活させた救世主ね!』とすごい笑顔で両手を握られた。

 その彼女の店はこの街でも屈指の大店で、職人や店員に元冒険者や魔法の心得がある者も多いそうだ。『毛皮のた──コホン、街を守るためなら助力は惜しみませんわ!』と勢い込んで言い放った彼女とその部下たちは、本日、カーマインと共に街の中の防衛をすることになっている。


 魔素の影響を抑える石畳が敷かれているとはいえ、この状況では街の中でも魔物が発生する可能性が高い。それに対応するための戦力だ。


「ええ、お任せくださいませ」

「あなたたちも気を付けなさいよ」


 背後に武装した従業員たちを従え、それぞれ武器を携えた美女がきっちりと頷く。オフィーリアは細剣、カーマインは──何か金属の棘みたいなのがついた…鞭?

 …似合い過ぎて怖い。


 ちょっとビビっていると、ギルド長が冒険者の方へ向き直った。


「魔法使いは防護壁の上へ! 風と炎の複合技で行くぞ! ケットシーたちは魔法使いに魔力増強を、近接戦闘組に体力増強を頼む!」

『はい!』

《任せとけ!》


 ケットシーが次々補助魔法を掛け、魔法使いたちが門の脇の階段から街を囲う壁の上に上がって行く。壁の上は、本来兵士たちが街の中と外を見張るための通路だ。2階建ての一般家屋の屋根の上くらいの高さがあるから、広範囲に魔法を放つのにはうってつけ。


 マグダレナとギルド長が考案した作戦は比較的単純だった。


 最初に火魔法と風魔法を同時に放ち、出来るだけ魔物の数を減らす。その後は通用門から近接戦闘組が打って出て、生き残った魔物を倒して行く。

 魔法使いたちは初撃の後、基本的には地上に降りて順次近接戦闘組の補助に入る形だ。特にあの『アビススライム』は迂闊に物理攻撃出来ないので、魔法使いが活躍することになる。


 マグダレナとグレナとシャノンとキャロルと、もう2人のロセフラーヴァ支部の冒険者が魔法使い組、その他の面子は近接戦闘組だ。


 そして私は、近接戦闘組の中でもちょっと違った役割を任されている。


《準備はエエか? ユウ》


 私の隣に精霊馬のスピリタスが降りて来た。遠巻きに見守る住民たちが驚きに目を見張っている。


 それもそのはず。今この馬、空中を蹴って駆けて来たのだ。


「いつでも」


 ウォーハンマーを手に応じると、ギルド長が近付いて来る。

 若干呆れたように精霊馬を見上げ、


「…本当に飛んで来るとは…」

《ふふーん、精霊馬の本領発揮やで》


 全く悪びれる様子のない精霊馬に溜息をつき、私に向き直る。


「ユウ、お前は打ち合わせ通り、硬そうなやつらを優先的に片付けてくれ」

「分かった」

「スピリタス、ユウを振り落とすなよ」

《任しとき》


 精霊馬に乗って空中を駆け、先にゴーレム系の大型魔物を粉砕すること。それが今回の私の役割だ。


 馬なんか乗ったことないし生身で空を飛んだこともない、と私は反対したのだが、『ワイの魔法で身体を固定するから絶対落ちん』と言い出しっぺのスピリタスが強硬に主張した。


 なお本音は『変な理由付けられてあの阿呆勇者ご一行に組み込まれたくない』、だそうだ。

 デフォルトのスピリタスのサイズじゃ禁足地の森に行ったところで邪魔になるだけだけど、小さくなればついて行けるもんね。アレクシスがそれに思い至る前にこっちの仕事に組み込まれてしまえって考えは理解出来る。


(…つまり私は半分巻き込まれたようなもんだけど)


 余計な考えを振り払い、強めに跳躍してスピリタスに飛び乗る。それを見ていた冒険者たちの中から、ヒュウ、と口笛が聞こえた。


「華麗だな、ユウ」

(あぶみ)に足が届かない人間の苦肉の策だよ」


 どうせ背が低いんでね、ふん…。


 私が少々斜に構えながら応じると、ジャスパーは苦笑する。


 いつもは見上げるばかりだった屈強な冒険者たちが、私の目線より下に居る。何だか変な感じだ。


「ヘソ曲げるなよ、今日の主力が」

「主力じゃなくて、露払い役」

「…ま、そういうことにしとくか」


 いや、事実だけども。


 どう考えても平行線になりそうなので、口には出さないでおく。


《ユウ!》


 冒険者たちに補助魔法を掛け終わったルーンが駆け寄って来た。


《持たせたな! 俺も連れてけ!》


 言うなり軽やかに跳躍し、私の前に飛び乗る。そのままこちらに背を向けて、キュッと鞍の縁に爪を立てた。


「えっ、ルーン、地上部隊の補助は!?」

《スズシロが指揮を取ってくれる。ユウだけ単独行動なんだから、補助できるやつが傍に居た方が良いだろ?》

《ワイも居るで》

《スピリタスは『足』だからノーカン》


 精霊馬を足扱い。

 …一瞬ケンタウロスを想像しちゃったじゃないか。私は一体化するつもりはないぞ。


《足だけやない! 噛み付けるし蹴りも攻撃魔法も撃てるで! 固着魔法以外、補助はからっきしやけどな!》

《はいはい》


 自分で申告するあたり、正直な生き物だ。


 周囲の人々はまだ精霊馬を見てざわついている。

 騎士団長の馬のはずなのに、空中を駆けて来て冒険者を乗せたのだから、傍から見たら意味が分からないだろう。しかも乗せたのはギルド長や他のガタイの良い冒険者ではなく、小柄で強そうでもない私だ。


 …私が乗ってるのは、スピリタスの指名だからなんだけどね。『ムサい男よりねーちゃんの方がエエ!』と主張して来た時は正気を疑ったけど、ウォーハンマーは馬上で扱う武器でもあるし、ユライトゴーレムを粉砕できる『剛力』持ちなら他のゴーレムも狩れるだろうって存外真面目な理由もあった。最初からそっちを言え。


《…よし。そしたら落ちないように魔法掛けるで。収まりが良い位置に座っとるか?》

「ちょっと待って…──うん、大丈夫」

《俺も》

《よっしゃ!》


 スピリタスが短く鳴くと、ちょっとだけ足がスピリタスに押し付けられる感じがした。意外と窮屈ではないが、確かに足はスピリタスから離れない。


「おお、面白い」

《へえ、こうなるのか》


 見た目では分からないが、ルーンも身体が固定されたようだ。スピリタスがふふんと得意気に鼻を鳴らした。


《ワイの十八番や。マサオも慣れてない頃はよくこうして乗ってたんやで》


 『果樹の勇者マサオ』はスピリタスに乗って各地を巡り、小王国で育てられる果樹を探し回ったという。きっと最初は苦労したんだろうな。


 過去の勇者に思いを馳せていると、スピリタスが何もない空間に足を踏み出した。意外なことに、浮遊感はあまりない。『飛ぶ』と言うよりは、空中を『歩く』感覚だ。


《うんうん、大丈夫そうやな》

《何もない場所を踏んでる以外はわりと普通だね》

《普通言うな。走ったら度肝抜かれるで!》


 歩くのと走るのでは違うらしい。


 ちょっと怖いような、楽しみなような。






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