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97 世界で一番萌えない壁ドン


 そこからはマグダレナの独壇場だった。


 その場で国王と重鎮たちとアレクシスと護衛の兵士たちを正座させ、噛んで含めるように今の状況を言い聞かせ、『勇者()』が持っている『鍵』を禁足地の装置に戻さなければならないということを叩き込む。


 石畳での正座があまりにも痛かったのだろう、国王たちは途中から涙ぐんでいた。それでも文句一つ言わなかったのは、多分マグダレナが怖かったからだ。正直傍で聞いてるだけの私もちょっと怖かった。


 この御方、見た目美少女なのに何でこんな芯から凍り付きそうな笑顔作れるんだろうな。

 これが年の功……いや何でもない。




 そして今、私たちは城の上層階、『勇者()』と『せいじょ』の部屋の前に居る。


 ギルド長とマグダレナと私と精霊馬は一旦廊下で待機。先に国王と側近の文官──アレクシスの親戚で、文官長のケネスというらしい──と護衛の兵士が部屋に入って、事情を説明しているのだが…


「──はあ? 返せ……っか!?」

「いや──」

「ふざけ…!」

「…すから、…」

「…んでよ! ──!」


 漏れ聞こえる声は、どう見ても説得が順調に進んでいるとは思えない響き。久しぶりにあの馬鹿2人の声を聞いたけど…何か馬鹿さ加減にさらに磨きが掛かってる気がする。

 仮にも国王に堂々と暴言吐いてない? …ギリ敬語で説教垂れた私が言える台詞じゃないけどさ。


「…全然上手く行ってる気がしないんだが…」

「うん」

「同感です」


 居並ぶ3人、疲労感の滲む顔で言葉を交わす。


 もう夕飯の時間も近い。明日以降忙しくなるのは分かり切っているし、この後街の防衛に関して話し合いもしなければならないから、阿呆にかかずらっている暇はないのだ。


 なので。


「ギルド長、強硬手段取って良い?」

「良いぞ。扉も壁も多少壊して構わない。修理費なら後でオヤジ殿の財布から支払わせる」


 ギルド長の目が若干イッてる。


「暴言を吐いても私の権力で何とかするので問題ありませんよ、ユウ」


 マグダレナの目も据わってる。考えてみたらこの御方、昨日から動いてくれてるわけで…よし、早く終わらせよう。


「じゃあ遠慮なく!」


 私は足を振り上げ、扉を蹴りつけた。



 ──バキャン!



 両開きの扉が、鍵はおろか蝶番まで壊れて向こう側に吹っ飛んで行く。手加減はしたつもりだったんだけど、多分私もいい加減疲れてるな…。


「きゃあ!」

「な、何だ!?」


 中から悲鳴が上がった。

 入って左手、豪奢なソファにふんぞり返っていたらしい空人(そらと)美海(みう)──『スカイ』と『マリン』が、驚きの表情でこちらを見ている。

 手前側のソファに座っていた国王とケネスは腰を浮かせているのに、奥側の阿呆2人は立ち上がろうともしていない。まあその見た目じゃ、咄嗟に立ち上がるのも無理なんだろうけど。


 吹っ飛んだ扉はどこにもぶつかることなく、広い部屋の床に転がっている。護衛の兵士を巻き込まなくて良かったと思ってちらりと確認したら、扉の両脇に控えていたらしい兵士2人は顔面蒼白で固まっていた。スマン。


 転がる扉の向こう、バルコニーに出られる大きな窓があった。既に日は落ちて、外は闇に包まれ始めている。丘の上に立つ城からは、街を囲う壁の外──広がる湿地帯がよく見えた。



「──久しぶり、ブタ野郎ども」



 気を取り直して部屋に踏み込み、ドスの利いた笑顔で告げると、『勇者()』は胡乱な表情でこちらを見詰め──ゆっくりと目を見張った。



「お前──優か!?」


「えっ!?」



 目と髪の色が違うし、服装も違うし、多分雰囲気も違う。私が近付くと、阿呆2人は丸々と太った顔に恐怖を滲ませた。


「…な、何だよ、何でお前がここに居るんだ! だ、大体、勇者と聖女に向かって不敬だぞ!」

「この非常時に、不敬もクソもあるか」


 吐き捨てて国王たちの横を通り過ぎたところで、阿呆2人はようやく立ち上がった。鈍重な動きでソファを避け、こちらを見たまま後退る。ヒグマに遭った時じゃあるまいし。


「そこの浮気野郎。お前が『勇者の剣』とか言い張ってるのは、この国の根本を支える特別な術の鍵なんだよ。今すぐ元に戻さないと、この国は魔物に滅ぼされる。さっさと返して来い」

「は!? 何言ってる。これは、俺が禁足地から引き抜いて来た勇者の剣だ!」

「そ、そうよ! スカイの持ってるのは勇者の剣よ!」

「そう思ってんのはお前らだけだ。あの場所にあった石碑に書いてあっただろうが」


 言ってから気付く。いくらこの阿呆でも、石碑をちゃんと読んでいたら歴代勇者の苦労もあの装置の役割も理解出来たはずだ。それなのに『勇者の剣』と言い張るということは──


「…は? 石碑? 何のことだ」


 …読んでないなこいつ。


 阿呆は後退りながら眉を寄せて記憶をたどるように視線を彷徨わせ──あ、と呻いてふんぞり返った。



「──あの奥の方にあったやつか! ()()()()()()()()()()()()! どうせこっちの言葉で書いてあるんだ!」


(…そういやこいつ、家電の取扱説明書とかも一切読まないタイプだったな…)



 私は来た翌日にはこっちの言葉を読めるようになってたけど、どうやらこいつらは違ったらしい。

 そもそも日本語で書いてある説明書も読むのを嫌がるくらいだ、たとえ日本語でも石碑の文言なんて読もうとしないだろう。


 あと今、『奥の方にあったやつ』って言ったってことは、こいつ、制御装置のところまで正規ルートで行ったわけじゃなさそうだ。私たちと同じ道を通ったら、先に石碑のある場所に出るはずだしな。…つくづく悪運が強いと言うか…。


 …致命的だ。



 後退る『勇者()』と『せいじょ』が、とうとう壁に背中をつけた。それ以上は後退できない。私はさらに一歩近付き、至近距離で阿呆2人を睨み付ける。


「石碑も読んでないのに、何で『剣』だと思ったんだよ」

「禁足地なんて御大層な場所に、いかにも特別そうな白い石材に囲まれて地面に突き立ってるなんて、『勇者の剣』以外にあるわけないだろ!」

「そうよ! あんたこそ何を根拠に『剣』じゃないなんて言うのよ!」


『………』


 大上段からの『勇者()』と『せいじょ』の台詞に、場の全員が沈黙する。当然、納得したわけではなく──


 ギルド長は顔を引きつらせ、マグダレナはもう一段ひんやりとした笑顔になり、国王とケネスとアレクシスは愕然と目を見開いている。

 自信満々だったこいつらの言動が、まさか妄想を根拠に成り立っていたなんて思っていなかったんだろう。


 私は深い溜息をついた。

 折角こいつらと社会的交流を断って生活してたってのに、魔物ラッシュで間接的に苦労させられる羽目になって、挙句国の危機がこいつらの行動で引き起こされてきっちり巻き込まれるとか…


「大体お前、主婦のくせに何偉そうなこと言ってんだ! オレは勇者だぞ! 勇者が勇者の剣を手に入れたら最強だろうが!」

「何が最強だ、ド阿呆」


 思わず本音が口を突いて出た。『せいじょ』が眉を吊り上げる。


「スカイにそんな口を利くなんて、今すぐ私に心酔してる魔法師団に消し炭にしてもらっても良いのよ!?」



 うるせェ。


 どこまでも他力本願で妄想たくましい阿呆2人に、頭の中でプチッと音がする。




 ──ダァン!!


『!?!?』




 右手を『せいじょ』の左耳のすぐ横に。左手を『勇者()』の右耳のすぐ横に。


 2人まとめて『壁ドン』したら、ものすごい音がした。







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