96 とんだ濡れ衣
頭を粉砕されたゴーレムが、ぐらりと傾いで大きくバランスを崩す。
金属っぽかったけどそんなに硬くはなかった。これなら倒せる──ちょっとだけホッとしていると、背後から声が掛かる。
「──砕きます!」
「!」
私が飛び退ると、入れ違いに小さな炎球がゴーレムに着弾し、轟音と共に炎が噴き出した。
「なあっ!?」
「へ、陛下!」
結構離れていたのに国王が転倒し、文官がへたり込む。下っ腹が太い貴族は──あ、もっと遠くに離れてた。冷静だな。
炎が消えると、ゴーレムは瓦礫と化していた。すごいよ、足の膝下くらいしか残ってない。
「マグダレナ様、こっちの兵士の回復も頼みます! まだ息がある!」
「分かりました。少々時間が掛かります。持ちこたえてください」
「応!」
ギルド長に頼まれ、マグダレナが倒れ伏している兵士の横に膝をついた。私とギルド長は、それよりさらに前に出る。
入口が大きく崩れた部屋の奥には、例の黒い塊が3つ、宙に浮いていた。その手前は既に魔物で溢れている。
「ヒッ…!」
廊下に這い出て来た魔物を見て、国王が真っ青になった。
「ユウ、岩っぽいのは任せる!」
「任された!」
ギルド長がさらに踏み込んで、巨大なネズミを両断する。私もそれに続き、一抱えくらいのサイズの岩に手足みたいなのが生えた魔物を粉砕する。
ギルド長の剣と魔法、私のウォーハンマーと殴る蹴る、そして途中から参戦したマグダレナの魔法で、地下室の魔物をひたすら狩って行くと、20分ほどでようやく追加の魔物が出現しなくなり、黒い塊も幻のように消えた。
「…ふう」
『……』
国王たちは青い顔で固まっている。流石にこんな所に魔物が出るとは思っていなかったんだろう。正直、私も予想外だ。
(…まあでも考えてみたら、召喚なんて御大層な魔法、人間の力だけで使えるわけないんだから、場所が特殊なのは当たり前だよね…)
改めて、黒い塊のあった室内を見渡す。石畳に石壁の無機質な雰囲気はあの日のままだ。さっき、最後この部屋まで踏み込んで戦ってたから、魔物の血しぶきとか破片とか肉片とかでえらいことになってるけど。
「な、なななな」
国王が再起動した。
「なぜ、城の中に魔物が出るのだ!?」
「だから『どこにどんな魔物が出てもおかしくない』っつっただろ」
ギルド長が半眼で告げると、国王は駄々をこねるように強く首を横に振る。
「そんな馬鹿な話があるか! ここは国の中心、最も清浄な場所だぞ!」
いや、血みどろスプラッターな部屋を指して『清浄な場所』とか言われても。
私が乾いた笑みを浮かべていると、国王は私を見てハッと何かに気付いた表情になった。
「…そ、そうか!」
ビシッと私を指差し、
「そなた、我々に復讐しに来たのだな!?」
『は?』
「私の目は誤魔化せんぞ! そなた、勇者殿と聖女殿と共に召喚された『主婦』だろう! 城から追放されたことに恨みをつのらせ、このような暴挙に出たのだな!?」
いや、私は追放されたんじゃなくて、自分で城から出て行ったんだけど。
「はあ!? 何言ってやがる! こいつがそんなまどろっこしい事するわけないだろ!」
国王の見当違いな暴言に、ギルド長が反論する。反論するのは良いが、
「こいつだったら魔物呼び出すなんて訳分からんことしないで、直接ウォーハンマーで城をブチ壊しに来るわ!!」
ギルド長、それフォローになってない。
案の定、国王は増々ヒートアップする。
「やはり危険人物ではないか! ──おい、この者たちを拘束しろ! 国家反逆罪だ!!」
…ああ、もう。
「──うるせェ、潰すぞ」
『…!?』
とてもドスの利いた声が出た。
国王や文官はおろか、騎士たちまでビクッと動きを止める。
「…ゆ、ユウ?」
ギルド長がとてもぎこちない動きで振り返り、冷や汗を流す。
私は据わった眼のまま国王に近付いた。
「ぐだぐだぐだぐだ現実逃避しやがって」
「ヒッ…」
私が近付くと、国王が後退る。明らかに腰が引けているのは──ああ、私また血みどろになってるか。まあ仕方ないよね。
確かに怒っているはずなのに、頭の中は妙に冷静だった。アレか、1周回ってってやつか。
深く息を吐き、辛うじて口調を整える。
「国を守るのが国王の仕事でしょ? 都合の悪い事実から目を背けてどうすんですか。あんたらが召喚した『勇者()』が、今のこの状況を作ったんですよ」
「そ、そんなはずは」
「そう言うならきちんと裏付けは取ってるんですよね? あのド派手な剣みたいなもの、あいつは一体どこから持って来たんです? そこら辺に落ちてるようなもんじゃないでしょうが」
「うぐ…」
「今、現実に、目の前で魔物が発生して、兵士が死ぬところだったんですよ。私たちが居合わせなかったら確実に城の中が殺戮現場になってましたけど自覚あります?」
あのゴーレムが壁を壊すのは時間の問題だった。私たちが居なかったら、ここから魔物が溢れ出て城の中は地獄絵図になっていただろう。
トカゲもどき1体で兵士が2人やられたのだ。戦い慣れしていない者ばかりの城でどれほどの被害になっていたか、想像も出来ない。
「わ、我々には騎士団が」
「その騎士団のトップ、今、魔物を前にして動けなくなってましたけど」
戦闘中、アレクシスは国王たちの隣で目を見開いて硬直していた。多分部下に当たるはずの兵士が倒れているのに、動けなかった。
それなりに常識人だと思ってたけど言動がアレだし、実際には体格が良いだけのお坊ちゃんなんだろう。期待するだけ無駄だ。
「ゆ、勇者殿と聖女殿が…」
「元々温室育ちの上にあんたらにちやほやされて食っちゃ寝してブクブクに太って危機感も無い上に余計なことしかしないあの馬鹿2人が、頼りになると思います?」
「…」
国王が青い顔で沈黙する。奴らが『太った』って認識はあったんだろうな、多分。
あーあ。
背後からひんやりとした気配が近付いて来た。それはそれは綺麗な笑顔を浮かべたマグダレナが、わざとらしく頬に手を当てる。
「──全く、嘆かわしいものですね。王家の名が泣きますよ」
まああの男の子孫ならこんなものかも知れませんが、と、私たちにしか聞こえない声量でぼそりと呟く。闇が深い。
「折角私が用意した魔素消費装置と召喚魔法陣の仕組みも、トラジが必死に開発した制御装置のことも、全て失伝しているだなんて…。今まで一体何をしてきたのですか」
「は…?」
国王が呆然とマグダレナを見詰め──その顔が、みるみるうちに引きつって行く。
「ま、まさか…!?」
「あら、ようやく気付きましたか」
マグダレナはにっこりと笑った。
「初めまして──ではありませんが、一応名乗っておきましょうか、セオドリックの子孫。私は『銀の秘蹟』マグダレナ。冒険者ギルドサブマスター、ユライト王国外部顧問魔法使い──肩書きは色々ありますが」
シャラン、錫杖が揺れる。
「この国では、『勇者コテツの仲間の魔法使い』と言った方が通りが良いでしょうか?」
『…!!』
国王たちの顔から、完全に血の気が引いた。




