95 話の通じない王族
「…ホントにザル警備だね」
《せやろ? あれじゃ警備なんてあってないようなもんやで》
ぼそりと呟いたら、スピリタスが皮肉っぽく笑った。
《門の警備は2人だけ、勝手に入った人間が居るのに追っても来ないし詰所の兵士も出て来ない。情報伝達も緊急時の対応方法も身についてない証拠やで》
「…」
慌ててついて来たアレクシスはそっと頭を抱えている。
多分あの門番、『騎士団長が同行してるから良いか』ってアレクシスに対応丸投げしたんだろうな。丸投げされた当人は気付いてないだろうけど。
すれ違う使用人っぽい人とか文官らしい人とかが驚いた顔をするが、誰も止めないし話し掛けても来ない。アレクシスが居るのと、私たちがやたら堂々と歩いているからだろう。
本当ならスピリタスは騎士団の馬房に戻るべきなんだけど、『面白そうやから一緒に行くわ』とご機嫌に同行を決めていた。…もしかしてそれも話し掛けられない原因なんだろうか。
ギルド長は迷うことなく奥へ進み、ちょっと豪華な両開きの扉の前に着いた。扉の両脇には門番より装飾の多い装備を身に着けた兵士が控えていて、私たちを見てガシャンと槍を交差させた。
「これより先は許可なく立ち入り禁止です。お引き取りを」
「ここまで入って来てる時点でお引き取りもなにもないと思うけど」
「ええ、全くですね」
私の呟きにマグダレナが同意し、自然な動作で錫杖を掲げた。
バチッと不穏な音がして、
「面倒なので眠っていてください」
『!?』
錫杖の先端が槍の穂先に触れた途端、兵士がビクンと痙攣してその場に崩れ落ちた。わお。
「やりますね、マグダレナ様」
「緊急時ですからね。真似してはいけませんよ?」
片眉を上げて応じるマグダレナに、苦笑して頷いておく。
ギルド長は顔を引きつらせていたが、頭を振って表情を切り替えた。考えるのをやめたようだ。精霊馬はニヤニヤ笑っているし、アレクシスは若干青くなっているが止める様子はない。
「──邪魔するぜ、オヤジ殿!」
ギルド長が勢いよく扉を開けると、そこは広い会議室のような空間だった。
扉の外の異変には気付いていたらしい。奥の席に着く偉そうな数人の周囲を兵士が固めている。
守られている者の中には見覚えのある顔もあった。一番奥のご老人は国王、その横に立っているのは日本語を苦労して訳していた文官。私が『主婦』と判定されて国王がキレた時にとりなしていた、下っ腹の太い貴族っぽい男性の姿もある。
「な…カルヴィン!? そなた、帰ったのではなかったのか!?」
国王がギョッと目を見開いた。ギルド長は戦闘態勢のウルフのような顔で応じる。
「あんたらが何っにも対策打ってないっつーんでわざわざまた来たんだよ。半日もあったってのに何やってんだ。住民への注意喚起は? 街の封鎖は? 門の警備の強化は? 何もやってねぇだろ! それともあれか、政治から降りた元王子の言うことなんざ、たとえ冒険者ギルドの支部長の言葉であろうと信じるには値しないってか」
ずかずかと近付き、長テーブルに両手をバン!と叩き付ける。その音に兵士たちがびくっと身体を硬くした。おい護衛役、この程度で怯えてどうする。
「…し、信じていないわけではない。ただ、少々大袈裟だと思っただけだ。この街は『建築の勇者トラジ』の特別な石材で作られている。農村の住民はそなたらが避難させると言うし、我々が何かする必要はないと──」
「対応をギルドに丸投げするのが国の役割だってのか!? 何かあってからじゃ遅ぇんだよ!!」
ギルド長の剣幕に、国の重鎮たちが怯む。口は悪いが、言っていることは至極真っ当だ。
「──何か、誤解しているようですね」
マグダレナが静かに進み出た。不審そうな顔をする国王たちににっこりと笑い掛け、
「『建築の勇者トラジ』の白い石材は、万能ではありません。崩れていればそこから魔素が噴き出すでしょう。──それに、この街の中には1ヶ所だけ、敢えて魔素の防護を行っていない場所があります」
「え?」
ぽかんと口を開ける国王たちの前で、マグダレナは優雅な動作で真下を指差した。
「この城の地下──召喚魔法陣。あれは使用者の魔力だけでなく、この地を流れる魔素も利用して稼働させます。勇者が魔物発生の制御装置の鍵を引き抜いてしまった今、あの部屋から魔物が大量発生してもおかしくはありません。…と言うか、発生するでしょうね、まず間違いなく」
困りましたねえ、何の対策も打っていないとは、とマグダレナが頬に手を当てた直後、ズン、と床が揺れた。
「な、何だ!?」
途端にお偉方や兵士たちがオロオロし始める。背中がぞくりとして、私の視線は自然と真下に向いた。
──何か、居る。
「チッ…!」
ギルド長も感じたらしい。鋭い目でこちらを見た。
「ユウ、マグダレナ様、行くぞ!」
「合点!」
「ええ」
私は即座に背中からウォーハンマーを外す。次にギルド長は、厳しい目で国王たちを見遣った。
「あんたらも来い! 自分たちが何もしなかったせいで何が起きているか、自分の目で確かめろ!」
「な…」
「アレクシス、地下室に案内しろ!」
「だ、だがあの部屋は本来立ち入り禁止で」
《ならワイが案内するわ。ついて来!》
騎士団長より精霊馬の方が反応が早かった。
駆け出すスピリタスに続いて、私とギルド長とマグダレナが部屋を飛び出す。
その後を、慌てた様子のアレクシスと国王たちが追って来た。
《この先の階段を降りるで!》
スピリタスは一切の迷いなく城内を駆けて行く。
よく考えると騎士団の騎馬が城の中の構造を知ってるっておかしいけど、コテツの時代からこの土地に居たみたいだし、年の功ってやつかな…。
「──ぎゃあああ!」
階段を駆け降りていると、行く手から悲鳴が響いた。ギルド長の顔が険しさを増し、一気にスピードが上がる。
「氷槍!」
空中に出現した氷の槍が、石造りの廊下で兵士の腕に喰らい付いていた巨大なトカゲのようなものを貫いた。
「マグダレナ様、回復を!」
「ええ!」
トカゲもどきの死体を蹴り飛ばし、ギルド長は兵士の横を通り過ぎて奥へ進む。
この場所は知っている。私が召喚された部屋から続く廊下だ。
近くにもう1人、血を流して倒れている兵士が居た。多分この2人は、見回りをしているところでタイミング悪く魔物の発生に出くわしてしまったのだろう。
突き当たりの扉は開いていた。大きくひしゃげているところを見ると、何かが内側から蹴破ったか、体当たりで開けたか。
──ガン!
奥からまた大きな音がして、扉のすぐ上の壁に大きなひびが入った。
背後から悲鳴が上がる。ようやく追い付いて来た国王たちが、階段を降りたところで立ち竦んでいた。
開いた扉の向こうに、巨大な足のようなものが見えた。多分、ゴーレムか何かだ。扉を蹴破ったのはこいつか。その足の向こう側にもいくつも赤い光が見える。魔物の目だ──相当多い。
今外に出ている魔物はさっきのトカゲだけだけど、あの推定ゴーレムが扉側の壁を破壊したら、向こう側に居る魔物が一気に溢れ出て来るだろう。
「──ユウ!」
倒れている兵士の前で剣を構え、空中にいくつもの氷の球を出現させたギルド長が叫んだ。
「俺が壁を崩したら、あのデカい魔物を叩け! ここで殲滅するぞ!」
「了解!」
ギルド長はこちらから壁を崩すことを選んだ。確かに、室内に飛び込んで乱戦になるよりはこの広い廊下で迎え撃った方が安全だ。
「──氷結連弾!」
ギルド長の魔法が扉の上の壁に次々着弾し、ガラガラと壁が崩れて行く。
崩れた壁から姿を現したのは、ユライトゴーレムとは違う、金属光沢のある単眼のゴーレムだった。ぎょろりとこちらを見た瞬間、
「──はあっ!」
私は跳躍し、ウォーハンマーを斜め上から叩き付けた。