94 さて、では参ろう。
衝撃を吸収する防御魔法越しだったのに、アレクシスの長身が吹っ飛ぶ。
床に転がり壁際で止まったアレクシスは、苦悶の表情でこちらを見上げて来た。
《うわー…やりよった》
《あいつは怒らせちゃダメだからな、スピリタス》
《心の底から実感したわ》
スピリタスとルーンがぼそぼそ呟いている。
ふー…と息を整えて、私はギルド長に向き直った。
「ギルド長。というか、カルヴィン殿下?」
呼び方を変えた途端、ギルド長が顔を顰める。
「殿下とか言うな」
「でも王族なんでしょ?」
初めて会った時に『曾祖母は元王女だ』とか言ってたけど、『殿下』ってことは曾祖母どころか父親が王族、しかも現国王でしょこの流れだと。
流石に騎士団長が間違えるとは考えにくい。私が確認すると、ギルド長はものすごく嫌そうに頷いた。
「血縁上はな。けどオレは側妃の子で第3子だし、王位継承権も放棄してある。政治に関わるつもりもない」
結果、冒険者ギルドの支部長の座におさまっているわけか。
だが今回ばかりは、丁度良いのでその地位を有効活用してもらおう。
「じゃあギルド長。ちょっと今からこのバ──アレクシスと精霊馬連れて、城に乗り込まない?」
「あん?」
「あら、それは良い考えですね」
マグダレナが笑顔で立ち上がった。
「私もこの国の建国に関わった者として、現在の為政者の方々とは少々お話し合いが必要だと思っているのですよ。一度出現した魔物は消えませんから、この街の防衛に関する話もしなければいけませんし」
全部理解した上でこちらに一任してくれるなら別に構わないが、分かっていないだけなら話は別だ。街の防衛のためには門を封鎖する必要があるから、少なくともそっち関係では国の協力は必須になる。
…協力と言うか、本来は国の仕事だけどね。こういうの。
「既にユライト王国の関所には、小王国への入国を停止するよう私の権限で通達を出しています。街の中に居る人間が街の外に出ようとしない限りは、門を開ける必要はないはずです」
「流石マグダレナ様、仕事が速い」
「素人が魔物に襲われるとめんど……危険ですからね」
今、チラッとアレクシスの方を見たな。マグダレナの中で、騎士団は戦力にカウントされてないんだろうな…。
「私も直接あの阿呆『勇者()』に説明してやらなきゃなーと思ってるんですよ。城の連中は、全く、欠片も、アテにならないみたいなんで」
「ええ、それが良いでしょう」
「……まあ、それが一番早いか…」
私とマグダレナがフフフ…と笑い合っている横で、ギルド長が溜息をつく。アレクシスが咳き込みながら立ち上がった。
「ま、待ってくれ。建国に関わった? どういうことだ?」
「説明している暇はない。後で聞け」
ギルド長にすげなく断られるが、アレクシスはなおも食い下がる。
「それに、その冒険者が勇者殿に直接説明する? いくらカルヴィン殿下の知り合いでも、いきなり殴り掛かって来るような危険人物を城に入れるわけには」
「…お前、気付いてないのか?」
「…?」
ギルド長が心底呆れた顔でアレクシスを見た。
「こいつは──ユウは、その勇者と聖女と一緒に召喚された異世界人だ。お前、召喚されたその日に城の外まで案内して宿を紹介して宿泊費までくれてやったんだろうが。何で気付かないんだよ」
「……は…?」
ぎぎぎぎぎ、とぎこちない動きでアレクシスがこちらを向いた。私は敢えて笑みを浮かべる。
「どうもお久しぶり、騎士団長殿。髪の色も目の色も服装も違うから分からなかったかなー? 『主婦』のユウです」
「…!?」
主婦、と強調して名乗ったら、アレクシスの肩がびくっと跳ねた。
「……しゅ、『主婦』殿?」
「はい」
「な、何故冒険者などに…?」
「縁があったから。あと冒険者の拠点で『冒険者など』とか言わない方が良いですよ騎士団長殿。ここに居る冒険者全員、少なくともおたくの騎士団員よりは魔物の討伐実績、上だから」
「…」
アレクシスが動揺して周囲を見渡す。デールとサイラス、ギルド長やグレナ、マグダレナは当然として、私もシャノンもイーノックも、魔物の討伐経験はある。
対人戦はともかく、対魔物において精霊馬の威を借りて自分たちの実力を勘違いしている騎士団員とは違うのだ。
「──では、さっさと行きましょうか」
すっかりアレクシスが大人しくなると、マグダレナが笑顔で促した。
──さあ、殴り込──ゲフン、オハナシアイに行きますか。
久々に間近で見上げる白亜の城は、初めて見た時と同じく、斜陽に赤く染まっていた。
スピリタスの手綱を引いて先導するアレクシスが、ちらちらとこちらを気にしている。そんなに怯えなくてもこのタイミングで殴り掛かったりしないよ。今後の態度次第では分からんけど。
同行するのは、ギルド長とマグダレナと私。他の面々はイーノックが作ってくれた夕飯を食べて早めに休むよう、ギルド長が指示を出していた。…私も食べたかったな、カツカレー…。
この鬱憤はヤツをぶん殴る拳に上乗せ…いや何でもない。殴るなんて言ってないよ?
「騎士団長! 精霊馬が見付かったのですね!」
城門に立っていた2人の兵士が顔を輝かせ──ついて来る私たちに目を留めて眉を寄せた。
「団長、こちらの方々は…?」
「その──」
アレクシスの目が泳ぐ。それを押し退けるように、ギルド長が前に出た。
「冒険者ギルド小王国支部長のカルヴィンだ。緊急事態につき、通らせてもらうぞ」
「は…!?」
ギルド長がそのまま進もうとすると、兵士たちは慌ててギルド長の前に飛び出し、行く手を遮るように槍を交差させる。
「お、お待ちください! 昼前にもいらしたではありませんか! 日に何度もホイホイ来られては困ります!」
さも迷惑であるかのように言う。ギルド長の額に青筋が浮かび、アレクシスが焦って兵士を止めようとしたが──
「──緊急事態だっつってんのに何の対策も打とうとしない手前ェらが悪いんだろうが! 日に何度もホイホイ来ざるを得なくて困ってんのはこっちだ!!」
『…!?』
真っ正面から怒気を浴びて、兵士たちが硬直する。槍を強引に奪って適当に放り投げると、ギルド長は先へ進んだ。
「お、お待ちを!」
「黙って通しといた方が良いよ」
私もギルド長に続きながら、ポン、と兵士の肩に手を置く。
「街の被害を拡大させた下手人その1、って汚名を着たくないならね」
「!?」
「ええ。そこで大人しくしていてください」
呆然とする兵士を尻目に、私たちはあっさり城へ入った。