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-本編- 幸せの妄想。


 気のせいだとばかり思ってた。

 理事長室に届く甘い香り。

 カリーナの香りだけど、彼女がここに来る筈がない。

 今頃はすでにこの地方を離れて別の地方の視察をしている筈だ。

 そう思っていたから、アレッタが彼女を連れて来た時には心底びっくりした。

 幻覚かと思って、頭を撫でてみたら紛れもなく本物。

 もうちょっとで抱き締めてしまうところだった。


 そのすぐ後から始まったカリーナとアレッタの雑談。

 先日の夜にカリーナはこの国の聖女アレッタの話をわたしから聞いて、自分との差異に精神が疲れて寝てしまったという現実がある。

 わたしはそれを間近で見てたから、不安視してたけどカリーナはアレッタの話を聞いているうちに今回も疲労困憊という顔色になっていった。

 聖女の称号の価値観がカリーナとアレッタだと違いすぎる。

 カリーナは誇りに思って大切にしているけど、アレッタはそうでもない。

 水と油迄は行かなくても、軟水と硬水くらいには違いがある。

 不純物の混ざりが少ない軟水がカリーナ。

 不純物が多く混ざった硬水がアレッタ。

 放置してるとカリーナがもたないと感じたわたしは適当な口実をその場で作ってアレッタを理事長室から追い出した。


「すみません。私、ご迷惑ばかりお掛けして」


 落ち込むカリーナ。

 謝るのはこっちだ。先日も諸々そうだった。

 だというのに、この子は自分のせいと思い込むきらいがある。

 純粋で優しくて箱入り娘なのだ。この子は。


 それを知っているからわたしは、わざと少し声のトーンを上げて言葉を紡いだ。


「謝るのはこっちだよ。ごめんね。あれでも学園医としては優秀なんだけどね」

「……………。そうですか」


 こちらの言葉に対してカリーナの返事。

 そこそこ長い()があった。

 これは我ながら自分を誉めてあげたい。

 目論見が大成功。カリーナは気を持ち直して、それ以上はアレッタのことを何も言わなくなった。

 

 過ぎる時。暇になったのか。カリーナがわたしの傍に寄ってくる。

 この折にはわたしの心の中にあったのは、焦り。

 書類整理の仕事。得意な方じゃない。身体を動かしてる方が好きだ。

 自分で言うのも何だけれど、生徒達からは共に遊んでくれる楽しい理事長として親しまれている。

 彼女達と遊ぶのは楽しい。部活動にも時々見学に行って参加させて貰ってる。


 わたしが仕事をする姿を見ているカリーナ。

 わたしはここに来て、彼女の能力の片鱗を見ることになった。

 単なる箱入り娘なんかじゃなかった。使者に選ばれた理由が良く分かった。

 わたしの仕事上のミスを彼女が次々と指摘して来たから。

 まだ学生なのに到底そうは思えない能力。

 それが成せるのには理由があり、彼女のお姉さんがわたしと同じように書類整理が苦手だかららしい。

 

 カリーナは以降、わたしの仕事を手伝ってくれた。

 2人でやれば早いモノだ。

 とは言え、午前中"きっかり"掛かるとは思っていなかった。

 1人だともっと時間が掛かっていただろう。

 もしもカリーナがここに来ずに予定通りに視察に出ていたとしたら、彼女のことをかなりの時間待たせてしまうところだった。

 助かった。カリーナには感謝しかない。


 安心感と大嫌いな書類整理が終わったことに喜ぶわたし。

 カリーナは万歳するわたしを見てわたしのことを可愛いと(のたま)った。

 可愛いのはわたしじゃない。カリーナだ。

 (つがい)の贔屓目もあるけど、それを無くしてもカリーナは可愛い。

 現に先日宿泊した宿屋の食堂で多くの人目を集めていたし、アレッタもこの部屋から追い出す前にカリーナを褒めていたしね。

 それなのに……。


「私なんて何処にでもいる平凡な女性ですよ」


 と来たものだ。

 何処が平凡な女性なものか。

 きっと、他人からはそうは言われないからそういう言葉が出たんだろうけれどもカリーナは高嶺の花扱いされてるだけだって気が付いて欲しい。

 そうじゃないと、世の中の女性の[美]のハードルを上げることになるから。


 わたしはカリーナに鏡を良く見ることを勧めて、その時に空腹を感じた。

 わたしの腹鳴を聴いて笑うカリーナの可愛いこと可愛いこと。

 ここにいたのがわたしだけで良かったと思ったよ。

 違ったら、カリーナに良からぬ想いを抱く者が多く出没したんじゃないかな。

 想うだけなら良い。犯罪に走る者もいたかもしれない。


 ……やっぱり想うのも良くない。わたしが嫉妬する。


 カリーナを見ていたら、彼女はわたしの為に弁当を作って来たと言ってきた。

 (つがい)からの手作りの弁当。これって求愛かな?

 じゃないよね。残念ながら。労りだよね。

 脳がカリーナの行動理由を理解していても、舞い上がってしまった。

 彼女が何か言っていたような気がしたけど、聞き逃しちゃった。

 何て言っていたんだろう?


 出される弁当。蓋を開けてみたら可愛らしくて美味しそうな代物だった。

 ちなみにカリーナ自身の物も同じもの。

 

「可愛い。食べるのが勿体なく感じるね」


 労りなのにカリーナの愛が詰まってる気がする。

 彼女がまた何か言ったけど、また聞き逃した。


「いただきます」


 食前の挨拶を済ませてカリーナが作ってくれた弁当に箸を伸ばす。

 玉子焼きから。染み出す出汁。"ほっ"とする。

 脳裏にカリーナとの結婚生活が浮かんできた。

 社会人として働いて帰宅したわたしを学生なのでわたしよりも先に帰宅していたカリーナが玄関で柔らかに微笑みつつ出迎えてくれる。

 食卓にはこの玉子焼きがあって、摘み食いしようとして彼女に怒られるわたし。

 幸せすぎる。わたしは世界一の幸せ者だ。


「……さん」


 (つがい)と一緒になれること。

 多幸感で胸がいっぱいになる。

 カリーナ、わたしは君を永久に愛するよ。誓うよ。


「アルマさん!!」

「わっ!!」


 妄想に浸りきっていたら、カリーナに現実に引き戻された。

 


 そうか。わたしはまだこの子と恋人ですらなく友達未満なんだっけ。

 拙い。泣きそう。このまま仲が進展しなかったらどうしよう。

 魅了の魔法とか使う? ……それは違うな。

 そんなので得られるものなんて虚しさだけだ。


「美味しくなかったですか?」


 え? カリーナが涙を滲ませてる。どうして?


「口に合わなかった……ですよね?」


 何言ってるんだろう? わたしは妄想の世界に飛ぶ程感動したのに。

 ……! それでか。勘違いさせちゃったんだ。


「ごめんね。逆。一口食べただけでカリーナとの同棲生活を想像しちゃって」

「ど、同棲生活……っ」


 顔が紅くなった。可愛い以上に可愛い。

 この言葉でもっとわたしに興味を持ってくれたら嬉しいんだけどなぁ。

 唐揚げは胸肉を使ってるんだ。腿肉より胸肉の方が好きなんだよね。

 油が少なくて食べ易いから。

 美味しい。カリーナの愛が身体に浸透してる気がする。

 唐揚げに何か念でも込めたのかな? そんな感じがする。


 金平ごぼう。ちょっ!!! 絶品。

 そこらの店で食べるより美味しい。

 これなら毎日でも食べられる。


 ウィンナーはたこ。定番だね。普通なのが良いね。普通なのが。

 ほうれん草のお浸し。茹で過ぎてなくて"シャキシャキ"が残ってる。

 仕事もできて家事もできる。容姿も声も可愛い。聖女。

 神様はこの子に二物も三物も与えすぎじゃないかな。

 苦手なことってあるのかな? この子。何でもできそう。


「ねぇ、カリーナ」

「はい」

「食べてる途中にごめんね」

「いえ。あ! アルマさん、完食してくださったんですね。嬉しいです」


 ヤバい。カリーナの顔。さっきわたしが妄想の中で想像した玄関で出迎えをしてくれる彼女そのものだよ。

 

「っ。我慢できない」

「はい? わっっっ!」

「ごめん、カリーナ。こんなことしてごめん。我慢できなかった」


 カリーナを。(つがい)を抱き締めてしまった。

 見た目通りの華奢な身体だ。少しでも力を込めたら折れるんじゃないかな。

 大切に大切に抱き締めないと壊れちゃう。


「カリーナ。もう1回聞くけど、わたしじゃダメかな?」


 返事がない。ダメってことなのかなぁ? だったら振り解けば良いのに、大人しく抱き締められてる。

 (つがい)に触れられた。逃げない。じゃあ温もりを享受させて貰おうかな。

 ……落ち着く。心臓は煩いけど、精神は喜んでいる。


「アルマさん」


 あらら。時間切れかな。もう少し触れさせて欲しかった。

 名残惜しすぎるけど。……と思ったけど、このまま話を聞いても良いよね。

 放して欲しいって言われたら放そう。悲しいけど。


「心臓が"ドキドキ"してます」

「うん。わたしは163cmでカリーナは153cmくらいかな? 身長差があるから心音聴こえるよね」

「じゃなくて。いえ、それもそうなんですけど、私の心臓も煩いです」

「えっ!? それって……」


 カリーナはわたしを意識してくれてるってこと?

 今なら2人きり。キスして、ソファで睦みを。


「私、おかしくなったんでしょうか?」


 ……ふぅ。わたしは何をしてるんだ。

 カリーナから身体を離して彼女に笑い掛ける。

 この子の一言がわたしを正気にさせてくれた。

 この子をわたしの色に染めるのは、この子がわたしに堕ちてからだ。

 押せば行けるような気もするけどね。

 抱き締めても大人しくしてたし、心臓が煩いって言ってたし。


「大丈夫だよ、カリーナ。弁当美味しかった。ありがとう」

「はい! 喜んで貰えて良かったです。そう言えば、つい先程私に対して何か聞こうとしていませんでしたか?」

「あぁ、うん。カリーナって苦手なことってあるのかなって」

「当然、ありますよ」

「例えば?」

「攻撃魔法が苦手です。支援と治癒なら得意なんですけど」

「なるほど」


 カリーナっぽいなぁ。

 邪族を狩ることにも抵抗を感じてそうな気がする。

 人を守る為に自分の心に必死に背いて、見て見ないフリをして狩ってるのかな。

 邪族狩りの経験が皆無ってことはないよね? あいつ等は何処にでも現れるし。


「カリーナ、邪族を狩った経験は?」

「ありますよ」

「心を痛めてたりする?」

「分かりません」

「そっか」

「理由を聞いたりしないんですね」

「カリーナが話をしたくなったら聞くよ」

「アルマさん、優しいですね」

「いや、学んだだけだよ」

「学んだ?」

「それより視察はどうするの? そろそろ出発しなくちゃ」

「あ! そうですね。本当に案内をお願いしても良いんですか?」

「任せておいて」

「ありがとうございます。お願いします」


 旅の始まりだ。

 張り切ってカリーナを案内しよう!

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