-本編- 我慢の夜。
◆
アルマです。
理性が早くも脆く崩れようとしています。
わたしの番は今はお風呂中。
この意味が分かる? 分かるよね?
壁を1枚隔てた向こう側に何も身に纏ってない番がいるということだよ!
浴場の扉は閉められてるけど、彼女からの甘い香りはそれでも漂って来ていて、わたしは生き地獄を味わってるよ。
さっきの食事中も番が可愛い姿を見せる度に香りが強烈になってたのに、あれはまだまだ序の口だったんだね。
番が何も身に纏ってない時こそ本領を発揮するんだ。
激烈な香り。欲望は『番と睦みしよう!』って煩い。はぁ……っ。辛い。
シャワーの音が止まった。
これからカリーナは湯舟に浸かるのかな。
浴場に入室する時に彼女が溶液持ってるの確認した。
持っていったからには使うよね。じゃあ、お風呂から出てきたらますます可愛くなってる訳か。
耐えられるかな。……耐えないとダメだ。
襲ったら番に嫌われる。近付くことを恐れられる。
そうなった日には私は生きていけない。
他のドラゴン仲間かあのカフェの店員に依頼して、わたしはわたしをこの世界が終わるその日迄封印する。
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「アルマさん。お風呂、長くてごめんなさい」
カリーナがお風呂に入ってから丁度1時間後。
彼女が宿備え付けの浴衣を身に纏って部屋側に戻って来た。
浴衣似合ってる! それに溶液の効果で肌と髪が入浴前よりも艶やかになってて、どう言えば良いんだろう? うんうん、聖女だ!!
心臓の動悸が激しい。ベッドの上に座ってるけど、1歩も動けない。
ここから動いたら番を逃がさないように捕獲してしまいそうで怖い。
「溶液、どうだった?」
わたしの身体の中で暴れ狂う欲望を強引に抑え込んで、わたしは無理矢理に笑顔を作ってカリーナに尋ねる。
少し頬を紅くするカリーナ。ねぇ、無邪気過ぎなのも罪だよ?
「トロみがとても気持ち良かったです。それに本当に無駄毛の処理とかしてくれるのびっくりしました。ただ、その……」
カリーナの頬の色が紅から深紅に変わる。
じゃなくて、顔全体が深紅だ。
言いたいことは分かる。
「無理して言わなくて良いよ。カリーナ」
「そこも無駄毛と見なすんだなぁって恥ずかしかったです」
「「あっ!!」」
間に合わなかったぁ!! カリーナが床に座り込んで顔を覆う。
「ごめんなさい」
何でカリーナが謝るの? 謝らないといけないのはわたしだよね?
身体を動かして彼女の傍へ。
頭を撫でると彼女は手を下げてわたしの顔を見てくる。
あぁ、可愛い。撫でられるの好きなのかな? されるがままだし。
「無神経なこと聞いてごめんね」
「私こそ言わなくても良いって言われたことを言ってしまってすみません」
この子、心が透明過ぎじゃないかな。
今回の件、受け取った問いを応えなくてもわたしはカリーナに謝罪とか求めたりなんてしなかったのに。
「それと夜ご飯、奢ってくださってありがとうございます。言い忘れてました」
「良いよ。元からそのつもりだったからね。美味しかった?」
「はい! 全部美味しかったです」
「それは良かった。じゃあ今度はわたしがお風呂に行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃい」
離れがたいなぁ。
できることならカリーナを愛で続けてたいけど、そういう訳にもいかないか。
良い女はお風呂に毎日入って身体を磨くものだ。……なんてね。
わたしは自分を奮い立たせてカリーナの元から浴場へ向かった。
◇
アルマさんに頭を撫でて貰った。
家族には撫でて貰ったことは何度もあるけど、他の人からは初めての経験。
アルマさんの撫で方優しくて、心が温かくなった。
凄く不思議。今日出会ったばかりの女性なのに、私は何かと甘えてる。
アルマさんは私のことを[番]だって言ってたけど、それが関係してるのかな?
アルマさんが傍にいてくれると安心する。
これから残りの5日と半日間。快適に過ごせそう。
でも、言い換えると5日と半日後にはアルマさんと離れ離れになるんだよね。
……嫌、だな。一緒に来てくれないかな。それか私がこっちに住む?
そこ迄考えて"ハッ"とした。
私は何を考えてるんだろう。信頼するにはまだ早すぎる。
私が旅立つ前にお姉ちゃんが言ってた。
「可愛い子には旅をさせろ。っていうから私の可愛い妹が1人旅をすることは許すことにするわ。でも、他人のことはしっかり見極めなさい。誰でもかれでも簡単に信じたらダメよ。人は醜い部分も持っているんだからね」
確かにそう。なんだけど、一緒の部屋に泊まって貰ってる時点で私はお姉ちゃんの言いつけを破ってるんじゃないかな。
ううん、その前にお昼にアルマさんに話を聞きに行ったところですでに。
お姉ちゃんが知ったら怒るかな。あれ程言ったのにって。
どうしよう。怒られたくないな。
少しぼんやり。目に映る自分の身体。
溶液のお風呂最高だった。気持ち良かった。
神々への反逆とかどうとか考えてた癖に私は現金だ。
そんなのもうどうでも良くなってる。今後も溶液を使いたいって思ってる。
「だけどこの国かその同盟国じゃないと機能しなくなるんだったよね」
お姉ちゃんの国か私の国が同盟国入りしてくれたら。
元首様にお会いした時に頼んでみれば良かった。
無理か。私はその時はまだ溶液のことを知らなかったし、それに私はただの使者でどちらの国の元首様からも許可取ってないもんね。
使者が勝手に決めたら大問題になっちゃうよ。
はぁ……っ。この国は誘惑が多すぎるなぁ。
そんなので聖女って呼べるの? って行動を取ってしまいそうになる。
ダメだなぁ。もっと"シャキ"っとしなくちゃ。
私は聖女なんだから。
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アルマさんがお風呂から出てきた。
中性的で端正な顔立ちの女性。
左右水平で横にやや長めの深緑の双眼が私を捉えて細められる。
この気持ちって何だろう? 嬉しい? 幸せ? どうしてそう感じるの?
「お帰りなさい、アルマさん」
アルマさんはお風呂に行っていただけ。
お仕事とかに行ってた訳じゃない。
この言葉は間違えてる。
「うん、ただいま。カリーナ」
それなのに彼女は訂正しなかった。
真っ直ぐにこちらに歩いて来て、私から少し離れた所に座る。
何故か、その行為に"むっ"とした。
こちらから近寄ってアルマさんのすぐ傍に居座る。
困った顔になるアルマさん。
「カリーナ?」
「はい、何ですか?」
「あ~、その。近過ぎない?」
「私、何か不快な感じがしてたりします?」
アルマさんを見つめてみる。
お風呂上がりだからかな? ほんのりと彼女の全身が紅いような気がする。
私もそう、なのかな? お風呂から上がって結構経つけど少し身体が火照ってる。
……………。
2人して無言になる。
1分、2分……。沈黙を破るのは私。
「約束覚えてますか?」
「この国のことをもっと教えて欲しいっていうのだよね?」
「はい!」
「カリーナは何が知りたい?」
「そう、ですねぇ。この国にも聖女っていますか?」
「うん、いるよ。うちの学園にもいる」
「そうなんですね! どんな女性なんですか?」
「聞かない方が良いと思うけどなぁ」
「そんな言い方をされるとますます気になりますよ」
「後悔しないでね」
……聞くんじゃなかった。
聖女って一体? ってなっちゃった。
私がおかしいのかな? 頭痛がする。
今日はもう寝た方が良いのかも。
そうしよう。
「アルマさん」
◆
聖女の話。
真面目なカリーナにはショックだったんだろうなぁ。
話を切り上げて「寝ましょう」って言ってきた。
この部屋のベッドはダブルサイズで1つだけ。
カリーナにはベッドで休んで貰うことにして、わたしはソファで寝よう。
季節的に掛け布団も別に必要ないし、何の問題もない。
そう決めたわたしがソファに向かおうとするとカリーナに止められた。
「アルマさん? 何処行くんですか?」
「カリーナはベッドでゆっくり休んで。わたしはソファで寝るから」
「何を言ってるんですか! ダブルベッドなんですから2人で寝れるじゃないですか。ソファで寝るなんて身体を痛めちゃいますよ」
「そんな大袈裟な。平気だよ」
「ダメです」
カリーナはわたしの腕を掴んだまま放してくれない。
離れて寝るのには理由があるんだよ!
番の隣で寝るなんて無理。
大切にしたいからこそ離れて寝ようって提案してるんだよ。
どう言えば分かってくれるかな。カリーナみたいなタイプは遠回しに言うんじゃなくて、分かり易く言った方がいいよね。分かって来たよ。カリーナのこと。
「えっとね、カリーナ」
「はい」
「ドラゴンは番に弱いんだよ。他のことには理性が働くんだけど、恋愛に関してはてんでダメで。つまり、カリーナと一緒に寝ると襲っちゃうんだよ」
「襲うって私を傷つけるってことですか?」
「別の意味でそういうことだね」
「別の意味ってどういうことですか?」
うっ……。その問いは予想してなかった。
カリーナに説明するの? どんな顔して?
この子学生じゃなかったっけ? だったらそういう知識も習ってる筈。
察して! カリーナ。
「だから、その……さ。分かるでしょ?」
「えっと、ドラゴンに戻っちゃうとか。それで私に噛り付くってことですか?」
「それ。君は死んじゃうよね」
「甘噛みじゃなかったら死にますね。だから離れて寝るんです?」
そうじゃないけど、もうそういうことでいいかな。
カリーナも怖くて隣で寝るのは無理って思うでしょ。
「まぁ、そんな感じ。番を傷つけたくないからわたしはソファで寝るね」
「あの、ドラゴンって大きいですよね? 宿は大丈夫なんでしょうか?」
「……カリーナ。ごめん。さっきのは嘘だ」
「じゃあドラゴンに戻るってことはないんですね。びっくりしました」
「カリーナ」
こんな話をするの恥ずかしい。
仕方ない。カリーナが察せられなかったのが悪い。
「1度しか言わないから良く聞いてね」
わたしはカリーナの耳元で小さな声で話をする。
彼女はわたしの話を聞き終えたら、"わたわた"と両手を振り出した。
「重ね重ね、すみません。恥ずかしい思いをさせてしまって」
「良いよ。分かってくれた?」
「私がソファで寝ます。アルマさんはベッドを使ってください」
「いやいや、それはダメだって」
「こう見えて身体は丈夫な方だから大丈夫ですよ」
「ドラゴンの方が丈夫だから! だからわたしがソファで寝る。これは譲れないよ」
「なんだか申し訳ないです」
「気持ちだけ貰っておくから、ね? カリーナ」
「分かりました。ありがとうございます」
ふぅ。なんとか納得してくれたか。
それじゃわたしはソファにっと。
ベッドから離れ、歩いて少し離れた場所にあるソファに腰を落とすと、心配そうにこちらを見ているカリーナの目とわたしの目が交わった。
「おやすみ、カリーナ」
「……おやすみなさい。アルマさん」
挨拶をするとベットに潜り込むカリーナ。
わたしはソファに寝転んで天井を眺める。
寝れるかな? すぐそこに番。
香りがわたしを誘ってる。
わたしは自分の左手の甲を抓って目を閉じた。
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深夜。
寝れない! 番の香りが充満した部屋で寝るのは無理だ。
カリーナはちゃんと寝れてるかな?
起きたらこの国の視察。睡眠が取れてないと辛いものになるのは必至。
物音を立てないようにソファから起き上がってカリーナの様子を見に行く。
うん、ちゃんと寝れてるみたいだ。
何の夢を見てるんだろう? 寝顔可愛いなぁ。
そうだ! カリーナはわたしのってマーキングしとこうかな。
魔力を持つ者にはこのマーキングは有効だ。
カリーナにわたしの魔力を感じるから。
「あ! けど、カリーナも魔力持ちだから分かっちゃうか。それは恥ずかしいな」
止めよう。わたしは踵を返そうとして、ふとある考えが浮かんでそれをすることにした。
「これくらいなら許されるよね」
カリーナの額への通常のキス。
わたしはその行為を終え、彼女の頭を何度か撫でてからソファへと戻った。