-本編- スライムの溶液。
◇
ひょんなことからこの国の視察に付いて来てくれることになったアルマさん。
私はまず、この国の成り立ちと常識を教えて貰った。
この国は元々は男尊女卑が激しい国だった。
国名も違い、国家元首は塵芥としか言いようのない人だった。
それにキレたのが、今は魔法連盟の総帥を務めているエスタさん。
国を滅ぼしてそれ迄の政策を全部清算。
その後はエスタさんが国民に元首となって欲しいと懇願されていたけれど、彼女はそれを断って自らの知人たる今の元首様。黒のドラゴンこと女王アンリーク様に国のことを託した。
元首様。アルマさんと出会った時と同じ感覚がしてた。
やっぱり彼女もドラゴンだったんだって私は1人で頷いた。
それからはこの国は波乱万丈な歴史を歩んで来た。
元首様が代わってからは男尊女卑は一転。女性優位な国へと変化。
次に地球と呼ばれる世界からの人材交換転移召喚が行われ100名の女性がこの国に転移して来た。
でも本当は102名。転移者の中にエスタさんと彼女の伴侶が含まれていない為に起きている誤解。
その理由は他でもないエスタさん自身が元の国を滅ぼした恕作さに紛れて歴史を歪曲させたから。
それは今でも一部の者以外には暴かれてはいないとのこと。
あのベージュ色の髪のエルフの女性もその妻である黄金の色の髪の獣人の女性も転移者であることをアルマさんから聞いて私は驚愕してしまった。
他の女性達は元の姿での転移だったって言ってたのに、2人だけは別なこと。
ついでにその転移が行われたのは900年も前の話。
であれば、寿命を迎えて現世にいなくて冥界に行っている筈だ。
エルフであっても寿命は500年余りなのだから。
昼間に私が見た2人は若々しくて可愛らしかった。
「アルマさん、私のこと騙してたりします?」
アルマさんの話を疑ってしまった私は悪くない。
誰だって私と同じ反応になると思う。
「あ~、それは……」
深緑の色をしたショートカットな髪。
その髪を掻くアルマさん。
「あの2人だけが別の姿での転移になった理由は不明なんだけど、若さはこの国とその同盟国には他国には無い特別な物があってね」
アルマさんから聞かされるスライムの溶液の話。
老婆になる迄老いている者を2度、強制的に心と身体を10代に若返らせる効果。
各種族の女性達のこれ又、心と身体の年齢の取り方を100年に1度にする効果。
月のモノを身体に一切の負担なく3時間で終わらせる効果。
女性達に魔法を使えるようにする効果。
女性達の美貌を保つ効果。
そんな冗談みたいな効果を女性達に付与する代物がこの国とその同盟国には存在しているらしい。
女性達の美貌を保つ効果。溶液をお風呂に入れると肌や髪を艶のあるものにしてくれて、シミや雀斑も無くなり、無駄毛の処理も施してくれるという。
飲み物に入れて飲むことも可能。その際は身体の中の老廃物を破棄してくれて、老いた細胞を若返らせるか、別の新しい細胞を作り出して女性達の健康を保させてくれる。体型の維持もしてくれる。
但し、この溶液の効果を発揮させるのはスライムに嫌われていないことが条件。
嫌われてしまっている場合は使用しても何の効果もない。
オマケに男性には効果がない。寧ろ使用すれば猛毒となる。
1滴だけでも致死量。これを治癒する薬も魔法もこの世界には存在していない。
数時間身体中の至る所から赤を巻き散らして、苦しみに苦しんでから死に至る。
"ぞっ"としてしまった。
男性の死のこともそうだけど、この国とその同盟国は聖女の私から見れば神々に反逆している!
……でも、天罰が下っていないことを見ると一概にそうとは言えないのかな。
神々が意図してそういう風にしているような気もする。
何の為かはさっぱり分からないけれど。
「それから……」
続くアルマさんの話。
この国とその同盟国には5柱のドラゴンが滞在していること。
自分を含めた4柱はこの国に滞在しているけど、1柱のドラゴンは同盟国の元首をしていること。
魔王と呼ばれる女性がいること。
他国にはいないツヴェルク族という人族がいること。
世界屈指の魔道具士さんが同盟国に住んでいること。
この国とその同盟国の過剰な迄の軍事戦力はその魔道具士さんとツヴェルク族の悪ふざけの末の賜物であること。
例えば私が見た黒々とした船。
あれはこの世界で最も硬い鉱石・黒色硬玉鋼にて造られている軍艦らしい。
1秒に1発。全部で1,000発。爆発魔法が打てる大砲が積まれている。
それと私をこの地まで運んでくれた王族専用の船。
見た目はガレオン船だけど、それはカモフラージュ。
中身は軍艦と同じ黒の船でこちらは小国程度なら1発で潰せる砲が積まれているとのこと。
この国怖い! そう言えば魔法連盟の本部はこの国にあった筈だ。
じゃあエスタさんと彼女の伴侶もこの国にいる。
昼間に行ったカフェに【リリエル】、【ガザニア】、【アベリア】。
最強の魔女であり、精鋭のハンターもこの国にいる。
私の身体から熱が引いていく。
何も悪いことはしてないけれど、死神の鎌を喉元に突きつけられている気分だ。
「この国とだけは戦いたくないですね」
私は世界中がそう思っていることだろうと思ったけど、過去には無謀にもこの国に戦争を仕掛けてきた国があるらしい。
結果は火を見るよりも明らか。
この国に散々な目に遭わされることになったとかどうとか。
具体的なことは聞くのは止めた。夜、眠れなくなりそうだったから。
「どうしてこの国はお姉ちゃんの国との貿易を締結してくれたんでしょうか。妹の私が言うのもなんですけど、お姉ちゃんは国を実効支配してて、他国からは元首としても、国としても認められていないのに」
「カリーナのお姉さんの国ってイングリト王国だったっけ?」
「はい」
「資源の宝庫って言われてる国だよね。言い方は悪いけど、この国の目当ては資源かな。特に魔鉱石」
「それはこの国の元首様もおっしゃってまし……、ひゃっ!!?」
アルマさんの言葉に反応した私の足元に何か冷たいモノを感じた。
何事かと思って見たら、そこにいたのはスライム。
この国のスライムは可愛い。立ち上がった猫みたいな姿。
それは上半身だけで下半身はスライムらしくコップから零れた水みたいだけど。
全身純白。そんなスライム達が数匹私を囲んでいる。
「えっと?」
「懐かれたみたいだね。スライム達にもカリーナの可愛さが分かるみたい」
「かわっ!」
私は人から容姿について褒められることに慣れてない。
顔が熱くなる。冷めたり、熱くなったり、今日の私は忙しい。
アルマさんにこんな顔は見られたくない。
誤魔化す為に私は屈んでスライム達の頭を順番に撫でる。
心地良いのかな? スライム達が恍惚としてるように見える。
全員を撫で終わったら、スライム達は瓶に入った何かを私に手渡してきた。
「これってもしかして」
「溶液だね。頭を撫でてくれたお礼かな」
「貰っても良いの?」
スライム達に聞くと、全員が一斉に"うんうん"と頷いた。
有難く受け取る私。スライム達の身体から伸ばされる触手。
私に手を振って、スライム達は移動していった。
思いがけず貰ってしまった溶液。
これ、どうしよう。使ったらアルマさんが言ってた効果が私に付与されることになる、よね。
試してみたい気持ちはあるけど、聖女としてどうなのかな? とも思ったり。
まぁ良いか。夜迄に考えよう。
この時の私は気が付いていなかった。
考えるも何も、昼間のカフェにてすでに溶液がふんだんに使用された食材を口にしていることを。
◆
ロマーナ地方の宿屋。
わたしとカリーナはこの宿屋の食堂にいる。
夜ご飯を一緒に食べる約束。この宿屋で実行されることになった。
「本当にここで良かったの? もっと良い所でも良かったんだよ?」
わたしは学園の理事長。
給料はそれなりの額を貰ってる。
それにわたしは、お金をあんまり使わない。
週に1~2回はちょっとした贅沢をすることもあるけど、それ以外の日は自炊などして多くの人々と同じ感じの生活を営んでいる。
独り身だし、これがわたしにとって分相応だと思うから。
そんなだから、お金の心配はしなくて良いんだけどなぁ。
カリーナを贅沢させてあげることできるのに。
もしかして甲斐性無しとか思われてるのかな?
なら訂正しないと。
「あ、あのね。カリーナ」
「お昼に贅沢をしたので、夜はこの国の多くの皆さんが頂く食事をと思いまして。これも視察のうちです」
訂正する前に少し茶目っ気を前に出してそんなことを言うカリーナ。
わたしの番が可愛すぎる件。
この子の為なら何でもしてあげたくなる。
番って凄い。わたしはドラゴンの中では陽気な部類に入るけれど、カリーナの前では自分が知らなかった感情が溢れてくる。
カリーナのことが愛おしすぎて狂おしい。
「カリーナ、君のことが愛しすぎる」
「えっ!? い、いと……っ」
おっといけない! 感情が声に出てしまったみたいだ。
恥ずかしそうにするカリーナ。こういうの慣れてないのかな?
カリーナは可愛い。だから沢山の人から言われてると思ってたけど。
「その顔、可愛いよ」
「~~~っ。恥ずかしい、です」
「言われ慣れてないのかな? カリーナは本当に可愛いから、色んな人に言われてるんじゃないの?」
「お母さんとお姉ちゃんは良く言ってくれますけど、他の人達からは言われたことありません。アルマさんが初めてです」
耳まで紅色だ。
わたしが初めて。多分、高嶺の花扱いされてるんだろうなぁ。
聖女だし、性格もかなり良いし。
「えっと、カリーナは何が好き?」
あんまり言い過ぎると虐めっぽくなるので話題を変えることにした。
「お肉とお魚でしょうか。今はお魚の口です」
「ふむふむ。じゃあ魚料理頼もうか」
「はい!」
嬉しそう。分かり易い子だな、この子。
カリーナは肉と魚が好き。心の中にメモメモ。
「すみません」
宿屋 兼 食堂で働いている店員さんを呼ぶ。
すぐに駆け付けて来てくれて、わたしは彼女に何品か魚料理を注文した。
料理が届く迄、少しの間雑談。
「カリーナってお姉さんとは別の国に住んでるんだよね?」
「はい。カルデンっていう国です」
「ごめん。聞いたことない。何が有名なの?」
「小国ですからね。有名なもの……。乳製品くらいでしょうか」
「のどかな国なんだね」
「そうですね。娯楽の無い国とも言えますけど」
「エルフの肌には合うんじゃない?」
「う~ん、もう少し刺激が欲しいです」
これは意外。カリーナは都会派なのかな?
エルフにしては珍しい。
「カリーナって都会派なの?」
「どうでしょう? 分かりませんけど、私の国って本当に何も無いんですよ。生活が不便すぎるんです」
「生活が不便ってどんな感じ?」
「魔道具が殆ど流通してません。なのでなんでも自分達でしないとダメなんです。ウィンターの時期の洗い物なんて凍えてしまいます」
「もしかして服とか川で洗ってたりする?」
「そうですよ」
うわぁ。それはキツい。
カリーナの気持ち分かるなぁ。
……ん? それにしてはこの子の手は綺麗すぎるような。
聖女だからそういうことはしないのかな?
デリケートな問題だし、突っ込まない方が良いよね。
「そう言えば私の手ってもっと荒れてた筈なんですけど、この国に来てから随分綺麗になったような気がします。治癒魔法でも完全には荒れが治らなくて諦めていたんですけど……」
自分の手を見て不思議そうな顔をしてるカリーナ。
今になって気が付いたんだ? 自分の身体の変化ってもう少しは早く気が付くものなんじゃないかなぁ。
何にしても、聖女だからって何もしてない訳じゃないことは分かった。
それで、手の変化は恐らく。
「カリーナって昼間にカフェで食事したよね?」
「はい。色々と絶品な所でした」
「あそこの食材って溶液が使われてるの知ってた?」
「え! 知らなかったです。飲み物に入ってたんですか?」
「それもだけど、溶液って農薬の代わりとか家畜の餌にも使われるから」
「万能過ぎませんか!」
「前は違ったんだけどねぇ」
「そうなんですか?」
「うん。溶液って急激に変化したんだよね。それ迄は女性の寿命を少し伸ばすことと美を維持するくらいの効能しかなかったんだけど」
「それだけでも充分に凄いと思いますけど」
「うん。わたしもそう思う」
カリーナとそんな話をしていると、わたし達のテーブルに料理が運ばれてきた。