-本編- 同棲と婚姻届け。
◇
ルーディア王国での新生活。
私は新居が用意されているとこの国の偉い人から聞いていたんだけど、そこってアルマさんの自宅だった。
前の自宅は売り払ってこっちに新しい家を買ったらしい。
物で言うと新古品になるんだけど、築年数3年でまだまだ家としては新しい。
純白の壁、薄茶色の屋根、屋根よりも濃い色の扉、大きな窓、バルコニー付き。
ご近所さん達を呼んでパーティーなどを余裕で楽しめる程の広い庭。
一目見ただけで惚れてしまった。
私、この家に住めるの? 大好きな女性と一緒に?
「アルマさん」
彼女はもう今は人の姿。
嬉しくて、嬉しくて、嬉しすぎて人目も憚らずに彼女に抱き着く。
ちょっとしたざわつきが聴こえた気がしたけれど、我を忘れた私には王都の喧騒の中の一部として処理された。
アルマさんが私の耳元で囁く。
「続きは家の中でね」
急なお姫様抱っこ。
広い庭を進んで家に向かって行くアルマさん。
「アルマさん、恥ずかしいです。降ろしてください」
騒ぎの時は喧噪でしかなかったのが、こうなると人々の視線が気になる。
「お似合いだわ」「素敵ね」なんて言って貰えてるのは嬉しいけど。
「相変わらず軽いなぁ。カリーナ、ちゃんとご飯食べてる?」
アルマさんの心配そうな声。
相変わらず、とは? 前にもされたことあったっけ? 覚えがない。
ま、まぁ……、実際私は自身の身長の女性の平均体重よりもやや軽い。
だからと言ってご飯を食べてない訳じゃない。
子供の頃からちゃんと食べて来た。
毎日2食か3食。なのに体重は増えなかった。
私の体質なんだと思う。或いは私を聖女にしてくださったレノーラ様の好み?
「食べてますよ。体質的なものです」
「溶液無しで今の体重だったんだよね?」
「はい。溶液って女性の体質と体型を維持。場合によってはスライムさん達が思う美形に変化させる効果がありましたよね? 私はそれを使用しても体重には変わりがありませんでした。では、老いる迄はずっとこのままなんだと思います」
「溶液があるこの国々以外に住んでいる女性達から羨望の的だろうねぇ。君は」
「アルマさんは……」
「うん?」
「アルマさんは私が細くても好きでいてくれますか?」
「ねぇ、潤んだ瞳で見つめられると破壊力が凄いんだけど。可愛くて辛い」
「好きです。アルマさん」
「わたしも大好きだよ。うん、襲いそうだからそれ以上可愛いこと言わないでね」
アルマさんにしがみ付く。もう離れたくない。
彼女の心臓の音が良く聴こえる。体温が高い。
私を意識してくれてることに笑みが浮かんでしまう。
扉の前に到着。ここで降ろされるのかな? そうしないと扉を開けれないし。
けど、扉は私に「残念でした」と言わんばかりに自動で開いた。
「ふぁ? 扉が自動で開きましたよ? アルマさん。どうなってるんですか?」
「ん? 顔と体内の魔力を認証するシステムが組み込まれてるからだね。カリーナも後で登録しようね」
前のアルマさんの自宅にはなかったシステム。
この国々の技術力って一体……。
扉を潜って自宅内。廊下の先にあるリビングで私は降ろされる。
アルマさんの手が私の首に回される。
首輪が外されたと思ったら、新しい首輪を即座に填められた。
今度のは素材とミスリル部は同じだけれど、首輪のミスリル部からぶら下がっている宝石の形と色が違う。
周りは金色金剛石でその中心部には薄緑と深緑が木々の年輪を現すように順々になっているマラカイト。雫の形をしてる。前のは深緑だけだった。
「もう逃がさないから」
これ、アルマさんと行ったお店で見たことある。
隷属の首輪が並べられてる棚の中にあった。
「マラカイトはね、再会、健康、繁栄といった良い意味を持つ言葉の他に怖い意味も持ってたりするんだよ。危険な愛情。カリーナはわたしのだよ」
危険な愛情。私が勇気を持った時に真の効果が発揮されそう。
アルマさんとの睦み。私、大丈夫なのかな。
足腰立たなくなるのかな。怖いけど、乗り越えられる、よね?
「カリーナ、会いたくて会いたくて毎日君のことを想ってた」
アルマさんが私の身体を抱き締める。
愛おしさで堪らずに私も彼女の腰に手を。
暫くの間そのまま。2人だけの世界。
いつしか少しだけ距離を開けて見つめあう私達。
言葉はいらない。目と目で私達は繋がりあっている。
リビングの窓から入り込む陽の光。
私達2人を照らして再会を祝福してくれてるかのよう。
アルマさんが私の顎に手をやって私の顔を上向かせる。
恋とか愛とかが陳腐に思える。それらを超越した彼女の表情。
私の顔に彼女の顔が近付いてくる。
目を瞑る。触れ合う唇と唇。
油断してたら、アルマさんのキスが濃密なキスに変わった。
キスなのにアルマさんに全身を撫でられているような錯覚を覚える。
"ぞくぞく"する。私が、溶ける。
私が耐えられなくなったらキスは終わった。
アルマさんに身体を預けて支えて貰ってないと脊椎動物でいられない。
キス後の私は芯が抜けて"ふにゃふにゃ"だ。
「あははっ。溶けたカリーナ、可愛い」
「笑いごとじゃないですよぉ! 濃密なキスするなんて聞いてません」
「言ってないからね」
「言っておいてくださいよ」
「キスする約束はしてたからね。 軽いのでも濃密なのでもキスはキスだよ」
「それはそうですけど」
「脚が"ガクガク"して小鹿みたいになってるよ?」
「誰のせいだと思ってるんですか!! 治るまでアルマさんに抱き着いてますからね」
「わぁぁぁ、ご褒美」
アルマさん、良い匂いがする。安らぐ。
……何だか私、変態っぽいね。
・
・
・
やっと脊椎動物に戻れた。
アルマさんから離れて自分の足でリビングに立つ。
そうだ! 成るがままにアルマさんの自宅に入室して来たけれど、これからここで暮らすに当たってルールがあるなら聞いておかないとね。
「アルマさん、これからここで暮らすに当たって何か守る事柄ってありますか?」
「ん~、家事は分担すること。1人の時は22時迄には帰宅すること。遅くなる時はわたしに連絡すること。ご飯はなるべく一緒に食べること。それから……」
今のところは何処の家でもありそうな感じのことだ。
最後の「それから」が気になるところ。何かな?
「毎日同衾すること」
「どっっっっ!!!」
それって1つのベッドで2人で寝るってことですよね?
私も緊張しますけど、アルマさんは大丈夫なんですか?
再会前はベッドとソファで分かれて寝てたのに。
私を襲っちゃうんじゃないですか? 私の心に勇気が生まれる前に。
「その顔を見てるとカリーナが考えていることが分かるよ。大丈夫。とある女性に頼んで睡眠薬作って貰ったから」
「睡眠薬ですか」
「そう。これを飲んでたら、カリーナを襲うことなく寝れるよ。ちなみにだけど、この睡眠薬はドラゴン用だから、カリーナは飲んだらダメだよ。数日間は寝たきりになるからね。わたしは6時間くらいで効果が切れるから良いけど」
言われなくても飲みません。
睡眠薬を使わなくても私は朝迄眠ることができ……。
気持ち次第でできないこともあるなぁ。
アルマさんと同衾して寝れるのかな、私。
慣れる迄は短眠になりそう。
睡眠不足は心も身体も悪いモノが蝕む。
私用の睡眠薬も作ってくれないかなぁ、その女性。
「そうだ! カリーナ。大事なこと忘れてた」
「大事なこと、ですか?」
これ以上何かあるんですか? 毎日キスすること、とか?
軽いのなら良いです。濃密なのは軟体生物になるので困ります。
身構えてたら、それは外れた。それ以上のことだった。
「婚姻届出しに行こう」
「はい? 色々すっ飛ばしていませんか。それ」
「プロポーズは今度するから、先に籍を入れよう? ね?」
「普通、先にプロポーズですよね?」
「不安なんだよ。カリーナを誰にも取られたくない」
「隷属の首輪で私はアルマさんから離れられませんし、私なんかを寝取ろうとする奇特な趣味の持ち主なんて早々いませんよ」
私が"くすくすっ"と笑いながら言うと、アルマさんの目が"じとっ"としたものになった。
「カリーナ、鏡を見ることはした?」
またそれ聞きます? いつも見てますよ?
◆
この子は自分の魅力を何故に分からないかなぁ。
聖女って言わなくても聖女感満載なのに。
繰り返すけど、高嶺の花扱いされてるだけだよ。
カリーナは歳相応の美人さんなのだから。
高嶺の花がわたしに摘まれた。
この花を手放さない。わたしの元で咲かせ続ける。
他人に横取りなんてさせない。
「カリーナ、わたしの傍にいて欲しい。離れないで」
「泣きそうな顔しないでください。アルマさんの傍にいますから」
「証明が欲しい」
「それが婚姻届けですか? 隷属の首輪だけだと不十分なんですか?」
「うん」
わたしが言うと、カリーナは考え込み始める。
もう一押しかな。ここで落とそう。
「愛してる。お願いだから、カリーナ」
彼女の身体を腕と一緒に抱き締める。
素直に抱かれるカリーナが可愛い。
逃げようとしないカリーナが可愛い。
わたしの番はこの世界。ううん、他の世界も入れて一番可愛い。
「その場合って婦々なんでしょうか? 番なんでしょうか?」
まさか考えてたことってそれなの? ねぇ、可愛い。
カリーナはわたしをどれだけ自分に夢中にさせるの。
睦みあってカリーナを蕩けさせたい衝動が凄まじいんだけど。
「どっちにでもなれるよ。婦々か番か選べる。カリーナはどっちが良い?」
「……選べる。婚姻届けに丸印か何か付ける欄でもあるんですか?」
「うん」
「では違いは呼び方だけです?」
「ん~、婦々は人と人。番は人と魔物との婚姻だから、番を選んだならカリーナは魔物と結婚したことになるね」
「魔物と結婚したら何か変わるんですか? 質問ばかりでごめんなさい」
「婦々関係と主従関係が合致したのが番かな。魔物側が主人になるよ」
「……じゃあアルマさんが私の妻であり、ご主人様ということですか?」
「そうなるね」
頬を紅らめるカリーナ。彼女は少しだけ間を置いてから、小さな声でわたし殺しの言葉を紡いだ。
「番にします。心の中に番って刻み込まれてる感じがあるので」
主従関係って聞いても敢えて番を選ぶとか。この子、うん。
カリーナの解答を聞いたわたしの胸が激しく踊る。
胸の踊りと同様に急いでリビングに置かれてるチェストの1番上の引き出しの中に閉まってあった物を取り出すわたし。
婚約届け。カリーナがこの国に来ると聞いたその日に善は急げとばかりに役所に行って貰っておいた。彼女が来たら最初からこうするつもりだったから。
「わたしの欄は埋めてあるから」
「用意周到ですね」
カリーナはわたしに若干呆れながらも自分の欄を埋めていく。
番に丸をして、わたし達は恋人繋ぎで役所に婚姻届けを出しに行った。