-本編- 怒りと決意。
◆
宿屋で提供される夜ご飯の時間。
わたしはカリーナの名前を呼びながら彼女が宿泊している部屋の扉を叩いても、彼女が顔を見せないことに違和感を抱いていた。
わたしの番はご飯を食べることが大好きな子だ。
この国の料理は舌に良く合って美味しいと言っていた。
今日の夜ご飯も楽しみにしていた子。
そのような子が顔を見せないなんて何かおかしい。
寝てる? のなら良いけど、気持ちの悪い胸騒ぎが収まらない。
「カリーナ、夜ご飯の時間だよ」
もう1度だけ部屋の扉を叩いても彼女が出て来ることはない。
どんどん高まる不安。何気なく窓の外を見ると月が彼女の危機を知らせてくれているような感覚が頭に流れて来る。
「カリーナ!!」
1人で外に出たのか。
何故わたしに知らせてくれなかった。
知らせてくれていれば、危険を防ぐことができたのに。
いや、今はそれどころじゃない。
カリーナが大事にはなっておらず、小事で済んでいることを願う。
「カリーナ、カリーナーーーー」
彼女が何処に行ったのか分からない。
ドラゴンの姿に戻れば彼女の行方を突き止める方法がある。
が、町のど真ん中でドラゴンの姿に戻れば人々を怯えさせるのは必然。
できればそれは防ぎたい。
「……。それは番の危機よりも大事なことか?」
立ち止まって1人呟くわたし。
多くの人々よりカリーナだ。
なんなら世界を敵に回しても、わたしはカリーナを取る。
ドラゴンの姿に戻る為に背中の鱗に魔力を集中させる。
これが終われば、わたしの身体は緑のドラゴンに変化する。
『カリーナ、今助けに行くからっ!』
後少しでドラゴン。その段階で顔を空に向けている訳でもないのに映る月の光。
彼女の居場所を差し示してくれている?
ひと気の無い暗い路地裏。この国の衛兵と彼女らに付き従い歩く自動人形の追跡を逃れているということは、結界が張られているということ。
月の光が示す路地裏に近付くと、結界石が置いてあった。
こんな物を使わなければならない者。
すなわちスライムに嫌われている塵芥者か男性。
そうでない者は、この国と同盟国では女性は溶液の効果で全員魔法が使えるのだからこんな物は必要ない。
どっちであろうとカリーナに手を出したのならば。
わたしは結界石の結界なんて無視して路地裏に進む。
自動人形や一般人を欺けるくらいには強力な代物のようだけど、生憎わたしにはこの程度の結界なんて話にならない。
わたしを欺くなら、悠遠の魔女程度の魔力量のある結界石でないと無意味だ。
そんな代物、世界中探し回っても無いけれど。
月に導かれて見つけたカリーナ。身体中が傷だらけになっている。
暗闇の中で。どす黒い赤が彼女から溢れて流れている。
これをしたのは、わたしに気安く声を掛けてきた連中。
連中への怒りと自分への怒りで殺気がわたしの身体から外へ広がっていく。
「あ、貴女はあの時の!」
「この女はあーし達が排除しておきましたよ。貴女にこんなゴミ虫は似合わ……」
わたしの番をこうも無残な姿に変えた連中。
女性であろうが手加減も、手心も与えるつもりは無い。必要無い。
ゴミ虫とかほざいた奴の顔面を全力で殴りつけた。
行き止まりの壁に到着する前に走って追いつき、背後に回って蹴りを食らわす。
聴こえてきたソイツの身体の骨の何処かが折れる音。
ソイツはもう、意識が無い。止めを刺そうかとも思ったが、止めた。
こんなのは生き地獄を味わえば良い。この国の犯罪者への対応は苛烈だ。
更生させるなんて生温い対応はしない。
捕縛されると拷問されるよりもキツい刑罰が待っている。
コイツがどうなるかは知らないけれど、お似合いの結末となるだろう。
残りの1人。下半身から湯気が上がっている。
わたしがソイツの顔を見ると、悲鳴を上げて這這の体で逃げ出そうとする。
逃がしてやる訳がない。地面を這っているソイツの背中をわたしは足で踏みつけ動きを止める。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい……。許してください。ごめんなさい……」
ああ……。煩い。雑音が苛々する。
「た、助けてっ。ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ」
煩いなぁ。どうしたらこの[音]は静かになるかなぁ。
何処の器官から[音]が発せられてるんだろう?
うん。あの汚らしい黄色の石が並ぶ穴からか。
その下に音を出す為のモノがあるみたいだね。潰そう!
静かになった。
後はコイツも……。1人目と同じようにしてやった。
カリーナをお姫様抱っこして路地裏から表へ。
結界石を蹴って、その辺に飛ばしておく。
これで奴らは放置していても衛兵らが見つけてしかるべき処置をするだろう。
軽いな。この子。栄養足りてるのかな?
自国は何も無いって言ってたから心配だ。
心配と言えば、わたしが目を離したばかりにこんなこと。
2度と過ちは繰り返さない。番の傍にいよう。
カリーナが嫌がってもわたしは離れない。離してあげられない。
この子の無残な姿を見た時に絶望した。
番を失った者はこうなるんだって分かった。
大事な存在の喪失を耐えるのはわたしには無理だ。
身も心も引き千切られた思いだった。
宿屋に到着。宿泊はキャンセルして転移の魔法でロマーナ地方に戻った。
昼間はカリーナの為に敢えてゴーレム馬車を使ったけれど、本当は転移の魔法でこの国と同盟国の王都や地方。自分が行ったことのある所なら瞬時に行ける。
助けを求めるのは悠遠の魔女のいるカフェ。
カリーナを連れて行くと彼女はすぐに魔法でわたしの番を治癒してくれた。
「この怪我は何処でどの様に負ったんです?」
悠遠の魔女からの問い。嘘偽りなく応えるわたし。
「なるほど。良く分かりました」
悠遠の魔女の顔は笑みを浮かべていたけど、目はそうじゃなかった。
あいつ等はわたしが考えてたよりも壮絶な結末になるかもしれない。
それも、自業自得か。連中がしたことの始末を連中が負う。それだけのことだ。
わたしの知ったことではない。
「アルマさん」
「はい」
「2~3日は絶対安静にしてください。良いですね?」
「了解です」
「それから、食事に気を付けてください。理由は言わなくても分かりますよね?」
「それは良く分かる」
「では、それだけです」
「ありがとうございました」
「お大事にしてください」
カリーナを診てくれた悠遠の魔女との話を終えてカリーナを自宅へと連れ帰る。
2~3日は安静か。明日の工場見学、楽しみにしてたから嘆くだろうなぁ。
視察の時間もそれで残り1日になる。可哀相だけど、生命には代えられない。
話せばカリーナも分かってくれる、よね?
カリーナはその後、丸々1日経っても目を覚まさなかった。
慌てて悠遠の魔女に話をしに行ったけど、「今は彼女の身体が休息を必要としているので眠っているだけです。心配なのは分かりますが、待ってあげてください」とのこと。
"ほっ"と息を吐いたら、「アルマさんは虫って好きですか?」などと意味深なことを聞かれた。
先日と違って楽しそうな笑顔だったのが……。これ以上は考えるのは止めよう。
あの魔女は自分が心を開いた者や一般人には心優しいけど、犯罪者には。うん。
2日目。カリーナがまだ目覚める気配がない。
目覚めてくれるのかな? 寝たきりでもわたしはカリーナから離れるつもりはないけど、もう1度笑顔が見たい。可愛いことを言って欲しい。起きて欲しいよ。
「カリーナ……」
彼女の手を包むように両手で握るわたし。
小さな手。わたしの手は平均的な女性の手のサイズだけど、カリーナの手は。
私の瞳から落ちる涙の雫。握る手に当たって小さな小さな滝と成る。
温さを感じた? ぴくっ"とカリーナの手が動いたような気がした。
◇
ここは月? 幻覚?
私はレノーラ様の傍にいる。
前々から思っていたけど、何処となく私に似ているお顔立ち。
気品や品格・麗らかさは私の何倍も上だけれど。
〔カリーナ〕
「はい、レノーラ様」
初めて会話の投げ受けが成り立った。
幻覚確定かな。いつもはレノーラ様の神託を私が受け取って終わるから。
〔ふふふっ、面白いことを考えていますね。貴女がわたくしに似ているのは当然のことですよ。貴女はわたくしの御魂を半分持っているのですから〕
「レノーラ様の魂をですか?」
〔そうです。貴女はわたくしの化身でわたくしは貴女の化身ということです〕
そういう設定なんだ。幻覚、凝ってるなぁ。
〔信じていないようですね。まぁ良いでしょう。それよりも貴女はまだここに来るのは早いですよ〕
「それはどういう意味でしょうか?」
〔貴女はわたくしが与えた使命をあちらの世界で全うしていません。それに貴女を愛する女性が貴女の帰還を待っています。貴女はいずれあの女性と共にここへ〕
「レノーラ様? 最後の方聞こえませんでした」
〔何でもありません。さぁ、戻りなさい。わたくしが貴女を導きます。わたくしの愛しき子〕
「レノーラ様!!」
柔らかな光が私の全身を包み込む。
段々と私の身体が薄れていって、レノーラ様が見えなくなっていく。
〔いつの日か、またです。カリーナ〕
小さく手を振ってくださっているレノーラ様。
手を伸ばしても、すり抜けてしまった。
・
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温かい。レノーラ様の手をすり抜けたと思ってたのに掴めていたのかな?
……この感触。知ってる。私を本気で想ってくれて、大切にしてくれる女性の手の感触。
「アルマさん?」
「カリーナ!!! 良かった。起きたんだね。良かった……」
「あの、ここって? それとどうして泣いているんですか?」
「ここはわたしの自宅。カリーナ、自分の身に起きたこと覚えてない?」
私の身に起きたこと?
アルマさんに言われて記憶を探ってみる。
直近に"ぞっ"とした記憶が見つかった。
「私、アルマさんに話し掛けた女性達に騙されて……」
「カリーナ。1日と半分寝てたんだよ?」
「えっ!! 無断で工場見学の約束破ったってことですか?」
「大丈夫だよ。わたしが言っておいたから」
「それなら良かったです。……? ここってアルマさんの自宅ですよね?」
「そうだよ。あんまり綺麗じゃなくてごめんね」
「充分に綺麗だと思います。……じゃなくて、アルマさんの自宅はロマーナ地方にありますよね? 工場は3つも隣の地方。私は馬車で運ばれて来たんですか?」
「あ~、それは……」
「それは?」
「秘密」
秘密ですか。口に人差し指を立ててるアルマさん。
これ以上は何を聞いても応えてくれそうにない。
話題変えよう。
「アルマさん、何か食べたいです」
お腹が空いた。1日と半分何も食べてないしね。
何でも良いからお腹に入れたい。
「分かった。カリーナ、起きれそう?」
「やってみます」
上半身は起こせた。
下半身には力が入らない。
少し眩暈がする。
赤が足りないのかな? 寝すぎなだけ?
「起きれました」
「うん、報告ありがとう。可愛い」
「可愛いが口癖みたいになってますよ。アルマさん」
「カリーナが可愛いからね。それとも別のがいい? 愛らしいよとか、愛してるとか言おうか?」
「あい……っ!!」
顔に熱が溜まる。余計に貧血になった。
"くらくら"する。アルマさんに迂闊なこと言わない方が良いね。
「大丈夫? カリーナ」
抱き締められた。心とお腹は違うのに両方ともいっぱいになったように感じるのは何故かな?
「あ! ご、ごめんね。支えてあげるつもりで」
離れるの早い。寂しいですよ。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「ご飯持って来るね」
行っちゃった。
……良い匂いがする。
暫く待っていると鮭とホタテのクリーシチューと玄米ご飯が運ばれて来た。