-本編- 2人の始まり。
視点がころころ変わります。
モノと物と者など諸々と使い分けているのはわざとです。
◇ = メイン主人公視点
◆ = サブ主人公視点
となります。
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転移したらエルフでしたをご拝読いただいた方へ。
この物語は前作の主人公リーネ達がそのまま未来へ進んだ際のお話となります。
尚、彼女達については今作では脇役となっております。
↑上記の作品に触れたことのない方でも大丈夫な内容となっています。
◇
イングリト王国。
ここはかつて血の惨劇が行われたことで他国から恐れられている国。
[事]の発端は長らくこの国を治めてきた王が心臓の病により倒れ、王城の薬師達の懸命の治療の甲斐も虚しく死してしまったことで新たに王となった愚者の暴走。
先王はこの世界の人族。耳長人族・獣人族・魔人族・人間族。
人種に拘らず、分け隔てずに平等に接していたが新王は[人間至上主義]を掲げて人間以外の人族を見下し、差別する政策を行うようになった。
最初は人間の優位性を説くだけだったが、その思想は徐々に過激になっていき、末期頃には人間以外の人族は人間に捕えられて、奴隷にされたり、辱められたり、拷問されたり、処刑されたりした。
その犠牲者の数は軽く見積もっても数千人。
元々は先王の政策のお陰で差別に否定的だったこの国の人間達。
ところが、新王の口から他種族を捕えてきた者に報奨金を出すという言葉が出た途端に人間達は豹変した。
お金が人間を狂わせた。
狩りと称して自分達以外の人族を傷つけ、捕えて王城へ連行する人間達。
新王が在る限りはこの政策は続くものと思われたが、ある日を持って突如としてそれは終わることになった。
たまたまこの国に観光に訪れていた1人のエルフ族の魔女が人間達を大人・子供関係なく殺戮して滅亡させたのだ。
その魔女の名前はユーリ。彼女は惨劇を起こした後はこの国を実効支配して元首の座に着いた。
それから10年。今も彼女は、私のお姉ちゃんは国家元首として君臨している。
お姉ちゃんがそんな事件を勃発させた頃、私は自宅にてお母さんと一緒に呑気に暮らしていて、数日後にお姉ちゃんから[事]の詳細が鮮明に書かれた文が届いた日はお母さんと共に顎が床に届くくらいに驚愕してしまった。
昔から考えるよりも先に行動することが多かったお姉ちゃん。
今回もそうだったのだろうけど、これはやりすぎだ。
私とお母さんは文を読み終えた後に2人で頭を抱えた。
はた迷惑なお姉ちゃん。
私とお母さんはお姉ちゃんがした[事]で立場が危うくなるところだった。
幸いにも、私が聖女だったからその危機は回避できたけど。
「はぁ……っ。風が気持ちいい」
私は今、お姉ちゃんの国に遊びに来ている。
この10年間、何度か来ていたのだけど、この国はいつも平和だ。
あんなお姉ちゃんでも国民達からは随分と慕われているらしい。
この状況を喜んで良いのか否か、複雑な気分。
私は少し前にお姉ちゃんと会った時のことを追憶する。
お姉ちゃんは国家元首たるに相応しい振る舞いをしていた。……人前では。
ところがお姉ちゃんの私室で私と2人きりになると自宅でよく見せていた飄々とした態度。
ソファに座る私の隣に座ってきて、お姉ちゃんは私の肩に自分の腕を乗せた。
「カリーナ。元気だったー?」
第一声がそれ。
続いて私が返事をするよりも先に「カリーナに頼みたいことがあるんだけどさ、引き受けてくれないかな」という言葉。
私がお姉ちゃんを訝しんだことは仕方がないことだと思う。
だって何の脈絡もなく、頼みたいことがあるって言われても、ね?
その時に覚えたのは嫌な予感。私は無理難題を言われると分かっていても、話を聞くことにした。
実は私はなんだかんだ言ってお姉ちゃん大好きっ子なのだ。
幼い頃からお姉ちゃんは私をとても可愛がってくれたから。
時々、お姉ちゃんの行動で痛い目に遭うこともあったけど。
それでも、それを含めてお姉ちゃんといるのが楽しくて、私は私の国の学園。
地方都市の学園の初等部に通う年齢になる迄はお姉ちゃんに付き纏っていた。
学園に通いだしてからは友達ができたから、お姉ちゃんにだけ構うことは減ったけど、でも休日とか友達が用事がある日はお姉ちゃんの傍にいた。
そんな私がお姉ちゃんの頼みを拒否するなんて難しい。
今は運よく? もしかしてお姉ちゃんは予め私がフリーとなる日を狙ってたのかもしれないけれど、学園はサマーホリデー中でお姉ちゃんの願いを聞くにはピッタリな時期だし。
「頼みって何?」
「それがさ、この国って他国から経済制裁を受けてピンチなんだよ。でも、うちと取り引きしたいって名乗りを上げてくれてる国があってね。その国に私の可愛い妹のカリーナが視察とその国の元首様との話し合いに行ってくれないかなーって」
やっぱり面倒事だったよ。
大体どうして私が行かないといけないのか分からない。
お姉ちゃんが自分で行けば良いのに。
「何で私? お姉ちゃんが行くべきなんじゃないの? この国の元首様なんだし」
どうしても気になったから聞いてみた。
そしたら……。
「そうしたいんだけどさ、私が不在の間に他国にこの国が攻められたら拙いことになるのが目に見えてるし、それに……」
「それに?」
「カリーナは聖女様だし、魔女の私が行くより先方の印象が良くなるかなって」
そんなことはないと思うけどなぁ。
聖女も魔女もこの世界では希少な存在。
姉妹のどっちが行っても、先方に失礼な態度を取らない限りは持て成して貰えると思う。
ん~。でも、確かにお姉ちゃんの言う理由にも一理あるかな。
この国にお姉ちゃん程の[力]を持ってる人は見た感じいない。
となれば、お姉ちゃんがこの国を離れるのは得策とは言えない。
腹を括るしかないかな。
「分かった。行ってくる。で、なんていう国?」
「おー! 持つべきものは頼もしい妹だね。ルージェン王国っていう国だよ」
「ルージェン王国。名前だけは聞いたことあるかも。何かと有名な国だよね」
「そうそう。他の何処の国とも異なる文化を持ってる国だよ」
「ん~、なんだか楽しみになってきた!」
「それは良かった。出発は5日後だから必要な物を用意しておいてね」
「分かった」
現在。
お姉ちゃんの国の王都を観光中に見つけた広場で一休み中。
「ルージェン王国、かぁ」
当初は割と嫌々引き受けた[事]だった。
けど、私が行く国の名前を聞いたらそんな気分は何処かに飛んで行った。
楽しみすぎる。何処の国とも違う文化。
是非ともこの目で見てみたい。
私はそれから自国へと戻り、旅立ちの日を指折り数えながら待った。
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今日で5日。ついに私が旅立つ日がやって来た。
◆
その日のわたしはサマーホリデーを利用して、ここルージェン王国の地方のうちの1つ・ロマーナ地方の中心部にある町中をぶらぶらと散歩していた。
普段はこの地方に在る学園・プリエーグル女子学園にて理事長として働いているわたし。
学園という所は意外とやることが盛り沢山で忙しい。
週末など生徒は休みだけど、教師陣は時に休日出勤となる日もある。
毎日慌ただしい日々。その中での貴重な休み。満喫しない訳にはいかない。
町の路肩に出店されている屋台で買い食いする。うん、贅沢な時間。
こういうのが良いんだよ。こういうのが。
ソフトクリーム美味しい。口当たりが滑らかで甘すぎず塩梅がいい感じ。
ミルクが濃すぎるってこともない。かと言って薄すぎもしない。絶妙。
この味は癖になる。リピート確定。わたしは心中でそう決めて機嫌良く歩く。
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この辺りは各園の近く。わたしの自宅も近くにある。
手に持っている焼きそば。家に帰ってから食べるのもいいけど、折角だから外で食べたい。
ということで、公園に来た。東屋の中に設けられているベンチに腰を落とす。
早速割り箸を割って、焼きそばの麺を一口。陳腐な味。如何にも屋台の焼きそばですって主張している気がする。
さっきのソフトクリームとは大違いだ。
あれはそこらの飲食店で頼む品よりも美味しかった。
まぁでも、これはこれで楽しくて美味しい。
祭りを思い出す。そう言えば、この季節の風物詩・花火大会が近々あった筈だ。
遠い過去。この世界・この国に転移してきた多くの異世界人。
全員女性で彼女達がこの国に齎してくれた様々なモノ。
その恩恵をわたし達は存分に堪能させて貰ってる。
彼女達には足を向けて寝られない。
最も、時の流れによって彼女達の殆どはもうこの世にはいないけど。
物思いに耽りつつ、焼きそばを啜っていたら何処からか甘い香りが漂ってきた。
学園・自宅・公園。他にもう一ヶ所、この近くには有名な場所がある。
そこはカフェ。完全予約制でありながらにして「予約が取れたら奇跡!!」と人々に言わせしめている超人気店。
しかし、距離的にここ迄料理の匂いは届かない筈だ。
それなのに……。
『この香り。何かな~。何かこう、本能に訴えかけてくるようないい香り』
私の正体はドラゴン。
黒・白・赤・青・緑・紫・金。
7柱のドラゴンのうちの1柱。緑のドラゴン。
能力を使って人の姿になってるから、一目でドラゴンだと当てられる人は少ないと思う。
多分、エルフだと思うんじゃないかな。わたしはエルフが好きだから、彼女達に姿を似せているから。
ドラゴンの証は背中の中心分にある。鱗が1枚残ってる。
それを見れば、わたしがドラゴンだって分かるけれど背中を見る機会なんて早々ないよね。
ちなみにこの国にはわたしの他に黒・白・赤の3柱のドラゴンも滞在してて、様々な場所で活動している。
黒のドラゴンはこの国の国家元首。
白のドラゴンはこの国の一地方の領主。
赤のドラゴンは人々から邪族と呼ばれている[人]に害を成す者を討伐することを目的とした依頼を出す組織、ハンターギルドの副ギルドマスター。
……………。
わたしは甘い香りを嗅ぎ続けているうちに思い出した。
ドラゴン仲間の赤のドラゴンが言っていたことを。
彼女はずっと番を探してた。
ドラゴンの[愛]は深くて重い。
番を見つけると、永久に添い遂げる。
たとえ番が寿命で亡くなったりしても、輪廻転生をして世界の何処かにいる筈と信じて世界中を旅して回る。
1度見つけた番は絶対に自分の傍から離さない。
でも、番を見つける前のドラゴンはそこらにいる人や魔物や動物と変わらない。
恋をすることもあれば、しないこともある。
ただ、悲惨なのは番以外の者との恋の最中に番を見つけた場合。
ドラゴンは一気に番以外の者への恋愛感情が失せてしまう。
待っているのは別れ。その者を傷つけることが分かっていても、番を求める本能には逆らえない。恋愛面に関しては本能に従う生物。それがドラゴン。
わたし達はそのことを自分自身よく分かっているので、番以外の者とは恋愛などしないように心掛けている。
恋に奔放な紫のドラゴンを除いては……。
で、赤のドラゴンは漸く探していた番を見つけたとはしゃいでた。
その時に甘い香りがして、彼女はそこに番がいると確信したと言っていた。
と、いうことは……。
「わたしの番が近くにいる~」
赤のドラゴンの話を思い出したわたしは居ても立ってもいられなくなり、ベンチから勢いよく腰を上げた。