STORIES 003:失くしたこころ
STORIES 003
彼女とは、百貨店によく出かけた。
洋服はもちろん、インテリアや小物を買ったり、アクセサリーを選んだりもした。
その頃は、その場で気軽にプレゼントすることもあった。
安物だけどね。
デートの記念にとか、そんな軽い感じで。
少し、見栄みたいなものもあったのかな。
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ある日、いつものように僕のウチに遊びに来た彼女が、少しも経たないうちにバタバタと慌て始めた。
どうしたの?
「買ってもらったイヤリングが、片方だけないの…」
バッグの中やドアの周りなんかには見当たらなかった。
じゃ、駅から歩いてきた道を探しながら戻ってみようか。
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2人で下を向いて駅までの道を歩く。
普通に歩くと13分。
20分かけて探し歩いたが見つからない。
駅で折り返してまた20分。
アパートの前まで戻ってきた。
やっぱり見つからないね。
彼女は黙ったまま涙を流し始めていた。
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「せっかく買って貰ったものなのに、ごめんね。
途中のどこかで落としたのかな…」
彼女の家は足立区のほうで、ここへ来るまでに4本の路線を乗り継いで来る。
片道2時間。
途中、かなり混雑する乗り換え駅もあるし、途中で落としたのだろう。
電車の中だったかもしれないし、たぶんもう見つけるのは難しい。
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仕方ないよ、イヤリングなんて失くしやすいものだし。
そんなに気にするほど高価なものでもないしさ。
また買ってあげるよ。
「そういう問題じゃないの。あなたに貰ったものだから。気持ちのこもったものだから。」
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今までに貰った気持ち、心の一部を失くしてしまった気がする。それはもう取り戻せない。
同じものを自分で買い直しても、あなたにまた貰っても、失くした心は戻ってこない。
そう言って、いつまでも泣いていた。
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日も暮れて...
一日を気まずいまま過ごした彼女を駅まで送って行った。
その道すがら、2人ともまだ路面を気にしながら歩いてゆく。
じゃあ、またね。
いつものように駅で別れた。
彼女の笑顔は曇ったまま。
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アパートまでの帰り道、やっぱり僕はまた下を向いて歩く。
見つかるはずもないのに。
たぶん彼女も...
家に帰るまでずっと、下を向いて歩き続けたのだろう。
2時間の道のりをずっとうつむいたまま。
歩き慣れた道でも、朝とは違う車両の中でも。
失くした心のかけらを見つけようとして...
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次のデートは、同じイヤリングを探しに行った。
遠慮する彼女をなだめながら。
ほら、もうひとつスペアも増えたじゃない?
失くした心のかけらは戻らないのかもしれないけれど...
継ぎ足し注ぎ足してゆくことはできるんだよ、きっと。