3-9.薬師試験 (一部、グラノス視点)
昨日の教会でのお手伝いは、すんなりと終わった。
今月については、光魔法に目覚めた子どもが出たため、色々と対応が必要となりそうだけど……神父様もちゃんと考えているようで、「手伝いが必要なら伝えるが大丈夫だ」と言われた。
そして、夕方家に帰ると、薬師ギルドに「明日、来るように」と呼び出しがあったことをラーナちゃんが伝えてくれた。
「面倒で~、文書もらいました~」というラーナちゃんから渡された文書には、召喚状の文字……。兄さんもちょうど立ち会ったので、追い返したらしい。
とりあえず、話を聞いてすぐに師匠の家に行って相談したら、一緒についてきてくれることになった。
三の月の2日。
昨日の呼び出しに対し、私と兄さんと師匠で薬師ギルドに向かった。……なんだか、入口に立った瞬間にすごく圧を感じる。
「随分と手厚い歓迎だな」
一緒にいた兄さんが、戦闘モードの時の雰囲気……威圧を放った状態で、にこりと表情だけ笑って、師匠をエスコートしながら中に入り、会議室へとスタスタと歩いていく。私は二人の後ろからついて行く感じだ。
入口にいた連中は私達の後ろを追いかけてくるが、何なんだろう?
本当は呼び出されたのは、私だけ。でも、師匠に相談しており、保護者付き……いや、一人で大丈夫とは言ったのだけどね。二人とも、念のためだと言ってついてきた。
「呼び出したのは、クレインという薬師見習いだけだ。関係ない者はお帰り願う」
「クレイン・メディシーアの兄、グラノスだ。まあ、今日は従者役だがな。まさか、貴族子女が従者を連れていることに問題があるとは言わないよな? だいたい、見習いってなんだ? まさか、上級薬作れる薬師を見習いだなんて言わないよな?」
「むっ……貴族だとは聞いていない」
「わたしの養女さ。身分としては貴族子女で間違いはない。それに、若い女だ。従者無しで、邪推される状況を作られて経歴に傷が付いても困る」
「パメラ・メディシーアっ……」
「おいおい。子爵に対し、呼び捨てにするのが薬師ギルドの礼儀かい? 身分をわきまえないなら、場所を変えるかい? 領主様の立会いの場にでもしないと話し合いも出来ないのか」
兄さんがすごくノリノリで楽しそう。いや、表情は無表情で美人が怒ると怖いなって感じなんだけど……私と師匠の前にでて、さらに威圧を強めて、薬師ギルドの人達をいじめる気満々だ。
まあ、私も薬師ギルドの人達は好きじゃないから良いと思う。
「双方、そこまでにしてくれるかい? グラノス殿、従者であれば席はないが……パメラ殿とクレイン嬢はこちらの席に」
「ああ。俺は立っていよう。その方が咄嗟に対処がしやすいしな」
腰に下げた刀に手を置く。流石に町中で抜くのはまずいけどね……護衛も兼ねているから武器の所有は認められた。でも、さすがに大人げないレベルだった。
「レカルスト殿……しかし、私どもが呼び出したのは、そこの小娘だけで」
「子爵令嬢だ。身分を考えなさい。薬師ギルドとして、貴族への態度は気を付けてくれるかい? ギルドの職員がすまないね」
「今更だよ。職員も所属する薬師からも、いつもそんな態度だからね」
レカルストと言われた男が絡んできた男を諫め、師匠に謝罪をするが……。
ギルドの職員らしいけど、こんな態度って……薬師ギルドとの関係が悪いのは知ってたけど、職員までこれなら、今後は顔出したりしたくない。
先ほどからこちらに気を使いながら、その場を纏めている少し目つきが悪い、眼鏡をかけた50代くらいのレカルストさん。議長として、中央の席に座り、窓側に師匠と私、そして私の後ろに兄さんが立っている。
そして、反対側に座ったのは、知らない人達だが、偉い人だろうなという服装をした人が3人。そして、席を空けて、さっきからこちらに攻撃的な態度をしてくるギルド職員らしき人が2人ほど、席に着いた。
「では、始めよう。先日ぶりだね、パメラ・メディシーア女子爵、グラノス・メディシーア次期子爵。それに、初めまして、クレイン・メディシーア嬢。昨日より、マーレスタットの薬師ギルド長になった、リーフェ・レカルストだ。王宮薬師の称号をもっており、父が功績により男爵となり、現在、私が継いでいる。この場では、薬師ギルド長として発言させてもらうよ」
う~ん。つまり、昨日、この町に来たとかで、私を呼び出したのかな。
新しい薬師ギルド長は、中立なのか? 兄さんと顔合わせた事があるらしいし、こちらに対し敵意や侮蔑はない。王宮薬師で男爵……偉い人であるのはわかった。
目の前に座った偉い人達も、敵意がある訳では無さそう。他の職員らしき人達からは睨まれているので、敵意ばりばりだった。
「クレイン・メディシーア嬢。貴方には、薬師として試験を受けていただきたい。その試験の立会いをしてくださるのが、あなた方の目の前にいる3人。王都の薬師ギルド長であるクルーゼ殿、私と同じく王宮薬師をしているハルバー殿、そしてこの町の商業ギルド長であるミケーレ殿。あと、横にいるのは気にしないでいいが当ギルドの職員だ。彼らは観客であって、気にする必要はないよ」
ギルドの職員は全員、こっちに敵意がある感じだ。しかし、試験ねぇ。何も聞いていないのだけど。
兄さんと師匠も面倒そうに聞いているので、事前に通達があったわけではなさそう。
「レカルスト薬師ギルド長、試験とはどういうことでしょうか? 私がそれを受ける理由を教えていただけないでしょうか?」
「うん。クレイン・メディシーア嬢。君の薬師としての立場は少々特殊だ。薬師ギルドに所属していないからね。あなたが薬を作成し、お客に売った後に、その薬で問題が起こった場合に、薬師ギルドが責められることになっては困るのでね。貴方の腕を確認させて欲しい。問題がないのであれば、ギルド員ではないが、準じる扱いとしてこちらでも対処しよう。まあ、具体的には、パメラ殿と同じように商業ギルドを通して売ることも可能。そのためにミケーレ殿がいると思ってくれ」
薬師ギルドに関わる気はないのだけど? これで断ると偽薬師とか言われるのかな? むしろ、試験を落とすのが目的なのかもしれないけど……。
「質問があります。ギルドに所属しないので、そちらからの命令に従うことはないですが、問題になりますか?」
「貴方に個別で依頼をしたい場合には、冒険者ギルドを通して行う。あくまで、試験は薬師としての能力があるかどうかを見定めるものだね」
なるほど?
嘘では無さそう? 私の実力を確認しておくってことなら、やるしかないのか……。
「試験内容は?」
「こちらの指定する薬を作成して欲しい。調合用の素材はこちらで用意してある物を使ってもらう。レシピも用意してある」
「……薬を作るにあたり、こちらのレシピと師匠のレシピ、どちらを使ってもいいものですか? こちらのレシピのみになりますか?」
「どちらを使ってもらっても構わない。素材が無くなった時点で、試験は終了となる。何種類、何個できたかが合否の判断となる」
なるほど……。つまり、出来る限り多く作った方がいいってことかな。レシピを見比べて、どれくらい作れるかを考えるのも試験の合否の判断ってことか。
「質問です。時間はどれくらいいただけるのでしょうか?」
「材料が無くなるまで、何時間かかっても構わないよ。出掛けたりしてもいいが、素材を増やすことは認めない」
「わかりました。メモを持ち込むことは構いませんか?」
「問題ない。他にも必要な物があれば使って構わないよ。材料だけは追加はできないけどね。さて、すぐに開始していいかな? それなら、移動するけど」
「はい。あ、でも長時間になるので、師匠だけでなく、兄さんが座る席も用意して欲しいです」
「くっ……ああ、失礼。承知した、用意しよう」
今、なんか笑われた。だって、師匠も兄さんも絶対に心配してここから離れないし、立ちっぱなしにしたくない。
ちゃんと二人には椅子が用意されたが、試験の立会い人は立ちっぱなしで見るらしい。職員もね。あ、でも、新ギルド長は座るのか。師匠の隣に普通に椅子が用意された。何か話しているから、知り合いなのかな。
まあ、いいや。
こっちはこっちで集中しよう。
試験、開始だ。
〈グラノス視点〉
「レカルスト殿、良かったのかい。あんな簡単な試験で」
「ははっ……なるほど、あの試験内容で簡単か。優秀なお弟子さんだ」
お師匠さんの問いに楽しそうに笑いを返したのは、キュアノエイブスで会った王弟殿下の第二子であるカイアナイトの専属薬師として紹介された人だった。
昨日から、この町の薬師ギルド長になったと言うが、王宮薬師の称号をもっていて、本人も男爵。優秀な薬師であることが想像できる。お師匠さんはこの男の父とはそれなりに付き合いがあったらしい。
「俺は良く分からんが、簡単な試験なのか?」
「そうさね。あの子が緊張していると難しいかもしれんが……むしろ、さっさと終わらせて帰る気満々な様子だからね。問題ないよ」
「試験内容は、昨年の王宮薬師の試験内容と同じなんだよ。昨年の合格者は1人だったんだけどね。もちろん、合格条件も同じだと立会人は主張している」
「随分と質が下がったもんさ。さっき、クレインがこちらに見えるようにリストを持っていたから確認したが、8割は作れるよ。素材管理もあの子なら問題はない」
お師匠さんはしっかりとリストを確認していたらしい。超級が10個、上級上、上級中、上級下が各20個ずつ、中級上が30個。100種類レシピがあるらしいが、問題ないという。
「超級の薬を一つ作成できることが条件だと、説明しなかったんだが、問題ないと?」
「なに、あの子は出来るかぎり多くの種類を作ればいい試験だと考えているさ。あの子の性格からして、まずは作ったことのあるレシピから作るだろうが……最終的にはわたしが渡さなかった超級のレシピについても、上級と同じように作ろうとするよ。何せ、上級薬と超級薬を薬の名前やレシピの難易度だけで判断できるようになってないさね」
「……末恐ろしい」
お師匠さんの宣言通り、作り慣れているだろう中級から作り始め、難なくリストの薬を作っていく。着々と薬が出来ていくが、随分と楽しそうにしている。
やはり、冒険者よりは薬師が性に合っているのだろうな。能力としてはどちらも高いレベルだと思うが。
しかし……あれはお師匠さんと借りたレシピについて見比べてメモとってるな。試験の事より、レシピの内容が気になっているらしい。
あとで、違った内容を試すつもりだろうな……。作業以外でも部屋で研究したりと徹夜しないように、きちんと言い聞かせないと危ないな。
「クレインは随分と楽しそうだが、あちらは顔が青くなっているな。実際どうなんだ、お師匠さん」
「中級薬はともかく、上級薬を失敗せずに作るなんてありえないということだろう。自分達より腕が上だとわかってしまえば、そうなるさね」
「どうやって、あそこまで育てたのか、教えて欲しいところだね。うちの弟子にも見習わせたい」
「あの子は冒険者だよ。普通にダンジョンを潜り、魔物を討伐してればレベルが上がるのも早い。薬だけを作っているよりも、成長が早いのは当り前さ」
実際はパワーレベリングをした結果だけどな。それでも、順調に作れているのはあの子が努力したからだろう。
試験を見守ること数時間。
すでに、出来上がった薬の数は60種類を超えている。
失敗しても、次に成功するので、問題なく作れていると言っていい。
「実際に、あれほどの腕とは思ってなかったが……上の中も普通に作れていますが」
「いや、上の中は失敗が多かったはずだよ。まあ、ここ一週間ほど忙しくて見てやれていなかった間に、調合薬でも量産してレベルを上げていたかもしれんねぇ……」
「お師匠さん。クレインなら冒険者ギルドから、スタンピード対策のために大量に調合薬を頼まれているのと、俺らにも各自に持たせるために作ってたぞ……メンバーが増えたんでな。一応、ナーガが22時以降の作業場立入禁止を言い渡した」
「それは……まあ、あの子は無理をするから、いいことかもしれんね。ナー坊の言うことなら、ちゃんと聞くだろうさ」
調合薬の素材も、ナーガ達が大量に取りに行ってたらしいから、作り放題。まとめて作ると失敗した時に大変なんだが、失敗しなくなってからまとめて作ることが増えてるからな……。
まあ、お師匠さんが誇らしそうに見守っているから、良い事だろう。
「昔よりは融通の利くギルドになっておりますが、戻る気はありますか?」
「ないよ。あんたがギルド長になったのは良しとするが……今更、和解することもないだろう」
「お弟子さんのためでも?」
「あの子の実力だ。薬師ギルドでなくても、客はつくだろうさ……そうでなくても、十分に冒険者として戦えるしね」
ちらっと俺を見るので、こくりと頷いておく。
冒険者としても、薬師としても……優秀なのは事実だからな。
そもそも……さっきから、ギルド職員に嫌がらせされている気がするんだがな。俺の気のせいではないだろう。
本人が無視を決め込んでるからこちらも事を荒立てていないだけで……関係性はよくはならんだろうな。お師匠さんが薬師ギルドと和解するというなら、別だろうがな。




