3ー7.錬金研究
師匠と大家さんと私の3人で、錬金および調合についての研究を始める。
「さてと、さっそくだが……何をするかね? この前のように緊急で新薬を作るのは避けたいさね。もう少し互いの研究をしてから、作っていこうかね」
「あちきは、もっと錬金技術が活躍するのであれば、それを研究したいわ~。特に、〈調合〉と連携できる部分があるなら、そこをこれからの研究課題にするのもありやね。どうしても、〈錬金〉はレシピが限られているんよね~。ただ、この前みたいに錬金の間に調合技術が必要な場合は、難しすぎますわ~」
今まで互いに別分野として認識していた部分を共有しつつ、やりたいことは違うらしい。師匠は体に負担がかからずにより薬の効果を高く出来るようにしたい。大家さんは一般の人にももっと錬金を普及したいといったところかな。
「そうだろうね……ひよっこ、あんたはどうだい? 両方の技術の取入れはどうだった?」
「この前の錬金試薬ですか? 師匠がレシピをくれたので、私一人でも作ってみましたけど……問題はないですよ? もっと、〈錬金〉と〈調合〉で連携という点であれば、もっと〈調合〉で使いやすいように錬金レシピを加工したりとか、相互関係を密接になるようにしたらどうですか?」
「クレインはん、詳しく!」
調合には、素材をそのままでは使えないこともあり、素材加工を行う。
この素材加工でも、特に多いのが中和剤を使って、素材本来が持っている属性を無くしてしまうこと。魔物素材でよく行う処理で、中級レシピからは使う。他にも、効果を高めるための素材にも事前に中和剤を使うことはよくある。
師匠も当然、中和剤を使って調合するため、商業ギルドでまとめ買いしていた。最近は、私が作ることになったけど。
ただし、これが使いにくいんだよね。そのため、最近は私の方で手を加えさせてもらっている。
「ああ、そういえば、中和剤を使いやすいように加工をいれてたねえ……単純に薄めたわけでもないんだろう? 扱いやすくて助かっているよ」
「中和剤?」
「これです」
赤の中和剤〈弱〉を大家さんに渡す。私が加工して、本来の物からかなり効果を弱めたもの。
当初は自分で中和剤を作ったあとに、それを薄めて〈弱〉になるようにしていたが、最近は最初からこの効果になるようにレシピ自体を変えている。
「失敗しはったん? 効果が薄いようやけど」
「いえ、調合するとき、それくらいの弱めのものをよく使うんです。調合の時には、物によっては完全に中和ではなく、一部は残しておきたいこともあるんです……効果が強いと素材を傷めることもあるので、薄めて使うこともあって……手間がかかるので、最初から弱めた物を作りました。一応、これもあります」
中和剤〈弱〉〈中〉〈強〉を出す。通常の中和剤は〈強〉の強さ。そこから一段弱い物と二段弱い物。元々のレシピのうち、魔石以外の量を増やしたり、素材の量で強さを調整している。
「なるほど……調合に使うには、従来の中和剤は強すぎるという認識なん?」
「〈錬金〉で使う素材は、魔法を帯びた素材……魔物の中でも高位で、特に魔力を帯びた部分を使うことが多く、強い中和剤を使うんだと思います。でも、〈調合〉は草や木などの自然の物や周辺にいるような弱い魔物を素材として使うので、中和剤は弱くして使います。ただ、薄めると品質が下がったりもするので……」
「品質下がるん? これは?」
「レシピの材料はそのままに、量を変えています。これが、作った時の内容です」
「確認させてもろうてええ?」
私がレシピの内容を確認し、ちょっと作っていいかと言われたので、材料を大家さんに渡す。
ささっと錬金をする様子を見る。師匠と同じで手馴れているのが分かる。私が弄ったレシピだから、初めて作るはずなのに一切の戸惑いがない。
「問題はなさそうやね……これだと、調合するときにどう変わるん?」
「基本的には、作業が楽になります。効果が強すぎると素材全体に効果を染み渡らせつつも、一部の効果は残すのが難しいんです。弱いと全体に染み渡るまで素材を漬け込んで放置、弱いので効果を残すことも可能、その間に他作業などもできるので、手間がかなり楽になります」
「中和剤を使いこなせる薬師は少ないからね……この子みたいにどちらも出来るとそういうことにも気付ける。中和剤は、私も苦労したさね。人によっても多少の品質の差がでるからね……商業ギルドには、均一の中和剤とするため同じ人の物にするように頼んでいたくらいだよ」
師匠は手馴れてるので、強めの中和剤でもささっと素材に均一的に浸透させて、残したい効果もそのままなんて高等技術ができるけどね……。私はそれが出来ないから、中和剤を弱める方向でカバーしようとしただけで……ここら辺の技術的な部分はまだまだ未熟。
使いこなせる薬師が少ないっていうのは納得。そもそも、上級の薬師がいない理由って、こういうところにあると思うんだよね。
もっと、だれでも簡単にできる作業にすれば、もう少し薬師も普及する? いや、でもそもそもがこの世界の薬師、特権階級だと胡坐かいてやりたい放題な気もするしな……。
「そういう事情も知らんのよね……商家のお抱えなら、薬師と錬金術師同士でもやり取りしてるんやろか。これ、登録するん?」
「登録した方が良いんですか?」
レシピ登録って、まだ、よく分かってないんだよね。
レシピを登録するには登録料がかかって、公開・非公開が選べる。公開した場合は、そのレシピを買った人達からお金が入る。
あとは、そのレシピ通りにそのまま販売するとレシピ購入代とレシピ使用料がかかるんだったかな? 私みたいに加工に使ったり、販売せずに身内で使う場合には使用料はかからない。また、レシピ登録から5年経てば、使用料はかからなくなる。
ようは、そのままそのレシピで販売する場合、開発者を5年は保護するって感じらしい。
「これで薬師が中和剤を買うようになるんやったら、登録してもええんやない? なんなら、推薦状書いて、錬金ギルドに認めさせときますわ」
「すまないね。頼んでもいいかい?」
「パメラ様、勿論、任せて欲しいわ~」
大家さんが張り切っているので、任せてしまう。そんなに需要は無いと思うけどね……。
私は自分で作れるし、師匠のも私が作る。他の薬師が使うかは分からない……今まで何とかなっていたなら、わざわざこれに切り替える必要も無さそう。
「他の中和剤はどうするん?」
「えっと、〈白〉とか〈黒〉ですか? 元々のレシピ持ってなくて……」
光や闇属性を中和するのだけど……使う素材が少ないから普段使いしないのと、レシピが手に入ってない。とりあえず、必要になったら買うくらいでも十分。
「なんなら、あんたが作ってみたらどうだい? わたしらは中和剤・弱が買えるなら便利になるだろうが、元のレシピを購入してまで、加工レシピを作る利益はないさね」
「そうなん? ええの?」
「はい。お願いします」
せっかくなら、大家さんにお願いしたい。きっと、大家さんがやらなくてもレシピ登録という名誉を得ようと誰かやる気がする。
他にも〈錬金〉と〈調合〉の違いについて、どちらも出来るからこそ気になっているところを述べていくと大家さんの目がきらっと光った気がする。
「それにしても、たしかに〈調合〉では扱い方が結構違うんやね」
「〈錬金〉は必ず魔石を使い、魔力を帯びているのが当然ですからね……〈調合〉は魔力帯びてると効果は高まるんですけど……」
「魔力を帯びた薬は、体に負担がかかるさね。病気で弱っている時には逆効果になることもあるくらいだよ」
うん。そもそも、〈錬金〉は魔力の籠った物質を作成でき、重宝されそうなのに……実態としては、世間の認識はポーション系ばっかりなんだよね。だから、客層は冒険者がほとんど。まあ、怪我する可能性がある仕事の場合には常備されているのだけど……取り過ぎ注意だからね。
ついでに、これらのポーションは人体に影響が出る事から、必ずレシピが登録されている。魔石の多量摂取は人体に悪い影響があるのは知られているので、錬金で出来た物への偏見がある。
ただ、私もこちらに来て知ったのだけど……〈調合〉が薬で、〈錬金〉がポーションというイメージを持っていたのだけど、2か月近く色々作ってきた中で、根本が違うとも考えている。
〈錬金〉の本質は、魔石を使って、魔力を帯びた物質を作り出すことが出来る。
それこそ、〈クラフト〉技術に追加して、魔石使って魔力帯びさせることが可能……かなって考えてたりする。
でも、〈錬金〉も弟子制度みたいなのがあって、勝手に色々やっているのがバレるのはマズイかなとも思ってるわけで、試していない。
「どうだい、この子を弟子にしておくかい?」
ん?
師匠が大家さんに言った言葉にぽかんとする。
「えっと? 師匠、何を?」
「あんたは錬金も使うんだ。名目上だけでも、師がいた方がいいだろう? なに、勝手にやって、勝手に覚えるから手はかからないよ」
師匠がアストリッドさんに勧める内容だが……まあ、確かに、私は自分で勝手にやってしまうこともあるけどね。アストリッドさんの著書の錬金術の本も一通り読ませてもらっているので、弟子と呼べなくもないかな。
「パメラ様のお弟子さんをあちきの弟子にするなんて、ええんですか? 大事なお弟子さんやないですか」
「だからだよ。この子が出来る限りのびのびとやりたいことが出来るなら、それが一番いいからね。錬金にも優秀な師がいた方がいいさね……まあ、相性もあるから無理には勧めんよ」
「パメラ様と名前を並べられるなら、なんでもしますわ! すぐに用意してくるんでまっといて」
大家さんがパタパタと走って出ていった。
うん。突然過ぎて、よく分からない。
「師匠……」
「錬金もやりたいんだろう? 別に、金については二人で話し合いな。レシピ登録をするようなことがあるなら、師がいた方が良いさね」
いや、それはわかるけど……私の師は師匠だけだと思ってしまう。大家さんには申し訳ないのだけど……と思っていたけど、大家さんはあまり気にしていなかった。
「気にせんでええよ。優秀なんはわかってるし、名義が必要なんだから甘えとき。聞きたいこととかは答えるし……あちきの書物見て勉強したんやから、無関係でもあらへんよ」
「えっと……ありがとうございます?」
「レシピはそうやねぇ……ギルドで買うのと同じ値段でうちのも売りましょか」
「あ、ありがとうございます」
なんか、すごくあっさりしているけど、いいのだろうか? 師匠の時も結構あっさりと師弟関係を結んでいたけど……こんなものなのだろうか。
ちょっと戸惑いつつも、準備をしていく。
「すまないね……わたしも先が長くないからね。あんたがいるなら安心できるさね」
「そんなこと言わんでください。まだ、これからでしょう。あの子にはまだまだ必要でしょう」
「そうかい? まあ、あんたともまだ共同開発をしたいからね。まだまだ現役だよ」
「ええ、もちろんですわ」
師匠と大家さんがそんな会話をしていたのは、私の耳には入ってこなかった。