3-6.雇用
兄さん達が全員で出掛けて行き、師匠たちが来るのを待っていたら、突然、玄関の方から声が聞こえてきた。
「すみませ~ん、雇ってくれませんか~」
「うん?」
なんだろうと思って、店に行くと、そこにいたのは黄緑色の髪をしたおかっぱの女の子。眠たげな瞳をしていて、やる気があるようには見えない、怠そうな雰囲気をまとっている。
「えっと?」
「あ、こんにちは~。急なんですけど、雇ってください~」
「……ええっと、なんででしょう?」
どう見ても、働くのは面倒みたいな雰囲気を出している高校生くらいかな。いや、表情が怠そうだから幼く見えるだけかもしれない。
「頑張らないけど~働くんで~」
「いや、頑張ろうよ」
頑張らないけど働くって何だ? 見た目通り、やる気はあまりないらしい。
それなら、働きたいという必要もないと思う。別に、私は従業員とか募集していないのだけど、突然来て、なんで雇うとか、そういう話になったのだろうか。
「こっちもよく分からないんですよね~。ボスから、ここで雇ってもらいなさいって言われて、そのまま来たんで~」
なんだ、それ?
雇ってもらいなさいって、私が雇うこと確定しているのか? ボスって誰?
「貴方自身が雇って欲しいわけではなく?」
「出来れば働きたくないんですけど~まあ、言われたから来たというか~。あ、渡せばわかるって聞いてます~。え~っと、どこやったかな?」
う~ん。
誰かの紹介というわけでもないんだよね?
自分の鞄から、何やら探し始めた。その後、鞄から見つけた物を私に手渡した。
渡されたのは、小さな魔石で作ったコイン。メディシーアの家紋が彫られている。兄さんに頼まれて、兄さんが雇う情報屋さんの部下? のために作った物だ。
これの大きい方を持っているのは、兄さんが雇った情報屋さんだったはず。小さいのはその部下の人たち……。
「その、ある人? はわからないけど、指示をした人が何で雇ってもらうように言ってたか、もう少し詳しく聞いてもいい?」
「え~。確か~、『店の構造上、店に出ると一番攫いやすい。僕ならそこを狙います。だから、店に出ないように貴方が店番にでもなりなさい』って言ってました~。それと、貴族の人とかが直接依頼しようとするようになると~、本人がいるとそのまま我が家へとか~連れ去られて~面倒事になるから~防ぐため~あとは~」
「え?」
最初は指示をした人なんだか、思い出そうとしているのか、語尾がすごく伸びた口調になっているが、言ってることは……身の安全のために、店番をおいて、店には出るなってことだよね?
「思い出しました~! あとは~留守の間に待たされた詫びに直接来い~とか、『窓口ないと困るでしょうから、行ってきなさい』って言ってました~。あ、ちゃんと働くんで、お給料はくださいね~」
「あ、はい」
「あと、てんちょ~のお兄さんの連絡係もお仕事って聞いてます~」
つまり……。
兄さんが雇った人との連絡係として、この人を側に置く必要があり、ついでだから、店番役として雇ってもらいなさいという事らしい。
一応、私の方の身の安全も考慮しているようだ。
まあ、留守にしていることも結構あるから……待たせて貴族を怒らせるのも嫌だし、師匠を巻き込むのもだめだ。費用はかかるけど……店番してくれる人を雇うのはあり?
いや、店を開くつもりなかったんだけど。お仕事頼まれても、困る……でも、店構えになっているし、開いてなくても来る可能性もあるよね。
「その、兄さんが雇った情報屋さんと話ってできる?」
「出来ますよ~。ちょっとまってくださいね~」
そう言って、球体を取り出して魔力を球体に送り始めた。
しばらくすると球体が光り、そこから声が聞こえる。
「ん~、なんですか? ラーナ。僕が言ったこと出来なかったんですか? 本当にダメな子ですね」
「ちがいます~。てんちょ~がボスに話があるって~」
まだ、雇っていないので、店長ではないんだけど……そして、ボスっていうのが情報屋さんなんだろうか。
球体からの声はすごく聞き取り辛いのだけど、球体を近づけて聞けば、言っていることはわかる。
「んふっ……そうですか。改めまして、情報屋をしていますネビアと言います。ご縁があり、グラノス卿に雇われているのはご存じですかね?」
「えっと、一応。聞いてます」
「単刀直入に言いますと、彼と直接会うと目立ちます。彼女を連絡係に置いていただきたい」
それがこの子か……えっと、ラーナって呼び掛けてたから、それが名前だよね。
本人、著しくやる気が無さそうに見えるのだけど、それでいいのかな。
「連絡係が、ラーナちゃんですか?」
「ええ。この子に渡している連絡用のアーティファクトがあれば僕とはどこにいても連絡がとれます。貴方のメリットとしては、厄介な客の対応をしなくてすむといったところでしょうか?」
うん。確かに……貴族とか、困るからね。ラーナちゃんを置くことで回避できるなら私にもメリットになる。
デメリットとしては……店、始めなくちゃいけない。あまりやる気はなかったのだけど……。
「……わかりました。ラーナちゃんを雇います」
「おや、そんな簡単にいいんですか?」
「はい。ネビアさん、兄さんを助けてくれてありがとうございました」
「ん~なるほど。僕には僕の目的があって手を組んでいるというのが正しいのですがね。いいでしょう。そのうち、直接、貴方にもご挨拶に伺いますよ」
「え?」
「ラーナをお願いしますね」
球体の光が消えて、声が聞こえなくなった。
う~ん。アーティファクトか……便利そうだけどね。ダンジョン攻略すると手に入ると聞いてるけど、欲しい物が手に入るとは限らないから後回ししてるんだよね。
でも、便利そう。やっぱりダンジョン攻略も目標に入れたほうがいいかな。
「えっと、じゃあ、ラーナちゃん」
「はい~、仕事したくないんで~依頼は全部断っておきます~」
うん。まあ、それならいいか。
調合依頼が来るかもわからないけど……確かに、貴族とか面倒だから、店番してくれるだけで、任せていいかも。いや、でも仕事したくないって言ってるのに、対応できるのかは心配だけど。
「……まあ、売るための商品も用意していないからね。依頼について、断ってくれるならそれでいいかな」
「わかりました~。じゃあ、面倒なんで~10時から18時まで~この椅子に座って、てきと~に話聞いておくんで~」
「じゃあ、お仕事お願いします。お給料なんだけど……」
「あ~、えっと~日給50Gくらい欲しいです~」
「給金、それだと暮らしていけないんじゃない? 大丈夫? 面倒な相手もしてもらう可能性あるし、迷惑料で150G出すよ?」
「まじすか~、あざま~す」
日給150Gだと、多分……暮らしていけるよね? 店番としては、面倒な相手とも話をしてもらう必要があるし……クレーム処理とか、その分上乗せするべき? それとも、連絡係としての別費用とかも払うべきなのかな?
「日給はだいじょうぶなんで~。あと、ひまなら、内職したりすることもするんで~、てんちょ~これからよろしくおねがいしま~す」
「うん、わかった。じゃあ、よろしくね。あと、今日は師匠と大家さんが来るから、二人はそのまま奥まで通してくれる?」
まあ、店番してくれるというので、お願いしよう。
とりあえず……ソファーにあった、クッション持ってこよう。この椅子に長時間座るのは辛いだろうから渡しておく。
「ありがとうございま~す」
「いや、えっと、よろしくね? 私の名前はクレインだから」
「は~い、てんちょ~、まかせてください~ちゃんと断っとくんで~」
名乗ったので、名前呼びするかなと思ったけど、店長のままだった。まあ、呼び方にはこだわらないので、とりあえず、任せてみよう。
「さて、今日はどうするかね?」
「ちょっと、店番の事で相談が」
後から来た師匠にも相談したら、せっかく店を構えているので、良いことだと言われた。べつに難しく考えずに、傷薬とか、風邪薬や胃薬などの簡単で必要とされる薬を数種類置いておくだけでもいいという事だった。
でも、本人やる気ないのに、商品置いて……間違って売るとか、そういう問題になるのも困るんだよね。
その後、大家さんがやってきて、授業が始まる。わくわくした大家さんといつも通りの師匠……いや、師匠も機嫌は良さそうかな。
3人で色々と気になることを試すことになった。