6-30.謁見を終えて
通された部屋にて、お茶とお菓子が用意されて、それを楽しむ……だけならよかった。
美味しいと思いつつ、机に大量の書類が用意されているのが気になる。
「ラズ様、ここで仕事するんです?」
「僕のはあっち」
「え?」
奥の机に山積みの書類。
じゃあ、このお茶のついでにおいてある書類……全て、私宛だった。
メディシーア研究所の設立に伴う報告書や加入した薬師の情報など。
カイア様とツルギさんが管理しているけど、知っておけということだろう。
数時間後。
「やってくれたものだな、クレイン・メディシーア」
部屋に入ってきたのは宰相とカイア様の二人。護衛はいない。
「ご命令通り、治療の手段は整えました」
部屋に入ってくると同時に私を名指しした宰相閣下には頭を下げて、報告する。
頼まれたことはちゃんとやった。文句を言われる筋合いはない。
「よくやった、痛快であったぞ」
これはカイア様。
楽しそうに笑っている。
自分を呪っていた連中だからね。政治的な意味は理解しても、今までの苦しむ生活があったから許せないのだろう。
やるなら破滅覚悟の費用がかかることで少しは溜飲が下がったらしい。ご機嫌だった。
「なぜ、薬だったのだ?」
「薬師ですから……それに、私だけリスク負うのは嫌ですよ。だって、魔法で治せるとなったら、聖教国に睨まれ、貴族の家によっては恨まれる可能性はあるのに……良いことないです」
「宰相。魔法で治すなら、国で飼ってる聖女とか、聖教国側に頼むべきでしょ」
「ラズライト様、貴方の入れ知恵ですか?」
「まさか。僕は何もしてないよ。本人が好きなように動いただけ」
ラズ様は否定したけど、ある程度は折り込み済みだったと思う。
シュトルツ様からクヴェレ家の動きを聞いたら、私が薬を作る方向に舵を切るくらいは考えていたかもしれない。
シュトルツ様の厚意もあったとは思うけどね。
大会で戦うかもしれない相手に稽古をつけるって、裏で繋がりを感じる。
「残りの二つの薬で争奪戦になっている。追加での作成は可能かね?」
「先ほど言いましたけど材料がありません」
「古い家であれば、家の守りとしてユニコーンの角を所有している家もある……どうだね?」
ユニコーンの角は意外と使い道がないため、家の守りとして玄関とか飾られているらしい。
万病に効くと言われるから、保険で持っておくけど、実際には使わない。
いや、使い熟すのが難しい素材で、そのまま飾りになっているのが正しいのかな。
「ドラゴンの血は在庫がないです。前に兄さんが採ってきたもので、再度の入手は出来ません。他の素材は少しはあるんだっけ?」
「せいぜい、一人分だなぁ。早い者勝ちにして恨みを買うくらいなら、全て用意してもらってから調合するべきだろう。トラブルは持ち込みたくないからなぁ」
クロウの言葉に頷く。
在庫がない。これは本当。
ドラゴンの血以外なら、ナーガ君達とともに討伐に行くことは可能。ただ、彼らだけなら危険なレベルだから、ヒーラーとして私も参加必須かな。
おそらく、A級冒険者のパーティーなら討伐できるだろう。
ドラゴンは、私達はこれ以上関わらない。
彼らは話が通じる上に、悪くない関係性を築けたので、ここで壊すような真似はしない。
ついでに言えば、血液って劣化が早い。
兄さんが持ち帰った後、私が氷魔法で作った氷室に入れておいたから使えたけど……二か月で劣化が始まっていた。
常温保存だと1週間程度で使えなくなる可能性すらある。
これも一応伝えた方がいいのか……。
「ドラゴンに限らないですけど、血はすぐに腐ります。兄さんは取ってきた血を空気に触れさせないように密封し、出来る限り冷やした状態で持ち帰ってます。その後はずっと冷蔵保存ですけど……何もしなかった場合、2,3日でただの腐敗水です」
「……そうか。では、そのように伝えよう」
「材料が揃ったところで、俺は調合ができないほどの難易度だ。婆様ならともかく、そこまで腕がいいお抱えがいるのかねぇ。あの薬の素材自体も貴重すぎて、初めて使うような薬師では扱いきれない。個体ごとに差があるから、あのレシピだけでの完成は厳しい。成功率1割あればいいだろうな。調合を成功するには運が必要になると思うんだがなぁ」
じっと私に視線を送るクロウにいやいやと首を振る。そこまで成功率は低くはないと思うけど。
同じDEX値くらいなら、LUKが高い方がいいのは間違いがない……クロウと私ではLUKは私に軍配が上がる、らしい。
運がいいとは思えないけどね……ステータス上は、運がいいとクロウのお墨付きだ。
個体差も含め、微妙な数値の違いをクロウのおかげで、把握できるからこそ調合できたのだけど、それを公表するとクロウが危険だしね。
「宰相。別に僕を通したくないならそれでいいよ。兄上や父上の命令でも、ちゃんとクレインは聞くと思うよ。もちろん、各家が作るのも構わないけどね」
「子ども可愛さに財産を投げうって治療するか、切り捨てるのか……どの道を望んでも、報いを受けることになるな。各家の動きが楽しみだ」
ラズ様とカイア様は満足気だ。宰相閣下は、眉間に皺をよせている。
でも、すでに恨まれてるっぽいのに、これ以上は勘弁してほしい。
あとは聖教国に頼むでも、材料をかき集めて破産するでも好きにして、これで終わりを希望したい。
「他に方法はないかね?」
「クロウ。実際、症状の詳細知らずに作ったけど、詳細見てどう思った?」
「無理だろう。そもそも、製作するには聖属性かつ解呪の効果を持つ素材。これが前提だが、弱い解呪効果では、あの呪い自体に打ち勝てないのは確認した。こちらも他素材でも試しはしているしなぁ」
「だよね」
私が付与した真珠では、効果が薄すぎた。まあ、本当に弱めの解呪効果はある。
今回の奇病には使えないだけで、可能性はあるのかもしれないけど。
「呪いが弱ければ素材が弱くても何とかなるだろうがなぁ。何度でも言うが、俺は治す価値がある患者とは思わないから、これ以上の研究はごめんだ」
クロウの言うことに、軽く頷く。
本気で助けるなら、魔法だけど……自分の危険を考えると、そこまでして助けたいと思えない。
当然、こんなことに研究を続けるくらいなら、他の研究に時間をまわしたい。
「ラズライト様の名を辱めることになると思わないのか」
「え? だって、ちゃんと薬師としては働いてますし……ラズ様、王族として復帰しないなら、一地方の領主代理としてこのままでも全く問題ないですよね?」
ラズ様の功績を上げるために、私に働けという。
理屈はわかるけど、ラズ様にはそんなことは頼まれていない。
ちらっと視線を送ると、こくりと頷いた。多分、ラズ様も同意見で、手柄いらないと思っている。
「それでは困るのだが。君が手柄をあげてもラズライト様が守ってくれるだろう。彼が本来の場所で能力を活かすことを望むべきでは?」
「う~ん。どちらかと言えば、ラズ様がそうするなら私は逃げます」
だって、本来の身分に戻って、忙しくなって庇護下にはいられなくなる。
ついでに結婚もすることになるだろうから、自然と今の関係を切ることになる。
そうなったとき、危険な気がするから、逃げるのが一番だと思う。
「宰相。今の中途半端な身分だから、平民を愛人にしても文句がでない。王族として、王家の一員として権力を振るう気はないよ。13歳の時に家出してから、身分は捨てたんだよ。僕はね……それでいいでしょ?」
ラズ様も快癒したカイア様に任せることを望んでいる。
それだと、宰相としても、派閥としても、困るのかな?
「良い統治をしているが?」
「そりゃあね。冒険者の気持ちはわかるから、あの町は治めやすい。他でも同じことが出来るとは思っていないよ」
「他にも国への貢献度は高いかと」
「宰相、諦めよ。無駄だ。お主では求めるメリットを与えられぬ。国の管理にしようとすれば、失うことになりかねん」
カイア様の言葉に、宰相が大きく息を吐いた。
メディシーアは被害者の立ち位置を得ているから、このままフェードアウトしたいだけなんだけど、認めるのは嫌そうだ。
「国を裏切る可能性があると?」
「そうじゃないよ。異邦人なんだから、国にこだわりはない。メリットがないなら去る。でも、僕と手を組んでる間はメリットがあるんだよ、この子の中では」
こくりと頷きを返す。
多分、この人くらいしか、逃げてもいいなんて選択肢はくれない。
国のために命を捧げろと言われても、それができないことを理解していて、逃げることを見逃してくれる。
「私にも、貴族からちょっかいをかけられないようにしろと?」
「選ぶのはお主だろう。俺も父上もラズに任せると意見は一致している。本人が一番望むものを与え、恩を売り、信頼関係を作るところからだ。お主やそちらの派閥がちょっかいをかけるなら、俺が対処する。それだけだと言ったはずだ」
カイア様の発言に、宰相がまた息を吐いた。
私をラズ様が管理するなら、ラズ様もそれにふさわしい身分に戻す。わからなくはないけど、本人が望んでない。
「しかし、ですな」
「一度だけ、接触を許してやった。だがな、彼女には俺の命を救ったという、返せない恩がある。よくよく考えよ」
カイア様のすごみにゾクッとする。
無意識に力が入ってしまったが、ラズ様にぽんぽんと肩を叩かれる。
私に対してではない。宰相とカイア様が互いに見つめ合ったあと、宰相が目を反らした。
「クレイン嬢。私は手を引くことを約束する。派閥の者が従う保障までは出来ないが、何かあれば私は君側につくようにしよう」
胸に手を当てての礼。多分、貴族としての謝意を表した礼なのだろうけど。
「いや、無理な事を宣言されても困ります」
「ぷっ……そういうことだよ、宰相。派閥の長として、無理なことは約束すべきじゃないよ。迂闊なとこはあるけど、自分で対処も出来るし、こっちもちゃんと手は打つから」
ラズ様が宣言してくれるのはありがたいけど。お腹を押さえて、吹きだしそうなのを堪えている様子だから、まったく締まりがない状態になっている。
「セルフィス家の方は?」
「一応、対策は取ってるよ。そっちの派閥も動いてることになるから……困るんだけどね」
苦笑しつつも、真剣な表情をしている。
危険はないと信じたいとこだけど。無理な気がするんだよね。
「あ、私はそもそも、派閥がどうなっているか、よくわからないんですけど?」
「まあ、気にしなくてもいいんじゃない? 今は国王派は瓦解して派閥としての体をなしてないけど、そのうち新たに派閥ができるでしょ」
「うむ。元々は父上と叔父上が王位争いによる派閥だったが、叔父上の派閥が盛り返すことはあるまい。ゆっくりと形を変えるが、派閥という制度が無くなることはない。俺やラズを担ごうとする奴らが湧くのは困るので、今は目立つべきではないが……宰相はそう考えておらぬからな」
なるほど。
瓦解した派閥も、また、形を変えて生まれるのか。
王位争いによる派閥だったからこそ、そのままセレスタイト様VSラズ様&カイア様の形で作らせたい思惑があるのか。
「旧帝国や共和国への主戦論派が出来ると厄介ですからな。今は国内に力を入れておくべきだというのに」
「聖教国を攻め滅ぼしたいとこだがな」
「ならば、主戦論派を率いては?」
「断る」
ちらっとラズ様を見ると苦笑している。
つまり、新しい派閥ができた時にも、互いにプロレスして、ガス抜きさせることができるように手綱を握っておきたい。
その派閥のトップとして、カイア様とラズ様の二人を置きたいのか。
「……貴族って、面倒ですね」
「どうせ、呪いを利用していた側は兄上と敵対することになるから、外殻はできてる。セレ兄上も受け入れないし、自滅するまでも時間の問題だよ」
「元冒険者や商人の成り上がった革新派や一部の王弟派は、ラズライト様を推しているので、祭り上げてくるでしょうな」
つまり、派閥を担う可能性の出てきたラズ様は貴族に戻るべきということか。
たしかに、ラズ様が貴族と認められないのって、学園を出てないからとか聞いたけど、革新派は同じく学園を出てない。
派閥として、貶める要素ではあるのだろうけど、だからこそトップを王の息子にしておく動きはありそう。
「国王陛下はなんて?」
「父上は問題ではない。兄上の代で、派閥をある程度管理するための動きだな」
う~ん。
これ、私とクロウに聞かせる必要ない話だよね。
巻き込まないでほしい。わかってて、宰相は振ってるのだろうけど。
「父上は異邦人の件が落ち着くまでの数年は様子を見ると言ってるんだし、その間は僕はクレインの後見だけでいいって許可をもらってる。だいたい、そっちの頼みで、クレインを武闘大会に出場させてる。これ以上は勘弁してよ」
なるほど。数年でどのように派閥が変わるかわからない。それだと困るから、宰相が動いているってことか。ラズ様は最悪は、王族の義務を果たすにしても、今じゃないってところかな。顔は笑ってるけど、ちょっと嫌そうだから、出来るなら戻りたくない?
これって私が貸し借り作ったら、ラズ様の負担になるってことだね。
「おお、大会は楽しみにしている。応援しておるぞ」
「いや、どうせ3回戦負けなんで、応援はご自分の騎士でいいかと」
「うん? 相手が決まるのは当日だろう?」
「いや、何となくですけど。1回戦突破は義務ですけど、多分、どう頑張っても3回戦までかなって……」
ラズ様やクロウはやれやれという顔をしているけど。
ちゃんと頑張る気ではいるんだけど。優勝できる実力はないんだから、妥当だと思うんだけどな。
やるしかないのはわかってるけど……うん、頑張ろう。




