6-28.王都にて
慌ただしく日々が過ぎ、王弟殿下改め、サフィール王陛下の戴冠式の8日前。
漸く王都に到着し、宿へと向かった。
だけど……。
「この時期に部屋が空いてる訳がないだろう、さっさと消えろ、営業妨害だ」
「聞いてた話と違くないかぁ?」
「う~ん。そうだね」
ラズ様が宿泊しているはずの高級宿屋に入ろうとしたら、入口で止められてしまった。
この宿に私とクロウの部屋も用意していると聞いていたんだけど、追い払われる。
あっという間で、名乗ることすらできなかった。
「クロウ。とりあえず、町中見て回ろうか。焦らなくても後3日もあるし」
「ぎりぎりまで製作していて、置いて行かれたんだ。さっさと合流するべきだろう」
クロウの言葉に棘を感じる。
製作期間は余裕があると思っていたけど、病ではなく呪いが対象ということで、予想よりも開発に時間がかかった。
結果、ラズ様と共に王都に行く予定だったのに、後から追いかける形。10日前には着いておくように言われたけど、そこから遅れること二日で、王都に到着。
これ以上遅れることができないデッドラインと言われていたのが3日後。
シマオウとモモの母豹を使って、通常よりも短い時間で辿り着いたのだけど、馬車では間に合わないくらいのぎりぎりだった。
ただ、その魔物連れのせいで、冒険者が高級宿で泊まろうとしたようにみえたのかもしれない。
シマオウ達と歩いているとみんな避けていく。珍しいのだろうけど。
「わかった。別邸に行けば、ラズ様と連絡は取れるから合流はできるはず」
「ああ、貴族街に近づきたくはないが仕方ないかぁ」
ラズ様は宿に泊まるけど、カイア様は別邸滞在する予定と聞いている。ただ、そこまでの道のりが嫌なだけで。
「あの、よろしいかしら?」
「はい?」
振り返ると貴族の若夫人。ちょうど、この宿に入ろうとしていたらしい。
後ろには、心配そうにしている男性もいる。夫婦だろうか?
私は判断できないけど、クロウは瞬時に鑑定したっぽい。眉間に皺を寄せて、私を後ろに庇った。
「ああ、ごめんなさい。警戒させてしまったのなら謝りますわ。申し訳ありません」
「行こう」
クロウにぐいっと腕を引っ張られて、声を掛けてきた女性を避けるようにして立ち去ろうとする。
「クロウ様ですよね? そちらは、クレイン様。私は、クラウディア・セルフィスと申します。この後、ラズライト様とお会いする約束をしておりますので、ご一緒に待ちませんか? そちらの宿で待てると思いますの」
ああ、ラズ様の元婚約者……警戒対象の家か。
でも、ラズ様と約束している上に、私たちのことも知っているらしい。
「……えっと、セルフィス女伯爵との関係は?」
「姉がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません。彼女は先代伯爵の長女、私は四女になります。謝罪と説明をしたいので、どうぞ、ご一緒に中へ」
ちらっと連れの男性に視線を送ってみるが、不思議そうに首を傾げられた。反応がちょっと不思議だ。
最初は貴族の夫婦かなと思ったけど、この人魔導士っぽいし、結構強い気がする。
「あの?」
「ここでは目立ちますので、どうか中へ。お話しないといけないことがあります」
「はぁ……信用できないんでなぁ。一時間以内にラズライト様が来なかった場合、報告させてもらう」
「はい。では、入りましょうか」
結構、強引に宿の中へと入った。
先ほど、入口で止めた人が声を掛けてきたけど、「問題があるなら支配人を」と夫人が指示を出し、撃退していた。
家の紋章を出していたから、貴族に逆らえないのだろうけど。
メディシーアは紋章返しちゃったから、公的に使えないんだよね。一応、身に着けてはいるんだけど。
上の方のフロアに通されると、ラズ様の屋敷で働いているメイドさんがいた。
前にお世話になったとき、食事とかを運んでくれていた人だった。丁寧にお辞儀をすると「すぐに、ラズ様を呼んでまいります」と言って部屋を出ていってしまった。
案内された部屋で、クラウディア様と連れの男性、さらに私とクロウ。この4人で何を話すのか……いや、男性陣は後ろで面倒くさそうにしているから、話をする気もないかもしれない。
でも、何を話せばいいんだろう?
「えっと、ラズ様とはどういう?」
「かつて、姉の婚約者でした。幼い頃はとても可愛がっていただいていまして……実は家には内密で連絡とっていましたの。流石に直接は会っていなかったのですけど、今回はご挨拶とお詫びのために時間をとっていただきました。これが約束している証拠ですわ」
渡された手紙には確かに、今日の日付が入っている。時間指定はないけど。ラズ様の筆跡っぽいし、封蝋は私が知っているラズ様のと一致してる。
「お見かけしたので、せっかくですから、クレイン様とはお話してみたいと思っていましたの」
「お姉さんを治療しろという件ではなく?」
「あり得ませんわ。避妊薬を使わせていたのは父ですから。ようやく、爵位も姉から私に変わります。これ以上、煩わせないようにいたします」
あの人から変わるのであれば、よかった。ほっとする。
師匠のセレモニーの時に顔を合わせたけど、好きになれない。
その前後も、お手紙は沢山もらったけど、ラズ様を通せって理解しないからね。
ラズ様からの依頼しか受けないと公言しているのに、直接、私に命令しようとする。
手紙には正妻であるから当然、みたいなことも書いてあったけど。そもそも彼女は他の人と結婚して、ラズ様とは何の関係もなくなってるはずなんだけど。
「では、本題ですわ。こちら、ラズ様から頼まれていたものですの。着てくださる?」
渡されたのは女性用の騎士服だった。
黒を基調にしつつ、所々に青で縁取りをしている。背中にはラズ様が使っている印章が刺繍されているので、特注だろう。
「えっと?」
「武闘大会に出るために誂えたものです。騎士の方たちの御用達の店ではサイズが小さく製作が拒否されたとか。そういう店に伝手がないからと頼まれましたの」
「ラズ様が?」
「はい。今のお召し物もお似合いですが、上げ足を取る方が多くいらっしゃる大会ですので、こちらを確認してくださいな」
服装にもケチ付けるんだ。武器については、大丈夫と聞いてるけど。
何故、彼女が頼まれたかというと、女性で騎士服をというのは通常の店では拒否される。彼女の異母妹が女騎士として働いているため、今回はその伝手で制作したらしい。
「日取りも少ないため、直しがあればすぐに手配が必要です。着ていただけますか?」
「わかりました」
渡された服に袖を通し、軽くストレッチをしてみる。
動きにくいということもない。サイズもぴったりだった。
半年以上経過しているのに、全く身長とか変わってない? ナーガ君、アルス君はあきらかに身長が伸びてるし、成長しない訳じゃないと思うのだけど。
「大丈夫そうですわね」
「あ、はい。サイズは問題ないです」
「5着用意しましたけど、数は本当に大丈夫ですの?」
「え? 5着も?」
「はい。大会で汚れたり、裂けてしまう可能性もありますから。表舞台に立つときにも着用するでしょう?」
「いえ。大会だけで……他は薬師としてのローブを師匠から受け継いでますから」
公の場では、薬師でいいと思う。大会だけはこの騎士服になるけど。
多分、3枚もあれば十分だと思う。
「今後のために、作っている店を紹介していただけます?」
「もちろんですわ。腕は保障いたします」
せっかくだから動きやすい服は、もう何枚か作って貰うのもありだよね。
公式の場に出る気がなくても、今回みたいなことがあり得る。貴族が尋ねてきたときとかのために用意しておこう。
「クレイン、必要ならこっちで用意するよ?」
ひょこっとラズ様が現れた。
衣装の出来を見て、依頼通りだと頷いている。
「クラウディアも、久しぶりだね」
「ラズライト様。お久しぶりです」
どうやら、夫婦で親しいらしい。
ずっと黙っていた夫のほうも、ラズと呼んで楽し気に会話をしている。
「クレイン。こちら、セルフィス伯爵夫妻ね。父上が王位を継いだ後だけど、数か月以内にクラウディアが伯爵位を継ぐ。前に会ったヴァレリアのことは気にしなくていいから」
「えっと……わかりました」
さっくりの説明だけど、詳細は聞かなくてもいい。見るからに親しそう。
この関係があるから、あまりセルフィス家を断罪とか考えなかったのだろうか。
わざわざ接点を持たせたのは何かあるのか……ラズ様の考えはわからない。
「クレイン、サイズは大丈夫そうだけど、動きは?」
「問題なさそうです。動きを阻害するようなことはないです」
騎士服を確認しつつ、何か言いたげにしている。何か変なとこでもあるのか。
「似合わないです?」
「いや、そこは問題ないよ。ただ、薬師のローブ用の服も、似た色を合わせるかを考えただけ」
ラズ様の色を纏って、公の場に出ろということか。う~ん、ラズ様の関係者としてラズ様の紋章を掲げた服を身に着けるのは、なんか違う気もする。
そこまで強調しておく必要があるのだろうか。
「それでしたら、こちらはいかがでしょうか? 同じ店に発注しておいた白と青を基調とした品です」
念のため、黒ではなく白でも用意していたらしい。軽く、柔らかめの布で、きっちり着こなす騎士と違い、緩めでひらりと揺れる。
魔導士達はこちらのデザインに近いものを着用することが多いらしい。一応、袖の辺りにラズ様の紋が刺繍されている。
「いいね。じゃあ、それも貰える?」
「もちろんです。それから、こちらが用意した装飾品です。ラズライト様の瞳に合わせておきました」
「うん。いいデザインだと思うけどね?」
高そうな宝石がちりばめられたアクセサリーに、一歩下がるとクロウにぶつかった。
ラズ様がちらっと私に視線を送ってきたので、首を振っておく。
間違いなく高い。今日、たまたまあった人からもらうべきものじゃない。
「新たにセルフィス伯爵となり、友好を築くために、過去の遺恨の謝罪として、家を代表したお詫びを受け取っていただければと。今後のお付き合いのためにも、どうか」
「はぁ……ネックレスだけ、いただくよ。他は僕が支払う」
「はい、では、決まりで。クレイン様の瞳に合わせた装飾品もいくつかご用意してありますが」
「うん、遠慮ない値段で請求書を回して。……これで商会は立て直せそう?」
「異母妹も手伝ってくれてるので、なんとか……お姉様のせいで、派閥内からはそっぽを向かれ、援助も厳しい。内部もだいぶがたついておりますが、ラズ様のご紹介のおかげで夫やそちらの家からの援助もありますもの。立て直してみせますわ」
クラウディア様の目がぎらっと光った気がする。
この人、結構やり手なのかもしれない。
ラズ様と会話しているクラウディア様をじっと見ていたら、視線がばちっとあった。
少し苦笑するように首を傾げ、こちらに向き直った。
「クレイン様は、もし、王都にいる間、私以外でセルフィス家の者だと名乗る人がいたら、お姉様側の者とお考え下さい。お手を煩わせることの無いよう徹底しているのですが、完全には難しく……」
「わかりました。他の方は接触してこないなら、大丈夫です」
「もしもの場合は私が直接来ます。父たちが接触すると、色々と話題になってしまいまして。お家騒動に巻き込んで申し訳ないですわ」
人を使ってる時点で、あちら側。だけど、接触してくるのは確定。結構、面倒に巻き込まれてる……かも。
「諦め悪いからね。大人しく領地にいればいいのに」
「ラズ様、他人事過ぎでは?」
「もう関係ないからね」
「……本心です?」
ラズ様は少し複雑そうに顔を逸らした。
元婚約者はどうでもいい存在? 妹はこんなに気にかけてるのに?
実際、最近は迷惑かけてきているのに、気にしていないのか。
う~ん。こだわっているのはカイア様っぽいから、あとで、報告しておこう。
カイア様が動いてくれれば、私への接触がなくなるかもしれない。
「ご迷惑をおかけし、申し訳ありません。ただ、自分を過信して、今更復縁を求めるくらいには、愚かでして」
「あの、事情がわからないんですけど」
いや、多分、あの女伯爵の話だとはわかるのだけど。
狙われている身としては、詳細を知っておきたい。
「そうですわね。すでに、父から爵位を私に譲るように言われて、領地で謹慎するようには言ったのですが、独自に動いていまして」
「えっと?」
「お姉様は爵位を継いだ後も基本は王都にいました。領地での仕事は父がしていました。領地に行きたくはないのと、こちらにはそれなりの伝手もありまして……他派閥の方々も支援してまして」
まあ、領地はやってもらえるなら、王都で過ごすというのも有りなのかもしれない。マーレとか、基本ラズ様が治めてる。似たように代官を置くことは普通だろう。
「我がセルフィス家は王弟派、なのに、第一王子殿下に諭され、ラズライト様との婚約を破棄し、先王に傾倒してしまったのです」
「えっと、派閥替えをしたということです?」
「いえ。派閥をそのままにです。客観的に……あまり、自分の行動を見れない方でして」
貴族の派閥というのは構造的に重い。信用が大事であり、利権も絡む。派閥に泥を塗ったまま、居座る神経は理解できない。
それでも、庇う存在が第一王子だったのかな。
「ああ。時と場所を考えられない方なんですね。セレモニーでもそうでした」
「サフィール陛下が即位することになった時点で、姉を当主としている価値は無くなりました。そのことを姉とその夫だけが理解できていないのです」
未だに子どもさえできればいいと考え、私に治療を求めている。
それをラズ様が望んでいるとすら思っているって、精神的におかしい気がするけど。
「我が家は爵位を譲るにしても、これ以上ご迷惑をかけられません。落ち着いてからということになっているのですが。その間、勝手な行動を始めていまして」
「なんで、幽閉しなかったんです?」
「しましたわよ? ただ、抜け出すことを手助けする者もいるのですよ。一つ一つ、お姉様に手を貸すものたちを消してはいるのですけど。おめでたい時期に最終手段は使いたくありませんし」
領地に送ったけど王都に来てしまっているらしい。
現状、伯爵家の者って名乗っても、どっちだかわからなくなる。そのためにラズ様の下へわざわざ来たらしい。
「クレインが危ないとしたら大会前後だと思うけど、警戒はしておいて」
「わかりました。この宿は平気なんです?」
「宿全体を僕が貸切ってるよ」
「それで、宿に入れなかったんですか……」
「メディシーアの証をもってるなら、自由に入れるはずだよ? それで兄上のとこのも出入り自由になってるけどね」
「いや、めっちゃ止められました」
名乗ることもできずに、ポイって感じだった。
支配人にちゃんと言っておいてほしい。
その後、ラズ様とご夫婦でいろいろと話をしていた。どうやら、ラズ様としては伯爵家とはいい関係を継続したいらしい。いや、今までは断絶してたので、関係を結び直すのだろうけど。
「では、失礼いたしますわ。本日はありがとうございました」
「あ、ありがとうございました」
優雅にエスコートされて、クラウディア様は帰っていった。
なんだから、色々と大変だなという感想しかないけど。
とりあえず、身の回りには気を付けつつ、さっさと終わることを願おう。




