6-12.四十九日(2)
フォルさんとお茶をしているとラズ様が戻ってきた。
セルフィス家とはカイア様が話をしているので、顔は出さなくなったそうだ。
「クレイン。ちょっといい?」
「はい、何ですか?」
「僕とカイ兄上の部屋、とある貴族に譲ってほしいんだけど」
部屋ということは、宿屋にしている建物だろう。
部屋を用意しろという貴族達は多く、事前に話があった人のみということで、貴族の爵位に関係なくお断りしているのだけど。
「……いや、それやるとキリがないないんですけど?」
「知ってるよ。それでも、僕とカイ兄上なら中でもいいんでしょ?」
話を聞くと、セレスタイト様のお嫁さんの父親……ソロル侯爵。重要な人であり、流石にマーレに戻すわけにはいかないという。
あと、一緒の宿に泊まるのも嫌なため、二人とも中を希望。
もう一部屋についても、空けておくらしい。
「わかりました。レオニスさんの家に部屋を用意します」
「レオの家はディアナいるでしょ。無理なら、僕はマーレに戻ってもいいけど?」
「……別居中って聞いてないです? レオニスさん、今、師匠の部屋の上を使ってます。部屋は有るので大丈夫です」
面倒だけどしかたない。
部屋の掃除は、面倒だから魔法で埃を消してしまえばいい。
他に宿に泊まる人達には失礼のない様にと注意をしておこう。
「掃除するまでは、作業場で待ってもらえます?」
「うん、後で紹介するから」
「いや、それよりも食事も用意しないといけないんですかね?」
「そうなるね」
「……ツルギさんに伝えてもらえます?」
満足してもらう食事を用意できるのが彼しかいない。
いや、普通の食事なら私とかでも平気なんだけど。流石に、舌が肥えてる人には厳しい。
「わかったよ、フォル」
「かしこまりました」
フォルさんに伝言をお願いし、急いで荷物を運び出す。
カイア様とラズ様が使っていた部屋を掃除しつつ、浄化〈プリフィケーション〉でぴかぴかの部屋にした状態でラズ様と共にご挨拶に向かった。
「そちらがクレイン・メディシーアか。わざわざ連れて来るとは、ラズライト様のお考えがわかりませんな」
「そう。わざわざ、明日のセレモニーに参加を希望するくらいだから紹介しておこうと思ったけど、余計なお世話だったようだね」
「王族に対し、随分と砕けた方だと聞いておりますよ」
「……」
許可なく話すことが出来ないので、ラズ様の後ろで頭を下げ続けている。
そのまま、ラズ様と侯爵が話を続けていて、漸く終わったので、部屋を出た。
「悪かったね」
「いや、師匠の顧客でもなかったのに、何しに来たんですかね」
ラズ様に対しても、色々と嫌味も含めた話をしていたけれど。まじで、ずっと許可も出ずに頭下げ続け、一言も話すことは無かった。
領地がここから遠いことも知っている。
嫌な思いをさせるために来ないでほしいのだけどね。
「よく我慢したね」
「別に、事実ですよ? 平民の小娘が生意気にも国王になるお方に対し、無茶な要求をしたって自覚もありますから」
「そう。それならいいけどね」
むしろ、私よりもラズ様の方がよく我慢しているなと思う。ラズ様の立場が中々に複雑すぎる。
近々王子という立場になるけれど、めちゃくちゃ馬鹿にされていた。放蕩息子扱いらしい……ラズ様も兄嫁の父親に対し、失礼なことも出来ないのだろうけど。
「暗い顔だな、どうした?」
「……ツルギさん」
ラズ様が大丈夫だと言うので、部屋の掃除をしていたら、いつの間にかツルギさんがいた。
気配を確認するが、この家には他に人はいない。
「何でもありません」
「君もわかっているはずだ。あの貴族はセレスタイトに王位を継いでもらわないといけない立場だ。君やラズにきつく当たるのは許してやれ」
「そんなことを言いに来たんですか?」
「いや? 君が俺を避けるくせに、労働力としていいように使ってくれるからな」
にんまりと笑う彼の眼が笑ってない。まずいと思ったけど、退路が塞がれている。つい、軽々しくお願いをしてしまったのがいけなかった。
「……すみませんでした。つい、甘えてしまいました。今後、気を付けます」
「違うな、謝ってほしい訳でも、頼むなと言ってるわけでもない」
追い詰められたと思ったけど、すっと手を掴まれ、手の甲にキスを落とされた。
流し目で色気のある表情をされて、ドキッとしつつ手を振り払ったら、苦笑が返ってきた。
「クレイン。君の頼みなら何でも聞きたいと思ってる」
「あ、ありがとう?」
さっきまでの男の顔から、いつもの表情に戻っている。別人のように振舞わない限り、やっぱり彼だなとも思う。
「だが、今日のディナーについては、カイアが対処する。君は気にしないでいい」
「ん? こちらは用意しないということ?」
「ああ。そこまでのサービスは不要だ。ラズを馬鹿にする奴に君が誠心誠意もてなす必要もないしな。俺らで対処しておく」
忙しいところに勝手にやってきたので、対処しなくていいと言うなら助かるけどね。
何も用意しなくていいのだろうか。
「それと、明日も味付けは全て、俺の方でやっておいたからな。あとはナーガに任せても大丈夫だ」
どうやら、準備の方もだいたい終わったらしい。
「甘いところは君のいいところだが、付け込まれると厄介だからな。貴族はどちらが上か下かを決めたがる。わざわざ貴族の流儀に沿って、持て成さなくても平民だからでどうとでもなる」
「あ、いや、でもさ」
「まあ、あっちを利用するならいいが、君が利用されるようなことが無いようにな」
利用すると言われても、そんなことが出来るような器用さはないんだけどね。
「だいたい、なんで師匠の顧客でもなかったのに、こんなとこに来るかわからないんだけど」
「主要な貴族名と治める土地くらいは頭に入れておいてくれ。ソロル侯爵家は王都の西、国境を守る家柄で、難民救護をしていて、流行り病の兆候が出ている家だ」
「うん? 私、スタンピードでそっちに派遣される予定だったような」
「だから、その前に上下関係を叩き込んでおきたいって魂胆だ。あっちも強くは主張できないからな」
どうやら、私に接触してきたのも、そっちの関係らしい。
事前に顔を見ておく機会がここしかなかった。そういうことらしい。
「ラズが後ろ盾である以上、それなりに我儘も見逃される。危なければ、君はわかるだろうしな。だから、譲歩する必要はない」
「そういうこと、先に言っておいてほしい」
「ラズの立場で言えるわけないだろう」
若干呆れたように頭を小突かれた。
「まあ、あちらも何も知らない方が侮ってくれるかもしれないがな」
「う~ん」
情報を持っていても、持っていなくても面倒事には巻き込まれる。
「ナーガにも言ったが、ライチ以外の鳩も増やすことを検討し、何かあれば連絡をくれ。緊急ならネビア経由で」
「あまり頼り過ぎないようにしておきます」
「頼って欲しいんだがな」
いや、それもちょっとね。
兄妹ではないという線引きが出来たので、頼りにくい。
「大丈夫。何とかなると思う。危険は感じてないし……セルフィス伯爵家には色々とやり返さないとだしね」
「無茶しない程度でな。カイアが色々と証拠を押さえたいらしいから囮にされる可能性は考慮した方がいい」
「カイア様も弟好きだよね」
「そうだな。目に入れてもいたくないようだな」
うん。
もう、弟を馬鹿にした女伯爵を潰す気満々だよね。手を広げ過ぎな気もする。
「さっさと終わらせて、薬の研究したい! せっかく、キノコの森にも行けるようになったのに」
「ああ、懐かしいな。もう平気だと思うが、気を付けてな」
前に行ったときは足手まといだったからね。
今なら、ボス以外は問題なく狩れるはず。
「研究所の件だが、要望はあるかい?」
「クリスティーナだけは入れないでほしい」
「ああ、それはやっておく。他にも、お師匠さんをギルド追放するのに関わった大御所どもは、全て申請を却下してある」
「さすが、兄さん」
「……兄と呼んだら、キスをするぞ」
さっと距離を取ると、楽しそうに笑った。
「失礼いたしました、シュヴェルト卿」
「わかった、わかった。そこまで他人として接するのはやめてくれ。ただ、気を付けるようにな」
「はーい。わかってる……皆にも言ってあるけど、フォローよろしく」
割と、言い間違いしそうな面子がちらほらいるんだよね。
人のことは言えないけど。
「……ありがとう、ツルギさん」
「そのうち慣れたら呼び捨てにしてくれ」
「う~ん、どうだろう」
あまり、呼び捨てできる雰囲気ではないんだよね。
そのまま「さん」付けで呼びたいかな。
「明日が正念場か」
明日さえ終われば、貴族達からの接触も基本は断てるんだよね。
多分。
とりあえず、頑張ろう!
後書き、失礼いたします。
『異世界に行ったので手に職を持って生き延びます』
書籍2巻、発売決定&コミカライズ決定です!
読んでくださった皆様、ブックマークや評価をしていただいた皆様のおかげです。
ありがとうございます。
詳細につきましては、後日、ご報告いたします。




