6-11.四十九日(1)
師匠が亡くなって、47日目。
明日、師匠の四十九日としてセレモニーを行う。
この世界では四十九日という考え方はない。それでも、私達の区切りとして、そのタイミングで納骨をしようと決めていた。
だけど、見届けたいと考える人が多かった。
結果、セレモニーを開くことになった。
大勢の人が集まって、開拓地の外に詰めかけている。
師匠が亡くなったとき、王都では色々とあった。
それでも、結構な人数が火葬の時に参加していたのだけど……明日、同じくらいの人がすでに門の外に詰めかけている。
そんな大人数が泊まれるような施設はない。
貴族の人達にはマーレにて泊まり、明日来るようにお願いしている。
一部、宿屋に泊めろと主張され、面倒事が増えていく。
宿屋に空きがないと言っても、納得しないのは本当に困る。
今、宿屋使っている人達はカイア様とかスペル様、ヴィジェア様、シンザ大司教様など顔見知りでかつ、色々と事情がある方たちだけなので、諦めてほしい。
ちなみに、兄さんの死については、冒険者関係の人達から「残念だ」とか「これからだったのにな」という言葉を貰っている。
ただ、どうしても一般的には師匠の死の方が大きい。
一緒に扱うことも出来ず、困っている。
兄さんが死んだことを知っている人が大半だけど、師匠のためにこの地に来た人達には関係ないことだ。
「生きてるしね……」
そのことを身内しかしらない。伝えることもないからこそ、どう扱うか困る。
粗雑に扱いたいわけではないし、悲しんでくれた人もいる。
兄さんについては、師匠のお墓の隣に墓だけ用意してある。
身内は生きていることを知っているので、明日の弔問客用でしかないけどね。
「はぁ……悩みは他にもあるしね」
明日のセレモニー。
当然、私が仕切るしかないので、準備はしている。
一応、迎賓館にて、ビュッフェのような形で軽い食事やお酒をふるまう予定。
師匠を偲んでお別れ会を行う。その時には、多少豪華に食事を用意することも考えていたけど、予想以上の人数で準備に追われている。
どこからか聞きつけた各ギルドの使者とか。他の地域のギルドからもご挨拶したいとかね。
生前の師匠とも関わりがあったことも嘘ではない。師匠の火葬の時に参加できなかった分も参加したいという人が多く、改めて師匠の人脈の凄さを知った。
「クレイン。また、こっちに侵入しようとした人をシマオウが咥えてたよ」
「ああ……シマオウならラズ様のとこに連れて行ってくれるはず。こっちで対処して、後から面倒起きても困るしね」
「オッケー。それから、明日用のサラダ分の仕込み、グラノスさんの指示で終わったよ。メインの用意に入るって」
「レウス……ツルギさんか、シュヴェルト卿ね? 明日、絶対に間違えないようにね?」
そこだけは、全員に言ってあるけど、一番怪しいのがレウスなんだよね。ナーガ君とか、そもそも名前出すことの方が珍しいから大丈夫だと思うけど。
なんだかんだと、準備が忙しいということで手伝ってもらっているんだよね。
「あ、そっか。気を付ける。でもさ、こっちに普通に入れちゃっていいの?」
「……カイア様の護衛ってことで、中に入っているからね。カイア様がこっち入ってくるのに、護衛は駄目とは言えないし……ネビアさんにもラーナちゃん達を預かってる手前、こっちに入る許可だしてるしね。明日の準備のためにも助かるからね」
「婆様の名に恥じぬ料理を用意する必要もあるしなぁ。ラーナから、在庫が無くなったと伝言だ。どうする? 薬を追加するか?」
レウスに続いて、クロウもやってきた。
それぞれが明日のための下準備をしてくれている。ついでに、警備もあるので、シマオウ達も頑張ってくれている。
ティガさんが来客対応をしてくれているので、任せているけど。色々と問題発生をしている。
「ラーナちゃんには店閉めていいって伝えて……追加したところで、買い占められるしね」
「転売目的を潰す方法がないからなぁ」
「商業ギルドの方には伝えたから、対処してくれるはずだけどね。とりあえず、この状況では店は閉めて様子みよう」
本当に薬が必要な人達なのか、転売目的かはわからない。
ただ、ラーナちゃんに頼んで、一人3種類までとして売ってもらったけど、それでもすべてが完売となると、転売目的もあるのだろう。
他で必要な人については、どうしても薬が必要な場合は受付にでも言うだろう。
「箔付けのために、店の物を買ったところで意味はないだろうになぁ……」
「繋がりを持ちたいんでしょ。貴族は……ラズ様に防いでもらいたいけど、今はそこまで手が回るとも思えないからね」
「ああ、依頼があれば作るがなぁ」
貴族はともかく、平民で求める人も結構いるみたいだからね。マーレの人達はともかく、他の地域からの人達はその町の薬師ギルドで買った方が安い。今、ここで買う理由はメディシーアと繋がるため……。
「面倒」
「クレイン。大工のおっちゃん達も面会したいって言ってたよ」
「そっちは明後日とかに時間作るよ……なんか、依頼があるって聞いてる」
「ふ~ん。俺の手、必要?」
「いや、レウスは大丈夫。厄介事ではないはずだよ。前から頼まれてる、マーレまでの道の舗装の件とか、大工さん達も建築資材についてだと思う」
「了解」
師匠の件があって、この地の大工を全て引き払ってもらった。
棟梁のカーペンターさんからは、ずっと謝罪に来たいという手紙を貰っていたけど、引き延ばしていた。ファベクさんは残ってるし、カーペンターさんは構わないのだけどね。
そっちもなんとかしないといけないことはわかっているけど、漸く落ち着いてきた。
焦って、また厄介事を増やしたくはないんだよね。
レウスは去ったが、クロウが何か言いたそうに残っている。
「クロウ、どうかした?」
「やれやれ……どうするつもりなんだ?」
「……何について聞いてる?」
「予想以上に人が多い。貴族連中が、平民と一緒に食事をすることに難色を示すだろう」
「それはどうしようもない。こちらとしては、希望者は食事をというだけだからね。……嫌な思いをしたくない人は引き出物を渡して帰るように促すしかないけど」
「無理だろうなぁ……」
多少の面倒事が起きることは想定しつつ、対処するしかない。
とりあえず、メディシーアらしく、傷薬とハンドクリームの詰め合わせに、菓子折りとして蜂蜜クッキーを用意してあるので……ルナさんとリュンヌさん、ディアナさんが必死に詰めてくれている。
「あんたは顔を出さないのか?」
「いや。ラズ様のとこに戻って、挨拶回りするよ」
「そっちか」
「うん?」
「ゆっくり話せてないだろう? グラノスと」
「いや、マーレで会って、ちゃんと和解したからね」
ツルギさんがカイア様の護衛として、門の中に入り、みんなに挨拶をしたとき。
クロウは近づいて、肩をぐっと掴んだ後、泣いていた。
色々言いたいこともあったのだろうが、結局、「良かった」とだけ言っていた。
一発殴るとかするかなと思ったけど、そんなことはなかった。
その後、レウスとルナさんにも抱き着かれたり、ティガさんと話をしていたりと様子は見ていたけど、私は一言も話をしていなかったら心配したようだ。
すでに、ナーガ君と私はマーレで顔を合わせている。
だから、その場面では何もしなかっただけなんだけどな。
「気持ちはわからんでもないが、あまり、避けてやるなよ」
「わかってる。ただ、特別扱いすると、ジュードさんとかもこっちに家ほしいって言いだしそうだし」
ネビアさんは自由に許可出しているけど、ツルギさんを特別にこっちに入れることはできない。
少しずつ解決するしかない。今、無理に彼を特別扱いするのは、怪しいだろう。
注目を浴びている状態だしね。
クロウと別れ、ラズ様の元へ向かう。
「それで、僕のところにきたの?」
「一応、不法侵入者の顔を見に? 身元、わかりました?」
「セルフィス伯爵家が雇った冒険者だよ。面倒なことにね」
セルフィス伯爵家か。
ラズ様にバレない様にしつつ、フォルさんに視線を送った。反応は無かった。
「貴族の方々も増えてますけど、冒険者まで。一応、土塀でわかるようにしているんですけどね」
「わざとだと思うよ。自分のとこのが不祥事を起こしたことを詫びる形で接触したいんでしょ。兄上と相談してくるよ」
ラズ様は、カイア様のところに行ってしまった。
私が立ち上がる前に、以前、見たことがある女性の従者さんがお茶を出してくれた。
さらに、珍しく、私の前に座ったフォルさんにも驚きだけど。
普段、同じ席についたりしないだけに、珍しい。
「お忙しいところに申し訳ありませんが、少し、お話をしてもよろしいでしょうか?」
「はい。ラズ様が嫌そうに出て行った件ですか?」
「それもあります」
う~ん。先ほどお茶を出してくれたお姉さんもいるし、二人きりではないから問題はないと思う。
ただ、なんだかすごく深刻そう。
「彼女は私の従姉弟であり、同じように幼い頃から仕えておりますので、ご安心ください」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて、お互いに名前を名乗ってご挨拶。彼女も戦闘出来るタイプのメイドさんらしい。
「先ほど話題に上がりましたセルフィス家ですが、その後はいかがでしょう」
「何もしてなかったら、あちらから手紙は追加できています。時間を作れというかんじですね」
「なるほど。捕らえてしまった以上、接触は避けられませんが……どうされます?」
「あちらが何を考えているかもわからないのですが……」
面倒なことが起きる。それはわかるけど、目的がわかならいなら対策もたてようがない。
「クレイン様の働きもあり、来月にはサフィール王弟殿下が国王として即位なされます。それに伴い、ラズ様は第三王子という立場となります」
「はい。えっと……あれですか? 私とラズ様の関係を切れとか、そんな感じです?」
フォルさんは私とラズ様が結んでいる契約を知っている。王子ともなれば正妻を持つ必要があるだろうし、まさか、今更婚約者に戻るとか?
「セレスタイト殿下が立太子されます。お子様もいるので後継については問題はございません。いまのところ、カイアナイト様がキュアノエイブスを含む、公爵領を代理で治めること。ラズライト様はその補佐となり、いずれはセレスタイト様のお子に公爵領を引き継ぐ路線で検討しております」
それを私に教えて良いのか? まだ、発表されてないと思うけど、既定路線ではあるのかもしれない。
ラズ様は正妻迎えないし、私が妾のままでいいというのも色々と問題がある気がする。
「クレイン様を身内として留め置くにはこの方法しかないと判断されました」
「あ、えっと……」
爵位渡されたら亡命すると宣言しているから、爵位は用意できない。
平民と王子が結婚は出来ない。
結果として、妾のまま据え置くことを王弟殿下が認めたらしい。
「……それで?」
「セルフィス家より、ラズ様へ復縁が申し込まれております。平民の愛人がいても構わないと」
「ん? ラズ様と白い結婚ってことです?」
王弟殿下が愛人を認めた。なら、その愛人ごとで構わないから結婚するってこと?
そういうことなら納得する。誰だって、娘を嫁がせる男がすでに妾を囲っているとか嫌だろう。そう言う点では新しいラズ様の婚約相手を用意はできない。
だから、それを認めてやるから、和解するってことかな。
「そう単純な話でもないから、対処に困っております。以前にお伝えした通り、セルフィス家からの話は聞かずに断ってください」
「はい。どのような条件であっても、私は何もしないということですね?」
「ええ。まず、相手方……セルフィス女伯爵は、ラズライト様との婚姻及び、メディシーアによる不妊症の治療を望んでいます」
「詳しい事情をお願いします」
話をまとめると、ラズ様と4歳上のセルフィス女伯爵は、婚約関係だった。
三男のラズ様には継げる爵位はなく、女ばかりのセルフィス家に婿に行くことになり、年齢的には次女か三女の方が釣り合うが、長女と婚約となったらしい。
しかし、ラズ様が13歳の時に家出をして、学園に通うことが無かった。学園にいかないと貴族として認められないという暗黙のルールがあり、自然と婚約破棄となり、女伯爵は伯爵家に従属する子爵家の次男と婚姻した。
そして、10年間。子どもが出来なかった。
しかし、ここには裏の理由がある。
元より、女伯爵と現夫の子爵家次男は恋人だった。4歳下のラズ様では物足りないとかで、ラズ様に対し、種だけもらい、子どもは現夫と育てる。王弟家に伯爵家のことは口を出させないと宣言したらしい。
そして、ラズ様は出奔した。ついでに女嫌いになったという。
「それ、ヤバくないですか?」
「先代伯爵は、娘の事情を知り、王弟殿下に謝罪しております。また、あの二人は結婚させるが、跡は継がせないと言い、不妊薬を盛り続けていました」
しかし、予定外にも先代伯爵は死んだとき、教育していた四女が継ぐことに対し、王から横入りが入り、結果として、元凶となった長女が伯爵家を継いだ。
「えっと、それでも、なんでラズ様との縁談になるんですか? もう10年前に、女伯爵様、結婚しているんですよね?」
「別れて、ラズ様と復縁するということです」
「……認められるんですか?」
面倒なことに、ラズ様本人がいままで安否不明ってことになってたから、後継者が必要なため、仕方なく婚姻したということになってるらしい。
「ラズ様が公的な場に姿を現したのは、先日の王都攻めが実に12年ぶりのことになります」
「……それで、12年ぶりに生きていたのを確認したから、ラズ様と婚姻すると言い出した?」
「はい」
う~ん。
ラズ様を利用して、交換条件として不妊治療を受けたいということなのかもしれないけど……それ、どう考えても長年、避妊薬を飲まされ続けた結果だろうから、無理だよね。
「私の方で対処して、貴族への無礼があった場合は?」
「カイア様よりフォローしていただけることになっています」
私の確認にフォルさんはにっこりと笑った。
「わかりました。ラズ様から紹介されても、私が不快なため、セルフィス家はお断りすることに変わりはないということで」
「ありがとうございます」
貴族とのやり取りは、ラズ様が紹介という形ですることになっている。それを無視して近づいて来るなら、拒否もしやすいんだけど。
家は潰さなくても、現伯爵を追い詰めて、家督を譲らせたいとこだよね。
関わりたくないけど、関わるようなら……そんな自己中な女伯爵が墓穴をほって自滅してほしい。




