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異世界に行ったので手に職を持って生き延びます【書籍2巻発売・コミカライズ 決定】  作者: 白露 鶺鴒
第六章

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6-10.聖教国の事情


 薬師としての正装。

 師匠が使っていた一張羅のローブを身に付けて、大司教様が待つ部屋へ。


「初めまして、クレイン・メディシーア殿。シンザと言います」

「シンザ大司教様、初めまして。クレイン・メディシーアです。こちらが……」

「……ナーガという」

「ナーガ・メディシーア殿ですね。どうぞよろしく」


 師匠と同じくらいの年齢のお爺ちゃんがにこにこと笑いながら、手を出してきた。その手を取って握手をする。

 う~ん。好々爺というのが良く似合う人だ。


「カイア殿とラズライト殿に無理を言って、このような機会を設けていただきましたが……お会いできてうれしいですよ」

「いえ……その、直接お会いすることが出来まして、恐悦至極に存じます」

「ああ、無理はなさらず。ただの爺として、お話しください。パメラ様に命を救われただけの爺ですから」

「いや、それは……」


 ラズ様とカイア様もいるので、流石にそんなことも出来ない。

 ただ、黙って聞いているので、私に任せているらしい。


「パメラ様に代わり、薬を調合していただけると聞いています。ありがとうございます」

「いえ。師匠がしていたことなら、受け継ぎたいですから」

「あのお方も良いお弟子さんをとったようだ。色々と噂は聞いておりますが、安心しました」


 眼を細くしてにこにこと笑っていて、とても良いお爺ちゃんに見える。


「聖教国が王国を巻き込むべきではないのでしょうが、薬を調合できるものがおりませんので」


 奇跡の御業として、怪我や病気を治すことで寄付金を得ている国が、薬を調合する技術がないのは当然だろう。

 ただ、怪我は治せても、病気治せる人は少ないって話だけど。


「今年は、色々と騒がしい年ですからね。ここで、死なれては困るということで、お願いをしたのですよ。あなたには迷惑かけてしまいますが、今年だけだと思ってお許しいただきたいのです」


 少し困ったように笑っているが、言っていることがとんでもないよね。

 教皇様に向かって、来年以降は死んでくれて構わないって言ってるよね。


 いや、ただの好々爺ではないことは理解できたよ。


「はぁ……いや、来年はいらないんですか?」

「聖教国も色々と波乱の状況が続いてまして。現れた異邦人もですが、権力闘争が激化しており、今、死なれるのは困るということです。来年になれば事情も変わっているでしょうが、お願いする可能性ももちろんあるでしょうね」


 にこにこと言う内容ではないよね、それ。

 つまり、来年のことは来年。絶対に薬を頼むほど、教皇のために動いている訳でもないらしい。


「教皇派の方々が自分のことに精一杯で、手配が出来ていないようなので動きましたが、本来、敵対派閥でして」

「え~っと、まあ、色々あるんですかね」


 そういう裏事情に巻き込まれたくはないのだけど。


「ねぇ、ファブロスの台頭は前からだよね? そんなに動きが変わってるの?」

「ええ、ラズライト殿の言う通り、以前からあの派閥の存在感はありますな。しかし、若すぎる。他の候補者よりも10以上若いからこそ、次の次の教皇という暗黙の了解がありました」


 しかし、異邦人の出現により変わった。

 まず、2人現れた異邦人を殺された。そこで、殺した派閥を束ねる枢機卿を追い落とした。続いて、帝国側の支援を受けていた枢機卿も自滅、さらに病気により一人死んでしまった。

 

 ついでに、現教皇様よりも年嵩の枢機卿は、以前から辞退していることもあり、実質の教皇候補は3人に絞られたらしい。


「こちらとしては、現在筆頭となったファブロス枢機卿を潰したいのでな。その時間を稼ぐのは構わない」


 カイア様の言葉に、冷や汗が出る。事前に聞いていたけど、カイア様は自分を呪った枢機卿を許す気はないらしい。

 とてもいい笑顔で圧をかけている。


 だけど、枢機卿を潰す発言に対し、にこにこと表情を変えないお爺ちゃんも怖い。


「薬はいつ頃には完成しますか?」

「あっ、はい。出来ております」


 私が一歩下がろうとすると、助け船を出すように、ツルギさんが私に尋ねた。

 こくこくと頷いて、ラズ様に手渡すと、少しため息をついた後にカイア様とアイコンタクトをして、シンザ大司教に渡した。


「これはこれは、本当にありがとうございます」

「いえ。やるべきことをやっただけですから」


 これを渡したから、もう話は終わったよね? という一縷の望みをかけてラズ様を見るが、首を振られた。


 まだ、用件は終わらないらしい。


「噂では、王弟殿下の第三子をたぶらかし、王権を奪取しようとした抜け目のない女性と聞いており、色々と心配しておりましたが、安心しました」


 いや、何を?

 私の噂、どうなってるの?


「あまり苛めないでくれる? 巣穴から出て来なくなりそうだから」


 ラズ様。それはフォローのつもりなのだろうか。

 巣穴……いや、まあ、問題がないなら色々と研究したいから、出来るならそうしたいけどね。


 関係性としては、敵対はしていない程度の仲、なのかな。

 別に、次の教皇として推しているとかでも無さそうだ。


「それは困りますな。いや、グラオ司祭の言う通りで安心したのですよ」

「グラオ?」


 誰? 首を傾げると、横腹をとんっと突かれた。


「……マーレの神父の名前だ」

「あ、そういえば……」


 ナーガ君から若干呆れたように補足が入ったので、うんうんと頷いて誤魔化す。

 いや、でも、私は名乗られたことあったっけ? いままで、神父様で何も問題なかったからね。


「私はあの子の師のようなものでして。まあ、落ちこぼれ同士、馬が合ったのですがね。あなたのことは彼から話には聞いてますよ」

「えっと、神父様にはお世話になっています」


 何を話しているんだろう。

 あの人には色々とバレているので、どう反応していいか、困る。


「聖教国では、聖魔法が使えるかどうか、これは出世に大きく関わるのですよ」

「えっと、光魔法ではなく?」

「光魔法が使えないものには人権はありませんのでね。使えて当たり前、だからこそ、次の価値を聖魔法で決めるのです」


 そういえば、聖魔法使えるってバレた時に、推薦がどうのって話があったかもしれない。

 しかし、人権が無いって言うのもすごいな。自分たちは選ばれた人間であり、その中でも聖魔法はさらにエリートってことかな。


「グラオも頑張って隠そうとはしたようですが、すでにあなたが聖魔法を使えることは広まっておりますな」

「あぅ……」

「私の見たところ、すでに枢機卿を名乗る方々よりも実力は上でしょう。一歩でも聖教国に入れば、自由が利かぬ身になるでしょうな」

「……行きません」


 聖魔法のレベルか。

 何だかんだと使うこともあって、すでに聖魔法7になっている。これはかなり高いっぽいんだよね。


 私が7になったのは、種族の適性が高かったことも関係しているのだと思うけどね。ドラゴンの件で、種族をなくしてからは若干だけど、使いにくい気はしている。


「王国の王族の伴侶をどうするつもりだ?」

「国同士のことですからね。正式な妻ならともかく、妻になることが許されない身分であれば、退かぬ方々で溢れた国であること、ご承知でしょう?」

「全くだ。呪いの件も含め、しっかりと責任を取らせたいところだが、清廉潔白な者がいないからな」

「ええ、困ったものです」


 カイア様の圧力を感じる目線も受け流す程度には、海千山千の老獪さを感じる。

 私が聖教国に囚われでもすれば、助け出すのは無理ということかな。


「ファブロス枢機卿が念入りに用意した呪いのようです。呪いが解けたという情報が入ってきたときに教皇様の見舞いに行ったという情報からも、聖魔法7以上でないと解けなかった可能性がありますね」


 だらだらと汗が流れ落ち、俯く。


 事前に調べていたが、聖教国でも聖魔法を使える者は限られている。

 さらに、現在の教皇様は聖魔法7らしい。う~ん。もっとトップなら鍛えて、極めてないとなれないとかにしておいてほしいけど。


 これで、次の教皇様が決まっていないことからも、多分、教皇様より聖魔法を使える人いないんじゃないかなという気がする。


 何も考えずにカイア様の呪いを解いたけど、これで自分の実力がバレるとか思わない。さらに言えば、聖教国の上層部では、私がやったことに気付いてるってことだよね。


「王国に派遣される大司教は聖魔法5以下だったな」


 カイア様の呪いがバレても、治療できる人がいない状態にしていたのか。


「え? そのファブロス大司教は?」

「聖魔法4になったのが40代前で話題になりましたが、その後は一つしか上がっておりませんので」


 聖魔法4になると大司教になれるのか。

 なるほど? 何だか、さっきから汗が止まらない。


「実際、光魔法10であるグラオ司祭が聖魔法を覚えずに燻り、早く聖魔法4になった後は政争に明け暮れ、魔法を鍛えずにいる。信者や病、怪我に苦しむ者に寄りそうという聖教国の成り立ちなど、まやかしでしかありません」

「はぁ……」

「殺された異邦人達は、聖魔法を取得しており、育てば教皇すら超えるのは誰の目にも明らかでした。どの派閥にとっても、死んでほしい存在だったのは間違いないのです」


 じっと私の顔を見てくるシンザ大司教。その目には、「お前もだ」という意志が透けて見える。

 つまり、他国の人間であっても、私は邪魔な存在であるということ。


「私は薬師です。ついでに、冒険者。ただ、ラズ様との関係もあり、王国からは極力出ない方針です」

「ええ、それが良ろしいかと」


 ちらりとカイア様とラズ様に視線を送ると二人とも頷いてくれた。

 他の国にはいかない。できれば、他国の薬草とかも勉強したいのだけど、それは今ではないというのが確定した。


「パメラ様のセレモニーには参加しますが、私への直接の挨拶は不要です。また、他の大司教も顔を出すようですが、無理に話をしないでもいいですよ。ああ、二人きりになることは絶対に避けてください」

「はい。そうします」

「教皇様からお礼の招待があった場合は、『二度と薬を作らない』と断ることをお勧めしますよ。そう言えば、どの爺たちも薬を用意できなくなる不安から、強行しないでしょうからね」


 なるほど。こくこくと頷いておく。

 ラズ様がため息をついているので、後で、色々言われるかもしれないけど。


 危険な場所に行かない方法を教えてくれたなら、それは感謝しかない。

 あとは、師匠のセレモニーの準備をして、当日に備えよう。



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― 新着の感想 ―
色々敵対派閥の悪い情報を漏らしつつ恩を売るw老獪だなぁw コレ多分暗に「いざとなったら逃げこんでくれて良いよ」って言ってるよねw 帰国させるとは言わないけどw
他の聖教国の人間がメディシーアとパイプ持てないようにしてない?
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