6-4.素材不足(4)
2日後。マーレスタットの薬師ギルドにやってきた。
「お久しぶりですね、クレイン嬢」
「レカルスト様。お久しぶりです。今回、冒険者ギルドとの素材の件でお時間をいただき、ありがとうございます」
薬師ギルドの職員は、ちらちらと私の様子を窺ってくる。敵意は無くなったけど、なんだか注目を集めているらしい。
「構いませんよ。ヨーゼフギルド長。素材集めに苦心していると噂も聞いておりますが、いかがでしょうか?」
「それがのう。お嬢ちゃんに相談したところ、別の疑惑が浮上してな」
「疑惑ですか?」
レカルスト様がばっとこっちを見たので、とりあえず頭を下げておく。引継ぎが漏れていたとか、そういう話ではないけれど。想定していなかった事態ではある。
「まず、資料を用意しました。シュパルゲルの茎ですが、おおよそですが、冒険者ギルドに納品されていた数字と、師匠が把握していたこの地方での納品数の数字を纏めました」
「この数が正しいと? しかし、以前の納品記録と一致しておりません。元々が素材は必要な数の倍という契約だったと把握しています。どう見ても足りないのでは?」
うん。納品記録と使用数の数が合わないのは、改ざんしているのだと思う。
材料費にかかる費用が変わるため、通常のレシピで作ったことにしている。その差額はおそらく裏金としてギルド長とクリスティーナの懐に入ったのだろう。
「うむ。こちらでは、レシピの内容まで把握していたわけではない。ただ、こちらが納品した数とそちらが受領した数、おそらく数字が異なるじゃろう」
冒険者ギルド長には事前に説明をしていた。確認をとったけど、昔より薬の作成数が増えて、他の支部に融通していたらしいからね。納品した素材で、多めに作れた分をさらに買い取っている記録はしっかり残っていた。
「しかし……この数では、失敗を一切しないとしても、数がぎりぎりでは?」
「まず、こちらを確認してください。こちらがクリスティーナ・ハンバードが考案したアレンジレシピです」
「……なるほど。意外ですね、大した腕もないと考えていましたが……」
うん。ギルドでは通常のレシピしか販売していないし、見落としたのか、そこら辺は調べていないってことだね。
大したことのない腕というのも、師匠に好意的な薬師の場合、クリスティーナ嫌いなんだなと思う。一応、彼女も上級薬師だけど。
「もとより、師匠と袂を分かつ前は、期待された新人だったので、薬師ギルド内の評価は優秀みたいです。シュパルゲルの茎が5本必要なところを2本で、さらに作りやすい改良が施され、中級下のレベルで作成可能になっています」
師匠がセージの葉を百々草で代用したことをきっかけに袂を分かったと聞いている。そこから、発想を得たのだろうなと思う。
しっかりと、効能も変わらずに貴重な素材を減らして作れるようにしている。
「ちなみに、こちらが師匠が王家に登録しているレシピで、私が使用していたレシピです。代替素材のキノコは持ってきています。ただ、師匠の方はちょっと難易度上がっているので、その……」
「職員が扱うには難しいでしょうね。しかし、ハンバード嬢のレシピを使うのも癪に障りますが」
師匠のレシピは中級上に分類される。私の場合、キノコの森でのパワーレベリング後で普通に作れてしまったから、問題はなかった。中級中で駄目なら、師匠のレシピは調合できないだろう。
「同感です。なので、師匠の未発表のアレンジレシピをお持ちしました」
クリスティーナの名前が後世に残ることは嫌だ。私は邪魔したいと思う。
私自身、ほんの少しだけ会話しただけの人だけど。好きになれない。
「作成難易度は中級下、材料はシュパルゲルの茎を一本まで減らし、代替素材としてシイマッシュ茸に、ラゴラの根。どちらもシュパルゲルの茎よりは入手しやすく、値段も手ごろです。問題は、煮込み時間がそれなりにかかるため、一つ辺りの製作時間が増えるところです」
こういう改良については、クロウが役に立つので、頑張ってもらった。師匠のメモからきちんと形にするのは難しくないとはいえ、緊急だったから急がせたけど、何とか間に合った。
「ふむ……このレシピは?」
「師匠が研究していたものを私とクロウで形にしました。師匠は構想はあったようですが、彼女の邪魔しないように配慮したのか、登録はしなかったみたいです。出来た品はこれです」
品質に問題はない。問題があるとしたら急ぎだったので、干しキノコを使っている。
もちろん、生キノコでも作れるけど、試すための生のものが数が少なかったのでね。生の場合の個数も書いてあるから、問題ないけれど……ライさんが採ってきてくれた素材はギルド長がまとめて渡した。
「こちらのレシピは登録を?」
「はい。連名という形で、師匠の名を残せればと思います」
「わかりました。では、こちらで手続きを行い……このレシピでの製作に切り替えて、素材不足を解消したいと思います。数が足りない分については」
「双方のギルドで話し合い後、どうしても足りない分はこちらで作ることもできます」
流石に、私から薬師ギルドに戻した途端に問題発生もまずいとは思うので。
足りないなら、作るけど。本当に不足するのか、確認した後でもいいと思う。
「今年、冬から春にかけて、セージの葉が不足していたこともあり、生態系が狂ってしまい、他の素材にも影響が出ている可能性はあるので……」
「こちらでも調査をさせてもらう」
冒険者ギルド長の方で、素材については、周辺の再調査を行うことになった。セージの葉を食べれなかった魔物たちが、他の薬草系食べたりしているとか、減ってる可能性はある。
私達はダンジョンで入手した素材と、百々草で代用していたから、不足しなかった。完璧に見落としていたんだよね。
「セージの葉がなく、あれだけの納品を行っていたのですか?」
「ええ、まあ……ラズ様が戻りましたら、相談してみます。師匠のアレンジレシピは、薬師ギルドを通さずに認定受けているので、薬師ギルドにはないというか……そこら辺を王弟殿下にも上奏して判断を仰ぎます。ただ、薬師ギルド内の不正も明らかにしていただきたいのですが」
「ええ、お任せください」
マーレ周辺ではただの雑草になっている百々草がセージの葉の代わりになるとか……大々的に発表するわけにもいかないだろうしね。
今回は急ぎだったけど、他の必要なレシピを公開するのがいいか、政治的な問題もありそう。
「本部の方ともやり取りし、素材だけでなく裏金の流れも確認しましょう。冒険者ギルドの方へは、調査後にご報告でもよろしいかな?」
「薬についての知識はないので、嬢ちゃんを一緒に立ち会わせてもらうがな」
「ええ、こちらもその方が助かりますので」
「えっ!?」
私、まだ、この問題に付き合うの?
お互いの妥協点見つけて、今後の素材納品数決めるまで、双方でやって欲しいんだけど? 私は足りない場合のフォローだけでよくない?
「本部も、今後、マーレスタットはメディシーアに独占されるということにはしたくないでしょう。しっかりと調査に協力させて、膿を出します。そのためには、冒険者ギルド側にいていただきたい」
「そういうことじゃ。嬢ちゃん」
「……はい」
まあ、例外作ったりして、他の地方でも薬師ギルドではなく、他の薬師に仕事取られたら目も当てられないしね。
半年で、私達が冒険者ギルドに納品して稼いだ金額、薬師ギルドは損をしている。その補填に流れてたりするのかな……。
冒険者ギルド側に私がいるなら、抑止力があるってことなんだろう、多分。王の息子の専属薬師名乗ってるしね。後で、特別支給で報酬は入れてくれるというので、最後まで付き合おう。
「しばらく、ギルドの立て直しに時間がかかりますな」
「薬師ギルド全体が、師匠より彼女を評価していたわけですし……せっかくなので、上層部をちくちくとしたらどうですか?」
「そうですな。国王陛下が変わりますし、上層部の顔が変わっても問題はないでしょうな。早めに立て直し、王都に行くためにもご協力をお願いしてもよろしいか?」
うん? 協力って何?
立て直すのはわかるけど、どういうこと? 上層部、全員を罷免するってことじゃないよね?
これ、ラズ様に報告? それとも、カイア様? カイア様に問題起こすなと釘さされてるんだけど。私の発案ってことにならないよね?
「週に1度、実演という形で、調合の講習をお願いできませんか? パメラ殿から引き継いだ実力を、下の者に教える形で」
いや、どう考えても、私やクロウの方が薬師を始めたの遅いんだけど?
そもそも……DEXを上げることが出来ないとなると、薬への理解度を高めるとか? 何度も作るしかないと思うのだけど。
「困るのう。お嬢ちゃんは冒険者なんじゃが」
「ええ、もちろん。承知していますが、冒険者ギルドも薬が作れないままでは困るでしょう?」
「それはそうじゃな」
庇うなら、最後まで庇って!
面倒だから、そんなことを引き受けたくはない!
「それで、どうするんじゃ、嬢ちゃん」
「……ラズ様から許可とっていただけましたら」
「承知いたしました。では、話を進めておきましょう。この機会に、是非、パメラ様の名声も取り戻したいですし、ご協力を」
「はい、もちろんです」
うん。師匠が薬師から尊敬されないのは理解できないからね。
とりあえず、季節のお便りを二通作成しよう。ライチ以外にも、鳩が必要になりそう……。