6-3.素材不足(3)
「本題ってなんでしょう?」
ティガさんから、今後の見通しについては、確認したいのもわかるので応じたけど。
ここから、本題となるといい感じがしない。
「グラノス……いや、ツルギについて話しておきたくてね」
「はぁ……そうですか」
「素面で話すのもなんだから、少しどうかな?」
お酒の瓶を取り出された。お酒のお誘いだった。
ちらっとクロウを見るけど、微妙そうな顔をしている。
「どうしてもです?」
「一人で考えても結論が出ていないようだしね。このままでは支障をきたすから、お酒の力を使って、愚痴ってでも解決をした方がいいんじゃないかな? クロウ、きみもそう思うだろう?」
「まあ、そうだなぁ……」
「わかりました。じゃあ、つまみ、取ってきます」
まだ、夕方というか、夕食前ではあるのだけど。軽くつまみを用意して、席に着く。
「それで、お話は?」
「そうだね。まず、彼はこちらで暮らすことは無いと考えていいのかな?」
「多分。本人の希望はわかりませんが、無理だと思います。王の代替わりで落ち着くまでの数年はカイア様を支える覚悟でいると思います」
「……きみは、それでいいのかな?」
「おい、ティガ!」
ティガさんが切り込んできたことに、クロウが止める。
だけど、ティガさんは真剣な瞳でこちらを見ている。
「えっと?」
「きみの本心を知りたくてね」
「別に、男女のあれこれに外野が口を出すべきじゃないだろう!」
「いや。今まで、共に歩んできた彼をあっさりと切り捨てるならば、きちんと説明してほしい。わたしとしても、今後を考えないといけないからね」
う~ん。切り捨てたか。いや、まあ……彼の説明に対しては、私も上手く言葉に出来なかった部分があった。具体的に全てを話したわけではないけれど、私と彼が決別したことは感じ取ったから、この話をしているのだろう。
ティガさんとしては、感情に振り回されて、方針をころころ変えるようなのがトップでは嫌ということかな。そもそも、私がトップなのは、私も嫌なのだけど。
「……正直に言いますと、彼が他人となることを選んだと思っています。あと、私としては恋愛感情、これっぽっちもなかったので。急すぎて、意味が解らないというか? いつから? 今すること? という、疑問だらけで、整理が出来ていないです」
「いつからというなら、きみが死にかけた時だと思うよ。それ以前は一切、そんな感情はなかったからね。あの時のことは、わたしでも転機だった」
「だろうなぁ」
二人して、呆れたような目をしないでほしい。そんなあからさまなことあった?
覚えはないけれど、彼らとしては転機はそこだと思っているらしい。
確かに、あの頃からは極端に貴族関連の話を遮断していた気もする。その頃から準備をしていたのだろうか。
「いや、そうだとしてもですよ……何の説明もなくってどうなんです?」
「説明できる状態だったかぁ? 俺が攫われたのも、婆様の死も想定外だろう」
「わたしもそう考えるね。きみが視野が狭くなった状態だからこそ、ああいう動きをするしかなかったと思うよ。わたしも事前に相談はするべきだと思うけどね」
「いや、そこは違うだろう。ティガ、あんたとグラノス間に信頼関係なんてないだろう。相談が来るわけない」
「それは……いや、まあ、互いに意見が合わない部分はあったのは認めるよ」
ティガさんと兄さんは意見合わない部分って、私の統率能力に対してだけどね。正直、私だってそれが出来るとは思ってない。
ただ、危険察知の部分が大きいから、ある程度影響力があるというか……説明不足とかも含めて、私を肯定した上で、補佐にまわってくれていた人がいた。だから、上手く回っていたのだろう
それを切り捨てているのを見せられ、今後は自分達がフォローするのは嫌かもしれない。確かに、今後を考えもするだろう。
「すみません……」
「あんたが謝る必要はないだろう。だいたい、おこぼれをもらってる立場なんだからなぁ。意見は個々に違って当たり前、全て同調してまとまる方が異常だろう。ドラゴンの件は、多少の危険は承知で動いたのは、まだ時間があると俺ら全員が考えていた」
クロウの言葉に頷く。
私も、ドラゴンについては納得はしている。私が渋ったのをティガさんと兄さんで止めたけど、私も納得したのだから。
あの選択が間違ってたとは思わない。
「だいたいティガもクレインも、あいつの能力を高く見過ぎだろう。直感があるわけでも、見極める目も、千里を聞き取る耳があるわけでもない。あいつは、俺らの中でも一番の戦闘特化能力と、自前の臨機応変に動ける賢さ、ついでに好きな女の思考を読んだ行動、それのみで切り抜けてるだけだ。コミュニケーション能力もあるように見えて、割と杜撰だしなぁ」
「わたしとしては、その思考を読むのは少しきもちが悪いけどね」
「え? 助かってましたけど?」
兄さんが私の考えを割と先読みしてくれるおかげで、動きやすかった部分も多いと思っている。目的と手段について一致していたから助かっていた。
「ほらな。どうせ、男女の仲なんて、当事者しかわからないんだから放っておくべきだ」
「そのようだね」
う~ん?
確かに、彼は割と何でもそつなく切り抜けているけど、言われてみると特殊な危険察知能力を持ってるわけじゃない。
コミュニケーション能力も表面的には問題ないけど、ずれてることは多々あった。
「救出された俺が言うのもなんだが、かなり行き当たりばったりだったはずだ。二人で脱出する余裕がないから、囮になって死んだふりをすることにしたと言われた方が納得する。途中で作戦を変えただけだろう」
クロウは彼の動きには好意的だ。一番被害を受けたし、ショックも受けていたと思う。
急だったから、その場の勢いで行動するしかなかった。でも、そう考える割には、ちゃんとドラッヘン用意したりと、用意周到に準備しているようにも見える。
「だいたい、死にかけた後、目覚めたら四面楚歌の状態。そこから、必死に逆転のために駆けずり回って、役目を果たした。その後、好きな女と二人きりで邪魔も無い。やり遂げた解放感もある。男なら盛るだろう。迂闊に二人きりになった方が悪い」
「いや、クロウ。そこは賛成できないかな。流石に、今までの経緯は説明する義務があると思うけどね。彼が何を考えて行動したかはわたしも知りたいところだ」
私も説明義務はあると思う。
そもそも、そういう行為は合意があって成立するはずだ。
しかし、クロウはだいぶお酒回ってきている気がする。兄さんもクロウもお酒大好きだけど、弱いんだよね……鳥人の血が入っているからかな。
「クロウ。兄さんのこと、庇い過ぎじゃない?」
「あのなぁ、戦闘後なんて、何もなくても興奮することだってあるんだ。死の危険があればなおさらだ」
「それは否定できないけれど、そこで終わってしまうのはどうなのかな。彼が率いる立場を突然捨てて、現状、仲間内で揺らいでいる。上に立つ者として、彼の行動は責めるべきだろう。それに嫌でも引き継いだ立場であれば、他の者が混乱するような立ち居振る舞いをすることも問題だろう」
「それはそうだなぁ、そもそも上に立つならしっかり立つべきだ」
ティガさんとクロウでも意見が一致しているのか、していないのか、判断がばらばらだ。そして、私に飛び火した。
私が拒否するのは、仲間内でも今後に関わる重大事態であるという認識はあるっぽい。
「いや……まあ、私も少し意地を張り過ぎました。ちゃんと、その後でも話し合うべきだったかもしれないです」
自分的には対象外で、相手もそうだと思い込んでいただけで。
傍から見ると、相手は私を想っていたらしく……そんな相手と二人きりになったのは私で……迂闊だった。流されたのも私だしね。
しかも、その後、感情に任せて拗ねて帰っている辺り、率いる立場となった身から言えば、軽率でしかない。
「すみませんでした。もう少し、理知的に行動できるように善処します」
「あんたにそれは期待していない。だいたい、一癖も二癖もある連中を纏めようとするだけ無駄だろう」
クロウにきっぱりと切り捨てられた。そこはそう割り切っていいもの? いや、まあ、仕切れる自信も無いから、各自自由にという指針を立てたんだけどさ。
「ティガ。あんたも、振り回すな。こんな狭い土地で恋愛とか、男女のあれこれを考えるのは勘弁してくれ」
まあ、それには同意する。私もクロウも、恋愛する気ないのは一致しているんだけど。ただ、それを押し付けるのも違うのだろう。
「そうだね。すまないね。ただ、感情的になるなとは言わないけれど、出来れば経緯を伝えてくれるかな。わたし達は彼ほどきみを理解していないからね。きみの行動は読めないことが多いし、お人好しで付け込まれやすいところもある。若者組も君の態度には不安定になるからね」
「以後、気を付けます。とりあえず、今後については、きちんとあちら側の意思も確認して、混乱の無い様に致します」
本当に、うん。彼の気持ちに沿うかというとその予定はないけど。
それはそれとして、きちんと話し合いはしないといけないと考えを改めました。
ツルギさんは他人でもう関係ありませんって、私の立場で言うべきではない。今まで支えてくれていたわけだし、アルス君とか、多分、不安になるよね。申し訳なかった。
次に会う時は、もう少し冷静に話し合いの場を持とう……互いに思うところを話し合わないといけない。
「さっさと流されてやればいいだろう」
「いや、なんか……急すぎて、引いたというか。相談してくれないとか、信頼できなくない?」
「あんたなぁ……夫婦間であれば、信頼関係が大事なのは認めるがなぁ……あんた、ナーガに好きだと言われて、いきなり結婚の話になるのか?」
うん?
いや、普通にお付き合いというか、恋人だよね? そもそもがその気はないのだけど。
「そういうことだ。一足飛びに考えすぎだ。土台を一緒にするべきだし、恋人であれば意見の食い違いも当然だろう。それを踏まえて、夫婦になるかを検討するのであって、喧嘩も無く、いきなり信頼できないで切り捨てるな。冷静に話し合え」
「クロウ……そもそも、告白と同時に襲ってる時点で駄目じゃない?」
「クロウ。わたしを責める割にはきみも結構口を出していると思うけどね」
「だいたい、もっと早く気付くべきだろう。男と女だと」
「えっと、はい……」
クロウが完全に酔っぱらっている。ティガさんからのお説教ではなく、クロウに切り替わってしまった。
普段、口にしないだけで、それなりに鬱憤が溜まっていたらしい。
「……反省します」
「うん。わたしはきみに敵対をするつもりは無いれけど、かれと同じことは出来ない。その上で、皆がきみの一挙一動に巻き込まれる。その覚悟をして、皆を率いるように頼むよ」
「……はい。頑張ります」
兄さんに甘えていた部分が大きい。しっかりと考えないといけない。
それはそれとして、まずは現状の問題解決しないとだけどね。
「もう潰れそうだね」
「多少強めのお酒だったので、仕方ないかと……何か、恋愛面で面倒事があったんですか?」
私の件以外にも、何かあったのか?
男女間の問題、今まで無かったと思うのだけど。
「そうだね。私が聞こえた範囲だと、離婚されるそうだよ。クロウに相談をしていたね」
「えっと……」
「クロウはしばらく体調が優れなくて、世話になっていたからね。わたしは関わる気はないけどね」
「……聞かなかったことにします」
ディアナさんとレオニスさんの関係については、ノータッチかな。相談されれば聞くけど。巻き込まれて、クロウもストレスが溜まっていたのかもしれない。
「クロウを部屋に寝かせておくよ」
眠っているクロウをティガさんが連れて行き、私はナーガ君に声をかけて夕食の準備を始める。
「クロウにも、自由に飲めるように渡しておこうかな」
ストレスの溜め過ぎは良くないだろう。
ついでに、たまに、意見交換の場を用意した方がいいのかな。私がお説教受けるだけだと、遠慮したいけど。それぞれに思うこともあるだろうし、周りも見ないといけないな。