5-43.ここから再出発
一週間後。シマオウに乗って、モモと一緒にゆったりと開拓地に帰ってきた。
戻ってきて早々に、今回のことをみんなに説明した。
グラノス・メディシーアが死んだことも、ツルギ・シュヴェルトという名で生きることも。
王が譲位し、私達を庇護していた王弟殿下が即位すること。貴族がここに来る可能性も減ったこと。
王国内での異邦人達の選別が完了し、一部は帝国に売り払ったりと、王国内で必要な人以外を放出したらしいことも……。
情勢が変わることと、仲間には手を出さないという約束を貰ったことを伝えた。
色々と話をして、今後の行動は各自の判断によるとした。
「つまり、これからは自由にということだね?」
「ルストさんとルナさん、リュンヌさんはまだ犯罪奴隷なので、国を越えることが難しかったり、完全に自由にできない部分もありますけどね。ただ、王が変わるときに恩赦がでるらしいので、それに合わせて、減免して、自由にできると思います」
当面の危機は去った。
私がドラゴンに襲われる心配もない。
貴族達も簡単に手出しは出来ない。
後ろ盾が王になったこともだけど、手を出したときには上から報復を受けることになる。
身の安全が確保できた。少なくとも、ここにいる仲間は危険はない。
「何もすることが無い感じ?」
「レウスがしたいことをすればいいと思うよ。師匠の49日、お墓に納骨をするときは集まってほしいけど、あとは自由行動。本人の責任で」
「オッケー。じゃあ、ミリエラダンジョンで肉を採ってくる!」
「レウス。肉は大量にあるから、わざわざ採ってくる必要はないだろう?」
ティガさんが嗜めるようにレウスに言っているが、その通りではある。
そもそも、ダンジョンで肉? あのダンジョンは鉱石を採取するためのダンジョンだし、採れる肉も爬虫類系になるなら、やめてほしい。
ただ、ここを開拓するにあたって、それなりに付近の魔物を狩っているので、国境山脈側の魔物を減らすのも生態系を壊してしまうから良くない。
「お肉採りに行きたいなら、また、獣王国側行くのもありだよ? ラズ様に申請しておこうか?」
「すぐに許可でないでしょ?」
「そうだね。しばらくは無理だとは思う。それどころじゃないから」
「……キノコの森は厳しいのか?」
「う~ん。素材採取のためって、ギルドにお願いすれば、なんとかなるかな?」
キノコの森、調合素材が豊富な場所なんだけどね。魔物は出るので、魔物の肉も手に入るけども……ダンジョンに入る許可、お願いしないと微妙。冒険者の等級が足りてない。
薬素材のためと言えば、実力は無くても許可でるだろうけどね。
「そもそも、なんでお肉?」
「やりたいこともないけどさ……肉採ってきて、干しておくくらいなら俺でもできるしさ。クレインと一緒に帝国いったけど、悲惨な状態じゃん? 食料危機なら、沢山作って、売りさばいてもいいじゃん?」
「たしかに……僕も火山の後、帝国の町や村に寄ったけど、どこも食料足りてなかったね。レウス君、僕も手伝うよ。あって困るものじゃないだろうしね」
「……俺もやる」
そういえば、帝都で食料渡したときに、レウスが興味津々だったね。
以前から、魚の処理や魔物の肉の処理もやっていたので、彼らでも出来るけど……。
「レウス。肉だけだとバランス悪いから、本気で売るつもりなら香草とか食べれる実やキノコも覚えた方がいい。師匠の書置きがあるから、それを覚えてからにしたら? それから、売り物にするなら、私かクロウが鑑定して、問題ないかをチェックしてからね」
自分達が食べるように加工している処理ではなく、売り物として加工する手間はかかるけど、工夫をした方がいい。
さすがに、同じような干し肉を大量に売られても困るだろう。あれはあくまでも足りてない人への施しであって、商売として流通できるものじゃない。
さらに言えば、食中毒とかをメディシーアが起こすわけにはいかないため、絶対に鑑定必須。
さらに言えば、食料無くて困ってる人に、いきなり肉とか、重くて食べれない気がするんだよね。
それなら、おかゆとかがいいだろうけど……米、貴重だしね。小麦ならうどん? どちらにしろ、小麦も不足ぎみだったはずだしな。
「う~ん。食料を売るなら、少し調べた方がいいかな」
「クレインさん。それ、僕がまとめるよ」
「アルス君。レウスがやりたいことだから、レウスにやらせないと駄目だよ」
「あ、そっか。じゃあ、手伝うくらいにするね」
「よしゃっ、がんばってクレインより料理上手くなろう!」
「えっ……いや、うん。そうだね」
レウス、今、なんか失礼なことを言わなかった?
レシピさえあれば、私の料理は普通に美味しいはずなんだけどな。
まあ、師匠のレシピなら間違いはない。兄さんが残していったものもある。これを見れば美味しく作れるので作り方をメモするようにと本を渡しておく。
「はい! それなら、私、調味料を作るの教えてほしい。味噌とか醤油、作ってるんだよね? 今年植えた豆をそれに加工したいの」
「ルナ。それ、絶対にグラノスさん帰ってきてから相談した方がいいって」
「レウス? さっきから失礼だけど、言っておくけど、今使ってる味噌もどきだって、私が作ったんだよ。兄さんが改良したやつは把握しているし、私がアドバイスしても作れるからね?」
だいたい、こっちではそもそもの素材が違うのを頑張って加工しているのに。
まあ、居残り組は料理をしない人達ばかりだったので、これからは自分で作るという意識に変わったのだろうけど。
「わたしとしては、乳製品の加工をもう少し進めてほしいね。チーズの種類が増えるとお酒も進むからね」
「そうだなぁ。ハムやベーコンももう少し改良が出来るだろう」
ティガさんとクロウも参戦してきた。それは、出来るだろうけど……。マーレで買えばいいと思う。卵や牛乳のために家畜として魔物を増やしたけど、そっちの加工食品まで、手がまわらないよね?
いや、これからは時間が出来るから、研究することも可能かな。
「安全な場所を確保できたのであれば、食事に力を入れるのは当然だろう? 人は楽しみがないと生きていけないよ。大量に作って売りさばくのも、悪いことではないけれど、自分達の暮らしも良くしていくべきだよ。……薬を調合することは必要なこととはいえ、需要と供給のバランスが崩れるのもよくないだろう?」
ティガさんの言っていることは間違っていない。
出来れば美味しいものを食べたいし、薬については平時に必要ないものを作り過ぎるのも良くない。
研究は続けるけれど、主要な収入源にしないというのもわかるけど……そもそも、お金は結構ある。人数が増えなければ、多分、暮らしていくには十分なのだけどね。
「いいだろうか。私は甘い物が欲しい。蜂蜜を使って、もっとデザートを増やして欲しい」
「それいい! シロップと蜂蜜があれば、結構バリエーションふえるよね。でも、砂糖とかチョコレートもほしいかも」
「砂糖は気候としては、甜菜を探すことになるかな。サトウキビが育つ環境じゃないだろうし……ただ、甜菜あるのかな? チョコは多分、共和国にあるみたいだけど」
「やっぱり難しい?」
「別に、砂糖を買うことも出来るだろうがなぁ。薬の素材としての購入なら、目立たない。少なくていいなら手に入れることは可能だろ」
クロウの確認に頷く。
この世界、甘味は少ないんだよね。砂糖は貴重。いや、調味料自体がすごく高価だから仕方ないけど……砂糖は薬としても記載されている。
調合のためと言えば、購入は難しくないけど……それで注目を集めるのは面倒でもある。
「そういえば、獣王国の方で、甘い大根の話があったっけ?」
「あっ、かじると少し甘いけど、お腹を壊すって言ってたね」
「う~ん。それを出来れば入手したいとこだね」
レウスとアルス君の話だと、自生しているわけでもない? 甜菜であれば、加工して砂糖を作れるかもしれないけど……作り方を知らない。
獣王国に行くのもすぐには難しい。来年の作付けまでに考えればいいことかな。
「今後についての展望は各自で考えることでいいんじゃないかな。しばらくはゆっくりできるのだろう?」
「婆様の納骨が終わったあたりで、また考えればいいだろう。ようやく落ち着いたんだしなぁ」
「クロウはすぐサボろうとする! まあいいや、レシピとかどこにあるの? 教えて」
「う~ん。おばあちゃんの件が終わったら、収穫の時期だと思うから、手伝ってね」
「その通りだ! 普段は手伝うことが少ないのだから、やってもらうぞ」
「あ、もちろん。手伝うよ。その、普段もできる事があれば言ってくれれば」
「ルナ、ぼくがやるからお兄ちゃんって言ってよ」
「……食べ物の話で腹が減った。飯にしよう……」
うん。みんながそれぞれ好き勝手いうから、ナーガ君、面倒になったね。
全員が賛成だったので、食事を用意することになった。兄さんがいないので料理担当がいない。各自1品以上作成して、みんなでご飯ということになり、豪勢ではないけど和気藹々とした食事になった。
ディアナさんやラーナちゃん達も呼んで、食事会。お酒も飲み始め、盛り上がっていく。
ただ、いつもなら師匠と兄さんが座る席が空席で……みんながどことなく視線から外して、楽しさの中に一抹の寂しさを滲ませながら楽しんだ。
「……家、どうしようか。二人だと大きすぎるよね」
「……ああ」
食事がお開きになって、家に戻る。
元々は師匠と兄さんと私とナーガ君……4人で住んでいた家は、2人になると寂しく感じる。
私より4日早く帰ってきていたナーガ君は、一人でこの家で寝ていたのだろうか。
「……一人だと色々考えるから……戻るまであいつらの家に行っていた」
「ああ、そうなんだ……師匠のこと?」
「……どっちもだ」
師匠のこと。それに、兄さんのことか。
「……何か、もっとできる事があったのかなって、私も思うよ」
師匠の死は、わかっていた。
それでも早すぎる死ではあったけど……。
ただ、もし、兄さんの動きをもっと考えていたら、こんな別れではなかったのかなとも思う。
「…………話は出来たのか?」
「微妙に? 二人で話できるように先に帰ったの?」
「……俺は納得してない。会ったら言いたくないことを言うから……さっさと帰った」
ナーガ君が悔しそうに言った言葉に頷く。
そう、納得できない。
やっと言葉が分かった気がする。私も納得できていない。
せっかく、綺麗にグラノスという一人の男が死んだと思わせたのに、私達のせいでバレることになってはいけない。でも、なんでだと、自分達よりそっちを選ぶのかと問い詰めてしまいそうだった。
彼には告白もされたし、つい、うっかりと流されてしまったけど。
今更、軽い気持ちで付き合うような関係でもない。すごく大事なことなのに、相談なしで進めるような人と将来を考えるとかできない。
何か大事なことがあるたびに、今回の相談しなかったことが頭の隅にちらついてしまいそうで、彼の手を取ることはできそうもない。
彼の言い分もあるのだろうけど、話を聞くことも無く立ち去ってしまった。
結局、色んなことが納得できずに消化不良を起こしている。
「……相談してくれてたら、多分……私は顔に出たんだよね。バレてしまって、この結果にはならなかった。今が最上の結果と思うから…………でも、兄さんを失ってまで……安寧が欲しかったわけじゃないのにね。私じゃ守れないってことなのかな」
「……ちがう。あんたのせいじゃない」
もっと私が逃げずに戦っていれば、戦場に彼だけを残すことはなかったのかもしれないとも思う。
ただ、安全な場所にいたい私とは、考え方が違ったのかなとも思う。
互いに、相容れない、譲れない物があるのだろう。
「……あいつが選んだことだ」
「うん……もう、違う道を選んだってわかっている」
閨での睦言を全て信じるほど、幼くもない。
彼は私達と生きることを選ばなかった。それだけだ。
「…………そのうち、ゆっくりと話をすればいい。今、あんたは冷静じゃない……」
「ナーガ君?」
「……俺も気持ちはわかる。俺も、あいつも……あんたが好きだからな」
「いや、いやいや。ドラゴンの時も思ったけどさ、急すぎない?」
「……別に。ただ、あんたははっきり言わないとわからないだろう……あいつも、兄では嫌になっただけだ」
そんなことを言っていた気もするけれどね。
だけど、そんなことのために、死にかけるなんておかしいよね。
「ナーガ君は、許すの?」
「……いや。前に話せることは話すと約束した。計画的犯行だから、話せたはずだ……だから、許さない。…………しばらくは……」
ナーガ君としても、死を偽装したやり方が明らかに計画的で、こっちはすごく不安だったこともあって、許す気はないらしい。
それでも……いずれ、許すつもりなのだろう。
「……私は今までのままでよかったんだけどな」
「……生殺し」
「ん? ナーガ君?」
「……難しく考えることもないだろ。俺は諦めないからな」
「え?」
「……あいつが側にいないのは俺に有利だ……だから、考えなくていいんじゃないか? …………寝よう。おやすみ」
ナーガ君は言うだけ言って、自分の部屋に戻ってしまった。
一人ぽつんと玄関に残ることになり、どうしようかと悩む。
「まあ……いない相手にもやもや考えても仕方ないよね。切り替えよう」
次に会う時には、もう少し冷静に彼のことを考えられるかもしれないしね。最初から関係を築き直すことになるにしても、今すぐではない。
しばらくは、ゆっくりとこの場所をさらに住みやすく、調合素材の採取にも適した形にしつつ、研究しよう。
いくつか、代替素材の新規作成依頼もあるので、そちらをクロウと一緒に考えてもいい。
料理についても、みんながやる気ならやってやる。私にだって美味しい料理が作れると証明したい。
「師匠……頑張るので、見守っていてください」
これからも、この世界で生き抜くために……やれることからコツコツとね。
さあ、私も寝て、明日に備えよう。
明日はいい日になりますように。




