5-41.後処理(1)
朝食を食べた後。王宮に行き、面会を申し込んで1時間半。
漸くラズ様の元へと案内された。
「早かったね」
「そう言うなら、時間を指定しておいてください。すごく待たされたんですけど」
今日の何時と決まっていなかったから、ずっと待たされた。いや、待たせたのも嫌がらせなのかもしれない。ラズ様に連絡がいってなくて、たまたま通りがかったネビアさんが見かねて伝言に行ったら、すぐにフォルさんが迎えに来てくれた。
正直、待たされている間は針の筵状態だった。見張りの騎士も、関係ない貴族や文官もこちらをじろじろ見てくる。
騎士達はわかる。私は王弟殿下に騎士達の処分をお願いしたので、彼らからすれば存在自体が癪に障ると思う。
当然といえば当然なのだろうけどね。同僚を殺すように指示した女に対し、じろじろ見て、圧力を加えるくらいは理解する。
だけど、他にも貴族やら文官までこちらをちらちら見てくる存在が鬱陶しかった。ずっと顔が強張ったまま、ラズ様の呼び出しを待ち続けたけど、本当に疲れた。
「シュヴェルト卿が朝、顔をだして、午後になるんじゃないかって言ってたからね。こんなに早いと思わなかったんだよ」
「……あの、ですね。それはその……すみません」
「気にしてないよ。少しは落ち着いた?」
「……たぶん」
どうやら、ツルギさんが午後と勝手に言ったらしい。確かに、回復魔法使わない場合は午後まで寝ていたかったことは認める。
じっとラズ様を見るけど、いつもと変わらない。ついでに、フォルさんはお茶を用意してくれたので、一口飲み、心を落ち着ける。
生きていたし、会って落ち着いたといえば落ち着いた。
ちゃんと話せていないところはあるけど……。いや、もう二人きりで話すこともないとも思うけどね。
「ラズ様はどこまで知っているんですか?」
「質問するなら、しっかりと何を聞きたいのか、口に出してくれる? それだと、何を聞きたいのかわからないよ」
「……正直、私も何を聞けばいいのか、まだわからない感じです」
お茶をもう一口飲みながら、何を聞くべきかを整理する。
実際に、彼に聞きたかったことをラズ様に聞くのもおかしい。そうすると、聞くべきではないのだろう。どういうつもりか、ラズ様が知ってるはずがない。
「じゃあ、聞きたいことがまとまったら言って。僕の方の伝達事項を伝えるから」
「はい、お願いします」
「クレイン。君は僕の薬師として、今後も活動することになった。宮廷薬師の地位を与える予定だったけど、しばらく保留ね」
「……保留?」
「そう。少なくとも、王となる父上に向かって、貴族にならないし、王家とも和解しないと言い切ったからね。これでは宮廷薬師にするのは出来ないことになった。数年後、やる気があるなら推挙するよ」
「しなくていいです」
面倒事は避けたいので、宮廷に仕える薬師になりたいわけじゃない。
師匠の偉業は残してほしいけど、メディシーアとしては滅んだので功績とか地位はいらない。
「だろうね。貴族達も、君に嫌がらせは出来ないはずだよ。君達が王国から他の国へ亡命でもしたら、国家的損失。むしろ、貴族にならない宣言も基を辿ると貴族の嫌がらせということにして、父上が改めて、声明を出したから大丈夫だと思うよ。君や仲間にも手出しはしないと思う」
「ありがとうございます」
これで、貴族云々の話は無しが確定した。
しっかりと対策をしていても、抜け道を作る人はいるだろうけど。嫌がらせをして破滅することは避けたいはず。だいぶ楽になる。
「まったく仕事を振らないわけではないけどね。それから、各ギルド長達から繋ぎを取りたいという希望があったけど、パメラ婆様の件が落ち着くまでは控えるように言っていおいた」
「ありがとうございます」
師匠のことをしっかり対処することもできずに、ここにいるからね。開拓地に戻ったら色々しないといけない。
「49日だっけ? 君達の風習だろうけど、まあ、落ち着くまでの時期としてもいいかもしれないからね。あと1か月くらい過ぎてから、改めて連絡するように言ってある。色々とばたばたしたけど、ゆっくりしていいよ」
ラズ様経由で、紹介は避けられないらしい。
ただし、その場合はマーレで、ラズ様も立ち会ってくれる。貴族についても、同様。
もし、それ以外で押し掛けてくるようなことがあれば、その場は断り、報告を上げれば王弟殿下が対処してくれるという。
対処はラズ様ではないというのがちょっと気になる。
「ラズ様じゃないんですか……」
「まあ、実際の対処は僕かシュヴェルト卿がやるかもね。ただ、王の名で厳正に対処するらしいよ? だから、早まって亡命しないようにね」
「……しないですよ。あれくらい言っておいた方がいいと思っただけで」
「生きてること知ってるくせに、遺体を請求した時点で、和解する気はないってことだけどね。父上、頭抱えてたよ? まあ、君のことだから、そこまで深く考えて牽制してるわけじゃないとはフォローしたけど」
そんな素振り、一切見せなかったよね? あの場でも狸だなぁと思っていたくらいで、今後もこちらを利用すると思っていた。
ただ、当然だけど、彼のこと……名前や立場も含めていつから用意していたんだろう。
「それですけど……生きているって、いつから知っていたんですか?」
「僕は、王都の前でスペルとシュトルツと合流して、作戦を整えた会議。作戦決定後、人払い頼まれて、漸く口調を改めてから気付いた。スペルは多分、作戦会議中に気付いたんじゃない? 人払いの時に、あちら側に加担してたから」
「私も気付いたのは口調を改めてからでございます」
フォルさんとラズ様は気付かなかったらしい。
その後、私が合流した時に伝えなかったのは、ナーガ君とアルス君が伝えるだろうからだった。他に人がいたから、言える状態でもなかったしね。どこで漏れるかわからないため、そこは仕方ない。
「カイ兄上の騎士を名乗る男が暗躍してるって話は王都への道すがら聞いてたけどね。クレインは生きてるって言ってたけど、僕は信じてなかったからね。家の者も知らないから、かなり彼に不審感をもってたよ」
「……王弟殿下やカイア様は?」
「うん。死んだと思ってたみたいだね。目の前で壮絶な死に様を見てるから、生きてるとは毛ほども考えていなかったみたいだよ」
ただし、グラノスを殺して、カイア様の騎士にする計画は前からあったらしい。ラズ様は知らなかったらしいけど。
そのために用意していた戸籍を使い、王都内での反王家運動をして、土台を整えていたという。
結構、行き当たりばったりの作戦でもあったのかな。
「あれ、どうやって生き返ったの?」
「さあ? 何も聞いてないですけど……師匠の薬として用意していたドラッヘンですかね?」
「よく再現したね。ドラゴンに会いに行って、素材があったからって、必ず生き返るものでもないだろうに。随分と博打だね」
「私だって、そんなこと知らなかったですよ……だいたい、ドラゴンの時にも勝手に計画を前倒ししたりとか、勝手に動いて、死んだとか……本当、こっちがどんな気持ちだったかも考えてないし」
自分勝手すぎるとか文句を言いたいけど、もう他人だ。
そんな機会もない。というか、もう、どう接していいかわからない。
散々泣いて、慰めてもらったのは申し訳ないが、その後を考えたらこっちが謝罪する立場じゃない。というか、流された私も悪いけど、冷静になるとどうなんだろう……。
「今後、どうするの?」
「……他人ですよ、正式に会ったこともないです」
あれは非公式の場だし、個別に騎士と会話するような関係ではない。それだけだろう。
「何ていうか……温度差あるよね。まあ、いいけど。好きにしてくれて」
何だろう、その残念なものを見る目。フォルさんは微笑ましそうに笑っているけど。
「ラズ様は何か伝えておくことあります?」
「……そうだね。君がだいぶまいってたのは見てわかったんだけどね。今は剥がれ落ちてるから、この後、神妙な顔して帰ってね?」
不思議そうに首を傾げる私に、二人は苦笑を返した。
「どういうことですか?」
「自覚なかったみたいだけど。ずっと表情が強張ってたよ。口調はいつも通りだけど、笑ってない。笑わないからあの口調が不気味で……ずっと暗い瞳していた。グラノスの死後、泣かないからこそ、何するかわからない。1人にしておけないとみんな思ってたよ」
「え?」
「まあ、おかげで、メディシーアの非業をまざまざと見せつけて、事が運んだわけだけど……表情が戻ったみたいだから、もう少し悲しみを張り付けて、開拓地に戻ってね」
さらっとラズ様に言われたことが理解できなくて、フォルさんを見ると頷かれた。
自覚は無かったけど、昨日まではだいぶショックを受けたように見えていたらしい。
「それで、今後はどうする? 僕はあと数日はこっちにいる必要がありそうだけど、待つ?」
「……とりあえず、さっさと帰りたいです。というか、数日って大丈夫なんですか?」
ラズ様は手柄を全て譲っているけど、総大将だったはず。後処理に追われているはずでは?
「ツルギの方でも報告書まとめてくれてたから。一件だけ、困ったことになってるけどね」
「困ったこと?」
「第一王子が殺された。その犯人が不明」
え?
ある意味、一番恨み買ってるし、寝たきりだし、死んで困る人じゃないよね?
「腐っても王族、王族殺しは罪が重い。ただ、誰が殺したかわからないんだよ。混乱していたのも事実だけどね。ツルギが手配した人間は皆、予定通りに行動していた。他勢力がツルギにバレずに、第一王子だけ殺すという状況がね……犯人の見当がつかなくて困ってる」
「……じゃあ、ラズ様が責任負ったらどうです。総大将として、死なせてしまったということで」
「犯人捜し手伝う気ない?」
「えっと……捜さない方がいいと思います」
理由はわからないけど。
なんか、その方がいい気がする。
うーん。ネビアさん? 嫌でも、なんか違う気がする。なんだろう?
困ったように視線を合わせた後、フォルさんが目を瞑った。うん?
「ラズ様。王宮の突入はツルギさんが最初、次に門からスペル様、シュトルツ様で最後にラズ様ですよね? いつ殺されたか、はっきりさせるより、最後に入ったラズ様の責任にしましょう」
「はぁ、わかったよ」
ラズ様でないことはわかっている。でも、総大将であるラズ様が責を負う。王族殺しが重いなら、同じ王族がしたことにしておけばいい気がする。
「じゃあ、帰ります」
「帰る前に兄上とスペルが会いたいって言ってたから、顔出してあげて」
「……どうしても?」
「巻き込んだスペルにお礼は言いなよ。シュトルツにもね……兄上もそのつもりで、彼らを側に置いてるから諦めて挨拶しておいで」
カイア様は私が直接会いに行く理由もない。私としても、しばらくは会いたくない。
いや、そもそもカイア様と仲が良いかというとそんなこともない。
「とりあえず、ツルギに嫌なことされたらレオかナーガにでも言えば? 殴っておいてくれるよ」
「嫌なこと……」
つい、顔が赤くなったけど、ラズ様はやれやれという顔をしている。完全に何があったかを知っていそうな態度だよね。
「えっと……ちなみに何を知っています?」
「彼、朝、ずいぶんすっきりした顔をしてたからね。昨夜のうちに帰ってきていいはずなのに帰りは朝方。しかも、クレインは昼過ぎまで起きないとか言われたらね……。一緒に報告受けたレオが訓練場に連れて行ってぶちのめしてたよ」
それで、レオニスさんがこの場にいないのか。てっきり、安全で護衛が必要ないからなのかと思っていた。訓練場でやり合っていたらしい。現在は二人とも医務室にて休んでいるらしい。
「ラズ様、そういうの、アウトです。なんで、情報共有するんですか!」
セクハラだよね。というか、何やっているの? レオニスさんもだけど、隠すべきことだよね? 何事もないことにして欲しい。
「別に君達の関係に口を出す気はないよ。ただ、あっちは牽制したかったんじゃない? こちら側としては、君の子どもの髪が赤くても、明るい灰茶でも構わず僕の子どもにしたいわけだから。さっさと別れろって意味じゃないかな」
「……取り込むために?」
「父上としては、君の能力は手放すには惜しい。三男だから、後継ぎとか関係ないし、平民とは結婚できないだけで、私生児を作っても目は瞑るつもりじゃないかな。まあ、君としてはもう脅威もないから関係を解消したいだろうけど」
ラズ様との関係か。
恋愛はない。主従としても、微妙な関係。困ったときの相談役ではあるけどね。
「それってさっさと結論出した方がいい感じです? このままズルズルするよりも」
「平民と王族だから僕の婚約者ではなくなる。はっきりと妾になる。そうすると他の男と表立っていちゃつけないけど?」
「……そのつもりはないです。ちょっと、流されただけで……」
正直、急展開過ぎたし、そういう対象かというと……ないかな。
兄として認識すると決めた人だから、ナーガ君と同じく対象外だった。
さらに……ちょっと、相談なく動いたのがね。なんか、こう……信頼がた落ちした。流された私も悪いけど……。
「焦らず、気持ちが固まったら教えて」
「はい……」
どちらにしろ、王が代わり、ドラゴンに襲われることも無くなった。異邦人として迫害されることもなさそうだし、漸く、やりたいことを自由にできるようになった。
これから、ゆっくりとこの世界で生きる未来を見れるようになった。
師匠がいないけれど……。
「まあ、しばらくこのままの方が僕も助かるよ」
「ラズ様は王の子になっても、妻を迎えないつもりです?」
「君が貴族にならないのに、妾のままなら周囲が勝手に推測してくれるからね。相手を押し付けられることもない。父上達も無理に進めて、君と関係が切れる方が困るだろうしね……嫌になったら逃げる前に相談しなよ」
「そうします」
ラズ様との関係は、別に今のままでいいと思っている。
月に数回、マーレに買い物に行くついでに報告でいい。付かず離れずで、他の貴族相手には盾になってもらいたい。薬師としてはちゃんと働く。
ラズ様の方も心得ていると思うし、このまま良い協力関係を続けたい。
恋愛についてはあまり考えたことはないけれど、これから、もし、そういう感情が芽生えた時……その相談相手がラズ様になりそうだ。
「落ち着いたら、僕も墓参りに行くから。しばらくはゆっくりしてて…………色々ありがとうね。助かったよ」
「はい……師匠も、ラズ様のこと待っていると思います。ちゃんとゆっくり眠れるようにするので顔出してくださいね……それじゃ、先に帰りますね」
「うん。もう一度言うけど、カイ兄上には顔を出してね」
「う、はい……」
このまま誤魔化して帰るのは駄目らしい。
ラズ様との話を終えた後、カイア様のいる部屋までフォルさんが案内してくれた。




