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異世界に行ったので手に職を持って生き延びます【WEB版】  作者: 白露 鶺鴒
第五章

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5-38.起死回生(2)〈グラノス視点〉

〈グラノス視点〉


 謁見の間には、大勢の貴族が揃っていた。

 だが、騎士達の配置がおかしい。人数が多いこともあるが、片方に偏った配置になっている。


 カイアが王弟派の貴族の側にだけ騎士が付いていると囁いたので、何かあれば、捕らえるつもりなのだろう。

 すでに、敵に囲まれた状態ということだ。



「弟よ。突然の謁見もだが、その者の王宮への出入りは認めておらぬ。どういうつもりだ」

「国王陛下……グラノス・メディシーアの謁見の申し立て理由を聞きましたか? 私は、必要だと思ったからこそ、連れてきたのです。彼の言葉を聞いてください」


 俺が王弟殿下の後ろからついてきていることに不快そうにしている王。

 それを宥める王弟殿下という構図だが、貴族達が動揺している。顔色を変えていない騎士達に対し、集められた貴族は何も知らなそうだ。


「はっ……そやつは子爵を継ぐ資格などないのだから、余が直々に会う必要などない。大方、献上するように命じた奴隷の件で文句が言いたいだけだろう」

「……それは…………陛下の命令により、クロウは誘拐されたということか? 陛下が、お師匠さんに危害を加え、クロウを暴行したと?」

「命令に背くようなら灸を据えてよいとは伝えた。だが、貴様のような者に糾弾される言われなどない。異邦人の分際で、わきまえよ」


 愚かだ。

 この上なく、愚かな王だった。


 クロウの件を自ら持ち出すだけでなく、危害を加える許可を出したことすら認めた。王の発言により、周りがざわついている。


「異邦人? ……いや、そのことよりも……王の命令により、子爵であり、救国の薬師、パメラ・メディシーアを殺害したということを……認めると…………」

「グラノス卿、しっかりしなさい……伝えることがあるのだろう?」


 俺が怒りに震えるように声を絞り出すと、王弟殿下が優しく、促すように俺に優しく囁く。

 貴族達に器が違うことを見せつける効果があるのか。貴族が固唾をのみ、見守っている。 


 パメラ・メディシーアの名を知らぬ者はこの場にいない。この場で、殺したことを認めた王への求心力など木端微塵に吹き飛ぶことだろう。


「クロウを献上せよという命令はお断りする旨、もう2か月以上も前に伝えたはずだ。彼の功績は、クレインとともに安らぎの花蜜の代替素材を試作した時点で、確定している。莫大な利益を生み出したからな。彼の意思で奴隷であっただけだ」


 強硬手段に出たのは、こちらが断ったからだ。

 ナーガ達が獣王国で蜂蜜を入手している頃には、クロウの功績ははっきりと王弟殿下が認めている。その時点で、奴隷でなくすことは可能だった。


 そのことに苦虫を噛みつぶしたように王はこちらを睨んでいる。

 断った内容そのままだからな。断られたから、攫った。王ともあろう者が、他人の物を奪おうとして、強硬手段に出たことが白日の下に晒された。


「黙れ、大人しく差し出すなら、子爵にしてやると言っただろう!」

「断る!」


 俺の言葉にがやがやと周りが戸惑い、声を上げる。


「何度でも言う。お断りだ! 昨日の昼、パメラ・メディシーアは永眠した。これをもって、メディシーアは子爵家としての地位を返上する。当主であるパメラを貶め、殺した王家に対し、メディシーアは金輪際、全ての製作依頼を拒否することをこの場で宣言する!」

「まて、殺してはおらぬはずだ。謁見の場にて虚偽を言うなど……」

「病で引退したお師匠さんに対し、騎士は持っていたナイフで手の甲を刺した。病で薬が作れないことを認めないが、怪我であれば認めると言ったそうだ。目の前で、弟子のクロウを暴行しながらな……パメラ・メディシーアは傷を負い、弟子への暴行による精神的ショックにより、発作を起こした……その後、怪我も治療したことで体力も戻らず、亡くなった。全て、王が命じたことなのだろう?」


 謁見の間がしんっと静まり返った。

 王は顔を真っ赤にしているが、自分が灸を据えてよいと宣言した結果、子爵を殺す結果となった。

 それを隠そうにも、これだけの貴族が集まっていれば不可能だろう。


「黙れ、黙れっ! 適当なことを言うな! 発作が起きて亡くなったというなら、関係ないだろう!?」

「命令を受けた騎士達は、お師匠さんが発作を起こしたのを見て、慌ててクロウを担いで立ち去ったそうだが? その場で起きたことが関係がない? せめて救護しようと行動するならいいが、逃げたんだぞ? 俺の言葉を疑うなら、その騎士達を呼び出せばいい。なあ、部下が帰ったときに褒美を与えたらしいな? 正しい行動なんだろう?」


 クロウとネビアから確認をした騎士達とその上司……この場にいるのは上司の将軍だけだが、俺の指名に顔を青くしている。


「子爵を殺して、褒美を渡す。王が認めないとできないことだ。なあ、メディシーアが何をした? この国の流行り病を二度に渡り防いだ英雄のはずなんだがな……答えてくれないか?」

「い、異邦人に爵位を渡すとっ……だからだ! 認められるわけないだろうがっ」


 国王の言葉に頷いている貴族が多い。一部の貴族はクレインに爵位を渡そうと躍起になっていたはずだ。矛盾している。扱いやすそうな駒が欲しかっただけだろう。


「可笑しな話だ。お師匠さんは一度たりとも、爵位をクレインやクロウに渡そうとしたことはない。最初から最後まで俺を指定していたがな」

「何を言っている! 貴様が異邦人であることを知らないと思っているのか!?」

「はっ……何を持って、俺を異邦人と判断した?」


 フィンの息子。フィンが婚姻していたことも、妻が妊娠していたことも調べれば残っている。出産した記録はないが、そもそもが村から追い出されていたから不明なだけ。死んだという記録もない。


 詳しいのはレオのおっさんくらいだが、俺らをお師匠さんの養子にするとき、しっかり準備をしていた。クレインはともかく、俺の戸籍を否定するのが難しい。


 フィンとエーヴェルが結婚し、その時期はフィンが仕事を控えていて、古い冒険者から子が生まれることも聞いていたくらいだからな。


「はっ、語るに落ちたな! 聖女を呼んで来い!」


 王の言葉に呼ばれてきたのは、マーレで聖女を名乗っていた女だった。


「この者に覚えはあるか?」

「あ~、うわぁ、久しぶりぃ! 生きていたんだぁ?」

「……ああ、君か」

「聖女よ、この者が異邦人で間違いないな?」

「え? うん、最初の町であったから、間違いないです」

「なあ、俺があの集団にいたから、異邦人なのか? 俺は町に入るから後からくる連中に伝言を頼まれただけだ。なあ、俺のことをなんて言っていたか、覚えているか?」


 俺を魔法も使えない、技能がレベル1しかない低能と連中は烙印を押した。毎度、馬鹿にしていた中で、あの聖女は「顔がいいから」という理由で庇い、俺にすり寄っていた。


「え? あれでしょ、『俺らとは違う』『特別な存在じゃない』でしょ? でもさ、あのとき分からなかっただけで、特別な力があるんだよ。私もだけど、特殊なユニークもってるからだと思うの! ね、そうでしょ?」

「それは異邦人がもっている力だろう?」


 俺が〈刀の極み〉を持っていることを知っているのは、わずかだ。王弟殿下とその配下、ラズ、おっさん、ヨーゼフギルド長の他は身内くらいだろう。

 当然、こいつらが知るはずもない。


「ねぇ、魔導士長様ぁ! すぐにわかるんですよね? 彼がもってる力」

「魔導士長、どうなのだ」


 自称聖女と国王が、側にいた魔導士長と言われている高そうなローブを身に纏った老人に声をかけるが、首を振るだけだった。


「……その者に、ユニークスキルはありません」

「何? では、失ったのだろう? 死ねばなくなるそうではないか」

「……いえ、成長の仕方からそれもないかと……研究の結果、〈天運〉持ちの場合は、ステータスはHPが突出します……彼のようにSPが最も高くなることはないかと。技能やアビリティの数も多く、成長が高いことは事実でございますが……ユニークスキルがないことからも彼は異邦人ではないのでは?」


 謁見の間がまた騒がしくなる。

 国王は俺が異邦人であることを理由に蔑んでいたが、ここで俺が異邦人ではないと根底をひっくり返せば、さらに立場は弱まるだろう。

 子がいない貴族が養子を迎えることはよくある。死期を悟ったお師匠さんが子同然に可愛がっていた冒険者の子を養子にした。理由はある。


 俺がこの世界に来たとき、確認している異邦人は5人。その5人ともが、町に不法侵入して死んでいることは、おっさんから確認ずみだ。

 それ以降の奴らは俺より後に来ている上に、俺を下に見ているため、自分達と違うと言って憚らなかった。


 ついでに、今の俺はユニークスキルも封印状態で、ないようにしか見えない。俺が異邦人であることを示す証拠がない。


「え? だって、そんなはず?」

「俺は伝言を頼まれて、しばらくその場に留まった。その後、何度も君たちの集団から立ち去ろうとした。君だって、俺が連中と揉めていたのを知っているよな?」

「あ、だってぇ、急に集団から出ていくって言ったり、町を襲撃するのを止めたからでしょぉ?」

「普通の奴は、町を襲うなんて計画していたら止める。野蛮な異邦人は人が大勢暮らしている町を襲う計画をするがな……違う存在だと認めていただろ。巻き込むな」

「えっと……でも、みんなといたからぁ」

「話にならん。なぜ、俺が異邦人扱いされる?」


 もう一度、俺が異邦人であることの根拠を示すようにと国王とその周囲の人間を見る。


「弟子を取らなかったパメラ薬師が異邦人を弟子にとったと……」

「俺が弟子になったのは養子になって、随分あとだが? 薬師でない俺には爵位を渡せないというから、弟子にしたんだ。それでも認めないと返答があったがな」


 俺より先にクレインが弟子になっている。異邦人の弟子となれば、クレインが該当する。俺は弟子になる前から、爵位を渡すと言われていただけだ。


 それでも、面倒なことを言うから、クロウと一緒に俺も弟子にした。


「陛下……その、先ほどから嘘はございません」

「ばかな……」


 嘘はないね。

 しっかりと嘘がないかを見極めていたらしい。手を置いて嘘に反応するアーティファクト以外にも、嘘を見抜く方法はあるのだろう。


 嘘かどうかを見極めているかは知らないが、俺は疑問を投げかけているだけで、異邦人でないとも言ってない。

 フィンを親父殿と呼んでいるのも慕っているだけだ。彼の遺産を貰えたことはかなりメリットが多かったからな。


「サフィール! どういうことだっ!」

「兄上……いえ、国王陛下。何を尋ねておいでですか? 私も知らぬことは答えられませんよ」

「知らぬはずがない! こやつを子爵にとお前が言ったではないか!」

「はい。パメラ殿の希望もあり、愚息のラズライトが世話になった冒険者・フィンの息子と聞いており、直接会い、人柄にも問題ないと思いましたので」

「メディシーアは薬師であろう! 薬師でない者に爵位を渡せるわけがない!」


 王が言を曲げるものではないと思うがな。先ほどから、手のひらクルクルしていて、謁見の間では致命的だろう。

 しかし、王弟殿下。聞いているだけで、事実じゃないことを平然と言ってのけたな。嘘というのが随分と曖昧にしか判断できないらしい。

 

「俺は薬師の技術もあるが?」

「はっ、では、何かお前が作ったと確認できるものでもあるのか! ないだろう! 簡単なものでは認めんぞ! メディシーアなのだから」

「……こいつでどうだ?」


 胸のポケットに入れていた赤い液体が入った小さな小瓶を取り出す。武器などは取り上げられたが、貴重な薬と伝え、見逃してもらえたものだ。3本作った中で最後のドラッヘン。ざわざわとそれに視線が集中する。


「ま、まさか! 霊薬ドラッヘン」

「な、なんだと!? それをよこせっ」


 鑑定したらしい魔術師の言葉に、国王が身を乗り出してきた。

 俗物だな。これでも貴族の連中はこれを担ぎ上げたいのか……騎士もだが、神輿は軽い方がいいということか。


「俺が作ったことは確認できたかい?」

「あ、ええ。確かに、製作者はグラノス・メディシーアで間違いないです」

「それを献上するのであれば、今までの無礼を……」


 ガシャン


 俺が薬の瓶を床に投げつけ、瓶が割れた音を最後に静寂が訪れる。


「言ったはずだな。メディシーアは今後、いかなる薬も現王家に渡すことはない。パメラ・メディシーアを殺した王に仕えることもあり得ない。俺も、クレインも、クロウもな……わかったら、さっさと誘拐したクロウを返せ」


 ざわざわと騒がしくなっていく。

 国王は俺を「捕らえよ」と命じているが従う者はいない。


 そして、しばらくするとクロウが呼ばれたらしく、謁見の間に現れた。

 散々に俺を罵っていた王が落ち着き、クロウに質問をするが無視して俺に報告する。


 その態度で王はさらに顔を赤くしているが、騎士達の動きが変わった。奥にいる将軍が何か指示をしているように見えるが、その意図までは読み取れない。


 俺とクロウに対する警戒が威圧、殺意が混じり始めた。


 貴族の方は、態度には出していないが、王を見る目が敬意ではなく蔑みに見える。

 自身の甥や片腕として支えた宰相の孫すら、利用して殺そうとする王を信じる貴族はいない。


 クロウともきちんと話をすり合わせていなかったが、出来は悪くないようだ。


 クロウがお師匠さんとクロウの身になにが起きたかを公表し、前宰相がクロウの元に近づいてまで庇っている。騎士が何かする可能性を防いでくれたようだ。


 そのまま、王がクロウに俺の出自を確認している。

 クロウが目を細めた後、一瞬、体に違和感を感じたのは、俺を鑑定したのだろう。

 俺の目的がわからないから、ヒントを探した。


 クロウなら、気付けるだろう。王の質問と俺の意図に。


「異邦人特有のユニークスキルをもたないのにか?」


 クロウの言葉に口角が上がる。そう、別れた時には持っていたが、今はない。

 俺にも確認できないのだから、魔術師も確認できなかった。確認できるとしたらクロウだけだと踏んでいたが、クロウの眼にも、封印ではなく、無くなっていた。


 身内の人間からも異邦人ではないという証言。クロウもユニークスキルを持っていないことしか口にしていない。


 はっきりと問わない方が悪いがな。貴族の独特な湾曲の言い回しをするせいか、はっきりと白黒つけるような問いが無いことはありがたいな。



「さて……これでこの場にいる人間はわかったはずだ。国王……異邦人であることなんかどうでもいいんだろう? パメラ・メディシーアが気にいらないから殺した。メディシーアがめざわりだから、爵位を譲ることは許さなかった。そのくせ、貴重な薬を欲し、失えば自分の物でもないくせに罵倒」


 まあ、欲することをわかっていて、目の前で壊した。貴重な物であることも承知している。むしろ、ドラゴンとは今後は敵対しないことを考えれば、二度と作れないものだ。


 静まった謁見の場。だが、騎士連中が移動して俺を狙える位置についている。次に王の命令があれば、俺を殺すつもりだろう。



「自分に都合がいいように人を扱い、不要なら国に貢献する功労者すら殺す……まあ、弟の子も、宰相の孫も自分の私利私欲のために呪うようなお人だからな。驚きはしない……愚王」

「捕らえよ!! 抵抗するなら殺せ!! メディシーアの者を許すな!!」


 ぼそりと呟いた愚王という侮辱をしっかりと受け取ったようだ。

 王の言葉に今度は一斉に騎士が動いた。いや、一部が動いたために、他の奴らも動かざるを得なかったか? 王弟側で仕込んでる奴もいそうだな。


 クロウには事前に逃げるように伝えている。ただ、謁見の間から繋がっているバルコニーから飛び降りるのは戸惑うだろう。


 騎士達がクロウを捕まえる前に、クロウを逃がすためにクロウに近づく騎士達を抑える。

 仕方ないことだが、武器を取り上げられているので、体術で抵抗するしかない。


 クロウを捕らえようとする騎士達を体術で捌きつつ、クロウが逃げる道を用意する。シマオウには俺に何があってもクロウを連れて、クレインの元へ行くように伝えている。


「君は逃げろっ……巻き込んですまなかったな」

「グラノス! だがっ……」

「行ってくれ…………すまん………………シマオウ! たの…………ぁごほっ……」


 クロウがバルコニーを飛び降りたのを確認して、シマオウを呼ぶ。

 俺が少し視線をクロウに送っていた隙に、騎士が俺に剣を突き立てた。綺麗に肋骨を避けて、腹にズドンと突き刺さった。


 抵抗したのは事実だが、最初から殺す気できている。最初に動いた騎士は奥の方にいるということは、手柄を焦ったやつだな。


 まずい……。

 体の力が抜け、膝をつく……その前にさらに剣が脇から刺さった。


 さらに、目の前には剣を振りかぶっている騎士。そのまま食らえば、首が落ちる。とっさに後ろに体重をかけるが、上手く体が動かない。


「グラノス!」

「よくやった! 弟よ、残念だ……反逆者を連れてきた責任を取ってもらうぞ。王弟派を全て捕らえよ」



 カイアと王の声が聞こえて、俺は意識を失った。




「……ここは?」


 気付いたのは知らない天井。

 喋るだけで、顔に引きつるような痛みを感じる。


「僕の王都でアジトとして使っている家ですよ……気分はいかがです?」

「いってぇ……体中痛いんだが……」

「んふふっ……まさか、剣2本を刺されて、臓器も潰されている男が生き返るとは思いませんでしたよ。随分と危険を冒しますね」

「いや、俺もいきなり腹を突き刺すとは思ってなかったがな……その後に脇だろ? 確実に取りにきてる……どういう状況だ?」


 首を落とされたらまずいとは感じたが、無事に生きているあたり、なんとか避けたのだろう。顔の痛みは、避けたときに顔に一撃食らったのだろう。


「貴方が倒れた後、王弟派の貴族は捕らわれました。まあ、あの場にいた貴族は国王派も人質を取られて、身動きが取れない……んふふっ、表向きは動かないだけで、色々動き出していますね。あなたは8日間、意識が戻りませんでした」

「ふ~ん……顔が痛いんだが」

「すみませんね、顔よりも腹の傷を優先しました。貴方から預かった薬を飲ませました。ひどい状況でしたよ……どさくさに紛れて、あなたの死体を回収しましたが、心臓が止まっていましたから。今、貴方が生きている方が不思議ですね。あれはなんですか?」

「ドラッヘンだ。特別製……ドラゴンハートを使ったな。潰れた心臓すら蘇らせると記載されていたが、本当だったようだな」


 無事に失った臓器も蘇っているのだろう。痛みと怠さは残っているが、死にかけとは程遠いくらいには回復している。

 ぽいっと投げられたポーションを受け取り、それを飲み干すのと一緒に、自作の痛み止めを飲んでおく。少しは楽になるだろう。


「言っておきますが、ドラッヘンだけでは生き返らせても瀕死でしたよ。ハイポーションなども含め、僕が1週間つきっきりで治療しましたからね。感謝してください」

「助かった、ありがとうな」

「顔の治療ですが、教会での治療を薦めますよ。そのためにポーションを直接かけることはしなかったんですから」

「なんでだ?」

「傷の印象が強く残ると今後に支障をきたすのでは?」


 顔を知らずとも傷で俺のことがわかり、動きが知られては困るか。だが、グラノスを彷彿とさせるわけにもいかないな。


「完全に消さずに、だが、化粧で隠せるくらいまでは治療できる奴を紹介してくれ」

「高いですよ?」

「俺の荷物から有り金全部持っていけ。足りない分はツケで頼みたいんだが」

「貴方に恩を売りたい人はいますからね……呼びましょう。それから……あなたは今後はどうします?」

「現状を報告してくれ。すぐに動く……王弟殿下を救いに行かないとな」


 ネビアの報告で、すでにクレインが動いている。ラズやスペルを巻き込んでいるので動きを邪魔しない形で動く必要がある。

 


「クレインが動くとはな……」


 危険なことに自ら首を突っ込んでいくタイプではない。さらに、お師匠さんに続いて俺の死により、悲しみに暮れると思っていた。その間に、王都でのごたごたが終わる。メディシーアが関わることはない。


 そう予想していた。


 だが……。

 予定外に早まった騒動のせいで、準備不足。長引かせるのが良くない。クレインの動きで、クヴェレが動けばかなり早く終息する。


 悪くないが、無茶をする。

 きちんと話し合いの場を設けていなかったからな。仕方ないことだが。


「内部での抵抗を減らし、スムーズに王宮制圧できるようにしておく必要があるな……国王は王宮に閉じこもっているんだよな?」

「ええ。捕らえたところまでは上手くいっていると思ったようですが……文官の出仕拒否に、使用人が辞職。貴族達からは抗議を受け、八方ふさがりになってからは引き籠っています」


 自分の蒔いた種だが、何も考えていなかったんだな、あの王は。


「王都では彼女の許可が出たので、情報を流しており、王家への不満が溜まっています。クヴェレが王都を包囲した時、スムーズに城門を開けられるようにある程度は進んでいますよ。ただ、彼女としてはラズライト殿下に救出までさせるつもりはないようですよ?」

「……ラズが手柄を挙げるのを避けるのか。あの子の考えそうなことだ」


 ラズが政争に巻き込まれないようにするためには、動いたという事実はあれど、実際の手柄はクヴェレや救出部隊のが高い功績を持つようにしておく。


 それなら、王宮に突撃するのは俺がやるか。

 ネビアもそれなりに戦力ではあるが……それでも足りないな。


「王宮制圧をするとして……人質となる貴族はどれくらいいるんだ?」

「貴族達が監禁されている部屋は把握しています。王弟殿下とその息子達は別です。同時に救出しないと人質になると考えると……」

「人が必要か……俺一人では何ともならん」

「んふっ……頑張ってかき集めるしかないでしょうね。手腕に期待していますよ」


 簡単に言ってくれる。

 グラノス・メディシーアという名と身分を捨て、手持ちの金もネビアに払った。

 今から稼ぐ手段がない訳ではないが……ネビアの情報では、ラズがこちらに向かっている。


 順調にここまで進軍するなら、ラズの到着まで1週間程度だろう。

 ここに来るまで抵抗を受けて遅れる可能性もかなり低い。1週間以内に、ある程度救出できるだけの人を集める目途をたてておきたい。


「貴族連中で、動ける家は?」

「いくつか、ありますよ。ただ、あなたが会えるんですか?」

「一応、カイアの騎士としての身分は貰っている。一通り全員に挨拶に行くんだが、使えそうな家があるなら声をかける」


 プライドの高い貴族を除け者にするような行動があると王弟殿下の今後に響く可能性がある。どうせ、人心は王にはない。


 あくまでも、王弟派が動き出したことを伝えつつ、傍観に徹してくれるように伝える。当主を軟禁されていたり、次代に恩を売りたい連中は一定数いるだろうから、参戦を希望する者は出るはずだ。貴族連中の救出に必要な人数は手に入るだろう。


 問題は、烏合の衆にならないように、ある程度指揮できる人材がいるかどうかだが……。


「王都の戦力について、知ってることを教えてくれ……荒事が出来る貴族な」

「ええ。貴族の家をまわるなら、ここですね。西門の警備隊長をしている息子がいますよ。反王家ですし、門を開ける役に立ちます。逆に、この家は王家に親しい立場ですが、東門に近い場所に邸宅があります。今までの立ち位置から王家側と判断されたくないため、西門が動くなら上手くいくこと説得すれば動くでしょう」

「君……本当に優秀だな」

「んふっ……先に顔の治療をする必要があるでしょう。手配してきますから、無理せず休んでは?」

「いや……そいつが来る前に髪を整えておく。ついでに、服もな」



 ネビアの紹介であれば、口は堅いと思うが……グラノスであると疑念を持たれても困る。


 長かった髪を切り落とし、用意してあった毛染め薬で髪の色を変える。全く違う色にすると、忙しくて染め直せなかったときに困るので、白から淡いベージュに染める。

 下ろしていた前髪を上げて固めれば、雰囲気はだいぶ変わる。


「こんなもんだろ……」

「おや、なかなか、悪くないですね」


 俺の印象が変化し、グラノスであるとはわかりにくくなったのだろう。


「早かったな……そちらが?」

「ええ」

「金をもらった分は治療するが、傷を隠せる程度に残すってどういうことなんだ? 完全に消した方が楽なんだがな」

「手間をかけてすまないな」


 治療が完了するとネビアが鏡を渡してきた。

 俺の要望通り、顔に一閃、傷跡が残っている。これで傷に視線がいき、俺の顔を知っている奴でもそうそうわからないだろう。


「きれいな顔に傷なんか残しちまって、勿体ない。まあ、これで要望通りだろう」

「ああ、助かった」

「ふん……お前の名は?」

「カイアナイト殿下に仕える騎士、ツルギ・シュヴェルトだ。ありがとな」


 さて、準備も出来たし動き出すとするか。




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― 新着の感想 ―
後世に悪辣王と名を刻まれそうな王様ですね。 表の政治的に元は宰相が、裏の非道なことには誰かいいブレインがいたのかな。 当時子供だっただろう王子たちだけじゃなく、主導したであろう王様にも、呪い返しがいけ…
別に愚王ではないかな?政敵に気づかれないように呪いをかけたりメディシーア家のレシピを奪う道筋をつけたり望む未来を手に入れることが出来る程度には有能じゃない?異邦人が表れても使いつぶしたり有能な者が貴…
あのゴタゴタの裏側ですねえ!
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