5-30.厄介事(2) 〈クロウ視点〉
〈クロウ視点〉
翌日、「陛下がお呼びである」という騎士により、謁見の間に入る。
歩くだけでも胸の辺りが痛いんだが、肋骨にでもひびが入っているんじゃないかと思う。
内出血など、体中がひどいことにもなっている自覚はあるが、どうしようもない。
謁見の間は、階段を上った先にあり、大ホールのような開けた場所だった。
たしかに、後ろ側はバルコニーになっていて、そのまま逃げ出せるだろう。邪魔する者さえいなければ、だがな。
大勢の貴族が見守る中、謁見の間の奥。数段高い場所から椅子に座り、俺を見降ろして問う男。
王冠を身に着け、威厳あるような服装だが、顔を真っ赤にしてヒステリックに叫んでおり、ひどく小者のように見える。
真ん中にはグラノスがいる。
周囲は驚きや困惑が見て取れる。そこから少し玉座に近い場所には立つのは王弟とその息子二人。
ラズライトはいない。彼までここに来てしまっては、あちらの守りが薄くなるから当然か。
状況はわからないが、芳しくないのだろう……グラノスを罵る王を落ち着かせようと側近が奮闘している。
俺はグラノスのいる場所まで近づくことは許されず、5メートルは離れた場所。玉座からは15メートルは離れているだろうか。
騎士により、「そこで止まれ」と言われ、無理矢理膝を付けた状態で座らされる。
「っ……」
やはり肋骨かどこかが折れている。体に激痛が走った。他にも打撲による痛みで顔を歪めつつ、正面を見る。
「そなたは、奴隷クロウで間違いないか」
「……」
「陛下の問いに答えよ!」
王の側で怒鳴る男が誰だかは知らないが、どうでも良かった。
俺は答えることなく、グラノスに視線を送る。
「……グラノス。婆様が……死んだ」
「ああ……それについて、話をしていたところだ。君の証言を聞きたいんだとさ」
「ええい! 国王陛下の御前である! こちらの質問に答えよ!」
俺がグラノスに近づき、婆様のことを告げるとざわめきがさらに大きくなり、動揺が広がっている。
「奴隷、クロウよ。なぜ、パメラ・メディシーアが死んだとわかる」
「グラノス……」
「答えて構わないさ。君を縛るものはないだろう?」
俺がグラノスの名前を呼び、視線を向ける。先ほどまで、婆様の死に沈痛な顔をしていたが、男でも見惚れるような笑顔が返ってきた。
普通なら感嘆とする顔なんだろうが、打合せも何もなしに、切り抜けろという圧を感じた。
何があっても黙っていろという伝言は何だったのか。
「……婆様から自分が死んだら、借金は完済とすると……十分に働いたと、グラノスと話し合って決めたと聞いている。俺の奴隷契約が終了したことで、首輪が外れた。俺はすでに奴隷ではない。それが婆様が亡くなったとわかる理由だ」
グラノス達が出発した後に、婆様にも確認している。助手としての俺の働きは、十分。
完済できる働きをしてもらったという。クレインが報酬もきっちりそのまま渡してくるから、金もある。
グラノスが主体な時点で企みはあるのだろうが、今後、婆様の顧客についてもクレインには関わらせないため、頼むとお願いされた。
婆様はいない。俺らに託したのは、顧客と……愛弟子のクレイン。巻き込まれないように、ここでしっかりと反撃が必要なのだろう。
「……病気で亡くなったのであれば残念なことだ」
「違う! 婆様が亡くなったのは、俺をここまで連れてきた騎士のせいだ!」
「無礼なっ」
「病気で細かい作業を出来ないと伝えたら、怪我で作業が出来ないようにしてやると婆様の手の甲を刺した! 俺も押さえつけられ、暴行された……婆様がそれを見ているとき、発作が起きた! どう見たって、騎士達のせいだ……騎士が……それを命じた国王が殺したことだ」
「ぶ、ぶれいなっ! 陛下はそのようなことを命じておらん!」
俺の言葉に大きく戸惑いが広がっていく。王の隣にいる奴が否定しているが、それを信じる者はいない。
「俺が暴行を受けたのは見ればわかるはずだ。ここに来るまでの1週間でも消えない程の青あざも、体の痛みも残っている。国王陛下の命で俺に暴行し、連れていくと言っていたあの騎士達は、誰の命で動いていたんだぁ? 答えてくれないか?」
俺が服を脱ぎ、上半身を裸にして見せれば、どよめきが大きくなる。
体中に青あざがあり、治療もしていないので変色している。
「……服で見えない部分に暴行とは……どれ、右上腕骨、肋骨は何本か骨折しているようですな。陛下、その騎士達を呼んではっきりさせた方が良いのでは? これでは、陛下の名に傷がつきましょう」
「宰相……黙れ」
俺に近づいてきた老人が触診しつつ、俺の状態を告げる。やはり骨折していたか。自分のことを見れないのは不便だな。
俺が顔を上げると国王は苦虫を噛みつぶしたような顔で俺の隣の老人を睨んでいる。
会ったことはないが、話は聞いている。こちら側の人間なのだろう。
「おや、私は宰相を罷免されたのでは? ともかく、騎士として問題行動をした者に真偽を確認すべきでしょう。国の宝である薬師パメラ・メディシーア子爵を死なせた者であれば、重罪に処す必要がありますな」
「左奥の4番目にいる騎士が団長と呼ばれ、俺を引き渡し、そいつらに褒美として金を与えていたんだが……」
前宰相は前に開拓地にも来たことがあると聞いていたので、隣の老人にだけ聞こえるように呟くとこくりと頷いた。後は対処してくれるのだろう。
「せ、静粛に! その件は後ほど調べることとする! そのようなことより、確認をすることがある! どっ……クロウとやら。嘘、偽りなく答えよ!」
奴隷と言おうとして、引っ込めたか。どういう状況かはわからないが、どよめくばかりの貴族は王の味方ではないのだろう。
ここまで大事になって、隠し通せるものでもない。国王が婆様を殺したと広まることだろう。
「……婆様が殺されたのは真実だが?」
「そうではない……グラノス・メディシーアについて、知っていることを全てこの場で明らかにせよ」
「グラノスについて?」
俺が疑問符を浮かべ、グラノスを見るが、声に発することなく「(任せた)」と唇を動かした。これが、余計なことを言うなという意味か。
「意図がわからんがなぁ……奴隷にも普通に接する良いご主人様だと思うぞ。婆様もグラノスもな」
俺の言葉に「そういうことではない!」と怒鳴っている。まあ、グラノスの内面を知りたいわけではないが、何か情報が知りたいのだろう。
グラノスが黙っていてほしくて、国王が知りたい情報というのがわからない。ちらっとグラノスを能力を使って視る。
別れたときと変わっていることが一つある。
それを武器にしたいのだとしたら……。
「俺の知る情報ねぇ……俺が出会った時点で、メディシーアの次期当主であり、当主代理の地位にあること。俺を助けてくれたクレインの兄を名乗っているが血は繋がっていないこと、俺とクレインと違い、婆様の直弟子ではないこと」
「おや、直弟子ではないとはどういうことかな」
「……俺とクレインは婆様から直接、婆様のレシピを貰っている。グラノスは共有のレシピもあるが、婆様のレシピではないものも一部使っている」
ざわざわと混乱が広がる。王弟やその息子達、隣の前宰相も俺の言葉に戸惑い、特に宰相はこちらに問うてきた。
グラノスの口角が上がっているので、あちらに情報として出しても問題はないらしい。
「あんたは婆様の弟子になる前に師事した人がいたんだよな?」
「師事というほどではないが……遺品としてレシピは受け継いでいる」
嘘ではない。相手が曲解して受け取ることを期待した会話だ。
フィンの遺品のレシピは婆様のものではない。通常の薬師ギルドで購入したものなどもある。婆様はグラノスには直接教えていない。そもそも、人前ではほとんど調合をしていないグラノスが悪いんだがな。
「クレイン嬢と血が繋がっていないとは?」
「そのままの意味だが? 異邦人であるクレインにこの世界の兄がいるはずがない」
じろっと視線を感じたのはセレスタイト殿下からだった。
クレインの正体を曖昧にしておきたいにしても、どうせバレる。隠しきるのは難しいなら、暴露した上で守らせた方がいい。
大事なのは安全であって、後ろめたいことを増やすことはしない。迂闊なところがあるからな……。
「では、グラノス卿は?」
「フィンという冒険者の子だと聞いているが?」
「異邦人ではないのか?」
どうやったのか知らないが、グラノスが異邦人ではないという話が出ている。俺からグラノスが異邦人だと証明をさせたいのであれば、逆に話を持っていけばいい……で、合ってるんだろうな?
ネビア経由できちんと伝えておいてほしいんだがなぁ。
「異邦人特有のユニークスキルをもたないのにか?」
俺の言葉にグラノスの唇の端が上がった。これを引き出したかったらしい。
どうやったかは知らないが、グラノスはユニークスキルが無くなっている。別れた後に、帝国にて自分の戦力を下げてまで、ユニークスキルを無くした。
理由は、異邦人であることを証明出来なくさせるため……で、合っているのか。打合せをしておいてくれと本気で思う。
「確かか?」
「確認すればいいはずだ。グラノスにはユニークスキルはない。俺のユニークスキルで見たから間違いはない」
先日まではあったがな。
これが、どういう話に繋がるかはわからないが……国王の腕が怒りでぷるぷると震えているので、成功しているのだろう。
「さて……これでこの場にいる人間はわかったはずだ。国王陛下……あなたは、異邦人であることなんかどうでもいいんだろう? パメラ・メディシーアが気にいらないから殺した。メディシーアが目障りだから、爵位を譲ることは許さなかった。そのくせ、貴重な薬を欲し、失えば自分の物でもないくせに罵倒。……自分に都合がいいように人を扱い、不要なら国に貢献する功労者すら殺す……まあ、弟の子も、宰相の孫も自分の私利私欲のために呪うようなお人だからな。驚きはしない」
グラノスの言葉に、しんっと静まり返った。
ここまで王を虚仮にして、何もない訳ないよな。
がちゃがちゃと鎧の音をたてて、騎士達が近付いてくる。
ここから逃げるのか? いや、後ろにいた騎士が近付いてきているから、バルコニー側に人はいなくなったが……。
「捕らえよ!! 抵抗するなら殺せ!! メディシーアの者を許すな!!」
国王の声に騎士達が俺とグラノスを捕まえようと近づいてくる。グラノスが俺に駆け寄り、俺を捕らえようとした騎士を投げ飛ばす。
「君は逃げろっ……巻き込んですまなかったな」
「グラノス! だがっ……」
「行ってくれ」
俺に近づかせないように、騎士達を体術で制圧するが、増援が近付いてきている。
「すまん………………シマオウ! たの…………ぁごほっ……」
魔法をぶっ放すこともできず、痛みを堪えつつ、バルコニーに向かって一直線で走る。俺を捕まえようとする奴は優先的にグラノスが相手をしている。
そのまま、バルコニーから飛び降りて風魔法を発動させようとした瞬間にグラノスがシマオウを呼び、俺の首側の服がぐいっと引っ張られて視界が急に変わり、空が映った。
体が自由にならないまま、空からグラノスの方に視線を戻し……一瞬、見えた。
グラノスの体を剣が貫いていた。
「っ!?」
どうやら、シマオウが俺の服を咥えて、地上に降ろしてくれたようだが、それよりもバルコニーを下りた瞬間に見えた光景に心臓が早鐘を打っている。
俺が駆け出したのはグラノスも確認している。シマオウを呼ぶためにもこちらを向いていたのだろうか。
グラノスは正面から剣で貫かれ、背中に剣が出ていた。
周りには剣を抜いた他の騎士達がいて……あのまま切られたのではないかと、考えるだけで……目の前が白黒に光でちかちかして、動悸が激しくなる。
「ぐる~」
「……グラノスを」
「GAU!!」
シマオウに鼻で突かれて、背に乗るように促されるが、グラノスの名を出す。
しかし、シマオウは俺を叱るように、いつもよりきつい唸り声をあげて拒否される。
俺らがいる場所にも騎士たちがこちらに向かってきているのも見え、拳を強く握りながらシマオウに乗って…………そのまま、王都を脱出した。
グラノスの生死を確認したい。
だが、シマオウは俺の言うことがわかっていても、従うことなく……休まずに開拓地まで走り続けた。




