5-27.西ルート(4)
目を覚ますと、祭壇の上でナーガ君に抱きかかえられていた。
「クレイン……起きたか……」
「うん……ナーガ君、ごめん」
近くにはポーションの瓶が転がっていて、祭壇の上にいる状態だった。
「えっと、どういう状況?」
なんとなく、口の中にSPポーションの味が残っている気がするけど、自分で飲んだ覚えはない。
「……あんたが気を失ったのが昨日の昼間……だいたい1日半経った。それと、当初よりも時間が早く進んでる……」
ちらっと祭壇の時間を見ると5時間32分となっている。
祭壇から力が送られた結果なのか、次元の狭間の跡がかなり小さくなっていて、あと少しで塞がるように見える。
う~ん。思ったよりも長い間、気を失っていたらしい。
「なんで?」
「……ドラゴンは、土の方からも力が送られてると……」
なるほど。
レウス達がその場で待機していたんだ。それは助かったかも。ルストさんならMPはそれなりにあるし、レウスがSPを担当できるはず。ティガさんは、どちらも伸びは良くないので、微妙かな。
ポーション持たせているから、大丈夫かな。
ポーション中毒になるほど飲んでいると回復役がいないから心配だけど。
中毒にならないようにティガさんが止めているだろう、多分。
「う~ん……自動回復で何とかなると思ったのだけど」
「……ずっと使っていると回復が遅い……」
私のステータスを考えると、減ってもある程度は自動回復でなんとかなる。
祭壇の上にいれば、勝手に消費していくけど、回復するので問題ないかなと思ったけど、疲労により回復スピードが遅くなっているらしい。
SPポーションとMPポーションを6時間おきに飲ませてくれていたという。
口移しで。
なんで!? いや、確かに……ポーションを飲まないとちょっと厳しいかなとは思うけど。
「……SPは俺も少しは肩代わりできるが、MPは無理だ……だから、影響がない範囲で飲ませて回復させた……」
「あ、いや、ありがとう? でも、口移しじゃなくても」
「……こぼしてほとんど飲み込まない」
ああ、うん……気を失った人が飲ませるのは難しいし、こぼすのは勿体ないからね。
いや、だけどね……顔がかぁっと赤くなってしまう。
「……クレイン?」
顔が赤くなったことを隠すために俯いているとナーガ君がこちらを覗き込んできた。いや、驚いただけで、人命救助だからキスではない。
落ち着こう。
「あ、いや、えっと、ナーガ君もポーション飲んでる? ちょっと魔法かけるね。状態異常回復〈リフレッシュ〉」
ポーション中毒にならないようにナーガ君のあとは自分にも魔法をかけておく。
時間をしっかり管理していれば、数本で中毒になるわけではない。大丈夫だと思うけれど、念のため……自分でも落ち着くためにも魔法をかけておく。
「えっと、あの……ごめんね、ナーガ君。迷惑をかけるつもりは無かったんだけど」
「……迷惑じゃない」
「いや、でも……」
「……初めてじゃない。それに、役得だ……」
うん? 初めてじゃないってことは、レウスやアルス君とダンジョンでもやったってことかな。
それなら、ナーガ君のファーストキスを奪ったとかでないから、いいのか。
うん、そもそもキスではなく、人命救助なわけだし。忘れよう。
「……好きだ」
「うん、ん? うん? えっと、ナーガ君?」
「……あんたが好きだから、役得だと思って、口移しで飲ませた……」
真剣な瞳で私をじっと見てくるナーガ君に顔が赤くなる。
本気であることはわかる。からかって誤魔化すわけにはいかない。
落ち着いたはずなのに、顔がまた火照ってしまう。いや、でも、それはまずい。
「あ、いや……ごめん、その、ナーガ君は好きなんだけど、そういう対象ではないというか……あの、ごめん、ちょっとまって、なんて言えば傷つかないか、考えるから」
「……別に傷つけていい。…………だが、あんたの気持ちを教えてくれ……」
ナーガ君はじっと私を見ている。
どんな言葉でも受け入れるという意思を感じとった。
ナーガ君のことは大切だし、好きだと思う。ただ、恋愛として見るには……。
「……未成年には流石に……その、大人として、対象と見れない……ごめん」
淫行罪……正確には、なんだっけ? 青少年保護とか、そんな感じだったと思うけど。大人として、流石に子供に手を出すのはアウトすぎる。
ナーガ君は中身も15歳で……自分も年齢が幼くなっているので、世間的には問題がないのかもしれないけど、心理的に戸惑う。
ナーガ君の方も若さゆえの過ち……というか、普通に吊り橋効果とかで、時間経過で考えが変わるはず。
「……あんたの考えはわかった。俺は本気だ……3年まつ」
「ん?」
「……18になったら覚悟しておけ」
ん? 覚悟ってなに? 私、告白されたのを振ったよね?
今後の関係変わってしまうことも考えたけど、ばっさりと振ったのに、何を覚悟するの?
「えっと、ナーガ君。覚悟ってなに?」
「……子供であることは事実だ。3年経ったら改めて口説く。……一時の気の迷いじゃない、気持ちが変わることはない……だから、俺が大人になったら覚悟しておけ」
「あ、そういう……」
3年は長い。
でも、ナーガ君が本気で言っているのがわかる。
なんだろう? いや、ナーガ君が良い男になるだろうなとは思うのだけど……なんか、背筋がぞくっとした。
直感さん? いや、いつもの感じではないから違うか。
「……そのとき、私が他の人と付き合ってたら?」
「……泣かせるつもりはない…………だが、負けるつもりもない」
ナーガ君が真っすぐな性根だし……これ、本当に3年後、勝負しかけてきそう。
その時、私を泣かせないということは、私自身が好きな人がいれば身を引いてくれるということかな。
負けるつもりがないというのが気になるけど。
「いや、ナーガ君……落ち着いて、私が適当に付き合うと思う? 本気で誰かと付き合ってるなら、諦めようよ」
「……あんたはその場に流されるだろ」
それは、否定できない?
いや、でもラズ様との件であれば、必要なことだったと思う。流されたわけではない。
まあ、形だけの関係であれば遠慮しないという感じなのかな。
「……俺が嫌いか?」
「……いや、好きだけどね。なんていうか、恋愛対象ではなくて……その、今のままでよくない?」
「ああ……だから、3年は我慢する」
駄目だ。何を言っても今は駄目そう……。3年経ってから、もう一度?
どこで間違えた……いや、今までそんな雰囲気なかったはず。
じっとナーガ君を見るが、真剣な瞳が返ってきた。生半可な気持ちで言っているわけではなさそう。
「……もっといい人いるよ?」
「……それは俺が決めることだ」
きっぱりと真剣な表情で告げているけど、よく見ると耳が赤くなっている。ナーガ君も恥ずかしいとは思っているらしい。
「えっと……」
「……それから、あんたにポーション飲ませる役を譲る気はない」
「待って!? え、何回飲ませた?」
「……さあな」
ナーガ君はにっと笑って、答えてくれなかったけど……なんだかんだで、兄さんの影響を受けてる。こんな風に笑うことはなかったよね。耳が赤いのも戻ってしまった。
しかも……これ、複数回やってる? ナーガ君はこれからもする気だと宣言している。今回だけじゃないとなると……ルストさんの時のか!
待って、誰もそのこと教えてくれてないんだけど!?
「意識のない相手にそういうことするの、良くないと思う」
「……意識を失うほどの非常事態だから、緊急措置だ……」
「今後、気をつけます……」
死ぬほどではなかったにしても、ポーションは飲ませておいた方がいいのは間違いない。
今、MPは6割、SPは3割くらいと減っている。飲ませなかった場合には枯渇していた可能性もある。なので、責める気はないのだけど……本当に気をつけよう。
とりあえず、今更ではあるけど、立ち上がってナーガ君から距離を取る。祭壇がそんなに広い訳ではないから、少しだけだけど……。
「気が付いたようですネ」
「ああ、うん……もう少しで狭間は封じ終わると思う。ただ、完全に遮断できたわけじゃない。今回、黒の神により大量に異邦人が来たみたいに、狭間を使わなくても送り込むことはできるようだから」
「それでモ、助かりました……お礼をしたいのですが、何か望みは?」
「えっと、襲ってこないでほしいかな」
「こちらも死にたくはないので、襲うことは……」
ああ、そっか。
兄さんが返り討ちにしてるから、ドラゴンとしても襲いたくはないのか。
それはそうだよね……ただ、襲う理由がないとは言わなかった。
水の長は気づいているのか……う~ん、わからない。
「……俺らの土地まで送ってほしい。出来れば、早く帰りたい……」
ナーガ君の言葉にはっとする。
確かに……兄さんの方で動いているから、計画を早めたはず。
それに、私達が一番到着が遅かった上に、塞ぐためにもここに2日も滞在している。
川を下ってオリーブでの移動よりも、ドラゴンに送ってもらえれば直線距離を取れるので早い。
兄さんが動いていることもだけど、クロウの身に何か起こる可能性はあると思っていた。急いで帰った方がいい気がする。
「お願いできますか?」
「もちろん、任せておくれ」
ドラゴンの水の長が自ら送ってくれるというので、お願いした。
数時間後。
次元の狭間が綺麗に閉じたことを確認して、ドラゴンに送ってもらい帰路につく。
ドラゴンからは襲わないという確約をもらったので、多分、大丈夫だと思うけど。
捧げたはずの祝福がなぜか残っている。
白の神の置き土産なのか、光焔が自らを捧げたため、ポイントが溢れたのかわからないけど……一度、無くなったはずのそれが返ってきてしまっている。
厄介ごとにならないために、もう、使わないようにしたいけど……ただ、便利でもあるんだよね。気を付けよう。




