5-16.ドラゴンからの使い
小さいドラゴンが襲撃してきてから、10日以上経過した日の深夜。
自室で本を読みながらウトウトしていたところに、ゾクッと背筋が震えた。
魔力探知をすると知らない高魔力の存在がこちらに向かってきている。明らかに異質。
この家には師匠がいるので、近付けるわけにはいかない。
「モモ、兄さんとナーガ君を呼んできて」
「にゃあ~!」
がばっと寝転がっていたのを起きて、寝巻のまま部屋から出て、そのまま家を出て畑の方へと走り出す。
何かあっても良い様に、短剣を隠し持ってはいるけど、正直、戦いにならないことを祈るしかない。
「止まって! それ以上、居住区に進まないでほしい」
畑を悠々と歩いていたのは大きな竜人族。私より1メートルは大きい。
レウスよりもさらに爬虫類っぽさが増しているのと、話をするだけでも威圧されているような圧迫感。めちゃくちゃ強いのがわかる。
自分と、相手の間に風魔法を発動させて、足を止めさせる。
「いたデチ!」
「あれ? その声……」
「フム。女、風ノ長デアル暴風様ヨリ話モッテキタ。危害ハナイ」
「……家には病気を患っている師匠がいる。あなたの存在感だけで、どんな影響があるかわからない。体への負担を考えるとこれ以上近づかないでほしい」
チビドラゴンの声が聞こえて、その存在に気づいた。
高魔力の存在がドラゴンでないという……このドラゴン、本当にまだ子どもなんだな。
竜人族の肩にこの前のチビドラゴンが乗っているので、ドラゴンの長から使いであるのは間違いない。
ただし、師匠にこの威圧感を向けられては困る。近付こうとするなら、魔法で足止めするために、魔力を溜める。
「師匠トハ?」
「先達、達人、指導者……あなた達にとって、長のような存在だと思ってくれればいい。それから、そこは畑。作物を育てているところだから、こちらに」
「ソウカ」
どうやら、戦うつもりはないらしい。
素直に私の後ろについてきてくれたので、畑近くの空き地に移動する。
「女、次元ヲドノヨウニ封ジルカ、答エヨ」
「こちらは封じたいと思っているけれど、どんなものだかを知らない。だから、話し合いの場を持ちたい。知っていることがあれば教えてほしい」
「ソウカ。4つアル。大キナ歪ミダ。ソコニ長達がイル。ソレゾレニ同時ニ力ヲ送ルト聞イタ」
「……4人必要ということですね。こちらは私を含め3人のため、対処方法を考えます」
可能性としては、アルス君と一緒にいた女の子が悪魔族の可能性があるという話だった。そちらがどうなってるか、兄さんに確認をしないとかな……。
「伝エヨウ」
「こちらからもお願いがあります。私達が長のいる場所に向かうために、竜玉が必要となります。今、一つは持っているのですが、他に借りることはできますか?」
「無理デチ!」
「駄目です?」
「伝エルガ、アレハ完全ナ球ニ、力アルドラゴン様ガ己ノ血ト力ヲ使イ作リ出ス。元トナル球ガ必要ダ」
球体がないと駄目で、ドラゴンが認めた者にだけ作るってことか。血と力ってことは、簡単に作り出すことは出来ないかな。
「球はこれでもいいかい?」
「ん? 兄さん?」
「……無事か?」
後ろから声が聞こえてきたが、しっかりと武器を携え、防具を身に着けた兄さんとナーガ君がいた。
ナーガ君はすぐに私の前に立って、盾を構えているけど……とりあえず、戦闘モードはオフにしてくれとお願いする。
「ダンジョンで手に入れた石。球体であるが、使い道がなくてな」
ミニエラダンジョンで手に入れた謎の石か。クロウがしっかりと鑑定して、力を込めることができるらしいとか言ってたような気がする。
「…………オソラク使エル。預カッテモ?」
「ああ。おおよその場所は聞いてはいるが、土地勘があるわけでもないんでな。頼む」
「伝エヨウ」
二つとも預けるが、それでも一つ足りないことになる。
そうすると私が水のドラゴンを担当するのがいいかな。大滝までは川に沿って行けば辿り着くし、おそらく直感さんを頼りに進めばドラゴンの下へ行けるはず。
「4か所を同時にということだが、こちらとしても確認をしたい」
「何ダ?」
「まず一つ、俺らの身の保障だ。力を使い、弱ったところをドラゴンに襲われればひとたまりもない」
「誇リ高キドラゴン様がソノヨウナコトハシナイ」
「それは安心だ。それから、今、わざと黒の力を使えないように封じているんだが、力を使った後は封じることが出来ない。そのせいで無礼なことをする可能性があるんだが」
「……ソレハナイ」
うん? 何か、言いよどんだ。こちらには伝えたくない事実でもあるのかな。
こちらとしては、ルナさんとルストさんの力が解放されると無意識に蠱惑を使ってしまう可能性を恐れているのだけど。
あり得ないということは、何かあるのだろうか。
「力を使った後、死ぬということ?」
「ソウデハナイ……黒ト白ノ力ヲ使ッタアト、二度トソの力は使エヌ。ソレホドの力ガ必要ナノダ」
種族の力は一切使えなくなるということかな。
私はそれでも問題がない。ルナさん達も割と力を持て余しているようだし、それも仕方ないと受け入れてくれるとは思うけど。
問題は……種族の適性が低い私の場合には、それだけじゃ足りない可能性があることだよね。
代償がまた生命力だったりするとまずい気がする。
「わかりました。まず、竜玉はお願いします。こちらでも準備をしておきます。他に聞きたいことが出来た場合にはどうすれば?」
「ウム。伝言役ヲスルヨウニ言ワレテイル。マタ、来ル。ソレカラ暴風様カラ他ノ長ニモ伝エル、ダガ、敵対スル長イルコトモアル、覚悟セヨ」
もう一度ここに来るのは、おそらく竜玉を届けに来てくれるとかだろう。それまでにこちらも意見を交わしておく必要があるかな。
さらに、面倒なのが、ドラゴン達の意見もまだ定まってない。
風の長は協力するけど、他は違うということだね。それでも、一歩前進かな。
風のドラゴンは協力的だと思うけど……。
他の場所では、戦いも想定する必要ありか。
竜人族とチビドラゴンが開発地を出て行ったことを確認して、家に戻る。
「戻ったかい」
「師匠……えっと、こんな遅い時間に……」
「あんた達が出て行ったのに気付いたからね。どれ、ホットミルクを用意しておいたよ。ナー坊とグラ坊もこっちにきてお飲み」
「ああ、すまないな。起こすつもりはなかったんだが」
「……すまない」
キッチンの方で明かりがついていたので、そちらに向かうと師匠が鍋で牛乳を温めていた。
牛乳というか、魔物の乳ではあるけど、味はちょっと濃いめの牛乳。マーレのテイマーギルドにて購入した、ミルクを取るための魔物で毛が長い牛のような魔物。
現在、母牛を2頭と仔牛がいる。1年後には妊娠をさせたりとか、色々しないといけないらしいけど、今のところは毎日乳しぼりをして、沸騰させて殺菌させて飲んでいる。
一部はバターにしたりしているけど、チーズは上手くいってない。カッテージチーズというチーズにはなっている。
色々と試しつつ、もう少し加工品の目途がつくようなら牛も増やしたい。
「師匠。こんな時間に起きて大丈夫ですか?」
「最近は昼間にも寝ていたりするからね、問題ないさね。それで、そんな恰好で外に行くなんて何を考えているんだい?」
「あ、いや。来客がありまして?」
客でいいのかなと思ったけど、兄さんもナーガ君も否定をしなかった。私は寝巻で飛び出し、二人は戦闘できる恰好に着替えている。
どちらも、何かあったとわかる恰好だった。
あの竜人。発音がすごく聞き取り辛かった。
そして、強そうだった。チビドラゴンの方が聞き取りやすいのもどうなのかなと思う。
ドラゴンとしては、気を使ったつもりだったのか。ただ、チビドラゴンがアホだからお目付役なのかもしれない。
物欲しそうにしてたので、
「そうかい……大丈夫だったのかい?」
「はい。危険はなかったですけど……なんか思ったよりも大きかったです」
「……ああ」
「二人の倍近くの身長がある竜人族だったようだ。実力もありそうでな。まあ、穏便に終わったから安心してくれ」
師匠も私に続いて、二人がしっかりと準備をしてから出て行ったので心配していたという。
「また、出かけるのかい」
「……いえ、しばらくは出掛けないですよ。師匠」
「あんたは最近はここにいるばかりさね。そんなに心配かい」
師匠の言葉になんて返していいか、わからない。
この短期間でも、師匠はやつれていっている。
介護が必要というほどではないけれど、長時間立ち続けるとか、歩き続けるのが辛くなっていたり、杖が必要になったり……食事の量も減っている。
私が側にいても手伝いをするくらいで、何か師匠の体に良いことが出来るわけではない。
ただ、スタンピードで留守にしている間に師匠が発作を起こしていたのを考えると長期でどこかに出掛ける気にはならない。
「お師匠さん。一応、錬金の依頼やら調合の依頼があるからここに留まってるんだ。責めないでやってくれ」
「あんた達がいても、いなくても……変わりはないよ。心配せずに、好きなことをしな。それがわたしのためでもあるさね」
「幸い、今は騒動が起きていないからな。来月になると騒がしくなる可能性もある。今は英気を養ってるということで目を瞑ってくれ」
「あんたは忙しそうだね、グラ坊」
「ああ。まあな……詳細は内密にさせてくれ。怒らせたくないからな」
兄さんが庇ってくれた上に、何か企んでいるらしい。詳細を聞きたいところだけど、最近は私にも話をしてくれないことがある。
「全く、何をやってるんだか。困った子だね」
「俺らはお師匠さんには世話になったからな。大好きな師に対し、嫌がらせをするような奴は許せないだけだ。あと腐れのないように気を付けているから安心してくれ」
なるほど。兄さんは貴族とかにちょっかいをかけていたらしい。それ大丈夫? とも思うけど、特に直感も働かないので大丈夫らしい。
「引き際はわきまえておきな。ナー坊は最近はどうだい?」
「……前より成長している。そのうち、グラノスより高くなるつもりだ……」
もうすぐ、この世界に来て半年。ナーガ君の身長は毎月1センチくらい伸びている気がする。すでに目線は少し上を見るようになってしまった。
「あんたは伸び盛りだからね。しっかり食べて、よく寝るんだよ。こんな夜更かしをしてたら伸びなくなるよ」
ナーガ君が一瞬、ぴくっと眉を動かした。確かに、成長期ならしっかりした睡眠は大事だと思う。
今、身長が伸びているなと感じるのはナーガ君とレウス。レウスも身長高いほうなのだけど、ちょっとずつ伸びているんだよね。
アルス君もかもしれないけど……正直、二人ほど伸びたなとは感じない。
「そうだね。グラ坊は食が細いから、追い抜くかもしれんね」
「いやいや、俺を超えるとなると、このペースで2年以上かかるからな。そんなに成長期は続かないだろ」
「……ふん」
ナーガ君が兄さんを睨みつつ、拳をぎゅっと握った。
余程、兄さんの身長を超えたいらしい。
「それなら、今日は寝た方がいいかもね。ダンジョンとかは不規則になることもあるけど、ちゃんと睡眠をとった方がいいよ」
「……寝る。おやすみ」
「俺らも寝るか。おやすみ」
「おやすみ、ナー坊、グラ坊、クレイン」
「はい、おやすみなさい。師匠、兄さん、ナーガ君」
みんな立ち上がり各自の部屋に戻った。
明日、全員で打ち合わせが必要かな……。
出来ることなら……師匠の側に、限られた時間だからこそ一緒にいたいんだけどな。




