5-9.錬金術師の登録
ナーガ君から蜂蜜を受け取った翌日。
離宮内にある作業場に案内されたけど……この状況は聞いていない。
「本日、作業を見学させていただきます。キュアノエイデス支部の錬金ギルド長をしております、サジェストと申します」
「商業ギルドのシュロイテにございます。どうぞお見知りおきを」
「立ち合い人をするが、私の紹介は不要だな?」
「はい……もちろんです、レカルスト老師」
にこにこ笑うカイア様と、すごく心配そうにしているセレスタイト殿下。作業場に待っていたのは、レカルスト様のお父上である先代様と、怖そうな男性二人。
レカルスト様の父に対する呼び方に困っていたのだけど、結局、老師と呼ぶことになった。
立場としては、ラズ様の薬師も王弟殿下の薬師の中に組み込まれるので、直属ではないけど上司に当たる。一応ね……現役らしいので。
そして、作業場には前回使った錬金窯よりも大きい窯を用意してもらっており、ど真ん中に鎮座している。
「カイア様。注文通りの巨釜の用意、ありがとうございます」
「錬金ギルドより貸し出してもらった中で、一番大きいものだが、これでよいのか?」
「はい。錬金は調合と違って、魔力でねじ伏せて物質を生み出すだけなので、大量生産するなら巨釜のほうが回数少なくなるので助かります」
前回は普通の錬金用の窯だったけど、今回はもっと大きく、兄さんの背丈と同じくらいの巨窯を用意してもらった。
となりに脚立を用意してそれに立って、ぐるぐるとかき回す予定。
しかし、さっきから私の一挙一動を確認しているサジェスト様とシュロイテ様がすごく微妙。
なんか、薬師ギルドでの試験のことを思い出すけど……今回の立会人はカイア様達も務めるみたいだから、なんかもう……これってヤラセな感じがする。
作る物は、錬金蜂蜜なのに……錬金術師としても認めさせるための諸手続きだろう。
「じゃあ、作り始めます」
材料を窯いっぱいに入れて、脚立で窯の口付近に立って、錬金棒で魔力を込めながらぐるぐるとかき混ぜる。
比率を間違えなければ、あとは完成するまで魔力を注いでぐるぐると混ぜ続けるだけ。
調合みたいに細かく煮立たせたり、温度管理とかも必要ないし……作業は単純。必要なのは圧倒的な魔力と腕力。
かき混ぜるのが長くなると腕が疲れるのと、魔力で物質を溶かす感覚が掴めるかどうか……。
「簡単そうに作っているな」
「組み合わせる物質が3つともどろっとした液体に近いから、溶け合いやすいですから」
「うん? そういうものなのか」
「液体と魔物素材と鉱物とかだと、流石にこの量は作れないですね」
カイア様が面白そうに覗いてきたので、説明しながらぐるぐるとかき混ぜる。
素材の数が多くても、似たような物質混ぜるなら簡単なんだよね。魔石以外は苔、蜂蜜、磨り潰した肝なんて、どろどろした液体なので、素材を混ぜるのはそんなに難しくない。
液体と鉱物に魔物の骨とか、ばらばらだと結構大変。物質の形が違い、種類が増えれば難易度は上がっていく。
この巨釜なら蜂蜜の樽を5樽分使っているので、50回錬金すれば作業は終わる。1回でも30分以上魔力を流し続けるので結構疲れるけど……。
それでも、今日と明日で作業を終えようと計画していたが、カイア様に止められた。
3日に分けるように指示されてしまった。なんでも、兄さんから事前に通達されていたとか……過重労働禁止らしい。
「少しいいでしょうか?」
「はい、何でしょうか?」
錬金術師を名乗った初老の男性であるサジェスト様が話しかけてきたので、ぐるぐると鍋をかき回しながら視線を向ける。
「その量で、魔力を流し続けて錬金するのは効率が悪いのではないかね?」
「そうでもないですね。混ぜやすい素材なので、この量でもぐるぐる出来ますし、魔力量は絞って流すよりもある程度ドバっと流す方が調整が簡単なので」
「しかし、かなりの量ですが……」
別に問題がなく大量に1回目の錬金が出来た。
ここから詰め替え作業が大変なんだよね。作るよりも時間がかかる。ナーガ君達が居れば早いんだけどね……テイマーギルドに手続きに行ってしまったからね。こちらに来て、手伝ってもらいたい。
しっかりと錬金が出来たのを確認して、錬金蜂蜜を詰めていく。
小さい小瓶に詰めるのが大変。でも、分量もしっかりと安らぎの花蜜に合わせる必要があるからね。
でも、この量がね……。
流石に、お偉いさんたちに手伝ってもらう訳にもいかないけど……すっごく気まずい。
「クレイン。俺らが詰めるから、君は錬金を進めるといい」
「……作る方に専念しろ」
巨釜からちまちまと詰めていたら、兄さんとナーガ君がやってきた。
いつの間にか、カイア様がいなくなっていて、兄さんと一緒に現れたので状況は説明してくれていたらしい。
「いえ。グラノス卿、あなたはこちらをお願いいたします」
レカルスト老師が兄さんを呼んだ。
「ああ、ちょっとまってくれ……クレイン」
「は~い、並べるから……」
兄さんがきたので、詰め替え用の器を大量に並べる。
「風〈ウィンド〉」
兄さんが風魔法で蜂蜜を小瓶に移してくれた。
う~ん。私も全部の蜂蜜を窯から取り出すとかは出来るんだけどね……そんな風に小瓶に入る量に分けて移動させるとかできない。
兄さんの風魔法がね……水まきをするようになってから、精度が上がっている。
今の兄さんの魔法で、さっき作った錬金蜂蜜は5分の4が入れ終わった。残ったのは鍋に移してくれたので、錬金作業が再開できる。
「う~ん。魔法、得意なはずなんだけど……そこまで細かい作業はできない」
「最近、ルナに水撒きばかり頼まれていたからな。見直したかい?」
「うん、ありがとう」
私の肩をぽんと叩いて、レカルスト老師の呼んでいる調合作業台の方へと兄さんは行ってしまった。
「……俺は蓋をしていく。任せておけ」
「うん、ナーガ君もありがとう」
ナーガ君が呆れたように小瓶に蓋をしていく。
確かに、兄さんにしては珍しいよね。実力をひけらかすより、隠しておくタイプなんだけど。
器用に魔法が使えることを見せておくのが……誰に対しての牽制なのかがわからない。
「こちらを……」
「……なるほどな。作ればいいんだな」
兄さんが老師に渡されたレシピの束。兄さんも薬師の試験を受けるらしい。兄さんはレシピ見て、ペラペラとこちらに振っているので心配ないらしい。
「借りるぞ」と言って、私の荷物から中和剤とか聖水を取り出している。
「どれ、手伝うか」
「カイア、手を出すな。一応、貴重なんだぞ? 手を滑らせたら困るからな。大人しく見守っててくれ」
「ふむ……では、そうしよう」
カイア様に雑用を任せることはないらしい。ただ、割と興味があるらしい。私の作業も興味津々で見ていた。
「……俺がやっておく。あんたは錬金を続けろ」
「ナーガ君。じゃあ、お願い」
錬金作業を再開しようと、材料を錬金窯にいれていると商業ギルド長が近づいてきた。
「なにかありました?」
「いえ……あれほどの量の魔力を使ったのに、この短時間で回復されたのですか?」
「え? 回復はしてないですけど……あと3回くらい作ってからの方が作業効率がいいです。その……MPが一定以下になってからだと回復スピードが上がるので」
MP不足というアビリティの効果で、MPが3割切ってると普段の倍のスピードで回復するんだよね。魔丸薬も飲んでいるとさらに早くなるので、効率が良くなる。
「まだ、MPに余裕があるということですかな?」
「クレインは魔導士系なんでな。調合のためにSPも伸ばすようにしているが、本来ならMPの方が多いからな」
兄さんの言葉に驚いたような顔をしているけど……。私が魔法系なのは事実で、MPのが成長率がいい。でも、それ以上に兄さんとクロウのSPの成長率がいいだけなんだよね。
レウスやナーガ君と比べてもSPの成長率は高いほうなのだけど……それを上回る成長する二人がいるせいで、調合を長時間続けていると最初にばてるのが私というだけだ。
「丸一日、ずっと調合を続けられる兄さん達の方がおかしいと思う」
「君だって錬金なら一日続けられるだろう」
「……どっちもおかしい。師匠も休憩を挟めと言ってる……」
ナーガ君の言葉に、二人とも詰まってしまう。
だって、製作作業なら作業、採取なら採取と1日の行動を決めてしまった方が楽だったりする。
「君は最大でいくつの素材を錬金したことがあるかな? 可能なら、記録があると助かるんだが」
「……セレスタイト殿下。錬金蜂蜜の試作段階の記録を見せても?」
「う~ん。サジェスト、非公開情報になるがわかっているね?」
「もちろんでございます」
師匠と大家さんが記録していた内容を提示する。
記録の署名欄の記載も二人なので、証拠としては十分だろう。
「水竜の肝以外での研究もされているのですな」
「一時的にしか手に入らない素材、しかもそれなりに危険を伴う討伐になる物ですから。今回は在庫があるために利用していますが、平時には他の素材で作れなくては意味がないです」
魔物素材や石や宝石なども利用して製作している記録。元々、調合で作り出すというよりも錬金で作り出しているものだからね。
「アストリッド女史の方でも把握しているのであれば、そちらからも話を聞くことになりますが、この資料だけで十分に上級錬金術師の資格はありますな」
「……ありがとうございます」
「冒険者ギルドに所属していること、薬師ギルドとの関係もありますが、客員としての所属となっていただきたいのですがいかがでしょう」
「……ちなみに、客員となるとどのような義務が生じますか?」
「このような新たな素材の製作、レシピ登録などには一定の登録料金が発生します。代わりに、そのレシピを使った場合の利用料が支払われることもあります。そして、1年に一度、研究結果のレポートの提出ですな」
「……」
面倒……レシピの登録とか、大家さんに任せているのだけど、それでは駄目ってことかな。研究結果も……。
「難しく考えなくても、こちらの記録を提出いただくだけでも十分です。出来ましたら、意見交換などの機会があるとなお良いのですが……」
「意見交換とかはちょっと……でも、レポートの提出とかであれば、やります。他にもいくつか調合のために新規素材開発は考えていますので、そのために必要であれば……」
「ありがとうございます」
なんだか、面倒ではあるけれどね……足場固めとして、錬金術師としての資格も得られるならそれに越したことはないよね。
「それと、可能でしたらこちらのポーションの納品をお願いいたします」
「えっと……各種回復系のポーション、ミドルポーションを3,000、各種状態異常の耐性ポーションが1,000……随分、ありますね」
「現在、錬金ギルドでかき集めておりまして、ご協力いただけますと助かります。この数をということではなく、お持ちの分だけの提供で構いませんので」
ちらっと視線を送ると兄さんとカイア様がお互いの視線を合わせてにこにこ笑っていた。うん、問い詰める必要はなく、後で兄さんに確認をとろう。
「マーレスタットのラズライト様経由でも構いませんか?」
「はい。大変失礼いたしました。ラズライト様の専属薬師というお立場であることを失念していたわけではございません。ラズライト様にはこちらから連絡いたします。きちんと買取はいたしますので、ご検討ください」
「わかりました」
商業ギルド長からは、開発地での店の出店についても打診をされた。大規模な商売をするつもりはないため、小さな店舗は設けること、今、マーレにある店は引き払うことを伝える。
錬金ギルドから受けたような大規模な受注などがある場合、ラズライト様を経由してもらい、小さな店舗で対応できる程度であれば商業ギルドが購入するなども構わないことを約束した。
錬金窯をぐるぐるとかき混ぜつつ、作業を再開し、午後になると、レウスとアルス君が助けを求めて駆け込んできた。
うん、面倒事だね。兄さんとナーガ君と別れた途端に面倒事に巻き込まれたのか。
「……これ、作れたら少し席外しても大丈夫ですか?」
立会人の人達に許可を取って、レウス達の問題事に対応するために頭を働かせる。兄さんも「ちょっと待つように」と言ってるけど……その薬の調合作業、多分1時間以上かかるんだよね。
私が対処した方が絶対に早い。
「ちょっと行ってきます。すみませんが、作業は後ほど」
「お気になさらず。すでに、十分な腕であることは確認いたしましたので」
商業ギルド長はにこやかに笑っているけど、錬金ギルド長……資料を本気で読んでいて、私の声聞こえてないかな。
まあ、いいや。レウスとアルス君の方の対応をしよう。




