4-42.一緒にご飯
離宮にて、兄さんがカレーライスを作るために料理の許可を取っていた。
じっくり煮込んでくるというので送り出し、その間、私は玄米を白米にするためにすり鉢で軽くごりごりと擦っていく。
調合用のすり鉢の大きい物を洗って、浄化〈プリフィケーション〉をしたので、多分……大丈夫。
念入りに洗ってから浄化したけど、次からは食事用の新しいすり鉢は購入しておこうと決めた。
「う~ん。こんなものかな?」
力を入れ過ぎて、お米が割れないように注意しながら、白米にしていく。
だいぶ白くなってきたので、そろそろ良さそう。
「何してるんだい?」
「兄さんが夕食を作ってくれるので、ご飯の用意です。玄米でも食べれるのはわかってるんですけど、久しぶりなんで、できれば、白米の方がいいなと思いまして」
「おや、米かい。めずらしいもんを買ってきたようさね」
「はい。ちょっと奮発して食事用意するので、師匠、楽しみにしててください」
師匠にカレーについて説明する。複雑に絡んだ沢山のスパイスと野菜のうまみ、それらが染み込んだお肉。
大好きな料理とかではないのに食べれなくなるとすごく食べたくなるのって何でだろう。すごく楽しみにしている。
「多種多様のスパイスかい。グラ坊なら扱えそうだね」
それは、私に無理ってことですかね。
その通りだけどね……カレー粉で作るなら出来るけど、スパイスで作ろうなんて考えもしなかった。
師匠と楽しくおしゃべりしながら待っているとラズ様が駆け込んできた。
「クレイン。グラノスを止めて。なんか、すごい匂いのする料理作ってるんだけど」
「え? ああ、スパイスをきかせた料理だから? 美味しいですよ」
「許可を出したけど、僕の方に厨房から苦情がきてる」
「おや、まあ……」
ラズ様の言葉にう~んと悩む。
確かに、カレーの匂いって食欲をそそる匂いだよね。お隣の家とかから香ってくると食べたくなるんだよね。ただ、沢山作ってしまい、続くと飽きる。一人暮らしならレトルトカレーで十分なんだよね。
「ここで作ったらどうだい? あんたが清掃したから綺麗になってるだろう」
自分の作業場ではないから、魔法使って綺麗にしている。ここで料理をしても、問題はない。
「じゃあ……作業場でやるように伝えてきます」
「うん。最初から、そっちの許可を出せばよかったよ」
ラズ様ががっくりと肩を落としている。
カレーはいい香りだと思うのだけどね。
慣れない人は苦手なのか。残念……いや、離宮で作ろうとしたのが間違いかもしれないけど。
「伝えたからね」と言って、帰ろうとしているので、せっかくだから夕食に誘おう。
「ラズ様もあとで食べに来てください。美味しいですよ」
「……はぁ。わかったよ、後で行くから、グラノスを止めておくようにね」
「わかりました」
調理場に行ったら、困惑しているコックたちの前で兄さんが鍋をかき回している。
うん、カレーのいい匂い。
「兄さん。ラズ様がにおうから作業場でやるようにって」
「わかった。今、だいたい味付けも終わったからな。あとはじっくり煮込むだけだ」
「白米も今日の分は十分できたよ」
「そうか。もう少し煮込んで水分を飛ばした方が美味いからな。じゃあ、移動するか」
ひょいっと鍋を持って移動する。
ただ、作業場に入った途端にカレーのにおいが部屋に充満したので、師匠もその鍋を気にしている。
「グラ坊……なかなか強烈なにおいさね」
「お師匠さん、すまない。もしかして苦手かい?」
「いや、大丈夫だよ。薬の調合はもっとひどいにおいもあるさね。ただ、慣れないにおいではあるよ」
カレーのにおいはなれないらしい。でも、師匠としては兄さんに作り方を聞くくらいには興味津々だった。
兄さんがレシピを書きながら師匠に作り方を説明するので、私は兄さんと交代して、焦げないようにぐるぐると鍋をかき回している。
焦がさないようにぐるぐるしているとラズ様とカイア様もやってきた。
「はぁ……本当にすごいにおいだね」
「ははっ、よいではないか。お主たちの世界の料理なのだろう?」
「ああ。俺らの世界では定番だな。いろいろと好みで味が変えられるから楽しみにしてくれ」
ご飯が炊けたので、お皿に盛りつける。師匠は興味津々といった感じ。
師匠も料理上手だから気になるのだろう……ただ、金額的にはすごくお高い。師匠はお金持ちだから気にしないだろうけど。
「辛さは抑えてるが、足りない場合はトウガラシ粉や胡椒で調整してくれ」
「うん、いただきます~」
師匠もだけど、ラズ様やカイア様も食べるらしい。慣れない味だからと、みんな小盛で用意しているので、私は大盛で食べたいところだけど自重しておく。
「おいしい! 流石、兄さん! このお肉がとろっとしてて最高! にんじんもじゃがいももおいしい」
「ああ。……もう少し辛くてもいいな」
私が興奮しながら食べるのに対し、兄さんは味を確かめている感じだ。
辛みが足りないと唐辛子と胡椒を追加している。
「そうだねぇ、わたしにもくれるかい?」
「もちろんだ、お師匠さん」
兄さんと師匠は激辛が好きらしい。中辛くらいの辛さだけど、私はちょうどいい。
ラズ様はちょっと辛いのが苦手らしく、とりあえず、チーズと牛乳を渡しておいた。
生卵を食べる習慣がこっちにはないからね……売ってるのがどれだけ古いかもわからないから、生では全く食べていない。本当は卵かけご飯とかも食べたいんだけどね。
「グラノス。俺ももう少しこの料理をもらってもよいか?」
「ああ。好きなだけといっても、鍋一つ分だからな。そんなに多くはないが」
「そういえば、スペル様とかにもおすそ分けする? クロウ達も」
「クロウ達にはそのうち作ればいいだろう。宿から呼んでもいいが、この量だと足りないだろうしな。スペルは誘わないと煩そうだな」
「そうだね。ナーガ君も食べたいだろうし、帰ってきたらまた作ってほしいな。じゃあ、ちょっと声かけて来るよ」
スペル様の部屋に向かうと、ちょうど彼も作業場に向かっていたらしい。どうやら、兄さんに用があったらしく、作業場にいると聞いてここまで来たらしい。
「やあ。食事に誘おうと思ったらいなくてね」
「あ、はい。今、兄さんが料理作ったところで……お誘いにきました」
「うん、ご相伴にあずかるね~」
隣に並んで、作業場まで歩き出す。案内の騎士が一緒についてくるので、何を話すか困ってしまう。
「どうかした~?」
「気になってたんですけど、ここでゆっくりしていていいんですか?」
「ああ。父が拘束されて罪状確定しているのに、爵位譲渡が許されてないんだよね~。スタンピードの件で話し合いがあるという建前もあるし、僕の失墜を狙う人がまだいるからね」
「大丈夫なんですか?」
「もう少ししたら、君が作った新素材が流通するからね。それをもって、功績として爵位をもらうよ」
う~ん。
そうなると、蜂蜜が届くまでは大量生産できないから、それまでここにいるのかな。
一応、現在の流通に十分な量は作って、王弟殿下に納品してる。あとは任せてしまった方が私の胃に優しいので、知らないことにしよう。
「大丈夫。これ以上は君を煩わせることにはならないよ。ただ、僕がここにいる方が、君への警戒は減るからね。明日には発つんでしょ? …………まず、開拓地は塀を作って、容易に中を見せないようにするんだよ?」
小声で言われた言葉にこくりと頷く。
スペル様は人工池を作ったところも見ているので、堀とかを作ることが出来るのは知っている。堀よりも先に視界を覆う土壁を作れということだろう。
最優先というからには、すぐに人の出入りを絞らないといけないくらいには狙われてるのか。
「構わないでほしいんですけどね」
「それは無理だろうね~。まあ、必要ならグラノス経由で連絡してよ。力になるよ」
「……怖いです」
「ふふっ、そう考える限りは味方だよ。力を見誤らない限りね」
「はい」
「お借りしているものについてですが……」
「うん。いいよ~。半年くらいなら預けとくよ」
スペル様は渡されている竜玉については、半年くらいなら返すのを待ってくれるという。その間にドラゴンも何とかしないといけない。
ナーガ君達が帰ってくるのが早くても1か月後くらいだとすると……そのあとに錬金をして……早くても2か月後くらいかな。
それまでは開発をするにしても……時間の余裕と、行くメンバーが問題だよね。ドラゴンの元へ悪魔の二人を連れて行くか、否か。
交渉段階では、置いていった方がいい気もするけどね。
「おっ、スペル。早かったな」
「もともと、君たちを探していたからね~。う~ん、久しぶりのかれえの匂いだね」
「うん? 知っているのか?」
「昔、共和国の首都で食べたよ。なかなか高価なのと、秘伝の味とかなんとかでね、店は限られてるんだよね」
なるほど。一番、異邦人の影響が色濃く残っているのが共和国か。スパイスとか、そっちのが入手しやすいという事情もあるのかな。
「うん、美味しいね」
「共和国か。そっちにもドラゴンがいるんだよな」
「グラノス。やめてよ? 出来れば、水か風にしてよね。国から出るとまたうるさいからね」
「俺がいない間、何か動いたのか?」
「お主の素材を買い取ろうとしていた貴族はおるぞ? 無駄だったようだがな」
「お師匠さんとカイアのための素材を譲るとでも思ってるのか。おめでたいな」
それはそう。大事な人のために採りに行ったものをわたすとか
兄さんから奪う算段があるくらいには何かあるんだろうか。
「ラズでは抑えが利かないくらいには厄介な翁だからな」
「……お師匠さんに対して、随分と尊大な爺さんか。まあいいさ。適当に相手をしておく」
「あれ、知ってるんだ?」
「メディシーアの顧客を俺ではなく誰が知るんだ?」
カイア様の言葉に、兄さんが返す。兄さんはその貴族が誰だかわかっているらしい。スペル様が茶化すように言った言葉にも頷きを返している。
兄さんの返事のあとに、私と師匠に視線が向けられたので、とりあえず、こくこくと頷いておく。
師匠の顧客は私ではなく兄さんの管轄。だって、貴族相手は無理。それと、兄さんが普通に薬作れるからね。
冒険者とかで、私を指名してくるなら別だけどね。
「僕の依頼だったらどっち~?」
「君が誰を経由して依頼するかによるだろう。この前みたいにラズを経由するなら、ラズの専属薬師のクレイン。直接メディシーアへの依頼なら俺だ」
「うんうん。それが徹底されるならいいね」
基本的にはそういうスタンスで。まあ、今決めたことだけど、その方がいいのはわかっているので、もう一度頷いておく。
どちらから依頼するにしても、初診の場合はクロウが必須だとは思うけどね。そういう点では一番頼りになるんだよね。
「本当に、厄介なものさね」
「師匠。苦労したんですね……」
ため息をついてる師匠は私よりはわかっているのだろう。私がよくわかってないだけかもしれないけど。
「僕に何かあったら兄上たちに頼るようにね」
「……はい」
ラズ様の言葉にカイア様も頷いているので、カイア様かセレスタイト様に相談することが許されたってことかな。とりあえず、ラズ様に何かあることが想像つかないけれど。
そして、残りのカレーライスはなぜか、そのまま王弟殿下に献上することになった。
翌朝に食べることは叶わなかった。
うま味が溶け出すから二日目のカレーは絶対美味しいのだけどね……。頻繁に食べれるものでもないので、次回はナーガ君が帰ってきてからかな。
その間に、野宿ではないくらいには建築を進めておこう。頑張るぞ。




