4-40.大工
翌日。
兄さんと一緒にキュアノエイデスの大工を訪ねることになった。
兄さんは朝から頭を押さえる仕草が多く、どうしたのか聞くとスペル様と酒を飲み過ぎたという。
すでに二日酔いに効く薬は飲んだということで、魔法での回復は拒否された。
朝、ラズ様にはちらっと挨拶をしたけど、全く二日酔いにはなってなかった。
兄さん、お酒好きだけど弱いよね。
向かう先は紹介状と預かった地図通りに裏路地の方へ。私が預かっている紹介状を確認しつつも、兄さんも心当たりはあるらしい。
「すみませ~ん。ファベクさん、いらっしゃいますか?」
「あん? 俺だが、お前は?」
カーペンター工房の受付に行き、ラズ様とレオニスさんの知り合いという大工を呼んでみる。
年齢は30代後半くらいかな? 冒険者だったというけど、細身で身軽そうな見た目なので斥候系かな? 高所作業とかが得意そうな体型をしている一方で力はあまりなさそう。
「クレイン・メディシーアと言います。依頼をしたいのですが」
「断る」
「え? あの、紹介状あるんですけど」
「あれだろ? 噂の奇行で目立っていたくせに、パメラ薬師やラズの妾になって上手く取り入った異邦人だろ。関わる気はない」
「え?」
お願いをしようとしたが、あっさりと断られてしまった。しかも、はっきりと異邦人と呼ばれた。う~ん。マーレスタットじゃなくて、キュアノエイデスでそんなことが広まっていることに驚く。
「そうかい。なら、君である必要はない。棟梁のカーペンター殿を呼んでくれるかい?」
どうしようかと思ったけど、兄さんを見ると「任せろ」と言われたので後ろに下がる。兄さんはファベクさんに手で下がれという動作をして棟梁を呼ぶように頼んでいる。
「はぁ? 仕事を受けないって言ってるだろうが!」
「だから、君である必要ないって言ってるだろ? 棟梁と話すから呼んでくれ」
兄さんが軽くあしらっていると、奥からすごく強そうな人が出てきた。
この人は職人さんだなというのが分かる。年齢的には50代後半くらい。力こぶとか、持っているトンカチとか結構迫力がある。
「何を騒いでいる」
「親方、こいつら、最近噂になってるメディシーアの奴っす」
「そうか。で? 何の用だ?」
棟梁は私達をじっと見つめて観察するように見ている。こちらに対しての嫌悪もないが、好意もない。いや、迫力のある言い方だったので、嫌がってはいるかな。
「メディシーアで開拓をすることになってな。その拠点になる家を作ってほしい」
「断る」
やはり嫌だったっぽい。
ただ、兄さんはその返事すら余裕そうな顔をしている。
「まあ、結論を急がずに話を聞いてからにしてくれ」
棟梁はぴくっと眉を上げて、こちらに少し興味を持ったらしい。
兄さんは気にせず話を続ける。
「俺の気を変えることが出来ると?」
「ああ。君が少しでもパメラ・メディシーアに恩義を感じているなら話だけでも聞いてくれないか?」
「……」
師匠の名前を出すと、棟梁が怒りの表情に変わり、腕を組んだ。ぷるぷると震えている。手を出すのを堪えているようにも見える。
「……お前らが、あの人を利用して、やりたい放題って聞いてる。恩があるからこそ許せねぇ」
「俺らはお師匠さんに対し、敬愛を持って接している。だがな、どうも変な話が広がっている」
「はっ……伯爵家と敵対し、子爵家を潰したくせに何言ってやがる……やりたい放題じゃねぇか」
「なあ、なんでそのことが一般人に広がるんだ? しかも、事情は一切知らされずに……メディシーアを貶める噂だけが広がる……潰された家にそんな余裕はないのにな」
兄さんの言葉に私も頷く。
何があったかを知らないのに、悪評だけが広がっている。ついでに、私達が異邦人であることが広がっていることも……おかしい。
「どういう意味だかわからないな」
「……わからないわけないだろう。貴族が裏で動いてる。そして、お師匠さんの命も狙っている。そうでないと不自然なんだよな」
「兄さん?」
師匠の命を狙ってるってどういうこと?
私が兄さんを見るのと同じように、棟梁とファベクさんも目を見開いた。
「お師匠さんは病は患っていたが、薬で抑えていた。薬がある限り、発作は起きないはずだった。薬が無くなってなければな」
「素材が手に入らないからだろう」
確かに、素材が不足していたのは事実。
だけど、それはおかしい。
ラズ様がスペル様に交渉を持ち掛け、治療と引き換えに素材を成功報酬にしていた。師匠が全く素材がないなら、事前に一つだけでも譲ってくれるように交渉する。先に手付金としてでも……10個あったのだから、絶対に交渉するはずだ。
間に合わなかったら意味がないのだから。
でも、そうしなかった。つまり、少なくともスタンピード前の時点では、師匠は薬か素材のどちらかを用意していたのに、失い、発作が起きたことになる。
「流石に、自分が死ぬかもしれないとわかっていて、客の薬を優先するか? 2の月には客に薬を渡しているんだぞ? いや、まあ、お師匠さんだからするかもしれないが……不自然すぎる」
そう。師匠は自分の体をわかってるみたいだから、常備薬を把握していないとかはない。
兄さんの話に大工の二人は唾をごくりと飲み込んだ。
「ラズ……王弟殿下の子息ですら、素材を入手できず、最終的には敵対派閥から譲り受ける。それだって、時期を考えると辻褄が合わないんだ……なあ、おかしいだろ?」
「……何が言いたい?」
「貴族の足の引っ張り合いで嫌がらせをされ、嫌な思いをして死んでいくのが偉大なる薬師、パメラ・メディシーアの最期となることが当然だと考えるなら、君に頼むことはやめよう。俺と妹は、あの人には喧騒に巻き込まれない、穏やかな余生を送るための終の棲家を贈りたい。それだけだ」
兄さんの言葉に、棟梁がじっと耳を傾け、一挙一動見逃さないような視線を送っている。私達の望みは、師匠の幸せ。それは間違いないので、こくりと頷く。
「……何故、俺に依頼する」
「俺も妹も、お師匠さんの弟子として調合を学んでいる。腕は妹の方がいいんでな、レオのおっさんやラズはこの子に伝手を紹介するんだよな。だから、ファベクだったんだがな……俺はお師匠さんから、後継ぎと指名してもらっていてな」
レオニスさんの伝手だと、元冒険者関係になる。
でも、師匠は冒険者だけを救ってきたわけじゃない。もっと広範囲での伝手がある。
「お師匠さんが10代の頃から調合した顧客情報のリストに目を通している。あんたの妹、ずっと闘病していて、お師匠さんの薬を飲んでいた。でも、助からなかったんだってな」
棟梁は師匠の古い顧客だったらしい。
先ほどからの反応から知り合いだとは思っていたし、そうかなとは思っていた。ただ、亡くなっているとなると……どういう気持ちなんだろう。
「あんたが、妹が助からなくてなじったこと、その言葉とお師匠さんの悔恨は確認させてもらった。読ませてもらったからな」
両手で顔を覆って、呟く棟梁の顔は泣きそうで、それでも何かを決意した瞳をしている。
「このままでいいのかい?」
「ははっ……本当に、あの方は…………」
「君は恩があるはずだ。その恩を返すチャンスだと思ってくれ。もう一度言う、拠点となる家を早急に作ってくれ」
兄さんの言葉に重々しく頷きが返ってきた。
「なあ、貴族から嫌がらせという話は本当か?」
「わからん。証拠を残してくれるようなド三流の貴族とは敵対したけどな」
ハンバード子爵家とヴォルト伯爵家。その二家は敵対し、私と兄さんが叩き潰した。
でも、他の貴族の動きは読めない。嫌がらせを受けているのだろうなとは思っているけど、何も掴めていない。
「何も証拠などないのに、真実だとどうやって証明する? わかっているのは、お師匠さんは薬が無くて発作を起こしてしまい、老い先短いこと。同じ素材を使う薬を飲む貴族が多数いるのに、素材を用意したのはラズだけだった。それでも間に合ってない。……それだけだ」
「はっ……糞なやつらばかりだ」
「まったくだ。世話になっているのにな……もういらないと捨てやがった」
兄さんの怒りを感じる。ぴりっとした空気に私もごくりと唾をのむ。
多分、二人にもそれが伝わったのだろう。
兄さんの言葉に苦笑して、棟梁は頷いた。
兄さんは師匠の過去の顧客を確認して、棟梁に目星をつけていた。こちらへの警戒が無くなり、依頼は受けてくれるのがわかる。
「たしかに……ガキのくだらない戯言を真面目に受け止めるような人だった。生涯現役だと思っていたんだがな」
懐かしむように棟梁が息を吐いた後に、呟いた。
「余生を送るための家だな。引き受けよう。だがな、何もない場所を開拓するなら容易ではない。最低でも、土台を整える土魔法を使える魔法使いが数人は必要だ。こちらでも募集するが、すぐには難しい」
「土魔法か……風魔法で木々をなぎ倒して、土地を確保するくらいは出来るんだがな」
「私が土魔法は使えるので、なぎ倒した木々をどかして、土固めたり、道路舗装はできます。指示ください。いくらでもやります」
クロウも土魔法は使えない。ティガさんは使えるけど役に立たない。
一人は心許ないから、臨時で雇うしかないかな。
「冒険者が攻撃に使うのとはちがうんだ、嬢ちゃん、出来るのか?」
「多分? 普段から調合・錬金しているので器用です! やります! 師匠のためにさっさとやらないとですから」
握りこぶしを作って、やると宣言したらなぜか棟梁に苦笑された。
ぽんぽんと頭を叩かれたのだけど、なんだろう?
「とりあえず、前金だ。他に必要なもんがあれば、指定してくれ。建築資材はこれだけ確保している。木材や石材は現地調達もするから、人件費と思ってくれ」
「おいおい、こんな大金」
「メディシーアだぞ? 金には困ってない。だが、出来る限り早く建築してほしいので、人は集めてほしい。俺とお師匠さんは明日にはマーレに旅立つ。妹は直接開発地に行く予定だが、しておくことはあるかい?」
「ファベク。お前、一緒に行って、用意しておけ。こっちも人材をかき集めて、すぐに追いかける」
「ハイっす。あの、俺、冒険者ギルドで人集めます?」
なんだか、最初に偉そうに断っていたファベクさんが、下っ端のような言葉遣いで、兄さんにぺこぺこしている。どうやら上下関係が出来たらしい。
「いや。魔法使いや冒険者はレオのおっさんのが、伝手がありそうだからな。土魔法中心でいいんだな?」
「魔物避けのために、堀やらも作るなら水魔法が使える奴も欲しいな。後は野宿の際に火がないとだが」
「水は俺も仲間も使える。火だねくらいならどうとでもなる。土や上級魔法は妹しかいないので厳しい。あとは素人で悪いが力自慢を5,6人は用意できる」
「わかった。あとはそうだな、伐採した木材はこんくらいの板に加工してもらえると助かる」
「わかりました」
棟梁の方でも声をかけて、すぐに取り掛かるらしい。木材の加工はしておこう。最初の微妙な雰囲気が嘘のように、あっさりと協力的に変わったことに拍子抜けした。
翌日の出発時刻を伝えて、あっさりと契約した。
前金だけでも結構な額だけど、金の心配がないということで人も集めやすいらしいと棟梁は笑っている。
「なんだか、あっさり?」
「お師匠さんの人脈だな。冒険者にしか顔が利かないおっさんや、ラズよりも太いパイプが多いからな」
「兄さんが顧客受け継ぐんだ?」
「妬くなよ? 他の貴族にとって、自分の病気が王弟派に漏れるかと心配になる。ラズの専属っていうのは、そういうことだ。お師匠さんの顧客は俺とクロウでということにしておいた方がいい」
「妬いてないけど……いいなぁ」
守秘義務か……。
まあ、そういう点では窓口が違うことにしておいた方がいいというのは理解する。実際には作業を手伝うこととかもあるのだろうけど、担当が自分ではないと言っておけば追及出来ないだろう。
「でも、兄さんとクロウなの?」
「ああ。難しい依頼がきたら手伝ってくれ」
「それはいいけど……」
「心配ない。貴族連中の盾は俺とクロウに任せておけ」
メディシーアというよりも、師匠を大事な人達ほど、私と兄さんへの悪意が広まっている。まさか、この地で責められることがあるとは思わなかったけど。
「貴族か……」
「証拠がないものを全て貴族としていいかという問題はあるんだけどな。ネビアが裏ギルドの依頼内容とかも流してくれるんでな。もう、明らかにこちらの足を引っ張ってきている」
「雇い主はともかく、そういう依頼があるってこちらに情報が貰えるのは助かるんだけど。彼、こういう情報を流して立場危うくならないのかな」
「なるだろう。むしろ、危険な立場にならない方がおかしい」
うん、即答だね。
彼がすごく協力的なだけに、何に価値を見込んでいるのか。う~ん。ただ、兄さんの方でも必要となると判断して、しっかりお金払っているみたいだけど。
「さて。時間もあるし、買い物でもするか」
「うん。そうだね」
キュアノエイデスでやらなくてはいけないことは終わった。
それなら、買い物しよう。
マーレよりも大きい都市だからこそ、色々と見て回るだけでも楽しいよね。




