4-39.男たちの飲み会 〈ラズ視点〉
クレインを部屋に帰した後、作業に戻ろうとしたがカイ兄上が呼んでいると呼びだしがあった。
随分と前から呼ばれていたらしいが、僕がクレインと話をしていると報告すると「終わったらでよい」となったそうだ。
すでにそれなりに酒を飲んでいることや、パメラ婆様との件があるから遠慮したいところだけど、クレインが何を思ったか兄上にやらかしたせいで断ることも難しい。
クレインがカイ兄上の体を調べたいと言って何かをやらかしたときは、離宮内は騒がしくなった。
その後、主治医から問題ないと判断されたものの、兄からは「今後の対処方法が決まるまでは会いに来るな」と言われていたので、とても心配していた。
今日もクレインに一人で会いに行っていたとは報告を受けている。その割に、クレインも何も言わなかったし、グラノスからも報告は来ていない。
きちんと話を聞かないといけない……そう思って、兄の部屋を訪れ、ドアを開けた。
「お~、らずもきたのか~」
「ちょっ、グラノス? 酔ってるの?」
「よってない、よってな~い」
「あはは、かなり飲ませておいたよ」
部屋の中は、アルコールの匂いで充満していた。
カイ兄上、スペル、そして顔を赤らめへらへらと笑っているグラノスだった。グラノスはどう見ても酔っぱらっている。僕もそれなりに飲んでいるとはいえ、ここまで意識を飛ばしてはいない。
部屋の中を確認すればテーブルの上には、カードゲームと空になった酒瓶が大量に部屋に転がっている。
「グラノス、父上と話し合いだったんじゃないの?」
「ん~そうだったか」
グラノスは目がとろんとしていて、眠そうにも見える。そういえば、グラノスはお酒に弱いとかクレインから聞いたっけ。
ただ、本人もその自覚があるのか、安全な場でないと酒を口に入れないと聞いていたのだけど……目の前のグラノスは兄とスペルを目の前に完全に酔っぱらっている。
この二人を前に酔えるだけの関係を築いているのは、いいことなのか……楽しそうだから、いいか。
僕が口を出すことではない。
「ラズ。グラノスと父上との話し合いは無事に終わったぞ。問題ない」
「そう……兄上、体は?」
クレインがしでかした結果がどうなっているのか。
咳き込んでいた兄上の顔色は悪く、最悪はこのまま……そう考えてしまった。
家中が大騒ぎであることはもちろん、クレインが何かしたのではという疑いもあったのだが、カイ兄上自身が否定し、この件に関わらないようにと念押しをされている。
しかも、翌日には再びクレイン達に会いに行ったりと、やらかしたクレインに対して怒りは無いどころか、好意的にも見える。詳しく事情を聞きたいところだが、派閥違いのスペルがいると何を聞いていいのかにも戸惑う。
「俺の体は気付かぬうちに呪われていた。全く……やってくれる」
「兄上?」
「いいの~? 僕がここにいるのに」
「報告などしないだろう? 今更、俺が健康体になったなど、どうせ信じる者もいない」
「報告するけどね、『体調が回復しているようだ』ってね。その程度の報告でどうするかは知らないけどね~」
「そうだろうな。ラズ、心配せずとも今後は健常者と変わらんだろう……常にあった倦怠感など一切ない」
楽しそうにワインを口に含んでいるスペルと兄。ただ、本当に健常者と同じになったらしい。楽しそうに酒を口にしている。
グラノスはスペルに注がれた酒を嫌そうにしているので、もう飲む気はないらしい。いや、すでに気を抜くと寝てしまいそうな雰囲気がある。
クレインには後でお礼と褒美を用意しないといけない。すでにだいぶ溜まっているのだけどね、渡すべき褒美が……。
「兄上、本当に大丈夫なの? かなり苦しんでいたけど」
「なに、大したことではない。悪かった部分はすべて体から除去されたのでな。…………そうそう、ラズ。お前の魔法の師であった者だが、奇病にかかったそうだ。数日の命とのことだが、見舞うことはするなよ」
「は? 魔法の師って、うちのお抱えの彼?」
家で雇っている魔導士の中では一番腕が良いこともあり、幼い頃は指導をしてもらった。
だけど、師というにはそこまでの恩を感じている人でもない。
わざわざ見舞うなと言うからには、関わるべきではないのかな。
「全身の皮膚が黒く爛れて、立ち眩みを起こした後は立ちあがることも出来なくなっちゃったらしいね~。そう言えば、王都や他の地域でも同じように急に倒れた人が続出しているって報告を受けたよ。今日に限って、ばたばたと倒れて、体の一部が黒く爛れたような痣が出たとか。一番偉い人だと、第一王子が倒れたとか~? 魔導士ばかりがかかる奇病か伝染病の可能性があるから殺処分も検討しているってね」
「クヴェレの情報網は流石だな。半日で王都だけでなく、他地域の情報も入っているのか」
「まあね~。王都とこの離宮での被害が多いみたいだね、他はすでに引退した高名な魔導士だったご老人でしょ。まあ、合わせても十数人しか把握していないけどね」
スペルの言っている情報に心当たりはないが、楽しそうに笑っている二人は何の話かがわかっているのだろう。ちらっとこの場にいるもう一人に視線を送るが、こくこくと船をこぎ始めている。
「兄上……?」
「今日、王族が観覧している演習中に魔法騎士団の副団長が黒い血を吐いて倒れ、全身が黒く変色したそうだ。時を同じく、それを観覧していた第一王子もな。他にも優秀だと言われている魔導士が何人か、その場で倒れたそうだ。時間はちょうど、俺がグラノス達を訪ねていたころだ」
「クレイン~!!」
病だと思われていた兄の不調が誰も把握することが出来なかった質の悪い呪いだとするなら……そんな厄介な呪いをあっさりと返してしまう人物なんて、一人しかいない。
クレイン! 報告!!
さっきまで一緒に飲んでて、いくらでも報告の機会があったのに!!
「ラズが察した通り、俺の呪詛返しを受けた者達だな。すでに現役を退いた者もいる。巧妙に隠されていた呪詛はかなり大規模のようだ」
「多いのが、SPとMPの隔たりは少ない方がいいと提唱し、普通の魔導士よりもSPも鍛えていると考えられていた者達みたいだね。おそらく、呪詛で育たなくした分を受け取っていたんだろうね」
半日の間にすでに調べが進み、兄は会ったことがある魔導士であることは確認したらしい。ただ、体に触れたりしたことが無いはずであり、どのような呪詛であるかはまだわかっていないらしい。
「まったく……大事になりそうだが、約束した手前、メディシーアを巻き込むことがないように動く必要がある。裏を取ったあとは処分するが……ラズ、すまないが少々手伝ってくれ」
「はぁ……手伝うのは良いけど、僕、何も聞いていないんだけど」
「うん? 一緒に酒を嗜んでいると聞いたが、何を話していたのだ?」
「兄上……クレインがマーレで冒険者に襲われたことの対処と僕の愚痴で、そんな報告は一切聞いてない」
「あははっ……ほんと、面白い子だよね」
スペルが大爆笑をして、兄も口元の笑いを隠せていない。
何をやるかわからないという点では、もっと詳細に報告を求めるようにした方がいいのだろうか。
兄とスペルは僕らが話し合いをしていると聞いて、呪詛のことを報告を受けていると思ったらしい。
「そうであった、今回の件はメディシーアは何も知らぬ、関わることもない立場だからな。そう、責めてやるなよ、ラズ」
予想以上に兄への呪詛に関わる者は多く、さらに偶然にも隠し立てが出来ないような状況で呪詛返しが発動している。
当然、相手側も動く可能性があるが、メディシーアを巻き込まないように守ることを約束したらしい。
「それでも、何かしたなら報告が必要なんだけどね……王直属の魔導士達か」
「元より政敵だからな、こちらが甘かったのだろう」
「兄上……」
「生まれたばかりの時に、気付かれぬように施し……何度となく、定期的なメンテナンスを家の魔導士がしていたようだな。数十年前から、生まれた頃より魔力硬化症と診断される事例が増えているが、調べる必要があるだろうな」
「まあ、多くが20歳前に亡くなってるからね。それでも王弟派の子どもで同じような診断受けてるという話は聞いているよね。気付けないように念入りにずっと呪っていたってのも陰湿だよね~。今の王家には本当についていきたくないね」
スペルはすでに国王派に見切りをつけている。
異邦人による世界が混乱している中での政争は、国力を減らすだろうけど……もう、何事もなくは難しいだろう。
ただ、その渦中を巻き起こしてるはずの人物たちに自覚がないのはどうなんだろう。
「グラノス、潰れてるけど」
「予想以上に弱かったんだよ」
最初の1杯は兄の快気祝いということで酒を飲ました。その後、グラノスはゲームでの賭けに負けた分の酒も飲み、現在、机に突っ伏して寝てしまっている。
先ほどの話はどこまで聞いていたのだろうか。
「カードゲームが?」
おそらく、負けた者が酒を飲み干すとかのルールでも、ここまで酔っぱらう前にグラノスは引き上げるだろう。
自分より飲んでいる兄やカイアがいるから抜け出せなかったかな。
「あはは、カードゲームは強かったよ。僕が負けてばっかり~」
「この酒瓶の6割はスペル、3割は俺だろうなぁ」
やはり、グラノスが一番飲んでいない。それでも潰れたのはグラノス。
グラノスは当初からしっかりと貴族との対応も出来ていたが、ここで油断して潰されたらしい。
そもそも高位貴族は毒やら酒に対しては、体が慣らされている。スペルがどれだけ飲んだところで、潰れることはない。
グラノスがそれを認識していないとも思えないから、潰されることがわかっていて受け入れたのだろう。
「カードゲームで僕がスペルに勝ったことないんだけど?」
「うん? 別に手加減して負けたわけじゃないよ。運もいいんだろうけどね」
この二人のことだから、ゲームで嵌めてでもグラノスにしこたま飲ませるくらいも考えていただろうけど、予想よりも早くグラノスが潰れた。グラノスは予想以上に酒に弱いらしい。
「それで、グラノスを潰してまで、何をしたかったの? クレインが解いた呪いの件ってわけでもないよね。僕を呼ぶくらいだから、なにかあるんでしょ?」
「こやつの本心を確認したかったのでな」
本心か。
身分を超えた友情というのは、結構難しい。僕とレオの関係も、どうしても身分のせいで、誤解が生じてしまうことがあるから彼らの仲も複雑なところかな。
そもそも、この3人は出会ってからそんなに月数も経っていない割には仲が良い、相性はいいと思うけれど。
「ふ~ん。グラノスの本心って、王弟派に本当に尽くすのかとかそういうこと?」
「そこは疑っておらぬよ。グラノスが裏切るとすれば、大事な弟妹に手を出されたときくらいだろう」
「そうそう。でも、そのクレインに対してどう思ってるのかなってこと。それ次第で僕も王弟殿下も動きが変わるでしょ?」
「はぁ?」
「予想の斜め上だったけどね」
今回の兄を救った件で、さらに価値が高まった。すでに薬師としての能力は天元突破している状態なので、手放すことは出来ない。だからこそ、彼女の婚姻について探りが入ったらしい。
まあ、仮の婚約者であって、僕らは結婚するつもりがお互いにないからね。そうなった場合に、グラノスが誰と婚姻させるつもりかを探りたかった。
結果、グラノス自身が手に入れるつもりと発覚。
僕は友情の確認とかかと思ったけど、予想外だった。
グラノスのクレインへの執着など、端から見ていればわかる。
兄妹を名乗っている、ただの男と女だ。互いに危険な状態を共に過ごす中で、恋愛感情よりも運命共同体として過ごすのが当たり前になっただけ。
最初は利用するつもりで近づいていたとしても……グラノスは甘い人間ではない。自分の利をしっかりと計算できる。
自分の身を危険に晒してでも、クレインのために動く判断をするのは……自分よりも大切だと言っているようなものだろう。表に出さないようにしているだけで、本質なんて見ていればわかる。
だいたい不安定だったクレインが前を向いて過ごすことが出来ているのは、明らかにナーガとグラノスがいるから……土台が最初から違う。
「そんなに驚くこと?」
「わかりやすいのに、今更、確認する意味がわからないからね。兄上もスペルもグラノスと仲良いのにわからなかったの?」
「ラズの婚約者とすることに反対をしなかったからな。妹の幸せのためなら手放すことも考えているのか、知っておきたかったのだ」
「どう考えても、自分で幸せにするつもりだよ。クレインが貴族に向かないことなんて承知しているんだから。貴族になることが幸せにならないなんて、説明する必要もないくらいに理解してる。一時的に僕に預ける必要があっただけでしょ。クレイン自身も僕は5番目って言ってたしね」
クレインの価値。
予想を上回るほどの有能なクレインとの王弟派の繋がりをもっと確かなものにするか。本人達の意思は考えずに僕と婚姻させることも検討はしているのだろう。
そして、話を進めた場合にグラノスがどう動くのかは重要だからこそ探りを入れたかったらしいがこれが原因で仲拗れたりしないだろうか。
グラノスは無様に酔い潰されたことを根に持ちそうだけど。
「グラノスとクレインの間に入れるなら、ナーガだけだよ。今のところ、二人とも保護者のつもりだけどね。……時間がかかるならナーガが搔っ攫う、そうでしょ?」
あの3人の関係性は、確実に変化する。
クレインが恋愛をする気がないだけで、グラノスやナーガは機を窺っている。
「……俺が負けると思うか?」
「兄妹で結ばれることは出来ないのに、算段でもあるの?」
「はっ……兄妹で無くなればいいだけだ。幸い、メディシーアは貴族として滅亡する。グラノス・メディシーアは必要ない」
寝ていたはずのグラノスの寝息が止まっていたので問いかけると、むくりと起き上がったグラノス。
その視線を合わせると、微かに浮かんでいる狂気に気付く。
兄が眉間に皺を寄せている。貴族にならずともグラノス・メディシーアとしての価値も上がっているから、そうそう手放したくないだろう。
ただ、グラノスはそこに価値を見出すどころか、捨てるつもりらしい。
「本当、異邦人って扱いにくいよね。どこか、おかしい。狂っている。せっかく用意したこの世界の戸籍すら捨てるつもり?」
「兄妹でなければ……いや、その枷があったから今があるのは承知している。だけどな、ナーガの成長を待って、譲ることを許せるほどの感情じゃない。ラズやおっさんにも、な」
グラノスはそう告げるとまた突っ伏してしまった。
言うことを言ったら、また寝てしまったらしい。
事が落ち着いた時点でグラノスという籍は捨て、本気でクレインを手に入れるつもりらしい。
「僕、兄として妹の幸せを願ってると思ってたんだけど、見誤ってたな~」
「そういう道もあったかもね……まあ、平穏でないとお互いの結束力が上がるから無理かな」
「ふむ……ラズ、お前は良いのか?」
「僕? 元からそんなつもりは無いよ」
一度目には敵対していた。本気で怖がっていたのも、死にたくないと言いながらも精神的にまずい状態が見て取れた。
二度目の時点ではすでにグラノスとナーガがいた。僕への恐怖があっても一人じゃないからこそ、守るための意思が感じられた。
保護した時点から、ずっと人を付けて見守っていたからこそ理解している。
クレインに必要なのが誰であるか。
それに、僕にはクレインよりも大切にしたいモノが多くて、グラノス達のようになりふり構わずに生きていくことは出来ない。
「兄上。クレインは僕の薬師だよ。薬師であり続ける限りは僕の部下。それも捨てて逃げることが起きないようにするけど、それ以上の関係を僕は望んでいない」
「あい、わかった。では、そのようにこちらでも動こう」
「残念だね。でも、まあ……グラノスが迫っても逃げそうだけどね、彼女」
「その方が見てて楽しいんじゃない? あっさり捕まるような玉じゃないしね」
グラノスが逃がせば、ナーガにチャンスが生まれる。それを見てみたい気もする。開発地に行った後も、定期的にきちんと本人の口から報告をしてもらおう。その方が楽しそうだ。
義務付けをしなくてもクレインは義理堅いから報告には来るだろうけど。揶揄いついでに状況を聞き出せばいい。
「いいなぁ、僕も気になるんだけどね~。まあ、しばらくは退屈はしないかな」
「侯爵になる前に一波乱が起きそうだがな」
「本当にね。少し引き延ばすと、僕が仕える王も変わるかな?」
「さて、どうなるだろうな」
国王派が明確に敵対していた証拠が手に入った以上、父上が動くとしても……僕がやることはあまりないだろう。先ほど、兄を手伝うようには言われたけれど、父を手伝うのは一番上の兄だろう。
僕の任務として最重要なのは、クレインが逃げないように手綱を握っておくくらいかな。きつく縛ると逃げるだろうから、加減が難しいけれど……開発地で好きに過ごすだろうから問題はないだろう。
貴族とのあれこれは僕よりも元気になったカイ兄上がやるだろう。
「ラズ、褒美は俺にも用意をさせておくれ」
「僕も用意しないとね~。利益ばっかり貰ってるからお礼しないとね」
クレイン本人は二人から呼び出されたら逃げたがると思うけど……。宝石やら服を欲しがるなら用意して渡してもいいけど、喜ぶどころか狼狽えて拒否しそう。お礼の品が難しい。
とりあえず、開発地に必要になりそうな木材やら石材を用意しておこうかな。
ついでに珍しい草や花とか、研究素材を手配しておこう。




