4-38 .ラズ様と飲み会
部屋を出て、廊下を歩いていると屋敷を警備する騎士が声をかけてきた。
ラズ様に会いたいと伝えると、あっさりと部屋に通された。
「誰にも会いたくないっていったんだけどな」
「えっ、普通に通されましたけど、まずかったです?」
部屋には不機嫌そうなラズ様がいた。私が入ってきたことに驚いた顔をしたけど、追い出されることはなかった。
「……何か用?」
「いえ。何も用はないんですけど……師匠の邪魔しないように、部屋にいない方が良さそうだったので。兄さんは出掛けたし、クロウも宿に帰ったので他にあてもなくて」
「そう……何かつまめる食べ物とお酒をお願い」
「かしこまりました」
すぐに軽食とお酒が用意されて、二人きりになった。
「ちょっと付き合いなよ」
用意したワイングラスを渡され、ワインを飲み始める。
ただ、ラズ様が一気に煽るように飲み干したので、眉間に皺が寄ってしまう。せっかく美味しいワインなのに味わう気はないらしい。
「ラズ様。何かありました?」
「……色々ね」
どうやら、やけ酒に付き合えということらしい。
同じペースで飲むことは出来ないけど、付き合いということで一緒に飲む。
「ラズ様、ペース落とさないと明日辛いですよ」
「……わかってるよ」
ラズ様は、わかっていると言いながらまたお酒を煽る。まあ、わかっていてもそういう飲み方をしたいというのであれば、止めるようなことはしない。
「ラズ様……何があったんですか?」
「はぁ……今日、パメラ婆様と挨拶回りに行ってきたよ」
「師匠の?」
「……最後の挨拶。長くないって…………」
ぽつりとこぼされたのは、師匠のこと。ラズ様のやけ酒の原因は師匠だった。ラズ様はこっちにいる王弟家の主治医にも診てもらったらしい。だけど、首を振られたらしい。
師匠の体調不良は本人が一番わかっているのだと思う。ただ、はっきりとはそれを教えてくれない。
しんみりしながらの飲みになってしまう。
師匠は心配だけど、できることは自分でやっている。ただ、急激に体調が悪化しているのは見て取れる。
ちょっと歩くスピードがちょっと遅くなったかなとか、少し疲れやすいとかほんの少しの変化だけど……。だからこそ、開発地に一緒に引っ越してくれると喜んでいたことをラズ様に報告した。
「師匠、楽しみにしているようですから」
「まあ、婆様もそっちに行くなら少し安心かな。マーレでは色々と危なそうだしね」
「はい?」
うん?
危険がある感じ?
直感を発動するが、直近で私自身に危険は無さそうだけど。
「何がありました?」
「何もないよ、まだ」
「これから、なにかあるんですね?」
「グラノスに頼まれて、君を襲った冒険者たちの素性を探ったよ。何人か、他から流れている冒険者だった。おそらく君が襲われたことも、聖魔法を使ったことも……異変があったことは、情報が漏れたと考えた方がいい」
渡された資料を確認する。
冒険者ギルド内で私を襲った冒険者は数十人いる。
しばらくの間、冒険者ギルドに留め置かれた。処分は保留であったけど、行動を制限していたわけではないらしい。しかも、他地域の冒険者で顔見知りが少なかったのもあり、噂が流れているらしい。
操られて私を襲ったことは事実。身分とか、扱いを考えるとペナルティを与えることはできるだろうけど……私自身が探られたくないなら、マーレにいない方がいいってことかな。
「わかりました。開発地に行くので噂が無くなるまで放置ですかね」
「君を探るためにキノコの森に行く冒険者増えるだろうけどね」
「まあ、素材を買い取りしつつ、滞在は許さないようにしますよ」
「そう。わかっていると思うけど、今回みたいな油断はしないようにね」
「うっ……いや、ちょっと疲れが溜まってしまったので、上手くできなかったのは認めますけど。今後は気を付けますよ」
探られると気が休まらない可能性はあるので、しっかりと外部の人が入ってこないようにしないとかな。そこらへんはティガさんに相談しよう。
「君は一人で動くとトラブル引き寄せるからね。マーレにいない方が僕としても助かるよ」
「え? いや、そんなこと……より、今回の件についての処分は?」
一人で動いて、何かやったかなと思ったけど……多少、一人のときに巻き込まれたりしてるかもしれない。
でも、不可抗力の巻き込まれているだけで、私自身が首を突っ込むことは……少ない。無いとは言えないから、否定しにくいので、誤魔化しに話を振っておく。
「君がすぐには起きなかった分だけ、保留中。一部、町から出て行った冒険者もいるけど、大半は残ってる。君に後遺症がないことも確認したから、戻って処分するよ。希望はある?」
「ちなみに、ルストさんが主犯ってバレてます?」
「噂は流れてるよ」
「じゃあ……主犯を犯罪奴隷にした上で、緘口令をしいて、襲ってきた人には罰金刑ですかね?」
申し訳ないけど、ルナさんと同じで、奴隷にして危害を加えないように保険はかけたい。まあ、本人も多分わかっているだろうけど……まあ、でも奴隷にするのもどうなんだろう。
「それが妥当かな。君が貴族としての身分を使って処分をするなら別だけど……ハンバード子爵家の件があるから騒ぎを続けて起こすのも良くないんだよね。目的がはっきりしていないのを厳しく処分して、子飼いを刺激しても利点が薄いからね。ここで軽い処分にしておいても、君に水面下で対立したという記録は残る」
貴族か……。すでにハンバード家との一件でも町の外で襲われているし、処分はしている。あちらは結構厳しい処分になっているからこそ、ここの扱いは重要。
今回は操られて私を襲っただけ。ただし、操られていたという証拠なし。どうとでも扱える。
「ラズ様に任せても?」
「いいよ。グラノスに任せるとちょっとまずそうだからね」
「……兄さん。結構、危険です?」
「君は価値を示した。さらに、すでに2回、誰の目にもわかるように襲われている。今後貴族が君に手を出す可能性はかなり薄いとは思ってるよ。グラノスは……君から目を逸らさせるための立ち回りもしてるから、多少ね……。ただ、それはあくまで貴族側……冒険者は君達に対する見方が変わる。可愛がっている冒険者もいるけど、揉め事があるたびに事を大きくして処分をしていると見えなくもないから」
好意的な冒険者がいる一方で、こちらに対し敵意向けてる冒険者もいるのは理解している。
「短期間でだいぶ稼いでいる冒険者になっていることも?」
「そういうこと。仲間も増え、クランとなったしね。あとは、フリーの冒険者と紐付きの冒険者でもだいぶ違うからね」
う~ん。
成功をする側を妬むのもありえるしね。兄さんとクロウで大量の素材発注をしたことで、お金があることもわかっている。私は紐付き冒険者ということもある。
相手の動きがわからないため、大人しくした方がいいというのもわかる。
「それと資料はグラノスに頼まれてるから渡しておいて」
「わかりました」
「で、この資料は君に。扱いは任せるよ」
渡された資料の一番上は、薬と購入者のリスト。
この薬のリストは安らぎの花蜜が必要になるレシピかな。師匠から教わったものもあるけど、結構、いろんな薬に使えることは知ってる。
もう一つのリストは、名前と家柄とかの情報。何に使うか不明。
「これは?」
「パメラ婆様の顧客リスト。僕が知ってる範囲のみだけどね。事情は二枚目から書いてあるから」
「はぁ……これ、本当ですか?」
師匠は安らぎの花蜜を使う薬について依頼を受けていた。
師匠はある程度自分で素材を確保しているので、素材なしで依頼を受けることもあるのだけど……私達が来る前は素材を相手側が用意した上で師匠に依頼していた。そして、素材が手に入らないというのに、そのままの取引を継続させられていたらしい。
そもそも、師匠は毎月の納入だから先に薬を作っていた。だから、素材が無くても薬はあったのだけど……何故か、素材なしなのに、薬をいつもの値段で買っていった。素材代払ってない時点でおかしい。
ただ、師匠も素材の入手が出来ない状態だったため、来月の素材はないとちゃんと伝えていたらしいけど、私達がスタンピードでいない間にこの件でトラブルになったらしい。
しかも、これが1件ではないって……貴族って嫌だなとつくづく思う。
「トラブル後は悪評を立てて、薬師ギルドに申し立てしたと」
「そう。ただ、これに間を置かずに、婆様は引退をすることを正式に宣言したからね。君やグラノスが追及されないとも限らないから、君の今後の方針のために伝えとく」
「……ラズ様。師匠も乗り気だったので、開発地に一緒に行きます。嫌がらせ受けてるなら、あの町においておきたくないです。あと、私はこの人たちと関わる気は無いので……私はラズ様のお抱え薬師ですから、ラズ様の紹介なしで引き受けないでいいですよね?」
「わかったよ」
師匠の依頼が破談になったなら、私とは無関係ということで断らせてもらう。
ラズ様も嬉しそうに笑っているので、それが目的だったらしい。師匠に対して嫌がらせ行為をしたので、関わる気はない……あちらもそのつもりで、師匠への訴えを起こしているとは思うけれどね。
「さっさと大工探して、開発しちゃった方がいいですね」
「大工なんだけど、特に当てが無いなら紹介するけど?」
「え? ラズ様の紹介って、大丈夫です?」
「この街で大工に弟子入りした元冒険者。フィンの子どもって言えば、多分、受けてくれるから。明日、二人で行きなよ」
「あ、ありがとうございます」
ラズ様に渡されたのは紹介状。あ、でも、紹介状の字はレオニスさんだ。
内容は……うん。開拓地にて、住居建築および牧場作成依頼になっている。レオニスさんの方にも情報は流れているらしい。
兄さんが話をしたのかな。ラズ様が話をしているとタイミングが合わない。
「ありがとうございます」
「まあ、大工に弟子入りしたのが数年前だから、腕がいいかは知らないけどね」
「ちなみに、異邦人への偏見は?」
「君たちはともかく、他が異邦人なのはバレるだろうけどね。元冒険者だから細かいことは気にしないよ」
他にいないので、紹介された人にお願いする方向で兄さんにも伝えよう。
あとは、師匠はすぐに迎えに行くことにして、
「私は、ラズ様のとこにどれくらいの頻度で顔出します?」
「用があれば鳩を飛ばすよ。ナーガ達が戻るまでは開発地で大人しくしてね? ドラゴンの件は勝手に動かないように」
「わかりました」
ラズ様には、師匠の顧客リストは燃やすように指示をされたので、その場で内容を覚えてから燃やした。
この内容は多分、兄さんは把握しているのだろうけど、一応報告しておこうかな。
その後もしばらくお酒を飲みつつ、しばらく話をした。ただ、一通り話をしてラズ様もすっきりしたらしく終わりになった。だいぶ飲んでいたので、酔い覚ましの薬をいくつか渡してお暇した。




