4-32.謁見
「……行ってくる」
「うん。ナーガ君、気を付けてね」
翌朝、街の入口で全員が集まって、ナーガ君達を見送る。3人とも気合は十分といったところかな。蜂蜜はかなりの量が必要となるので、大変だと思うけど……。
「じゃあ、行ってくるね!」
「行ってきます」
「ああ。期待している、頼むぞ」
「うん、まっかせて! 大量に採ってくるから」
「僕も! 頑張るね」
兄さんが二人に声をかけると元気よく返事をしている。よく見ると、二人の装備が微妙に変わっている? どうやら、昨日のうちにこちらでいい装備を見つけて買い替えたらしい。
しっかりと準備はしている。案内役の人と馬車に乗りつつ、後ろからキャロやロット、シマオウにサンフジとコウギョクもついていく。
うん、なんかすごい獣王国のダンジョンで情報は少ないけれど、現地の案内人もついてくれるらしいので、心配はない。
オリーブと名付けられた蛇もいるし、人数が少なくても戦える魔物が多い……いや、むしろ盤石? ナーガ君本人の強さもすごいけど、だいぶ魔物が増えているので手におえない強さになっている。
3人が旅立った後、ルナさんとルストさんを見る。ティガさんが手綱を握ってくれているようで、しっかりと関係は構築できたらしい。私は全然会話出来ていなかったけど、兄さんもいるので、話ができるかな?
「話をしたいところだが、この後、謁見があってな。夜、宿に行くから話ができるかい?」
「ああ、構わないよ。全員かな?」
「そうだな。ルスト達とも少々話しておきたいことがあるからな。あと、クロウ。君は今日はこっち側な」
「面倒事は勘弁してくれ」
クロウは嫌だと言いつつも、ちゃんと私と兄さんの後ろについた。断るわけではないらしい。
「後で王弟殿下の専属薬師との対面があるんだ。君も参加してくれ。それと、俺らが謁見に参加している間、お師匠さんを一人にしちまうのも心配だしな」
「婆様は不参加か。何かあったのか?」
「いや、俺が間に合ったから、今回は参加しないとさ。謁見の場は作法やらもうるさいし、長時間立ちっぱなしはきついだろ。頼む」
「わかった。そういうことならなぁ」
クロウは離宮に寝泊りは勘弁してほしいらしく、宿はそのままということになった。
「じゃあ、ルナさん。夜、話ができるので」
「うん。あの、大丈夫? 謁見とか……」
「多少は作法は目を瞑ってくれるはず……ルナさん達についてもちゃんと話しておかないとだしね」
「え? まだ、許可出てない感じ!?」
「わかんない……どうなってるんだろ?」
兄さんがすっぽかした後、スペル様が何とかしたと聞いているけど……その話はしてなかった。まあ、何とかなるのだと思う。駄目なら、ティガさんに預ける時点で、スペル様とラズ様から言われているはず。
「お願い! ちゃんとできる事するし、畑仕事とかでも文句言わないから!」
「え? あ、うん。その話は聞いたんだ? よろしくね」
「あ、ううん。うち、兼業農家だったから、親に手伝いでよく文句言ってたので、つい」
「そっか。畑仕事、よろしくね」
「え? 嘘、本当に!?」
兼業農家出身だったのか。それはすごく助かる。ふっと顔を上げたら、ばっちりティガさんだけでなく兄さんも聞いていたっぽい。これからにすごく役に立つ戦力だ。
素人よりはましだよね、きっと。「親の指示に従ってただけだから」と言っているが、それでも助かる。
「苗とか種はこっちで買うことになりそうだから、買い物よろしくお願いします。お金はティガさんに渡しておくから」
「待って、え? だって、畑なんてないでしょ? どこに植えるの?」
「夜、説明する。ティガ、土地は確定だ。用事が済んだらすぐに向かう予定だ。こちらでしか手に入らない物は、今のうちに購入しといてくれ。代金と、こいつがメディシーアの紋章だ。おそらく、商業ギルドでもそれなりに信用される」
「わかったよ。ただ、基本的に物価はマーレのが安いからね。そちらでない物だけにするよ。詳しくは夜に」
「ああ」
ティガさん達と別れて、離宮に戻る。
師匠に挨拶して、兄さんと謁見の場へと向かった。
謁見の間には、昨夜、食事をした全員が揃っている。ラズ様もいた。
一段上のところから見下ろしているのだけど、神々しく感じるというか、なんかすごいな。昨日、よく一緒に食事なんかできたなと感じつつ、失礼にならないように頭を下げる。
兄さんとラズ様に仕込まれたカーテシーになっているか、少々不安だけど。そのまま、お声がかかるのを待つ。
「顔を上げてくれ、メディシーア子爵令息、グラノス。子爵令嬢、クレイン。よく来てくれた」
「はっ、グラノス・メディシーアより、王国の青の君のお目通りがお許しいただき、感謝申し上げます。先日はこちらの都合により急遽取りやめとなり、ご迷惑をおかけいたしましたこと、心よりお詫び申し上げます」
再び、兄さんが顔を下げる。事前に聞いていたので、同じように振舞う。ただ、基本的には私はカーテシーをするか、目を伏せて黙っているだけでいいと聞いている。
「なに、家族の危急だ。已むを得まい。妹御が無事な姿を見て、こちらも安心したよ」
「ご心配頂きましたこと、感謝申し上げます」
「君達のスタンピードの活躍は聞いている。よくやってくれた」
「はっ。ご子息、ラズライト様のお知恵を賜りまして、無事に討伐ができました」
「ああ。クヴェレ家より報告を貰っている。さて、今回は討伐した素材の報酬についての申し出と聞いた。要望があるそうだね」
兄さんがつらつらと口上を述べているのを聞きながら、この場にいる他の人達を覗き見る。文官や騎士と一緒に、貴族もこの場にはいるらしい。
知らない人達だけど、揚げ足を取られないように気を付けないといけない。
「はっ。我がメディシーアは薬師にございます。調合の研究のため、素材を欲することはご承知の通りかと。研究用として、素材融通していただければと考えております。また、すでにラズライト様より分けていただいた素材を用いまして新しく調合と錬金を組み合わせて新素材が完成いたしました。此度のスタンピードにて得た素材が元になっております」
高そうな小瓶に詰めなおした錬金蜂蜜とその作成に必要となる調合のレシピ、錬金のレシピを乗せた盆をフォルさんが王弟殿下の下へと運んでいる。
私は見ているだけなのに、手に汗を握ってしまい、なんだかすごくドキドキしてしまっている。
「ふむ。このレシピは公開する予定なのかな」
「こちらのレシピおよび完成品を献上することで、土地をお貸しいただきたい。調合に適した草や花、樹木の育成を試みたいため、土地があればと考えております」
「ははっ、流石はメディシーア。研究のために、素材の育成から始めるか。常人の発想ではないな…………あい、わかった。どのような土地を所望するのかな?」
「キノコの森ダンジョン、国境山脈の近くであれば、ダンジョンや山脈からも採取ができる上に、多種多様の植生、素材の宝庫にございます。できましたら、その周辺にてお願いできましたら恐悦至極に存じます」
「何もない土地ではあれど、メディシーアにとっては宝の山か。すぐに書面を用意しよう」
「ありがたき幸せに存じます」
う~ん。兄さん、すごいな。
元々、土地を貰う約束はしていたけど、爵位なしだと、公的に貰うには王家の許可とかが必要になりそうだったのに……研究のために貸し出した形なので、多分、文句は出ない。土地を治めずに土地を貰う方法をとった。
「さて、素人であっても、このレシピが重要であることは把握しているつもりだ。これはメディシーア以外で作成出来るものなのかな?」
「素材を集めさえすれば、調合・錬金ともに中級上の実力があれば、製作は可能でございます」
「ふむ……本当かな?」
ちらっと私へと視線が向けられた。話さなくていいとは言われているのだけど……兄さんをちらりと見ると頷かれた。それなら、答えてもよいのだろう。
「発言をお許しください。中間素材となります調合につきましては、我が家の助手が作れることは確認しております。中級ですので、兄も問題なく作成できることは保障いたします。ただ、錬金につきましては、少々勝手が違うとマーレスタッドの錬金術師、師・アストリッドよりお言葉をいただいています。私自身は作成できましたが……ポーション専門の錬金術師だとコツをつかむのに苦労すると……また、素材につきましては、一部は入手が難しい可能性がございます」
私の言葉に少し驚いたような表情が返ってきた。
上級だと薬師も錬金術師も少ないため、中級で出来るようにしたのだけど、そんなに驚くことだったかな。
「おや、そうなのかい。グラノス卿も調合が出来るのは初耳だ」
「妹に比べ、凡才にて……父、フィンより受け継いだレシピこそ形見として常に持っておりますが、いまだ上級を名乗るには力が不足しております」
いや、兄さんも上級薬作れるよね? クロウが調合薬をすぐに作れるようになっているくらいだし、ちょっと時間を作って練習すれば絶対できると思う。
「そうなのかな?」
「兄は忙しく、時間が取れないだけかと……師・パメラより、兄もまた一流の薬師となる腕はあると聞いております」
「それは素晴らしい。では、少なくとも調合において、人手は足りていると言う認識でよいのかな?」
「はっ……中級であれば、仕損じることはないかと。問題はございません」
私とクロウと兄さんの3人で全て処理をすることは問題がない。素材の方が実は面倒。ナーガ君いないと、緑の沼の苔、手に入る量に限りがある。他の人達が入手できるか、保障は出来ない。
レカルスト様からもらった素材も無いと困るけど……結局、素材を入手できる人が限られている。
「では、メディシーアの者達に命じよう。我が国だけでなく、他国もまた、安らぎの花蜜が入手できないことで、上級薬が作成できないという危機に瀕している。材料となる水竜の肝を全て渡す。至急、素材を加工せよ。材料がある限り、この錬金蜂蜜の完成品を提出してくれ。報酬については、こちらでも適正な価格を確認した上で支払おう」
「はっ。ご下命、必ずや」
兄さんが礼をしたので、慌てて私も頭を下げる。いや、ここはカーテシーするところだった。ちょっと変な動作になったが、カーテシーをして謁見は終了した。
たぶん、お互いにこれが最善ということなのかな。あっさりと全ての肝を渡されることになった。
「ふぅ……緊張した」
「お疲れさん。無事に土地の件は片が付いたな。水竜の肝も全部貰えるとさ」
「うん。完成品も全部渡すことになるみたいだけどね……スペル様にはなんて報告しよう?」
「多分、王弟殿下が直でやりとりするんだろう。もしくは、クヴェレはクヴェレでこちらに依頼する形をとるかもしれないが……問題は無いだろう。フォル、作業場に案内してもらっていいか?」
「はい、こちらになります」
謁見の間を出るとすぐにフォルさんが迎えにきたので案内をしてもらう。師匠と合流しなくていいのかなと思ったら、案内された作業場にすでにいた。
クロウに指示をしながら、何か作っている? その隣には、温和そうな老年の男性。どことなく、レカルスト様に似ている気がするから……師匠と競ったと噂の先代の王弟殿下の専属薬師の方かな。
「おっ、交代だなぁ」
「おや、早かったね」
クロウは私の顔を見ると、さっとその場を離れ、私の後ろに回り、私を押し出す。
ずずっと男性の前に押し出されたが、こちらをじっと観察する目が怖い。
「え? 何?」
「ふむぅ……確かに幼い。この少女が天才を継ぐのですか?」
「違うさ。私の跡はグラノスが継いでくれるよ。この子は私が天才だと認めただけさ。二人とも、挨拶をしてくれるかい」
「失礼いたしました。レカルスト初代男爵にご挨拶申し上げます。グラノス・メディシーアと申します」
「クレイン・メディシーアです」
さりげなく私を庇った兄さんに続いて、挨拶をする。やはりというか、レカルスト様の父でした。そして、何故か、腕を見せろと言われて調合をすることに……クロウもそれで作らされていたらしい。
うん。師匠は椅子に座って、ゆっくりと頷きを返してきた。師匠が言うなら、調合でも何でもするけどね。




