4-31.食後の団欒
ラズ様と一緒に師匠の部屋に戻ると、やはり兄さんがいた。
どうやら、師匠とゆっくりお茶を飲んでいたらしい。よく見たら、部屋の中にはシマオウもいる。確認してみるとテイマーでない兄さんはテイマーギルドへ預ける資格がなかった。
そして、離宮の厩に行くと王弟殿下の飼っている馬が恐慌状態になってしまったらしく、シマオウが一緒に滞在することを認めてくれたらしい。
ちょうど門番が知っている騎士だったらしく、事情を話したら連れ歩くことを認めてくれたという。
いや、そんなの大丈夫なのか? と思ったけど、一応、子爵代理としての地位もあるのと、居合わせたスペル様が身元保証したらしい。
「お疲れさん、食事はどうだった?」
「緊張した。疲れた……色々、やらかしたかもしれない」
「まあ、君なら大丈夫だと思うがな……無事に代替素材が出来たらしいな」
「うん。ヒュドールオピスの肝が思ったよりも扱いやすかったのと、ナーガ君がちょうどいい素材を採取してくれたからね」
兄さんの方はだいぶ精神的に疲れているように見える。何かあったのかなと、頭を撫でると目を瞑ったのでもう少し撫でておく。なんだか珍しく本当に疲れているらしい。
「それで、ラズ坊。どうなんだい?」
「まあ、兄上たちもクレインを貴族として扱うのは無理って理解したみたいだよ」
「今更だな。それ、確認する必要あったのか?」
「父上たちは僕からの報告でしかクレインを知らないからね。優秀であることは間違いないし、多少教えればそれっぽく振舞えるのであれば……そういう考えだったみたいだね」
「いやです!」
「まさか、父上たちの前で、爵位を貰うくらいなら逃げるとか、亡命するなんて言うと思わなかったよ。あれで諦めたよ、みんな」
「まあ、他国に逃げられたら困るだろうからな……君、たまに命知らずだな」
兄さんが呆れたようにこちらを見ている。いや、兄さんだけでなくナーガ君も同じだった。
師匠はそれでいいと頷いている。だいたい、兄さんが爵位を継ぐという話を無くしたなら、私が爵位を拒否するくらい仕方ないと思う。
「最終手段をわざわざ宣言する必要はない。警戒させるだけだしな。お師匠さんには悪いが、爵位については断絶になる。すまんな」
「気にしてないさ。グラ坊ならいいが、他の子達には無理なのはわかっているさね。だいたい、わたしだって貴族とは色々ありすぎたからね。そんな場所に大切な子達を残したいとは願わないよ……優秀な弟子たちがいる。それでいいんだよ」
師匠は、自分が死んだら、兄さんに渡してある当主の指輪を王家に返すだけでいいと言った。メディシーアは断絶し、もう、貴族になることは無い。私もそれでいいという。
「貴族をわざわざ敵にまわす必要はないが、こちらの邪魔をする貴族に遜る必要はないからな。ラズ、土地の件はどうなるんだ?」
「うん。それなんだよね~。治めるのが君なら問題ないと思ってたんだけど、爵位なしだと色々面倒だね。クレインに繋ぎを取ろうとする貴族は出てくるだろうし、処理が面倒になる。僕がそこにいるわけじゃないしね……どちらにしろ、婚約者としての立場も無くなってしまうと対処しにくいんだよね~」
「だろうな。それが決まるまではお預けになるのかい?」
「それはないよ。開発するにも時間がかかるだろうから、明日、書類と一緒に渡すつもりじゃないかな? 正直、食料不足が目の前に迫る中で、土地開発を出来るなら少しでも早く始める方がいい。さっきクレインが調合素材をとか、言い出したからそれを理由にしたら?」
まあ、食料不足が起きるのが分かっているなら、さっさと作付けできる面積増やした方がいいわけで……土地を渡したらすぐに作物できるものでもない。
う~ん。ラズ様はこっちで調合をするようにという指示だったけど、私も行ったほうが良さそう? たぶん、土起こしとか魔法使えた方が早いよね。
「わかった。それと今、おっさんに預けているんだが、4名ほど奴隷が増えた。そいつらは最初からそこに入植させていいか?」
兄さんの言葉に何となく嫌な感じがする。
危険ではない感じがするので、上手くいかないとかだろうか? 直感さんの警告?
「兄さん、それ、帝国の人?」
「ああ、予想よりも食べ物は深刻な問題だな。土地を捨てて、亡命しようとする村は後を絶たず、食料不足でな。食料を渡したら、こちらについたな。ダンジョンに来る冒険者狩りしていた異邦人を犯罪奴隷にした」
「それ、大丈夫なの?」
「指揮をしていた奴は、俺が殺した。逃げた奴もいたんだが、その4人は逃げなくてな。おっさんが拘束したんだが、本人達も先に食事を分けていたからか大人しくてな。そのせいでお人好しで情が移ったみたいで、そのまま連れ帰ることになった。俺は急ぐから先に帰国したが、おっさんが連れてくる……だが、まあ、おっさんが預かるより俺が引き取った方がいいだろう?」
レオニスさん。
いや、私も助けてもらったし、異邦人に対しても偏見がないからだろうけど。そもそも、ダンジョンに来る冒険者狩り。ダンジョンに入らせないように妨害していたなら、犯罪者だよね。それをこれから一緒に開発仲間にするのは遠慮したい。
大丈夫って兄さんは言ってるけど、心配ではある。ルナさん達もそっちに送るんだけどな。男女の問題的にも犯罪者はまずい。
「グラノス。君まで問題行動を起こさないでよ」
「飢え死に寸前の奴らでな。……話を聞いたが、一度死んだ人間ばかりだった。帝国の情報も得られるから、連れ帰った。どうしてもまずいなら他に引き渡しても構わない」
「グラノス、どういうこと?」
「元〈天運〉持ちの4人だ。いや、逃げた奴らも同じらしいがな。どうやら、一度死ぬとステータスが上がるとかで無理やり仲間内で殺された奴もいて……『上の奴らについていけない。でも、死にたくない』、そんな連中だ。『奴隷でもいいから、食べさせてくれ』って言葉で、おっさんはあっちについた」
ナーガ君としても、ちょっと複雑そうにしている。心配だけど、食べれないのがつらいと言うのは身に染みているらしい。
「グラノス、ちょっと待って。そんなに食料もってるの?」
「魚の身を干したものを大量にな……正直、その魚の身をお湯で解したものを与えたくらいで、たいして食料は減ってない」
「ああ……大量に狩ったあと、ちゃんと食料にしてあるんだね。なら、いいや……餓死寸前ね。それで、君たちに逆らわないにしても、異邦人ばかりは目立つよ?」
「だが、帝国異邦人たちのトップが犯罪行為を同じ仲間にもさせていた証拠にもなるだろう? 帝国側の異邦人の引き渡しに対し、正面から断れるじゃないか。統治能力もない犯罪者集団だと証言もできる……帝国の領地に異邦人の国を作ることを阻止する理由にもなる」
「……謁見で話せる内容じゃないね。クレインもくれぐれも余計なこと、口走らないようにね」
いやいや。
それなら、謁見に私が出ても仕方ないと思うのだけど……参加する必要ある? ないよね。
「謁見次第だろうな。少なくとも、許可が出るなら、水竜の肝は全て、メディシーアが手に入れ、それを加工する。そこまで、王弟殿下からのお言葉を貰ってからだな」
「でも、全部渡すことに消極的だったけど……」
「渡してください。はい、どうぞ。なんて話にはならないよ。安らぎの花蜜の代替品は危急で、誰もが欲しがっている物。その流通に関しての権限を王弟派に任せる。そういう宣言するだけで良かったんだけどね」
「ラズの方で先に教えておけばよかった話だけどな」
兄さんの言葉にラズ様は苦笑している。
先にクヴェレ家が同じ条件と言っているけれど、そこはたいしたことではないらしい。流通を王弟殿下とクヴェレ家で持つと言うことは、結構面倒になると思うのだけど。
兄さんもラズ様もやり方次第で、札はメディシーア側にあるという認識らしい。
ただ、ラズ様としては、あの場で私がミスしてもいい。むしろ、それで私が貴族失格の烙印を押されることを期待したらしい。
「国王派はクヴェレの縁から王弟派に依頼する形にすれば、互いの面子は保てる。王弟殿下は流通を担うことで莫大な利益を得る。まあ、自分の希望ではなく相手の望むメリットを提示、貰えないのであれば他の伝手を使い、回収するとでも言えば食いつくしかないしな」
「伝手?」
「裏ならネビアに任せるなりできるし、薬師なら素材を持ってきたら作るというスタンスでもいい。わざわざ全て回収する必要はメディシーアにはないと張ったりかませば、全てを管理したい王弟派は何も言わずに渡して、出来た物を管理すると申し出たはずだ」
「そういうことだね~」
う~ん。兄さんの手腕でないと、厳しいかな。私にはそういう駆け引きは向いてない。いや、なるほどとは思うけどね。無理、無理と首を振ったら、ラズ様からため息が返ってきた。
「別に、君だって出来ていたでしょ? 最初はちゃんと僕やギルド長を相手に頑張ってたのに、最近はやる気がないだけで」
それ、命が掛かってたじゃん!
あの時は頼る人がいなかったから、自分でやるしかなかった。だから、必死に虚勢を張ってでも頑張った。今、兄さんに甘えてしまっているのはわかっているけれど。
いや、兄さんの負担になるからちゃんとやれと言われるとその通りだけど……。
「明日、改めて謁見にて奏上する。お師匠さんはどうする? あまり体調が良くないなら、無理はしない方がいいと思うが」
「そうさね……グラ坊が間に合わないときを考えてついてきたけど、任せようかね。体調が悪いことにしておいておくれ」
「ああ、承知した。クレインは基本、黙ってるようにな。ナーガはどうする?」
「……俺は明朝にはレウスとアルスと一緒に蜂蜜を採りにダンジョンに向かう」
ちらっとラズ様にナーガ君が視線を送った。ラズ様もこくりと頷く。すでに手配は出来ているらしい。魔物たちはナーガ君が連れていく。まあ、残しておいても王弟殿下が困るだろう。
ナーガ君の言葉を聞いたあと、モモが私の膝に移動してきた。こっちにいるという意思表示だろう。だが、ドレスを汚すとまずいので、兄さんに手渡す。
「うん。こちらで国境までの馬車を手配したよ。ナーガがテイムしている魔物たちも一緒に行けるようにしてある。案内人が付くことになると思うけど、基本は自由に採取できるはずだよ」
「……ああ」
「さて、じゃあお暇するか。君も着替えないとだろう」
「あ、そうだね」
ドレスを汚すとまずいから、着替えよう。多分、汚れてはいないはず。
「グラノス。兄上が顔出してほしいって」
「わかった。案内頼む……じゃあ、俺は行ってくるから、ナーガは先に寝てろよ? 体力温存して、ダンジョンに挑めるようにな」
「……ああ。大丈夫だ」
兄さんはラズ様と一緒に付いていき、ナーガ君も宛がわれた部屋に戻るということでお開きになった。
う~ん。貴族って面倒だなとつくづく思う。師匠も同じように頷いてくれた。そして、一人で脱げないので、師匠に手伝ってもらい、なんとか着替えた。
もう、ドレスとか着たくないので、明日は薬師として参加したいと伝えたら、いつものローブをさらに品質のいい素材で作り直した品が用意されていた。
あれ? この素材……マナガルムとか、鑑定で出てる。これ、S級の魔物素材だよ。
「お金は!? いや、ドレスもだけど!! お金払わないと」
しかし、ラズ様より気にしないでいいと返事が返ってきた。
お金で渡せない褒美という扱いらしい。代替素材の褒美ではなく、スタンピードの方……大量のヒュドールオピスについては言及していないが、王弟派としては財源も含め、かなり潤ったらしい。
代替素材についても、これから用意すると言われたけど……正直、遠慮したい。




