4-29.領都へ
翌日、領都キュアノエイデスへ出発のためにラズ様の館に向かう。
テイマーギルドにて魔物たちを引き取ったので、ナーガ君の後ろには、キャロとロット、サンフジ、コウギョクがついてきていて、人々が遠巻きにしている。
私のフードの中にモモがいるのは、最近は気にされてない。
「襲わないけど、怖がられてるね……町の外から回り道した方がよかったかな」
「……そうだな」
クロウ達とは領主邸にて約束しているので、ここにいるのは2人と4匹だけ。もし、暴れ出したら抑えられないというのが、怖がる理由かもしれない。
一応、リードは付けているので、野放しではない。ナーガ君の力があれば、暴走しようとしても止められる。
「ライチ、兄さんに送ったけど、帰ってきてないんでしょ?」
「……ああ。あんたが目を覚ました報告はしたが、領都へ向かうことは伝えてない」
置手紙はしておいたが、行き違いにならないことを願うしかない。兄さんとレオニスさんであれば、おそらくダンジョンも問題が無かったと思われるが、連絡手段がない。
「この世界は連絡手段が限られるんだよね……仕方ないことだけど」
「……ライチ以外を増やしたところで、連絡の行き違いがおこるだけだ」
それはそう。兄さんが手紙を受け取ったら返事をくれるだろうから、それを待つしかない。そもそもダンジョンのランクがAだっけ。キノコの森よりも高いはず。兄さんの実力なら問題はないと思うけど、多少時間がかかってもしかたない。
ナーガ君も同じ考えらしい。会えなくても、兄さんなら大丈夫という安心感がある。
館の入口、門番に来訪を告げて中に入る。馬車を置いてある方へと向かうと、角を曲がったところで声が聞こえてきた。
「クレインさぁぁぁあん!! よかったぁ、いきでるぅぅぅう!」
「うん?」
「うごいてるぅぅぅぅ!」
鼻水と涙を浮かべて近づいてきたルナさんに少しドン引きして、一歩下がる。それをみたリュンヌさんが、ルナさんの腕を掴んで止めてくれた。
「ルナさん? えっと、落ち着いて」
「おちづいてますぅぅ……よかった、そのボケ男に殺されそうになったって……よかったぁぁっぁ」
「すまない。大丈夫だろうか?」
抱き着かれそうになって、リュンヌさんが止めてくれているが、ナーガ君も庇う様に間に入ってくれている。いや、2日前に目を覚ましたのも、ラズ様から聞いていたが、接触禁止を兄さんから言われているから会っていなかった。
そして、後ろの方には黒髪紫瞳のルストさんがティガさんと一緒にいた。ぺこりと頭を下げられたので、こちらも返しておく。ただ、それも、ルナさんとしてはショックだったらしい。
「あいつのせいでしょおぉぉぉ!」
「ルナさん。とりあえず、生きてるので落ち着いてください。心配させて、すみません。その、泣かないで、ね?」
「ホントっ……心配したのに! あの兄、お見舞い行こうとした私に、勝手に会いに行ったらって……言いながらの笑顔が恐怖しかないのに! なんでっ!! この人はゆるされてるの!?」
いや、兄さん、そんなにルナさんにひどいことしてたっけ? いや、でも結構怯えていたかもしれない。その後、スペル様と兄さんと一緒の馬車だったしな。見てないところで、厳しいことを言っていたかもしれない。
「……許していない。そんなことより優先することがあっただけだ……」
「え?」
ナーガ君の言葉に、クールダウンしたので、リュンヌさんも羽交い絞めを解除した。ただ、近づこうとすると、ナーガ君が睨み、ルナさんは怯えて下がった。
「……許すはずがない。俺も、グラノスも……それ以上近づくな」
「あっ、あの」
「ナーガ、落ち着きなよ。えっと、ルナだっけ? 別にさ、近づかなきゃ怒らないよ。だから、ルストには怒ってないだけだって。ほら、それ以上は駄目。俺らもグラノスさんから言われてるしさ」
レウスが横から出てきて、距離を取るようにと伝える。
いや、そこまでしなくてもと思うのだけどね。悪魔が警戒対象で、ルナさんも対象らしい。
「わ、わたしだって、助けてもらったんだから! 危害くわえないのに!」
「あれから、様子は変わらない?」
「前よりは精度は上がってるのかな。それに、変な夢がないせいか、夜もゆっくり眠れるし。リュンヌも普通で嬉しい」
「それは良かったね。その状態で悪いけど、協力して欲しいことがあるんだけど」
「もちろん! 何でも言って、ちゃんと頑張るから」
うん。素直な子ではあるんだよね。本当に。
リュンヌさんもやれやれと思いつつ、優しい瞳でルナさんを見ているから、この二人はこの二人で完結してはいるんだよね。
ただ、なんていうか……空気がすごく微妙。
クロウは女性は嫌がりそうとは思ってたけど、アルス君もだった? すごく近づきたく無さそう。逆に、ルストさんは興味がありそうだけど、ティガさんが止めてる。
ルナさんをジト目で睨んでるナーガ君。う~ん。足並みが合わなくなってきたなと思うけど……とりあえず、ティガさんに任せてもいいかなと、ちらっと視線を送る。
「女性陣の二人は馬車に移動しようか。今、話をする時間はないだろう。クレインさんの顔を見たら、馬車に乗ると言ったね?」
「はい……その、また、時間あったら話がしたくて……グラノスさんいてもいいから」
「うん。ただ、兄さんはまだ帰ってきてないから……少し時間かかるかもしれないけど」
「うん。ありがとう」
さっき、「あの兄」と怒っていたけど、落ち着いたらグラノスさん呼びらしい。ちょっと落ち着いたら恥ずかしくなったのか、顔を赤くしながらルナさんは馬車に乗り込んだ、ティガさんとルストさんもこちらに手を挙げて挨拶してから馬車へ。
「やれやれ……大丈夫なのかぁ、あれ」
「だいぶね、追い詰められてたのが解消したから、はっちゃけてると思う。悪魔が無理やり私を殺すのを焚き付けていたから……本人は、その……考えるのは苦手なタイプというか、幼いというか……」
クロウが女嫌いなのはわかっているので、フォローは難しい。私もやらかすけど、多分、私以上にやらかすタイプだと思う。
リュンヌさんも、魅了されていたからとはいえ、結構、考え無しで行動しそうだからね。嫌いなタイプだろう。
クロウがサンフジの頭を撫でながら、「よろしくな」と挨拶をしているとアルス君も近づいてきた。「よろしくね」とキャロに挨拶しているので、多分、キャロはアルス君なのかな?
私はコウギョクとして、ナーガ君はどうするんだろう? と思ったら、レウスとナーガ君でロットに乗るらしい。
「悪い子じゃないよ。ただ、能力面でいうと、自分でも使い熟せない点では、ルストさんもだけど……封じてても、それは絶対じゃない。だから、兄さんも警戒して……だと思うんだけどね」
「うん、そんな感じ。というか、その横の女もなんか、よくわからないしさ」
「仲良くしてねというつもりは無いけどね……無理?」
「俺は無理だなぁ」
「えっと、頑張ってみるけど……」
「別にいいけどさ。ティガに任せちゃダメ?」
3人とも、無理なんだ。レウスはティガさんに任せると言ってる。それはそれで……ティガさん、聞いてると思うのだけど。まあ、いっか。
「あ、うん……私も兄さんもティガさんに任せたいなとは思ってる。ずっと一緒に行動はね、厳しいと思ってるしね。でも、私と同じでドラゴンに狙われるのもあるからね……」
「……俺らが戻る前に動くな」
「ん? いや、そもそも優先順位があるからね。そのためにも……蜂蜜、お願いします」
私が頭を下げると、レウスもアルス君も、ナーガ君も……「もちろん」と返してくれた。
「クレイン。ちょっと来てくれる」
「ラズ様? なんですか?」
出発する前にラズ様に呼ばれて、そちらの馬車に向かう。
馬車の手前側にレカルスト様が座っているので声をかけた。
「おはようございます、クレイン嬢」
「え? レカルスト様、おはようございます。レカルスト様もご一緒に行くのでしょうか」
「ええ。私が説明すれば、領都にある素材はすぐに提供ができるのでね。それに、パメラ様が行くと聞きましたので」
「師匠も!?」
驚いて声を上げると、馬車の奥に師匠も座っていたらしく、こちらに顔を出した。
「なんだい、騒ぐんじゃないよ。それだけ急ぐ必要があるんだよ。おはよう、ひよっこ」
「おはようございます、師匠。急ぐのはわかりますけど……でも……」
体調があまりよくなさそうな師匠を連れて行っていいのか。馬車での移動でも、結構負担がある。体調を崩しがちの師匠も一緒だと心配になる。
「いいかい? あんたがやることは変わらないさね。王弟殿下に奏上し、水竜の肝をもらう。その後、調合、錬金をする……領都でね」
「え?」
「でも、わたしがこの町にいたら、断ろうとしそうだからね。一緒についていけば心配せずに向こうで作業できるさね?」
ちらっとラズ様に視線を送ると、こくりと頷かれた。
つまり、向こうで缶詰めになって調合するってことかな。
「えっと?」
「素材が無くて、常備薬が心許ない貴族がいる。失敗するわけにいかないなら、新素材が使える君に任せる……そういう判断があり得るんだよ。これ以上、この町で対処できない可能性もある」
「店……そんな長時間たたむつもりは無かったんですけど。ラーナちゃんにそこまで説明してないです」
「ああ、そっちもあるのか……でもね、水竜の肝について、すべて加工は向こうでやる。その後なら、こっちでも構わないから」
ナーガ君達が帰ってくるまでは、領都にいることになるのはお断りしたい。中間素材作り終わったら解放してくれないかな。
蜂蜜は嗜好品だから、売ってるのはわかってるけど……高い。そんなことをすれば、素材の料金が跳ね上がってしまう。ナーガ君をまって完成させるのが一番コストがかからない。
「きみさ、本当にわかってる? 5,000Gする安らぎの花蜜の代替品をいくらで売るつもりか、値崩れをさせるわけにはいかないのを理解しなよ。次に5年以上先にしか取れない素材、しかも……今回の100分の1くらいしか、狩らないんだよ? 帝国が落ち着くまでと考えても、そう安くは売れないんだよ」
「はい……すみません」
そう言われてしまうと、たしかに?
出来る限り安くと思っていたけど、それも難しいのか。
作業にかかる料金もだけど、素材費を安くするのも今回のような代替素材を作るときには考えないといけないのか。
「蜂蜜を買い占めて、稼ぐような奴を増やすわけにもいかないから、代替素材については水面下でやる必要もある。この町では無理だからね」
「はい、すみません!」
「あと、不用意に頷いたり、引き受けたりしないようにね」
「わかりました」
「ご苦労なさいますな、ラズライト殿下」
なんだか、レカルスト様にも苦笑された。
「あんたはそれでいいさね。足りない部分を補う仲間がいるだろう? それでいいんだよ」
「婆様……今、それを一番フォローできるグラノスいないんだよ? 簡単に許さないでよ」
う~ん。でも、置手紙してきたから、兄さんはそのうち追いかけてくる気がする。
それに、そんなにやらかしたりしないと思うんだけど。




