4―22.新素材のために
夜。師匠もレウス達も、みんなが帰った後に、下から来客の音が聞こえた。
ナーガ君が下に向かったため、私も着替えをする。正直、気配察知しなくても、わかるくらいの気配を出さないで欲しいなとは少し思う。
ナーガ君が面倒くさそうな声で来客を告げてきたので、準備をして自室を出る。
「やあ。目が覚めたって聞いたから来ちゃった~」
「ちょっと、スペル。僕よりも先に入るのやめてよね」
「……茶を淹れる」
ナーガ君が案内してきたのはラズ様とスペル様だった。いや、いいんだけど。二人が護衛なしで出歩いていいのだろうか。スペル様の気配って独特というか、ここまで強い人も少ないのでわかる。
ナーガ君が呆れつつ、お茶の用意をしているので、席に座る。
「体調はどう?」
「もう平気です。直感ももう戻ってます」
「そう。無事でよかったよ」
「ラズ様。ご心配をおかけしました」
「本当にね! まあ、無事に起きてよかったよ。それで、僕に話があるって?」
ナーガ君がちゃんと伝えてくれたらしい。
それで、夜に来るということは、私に領主邸には来てほしくなかったってことかな。
「はい。お願いがありまして。スペル様にも」
「僕にも? いいけど、僕は甘くないよ。こちらに利益がないとね」
「わかっています。その上で、メディシーアの末子、クレイン・メディシーアがクヴェレ家にお願いいたします。ヒュドールオピスの毒の根源となる、水竜の肝。今回のスタンピードで手に入れたすべての水竜の肝を譲ってください。買い取ります」
「面白いこというね。王弟殿下の分は?」
「同じように、買い取りをお願いするつもりです」
スペル様が必要としているのは水竜の逆鱗のはず。牙や角ももちろん高価で売れるし、皮も使えるだろう。ただ、今回は沢山あるからこそ価値は下がるとは思うけどね。
そして、私が欲しいのは、水竜の肝。その部位が無ければ、毒は作れない。
「理由は?」
「水竜の肝を使った毒、前回のスタンピード後に流行ったと聞きました。毒は現物がないと解毒が難しいこともあり、採取できなくなる素材は好都合だと……ですよね?」
「まあ、そうだね」
「今回、クヴェレとメディシーアが討伐したことは、隠しきれることではないと思います。師匠が天才薬師として薬を作り、高めたその名誉。それが、毒を撒き散らした家として汚すわけにはいきません。毒を全て回収したいことが一つです」
「なるほどね。でも、金銭的にそれができるのかな?」
手元にそれが出来るほどのお金がないことはバレている。
たしかに、それは難しい。今回の報酬を全て使ったところで、毒を欲しがる裏の人間に売れば高額となることから、その額を要求されれば出せない。
「出来ません。金銭的には無理です」
「うん、それでは話にならないよ。ねえ、ラズ」
「最後まで聞いてあげたら? 何だかんだ、僕が頼みを聞く理由がわかるよ」
ラズ様? どういう意味かな?
まあ、色々と頼み事はしてきたけどね。ナーガ君も呆れた顔をしている。
「クヴェレ家から引き取った毒を元に作った新素材、クヴェレ家には渡してもらった毒の分、その素材をお渡しします」
「新素材? 毒から何を作るつもりかな?」
「安らぎの花蜜の代替素材。大量の在庫があり、水竜の部位で唯一闇属性となる素材が水竜の肝です。私に毒を消すことができる技術があることはすでに立証してますよね。流石に、他に調合・錬金で追加する素材があるため、無償で加工して渡すことは出来ませんが……毒にしかならない素材より、売り手は多いかと」
「あはは。うん、いいね。その発想はおもしろい……でもね、手札は全部見せては駄目だよ。僕が一部だけ闇ギルドに売るとしたら、どうするの? 全部回収しないと意味ないのがわかっているなら、きちんとそこを封じるように交渉しないとね」
くすくすと笑うスペル様と、仕方ないという苦笑をしているラズ様。
ここで大事なのは、全部回収すること。確かに、もともと数匹しか倒さないのだから、その分だけ裏に流すだけで十分に利益を得る。希少であることが大事であるから、それが一番利益が出る。
「こういう交渉の担当はグラノスなんだよ。まあ、甘すぎる提案だとは思うけどね。でも、薬師が毒を広めるよりは、素材にするのは悪くない発想でしょ? スペル、問題は?」
「流石に、容易には頷けない提案でもある。王弟派も同じ条件であることが、クヴェレの条件だよ」
「それは……その……代替素材を作り出すことは出来ると思ってますけど、全部成功するわけじゃないので……」
「まあ、共同開発として、出来た素材を3家で分けるのが妥当だろうね。そこまでの権限は僕にないから取次をするよ。実験用に10体分渡すから、できればある程度の成果を用意してくれる?」
「ラズ様。わかりました……兄さんは待てないので、お願いできますか?」
「他家からも買い取りなどの希望が出てるからね。急ぐよ。他に必要な素材は?」
「少量使いたい素材があるのでレカルスト様にお願いしようかなと……蜂蜜はナーガ君が採ってきてくれる予定です」
基本的な素材については、目途が立っている。
あとは分量とかは、クロウと何度かやってみるしかない。
「そう。じゃあ、伝えておくよ。スペル、いいよね」
「共同開発として利権貰えるだけで、十分だよ。肝については、無償提供でいいんじゃないかな。毒としてばら撒く気は無かったけど、そういう活用方法があるならこちらも助かるからね。まあ、貴族にむかな過ぎて、グラノスに同情するけどね」
「え?」
「〈安らぎの花蜜〉がどういうものか知っている?」
「はい」
安らぎの花蜜。ハニービーやクイーンビーの変異種であるダークビー、ダーククイーンビーが生み出す蜜だったりする。その巣でしか手に入らない。まあ、蜜を採取する花についても、ダンジョンの特性により闇属性の花だけどね。
帝国にある闇の樹海ダンジョンには、まれにこの魔物が出る。魔物の討伐、若しくは巣を見つければ手に入る素材。
クロウが素材について、鑑定・解析をしてくれた結果。
満たすべき素材の条件はわかっている。闇、水属性の素材。液体・薬の材料の条件を満たした蜂蜜であること。錬金であれば、これらの条件を満たした新たな物質を作ることは、おそらく可能。
「蜂蜜がメインの素材となるため、そんなに多くの素材と錬金をすることは出来ないと思います。〈水竜の肝〉は、元から闇・水属性を含んだ素材です。毒さえ消せれば、他の闇属性の素材よりも簡単に代替素材が作れる。解毒することで、薬の材料という性質も……付けられる。もちろん、追加で手に入らないことを考えれば、他の素材でも作れるように研究しますが……」
「ちがう、ちがう。作れるかを聞いてるわけじゃないよ。あれは、帝国の独占素材であり、それだけで帝国に富が流れている。それを奪うことの意味だよ」
「……私は、帝国なんかどうでもいいので。師匠のために素材が必要なら、作り出します。それをどうするかは、管理する側に任せます」
兄さんがわざわざ帝国に採りに行ったらしいけど、それだって消費期限がある。
錬金で固定してしまえば、消費期限はほぼ無くなる。それだけでも、大きいはず。少なくとも、騒乱が起きている帝国に危険を承知で忍び込んで採取する必要はない。
もし、異邦人がその価値に気付いて、取引をしようとしても断ることができる。王国にとっても、利益になる行動のはず。
「蜂蜜はどれくらい必要?」
「ラズ様? たぶん、大量に? 水竜の肝を全部使うとしたら、肝の5倍……7~8倍以上の蜂蜜が必要だと考えてます」
「そう。発注するにしても、難しいかもしれないね」
「ナーガ君が採ってきてくれるかなって……」
ナーガ君も頷いているので、そこは任せようかなと思っている。
蜂蜜の需要が高いことはわかっているので、買い占めをするようなことはしたくない。
「ナーガ達が蜂蜜を採りに行くなら、共和国より獣王国のダンジョンの方がいいかもね。そちらの手配もしておくよ」
「え? そうなんです?」
「そうだね~。今、共和国とはあまり交渉をもたない方がいいからね。僕の推薦状もおまけしてあげるよ」
ラズ様とスペル様が推薦状を出してくれるらしい。獣王国側のダンジョンの方がいいと言うなら判断は任せる。
なんだか面倒そうな政治が絡むというなら、任せておこう。貴族の後ろ盾があると便利っていうのはこれなんだろうな。だから、冒険者達が貴族と繋がっているのもあながち間違いじゃない。
それに、ナーガ君も頷いているので、獣王国に行くことは嫌じゃないみたいだ。ちらっと視線を送ったら頷いている。
「悪魔の方はどうするの? もう一人、保護したんでしょう?」
「スペル様……楽しそうですね」
「そうだね。予想外なことが起きる。ラズが退屈しないって言ってた意味がわかったよ」
「言ってないよ。どこからそんな話がでたの?」
「ん~? カイアがラズは退屈せず、楽しそうだって言ってたよ」
「兄上……別に、忙しくなってるだけだから。楽しくないよ」
う~ん。スペル様からカイアナイト様は兄さんとも仲が良いと聞いてる。でも、退屈しないというよりは……忙しそうだけどね、ラズ様。私のせいではないけど。
私が首を振るとじとっとした目でラズ様に見られた。
「それで、どうするつもりかな?」
「まだ話はしてませんが、協力してもらうつもりです。白と黒の力は対となっています。私ではなく、ルナさん達の力でも封じることができる可能性があるので」
「へぇ……それは本当?」
「試す価値はあると思ってます」
こういうときの笑顔、怖い。唇が上がっていて、笑顔なのに……目が笑ってない。貴族の凄みなのだろうか。
嘘じゃない。可能性はある。そもそも、そちらの力なら私よりも上で、やってもらっても生き残る可能性だってある。
「彼女達も私と同じで、ドラゴンに狙われる存在である以上、話せばわかってもらえると思ってます」
「うん。まあ、彼女達が出来ないと言っても、出来る能力があるなら命じることになるけどね。君は彼女達の力をどこまで把握しているのかな」
「ナーガ君。兄さんからの手紙、持ってきてもらっていい?」
「……わかった」
兄さんからの手紙に書かれていたのは、悪魔の力の概要。ルナさんが視覚による魅了。ルストさんが嗅覚による魅了。
もう一人……アルス君と一緒にいた異邦人。黒髪でなく焦げ茶の髪、紫瞳でなく赤紫の瞳の少女。可能性として触覚による魅了をしていた可能性。
すでに処刑をされている可能性もあるが、カイア様に相談し、まだ処刑されてないのであれば先に彼女で試すことを提案するようにという内容も書いてあった。
「ラズ様。どうぞ」
「そっちも」
記載がある2ページ目だけ渡したが、全部渡すようにと言われた。1ページ目はレオニスさんと出かける経緯について書かれてる。3ページ目は私へのお説教なんだけどな。
やっぱり、3ページ目を読み始めてから、笑っている。大人しくしているようにと3回も書かれてるからね。
「あはは~、君、全然、守る気ないね。大人しくしてろって書いてあるよ?」
「スペル様。大人しく素材の確保と調合するだけで、ドラゴンの方については動かないです。ルナさん達にも会いに行きません。十分大人しくしてます」
「してないからね。僕の父に会いたいってだけで、ダメだよ。まあ、急ぎ進める必要があるから場を整えるけどね」
楽しそうなスペル様と眉間の皺を押さえているラズ様。ナーガ君も首振ってるけど、急ぐ必要があるから兄さんを待てない。
ヒュドールオピスの素材を欲しがる貴族たちにわかる形で、水竜の肝は、全てメディシーアが手に入れたという実績が必要になる。私自身、10日間も寝込んで無駄にしてしまっただけに、これ以上の時間ロスは出来ない。
「兄さんの無礼についても、原因である私からのお詫びを早急にした方がいいはずです。違いますか?」
「いや、違わない。ちゃんと父上に時間を取ってもらうよ。おそらく、1週間後になるけどね。出発は、3日後ね。それまでによろしく」
「わかりました」
「ちなみに聞くけど、他に、悪魔いると思う?」
スペル様の言葉に考える。
悪魔族がいるとしたら? 魅了のための能力は、味覚と聴覚なのかな。人間の五感を刺激して魅了するのが悪魔だとしたら……聴覚はかなり危険そうだけど。
そんな脅威があるのか? う~ん。無さそうな気がする。体調は万全に戻っているので、直感は使えている。
「多分、いないです」
根拠はない。
でも、ドラゴンなら確認取れるかな? 聖女と悪魔をピンポイントで見つけてるようだから、確認はできるはず。
「そう、いないならいいんだ」
「一応、ドラゴンに会えたら聞いてみます」
「うん、よろしくね」
こくりと頷きを返す。
手に入れた水竜の肝で作成をする。構想は出来ている。あとは、やるだけ……絶対に作って見せる。
後書き失礼します。
2月25日、書籍が発売いたします。活動報告にて、詳細を書いております。
ご興味がありましたら、ご確認いただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




