4-19.衝撃 〈ナーガ視点〉
クレインが倒れた。
どうすればいいかわからないまま、ただ時が過ぎていく。クレインは少しずつ弱っていくように感じるのに、何も出来ない。
手を繋いでいても、冷え切っていて……このまま、クレインが消えてしまうのではないかと不安だった。
グラノスが帰ってきて、クロウが診察して……少しずつ、クレインが顔色が良くなっていく。俺には何も出来なかった。
「すまなかったな。話をしてきた。ルストとやらもティガに預けたから大丈夫だろう」
「お疲れさん」
グラノスがティガと話を終えて、戻ってきた。後ろにはレウスとアルスもいた。クロウがグラノスに状況を説明する。
少しずつだが、生命力が回復し、2割を超えたところで、生命力低下の状態異常が解けたという。MPとSPも少しずつ自力で回復していることで、「予断を許さない状態からは脱した」というクロウの言葉にほっとして、力が抜ける。急に眠気が襲ってきた。
クロウがまだ定期的にSPとMPを回復させる可能性があるということで、ポーションを常備しておくこと。中毒にならないように見守る必要もあるので、クロウが基本待機することを説明されたが、話が遠く聞こえてくるように感じる。
「ナーガ。寝るか?」
「……平気だ」
「じゃあ、続けるぞ」
グラノスはどこから話すかと迷いながらも、まず、クレインとルストの種族、ルストの中にいる何かの存在について。今回、何が起きたのか、憶測は入っているが、クレインも疲労が溜まっていたことなどを説明をされた。
「ティガとは和解した。君たちもわだかまりがあるかもしれないが、今後も仲間として接してくれ」
「え? クレインが倒れてるのに、大丈夫?」
レウスが確認を取るが、グラノスもこくりと頷いた。
「ああ。一応、クレインとも話し合っているしな。クレインが放逐する判断をくださなかったからな。クランを作って、パーティーを分ける、目的ごとにな」
「……どういうことだ」
「俺の構想だが、しばらくは4つに分ける。俺、クレイン、ナーガ、ティガで4つだな。クロウはクレインと一緒に調合に専念してもらいたい。ナーガ、レウス、アルスには、素材の採取を頼む。ティガには、土地開発を任せる。ついでに、面倒な人材はあいつに預ける」
ぷっとクロウから笑いが漏れた。
面倒な人間は、クレインと敵対するだろうルストとかはティガに任せるということだろう。他にも二人ほど、少女達が加わるらしい。
「いや、いいの? たぶんさ、ティガは……」
「レウス。何を大事にするかは、人によって違う。別に、ティガは助けられたことに感謝してないわけじゃない。ただ、優先順位が違うだけだ」
「恩知らずじゃん」
「恩だけで生きていける世界じゃない。それくらいは、そろそろ身に染みてくれ。君は運が良かった。君がこの世界の厳しさを知らなくても無事だったのは、大人のティガとクロウが守っていたからだ。それと、運よくクレインと出会えたのもな」
「……グラノス」
「責めてるわけじゃない。ティガはティガで考えがあった。特に、貴族に対しての不信感はあいつだけが知りえた能力のせいだ」
ティガは耳がいい。どこまで聞き分けているのかは、誰も知らない。
だが、ティガがかなり遠い距離からでも、人の声を聞き分けることが出来ている。はっきりと聞いたわけじゃないが、距離だけではない。同時に何人もが話をしたとしても、別々に聞き分ける能力もあるのだろう。
そうでないと、近くで人が話をしているのに、遠くで話していた内容を聞き取れるはずがない。
「知らなくていいことを知った。おそらく、貴族の闇をな。だから、貴族が信用できないし、関わりたくない。それを優先しただけだ」
「でもさ、俺らを保護できるのって、その貴族なんでしょ? なんで敵視するのかわからないんだけど」
「そうだなぁ……この世界の人間と異邦人、何が違うと思う?」
「違い? えっと、ユニークスキルを持ってるとか、そういう?」
「いや。根本的な思考、思想、価値観が違う。この世界の貴族にとってな、俺らの価値観は到底受け入れられるものじゃない。支配者側は余計なことを民に吹き込まれないうちに粛清したいんだ」
「ごめん、ちょっとわかんないかも」
レウスが首を傾げている。俺もグラノスが何を言いたいのか、わからない。アルスは考えているし、クロウは何となく察しているようにも見える。
「そうだな。『目には目を、歯には歯を』というのは知ってるかい?」
「ハンムラビ法典、だっけ? それくらいは知ってるよ」
「あれはな、身分が対等な者同士で成立する。しかも、相手にやられた事と同じ事しか許されないってことだ。身分が違うと成立しないものなんだ。大昔の法律でも、身分によって扱いが異なることが決められていた。この世界では、俺らの生きた時代と違って、明確な身分がある。王族、貴族、平民、奴隷。わかるかい? 俺らの常識よりも、大昔の法律の方が正しいとされる世界だ」
「え?」
「さて、問題だ。異邦人はどの身分だと思う?」
グラノスの問いに、レウスは固まった。
アルスも息をのんで、答えに窮している。
「……定まっていない、だろう」
「ああ、ナーガの言う通りだ。法律にも何も記載はない。それはなぜか? はっきりと乗せ、その待遇にすれば反発して革命を起こそうとするからだ」
「え? なんで?」
「身分制度は間違っている! そんな主張をして、民を扇動し、自ら支配者層になるために行動する。現に王国も共和国も建国には異邦人が関わっている。俺らは身分なんてない世界から来たから、身分の違いが理解できない。支配者階層にとって、これほど怖い存在はないぜ? 突然現れた不確かな存在が、自分たちと同じように、支配者としての地位を望んだり、民衆に余計な知恵を付けさせ、王すら断罪しようとする」
「でも、別に、俺らはそんなこと望んでないよ?」
「そうだな。だから、話が通じて、役に立つから見逃してくれてるだろう? だがな、そんなものは貴族の戯れでもある。気が変われば無かったことになる。ティガはそれを理解して、貴族におもねるのを良しとしなかった。俺とクレインは、それでも庇護を求めた」
俺やレウスは、そのことを考えもしなかった。そういうことだろう。
知らなくてもいいことだとは思わない。だが、何もわかっていないなら、ティガを責めるなという意味で、グラノスは話したのだろう。
「えっと、つまり変な思想を持たずに、一般人でいるなら許されるってことで、ティガさんの考えが間違っているわけではなくても……僕らの考えが一致していなくて大丈夫ってことだよね?」
「ああ。別に人によって考えが違って当然だからな。ティガは自分で考え、その行動には責任を持つだろう。俺の立場を考え、帝国で知った情報は自分で抱え込むとさ。クレインは一人では抱えきれず、俺に話をした。どちらが正しいかではない」
「そうかぁ? あんたはクレインの話なら聞くが、ティガの重荷を一緒に背負うとは思えんがなぁ」
「当たり前だ。クレインならともかく、大の大人を慰めるなんてごめんだろ。だいたい、自分の考えで動くのはいいが、その責任を他者に押し付けることを許すほど俺は優しくない」
クロウの突っ込みにあっさりと肯定した。基本的には、グラノスはクレインのことはとことん甘やかす方針だからな。悪いことすれば叱るだろうが……。クレインもやらかしたときにちゃんと自分で回収するようにしているから怒ることも少ない。
グラノスはティガがちゃんと時勢を読み、考えられる奴で、ちゃんと責任を負う覚悟もあるならと認めたということだろう。土地について、任せてもいいと思うくらいには、信用できると。
実際にはそこまで手が回らないという判断かもしれないが。
「グラノスさん、本当に隠さないで話してくれるんだ」
「知らない方が良かったかい?」
「ううん。でも、俺、考え足りないことあると思うから、ごめん。何度も聞いたり、聞いても理解できないこととかあるかも?」
「ああ、構わない。ティガが盗み聞きで知っているように、俺も情報を得られるようにしているから知っているだけだ。レウスが知れる情報なんてなかったんだ。少しずつでも疑問に思うなら知っていくといい。それと、自分の常識がこの世界の常識ではないことを念頭にいれるようにな」
「はーい、ありがと」
「うん。僕もそうする。グラノスさん、ありがとうございます」
レウスとアルスが礼を言うので、俺も頭を下げるとぐしゃぐしゃっと髪を撫でられた。
「よし、じゃあ、クレインの状態は落ち着いたから、君たちも休め。もうしばらくはクロウが様子を見ておいた方がいいから、君たち3人は家で寝てくるといい。俺のベッドを使って構わない」
「……あんたは?」
「何かあったときにSPを送り込む必要があるからな。もうしばらく待機する。昼の鐘が鳴るまで、君たちは戻ってくるな」
まだ、朝の鐘も鳴っていない。昼の鐘が鳴るまでは5,6時間くらいはあるはずだ。それくらいは寝てこいということらしい。
「俺は休みたいんだがな」
「君は神父が戻ったら休んでいいが、他に様子を確認出来る奴が確保できるまでは頑張ってくれ」
「まあ、それくらいはな。ほら、レウス。寝てこい。アルス、二人を寝かしつけてくれ」
3人で教会から追い出された。だが、夜とは違って、クレインの症状が落ち着いたことが目に見えて確認できた。安心したせいか、急に眠気が襲ってきている。
「どうする?」
「……もう平気だ。寝よう」
「えっと、ナーガ君の家で寝る?」
「……ああ、家で寝ればいい……。俺とグラノスのベッドとは別に作業場にソファーもある」
流石に、クレインの部屋を使う訳にはいかないだろう。だが、作業場のソファーでも十分だ。何度か寝落ちしているが、体が痛くなったりはしていない。
「じゃあ、ジャンケンで決めよう」
「……あんた達がベッド使え」
「二人は一睡もしてないでしょ。僕は仮眠取ってるから、ソファーで大丈夫だよ」
「だめ、平等にいこうよ。俺ら、3人で組むことになるみたいじゃん。遠慮し合ってたら、不公平感が出てくるよ? ほら、じゃんけん」
「俺は先に風呂に入る」
家に戻り、風呂に入ってからベッドに戻ると、アルスとレウスはベッドをつなげて寝ていた。それを見ると、俺も眠くなって……結局、そのままつなげたベッドで狭いまま3人で寝てしまった。起きたのは、昼の鐘の音だった。
同じようにレウスもアルスも起きたので、顔を洗って、教会に行った。
教会でグラノス達と交代をして、その日の夕方、ちょうどグラノス達が仮眠を終えて、教会に戻ってきた頃合いだった。
クレインが目を覚ました。
少し目を開けて、こちらの問いに頷きを返して、またすぐに寝てしまったが、きちんとこちらを認識していた。
「良かった! ナーガ!」
「……ああ」
嬉しそうに抱き着いてくるレウスから逃げようとしたが、逃げ切れなかった。その体勢でグラノスからもぽんぽんと頭を叩かれて、「後を頼むぞ」と言われた。
その時は嬉しくて、グラノスの言っていることをスルーしてしまった。
「目も覚めたし、大丈夫だろう。一応、今夜も預かる。明朝に引き取りに来い」
神父様に言われ、俺とグラノスは家に帰り、レウス達は宿に戻って、食事をして、ゆっくりと風呂に入って、グラノスに緑の沼や鉱山ダンジョンでのことを話して、また寝た。
翌朝。
グラノスはいなかった。
「は!?」
家の中を探したが、グラノスはいない。
ダイニングのテーブルに置手紙が二通。俺と、クレインのそれぞれに宛てた手紙は封をしていなかった。
俺宛の手紙にはシマオウを借りることと、帝国のダンジョンに行くことが書かれていた。ダンジョンへ行く理由の詳細はなかったが、レオニスと共に行くということ。クレインが無茶しないように頼むということが書かれていた。
「何これ? え? マジでいないの?」
「……ああ」
「う~ん。どうしようか……多分、グラノスさんもこの状況、想定外だよね」
「…………ああ」
グラノスも昨夕、クレインが一度でも目を覚ましたこともあって、後は大丈夫だと判断したのだろう。帝国へ行く理由も、師匠のためであることが発覚したので責めるつもりはない。
だが……。
クレインが目を覚ましたのはいいが、どうも意識混濁状態というか、生返事は返すがこちらを認識していない。
クロウから理由はわからないが、疲労回復がまだなため、様子を見るということになった。ただ、俺らでは性別が違い、世話も難しい。
「やれやれ。ちょいと、レオ坊の家に顔を出してこようかね」
教会から家までおぶって連れて帰った後、師匠に相談した。師匠もクレインの容体が落ち着いたことを喜んでいたが、覚醒していないことには困っていた。
「あら、まぁ……」
「すまないが、わたしではひよっこを支えて歩いたりは難しい部分もあってね。頼めないかい?」
「ええ、それはもちろん。クレインちゃんも心配だし、レオがいないので家にいる必要もないからお手伝いにいけます」
レオニスの奥さん、ディアナさんに師匠がお願いをすると快く引き受けてもらった。ただ、レオニスへの愚痴が師匠とともにすごいことになっている。グラノスもだが、レオニスも勝手に出て行ったという認識らしい。
また、クレインの状態も、完全に回復するまで未覚醒状態でポヤポヤしているだけだとお墨付きをもらった。
冒険者の中で、大怪我をした後にたまにこういう状態になる者がいるらしい。
無理やり魔法で体を治療したが、体に負担が掛かっていて、精神と体にずれが生じている状態らしい。
「大丈夫とは思うけど……他の冒険者達には言わないようにね。ギルドにだけ伝えて、お見舞いは断ってもらう方がいいと思うわ」
「……わかった」
一応、冒険者ギルドに顔を出して、マリィさんにだけ伝えることにしたが、レオニスがこちらにもほぼ無断で休みを取っていったらしく、憤慨していた。マリィさんだけはクレインの見舞いに来ることにも了承した。
あとは、俺らも交代で看病をすることになり、何だかんだで家で過ごしながら、クレインの覚醒とグラノスの帰還をまつことになった。




