4-18.衝撃 〈ティガ視点〉
〈ティガ視点〉
わたしに向き直ったグラノスは、にこりと笑いながら、腹の読めない顔をしている。普段の気のいい青年ではなく、笑顔の下に圧を感じる。
「さて、話をしようか? ここでするかい? それとも、二人で?」
「二人きりでお願いするよ」
「じゃあ、外に行くか」
そう言って、教会の外に出る。もう少しすると日の出が見えるだろう時間帯だった。
薄暗い教会の中では気付かなかったが、グラノスの目の下には隈が出来ていた。
彼も寝ずに駆け付けたのだろう。それこそ、必死で。
それが理解できない。わたしと同じで、切り捨てることが出来る側の人間だろう。
「まさか、君がクレインを殺そうとするとは……」
「待ってくれ、それは誤解だ」
「なんてな、わかってるさ。君がクレインを殺そうとしたとは誰も思っていない。状況から言えば、そう見えるのにな?」
「……わたしが冒険者ギルドにルストを連れてきたのは事実だが、彼女があの日、あの場に来ることは知らなかった。そうでなくても、彼女を狙うことはしない」
「だろうな。そんな馬鹿なことをするような奴なら、さっさと追い出せた。クレインも何だかんだ、見捨てようとはしないからな……だが、次は無い」
わたし自身でなくても、怪しい動きがあり、結果として彼女が傷つくことがあれば、容赦はしないということだろう。
それでも、次までは待ってもらうことはできた。
「なぜ、そこまで彼女を優先できるのか、わからないね。悪い子ではないと思うけど」
「そうだな。言葉にすると難しいが……まだ、人を信じることが出来るからだろうな」
「……甘いだけではないかな」
「そう。甘い。だが、それでいい……その甘さに、俺達は救われたのは事実だろう?」
「……」
「帝国側の異邦人は、武器で脅されて一か所に集められたらしいな。不満が溜まり、反乱を起こすことも已む無しの状態だった。だから、不満はあれど、自分たちの異常性に気付かなかっただろう?」
たしかに。
不満はあった。この世界に対する不満であり、異邦人同士には一体感があった。だが……それに該当するのは、王都に集められているという方だったのだろう。クレイン、グラノス、ナーガには当てはまらないとは考えなかった。
「俺とナーガはあいつらと一緒にいるくらいなら野垂れ死ぬことを選んだ。それぐらいに一緒くたにされるのが嫌だった。異邦人も異常な奴らばかりだ。……クレインは迷惑をかけられたから、拒否感がある。……それでも、俺らを救う甘さもな」
「きみ達は最初から一緒に行動していたわけじゃないのか」
「ああ」
彼らの始まりについては、何も聞いていなかった。
最初からずっと一緒にいて、一時的に別れていたのだと思い、事情は聞かなかった。そこが、一緒にいたのではなく、彼女が助けたのであれば、話は変わってくるだろう。
「それにしては、随分と信頼度が高い」
「それはたまたまタイミングが良かっただけだろうな。限界ぎりぎりのところに、助けてくれた奴への好感度が上がるのは当然だろう」
「普通は恋になるのではないかな?」
この3人の不思議なところ。
兄妹を名乗り、恋愛面を感じさせない。本当に、家族のような信頼関係が築かれている。
お互いに大切にしている。運命共同体であるという意識もあるようだが……恋愛面が一切感じられない。
「吊り橋効果による恋の可能性もあったかもしれないがな。そんな余裕はないくらいには厳しかったぞ。なにせ、俺らを助けたことでリスクを背負ったからな」
「……そうは見えないけどね」
「君らが色々とあったように。俺らにも……この町でも色々あったんだ。互いに恋愛なんてもんを楽しむ余裕はなくてな。不安定な足場が崩れれば、死ぬ。兄妹として振舞うだけ、安全を確保できたんだ」
彼女は危険を感じることに長けている。互いに恋愛になるよりもしっかりと兄妹として立場を確保した。いや、違う。
互いに命を預け合う家族となることで、危機を脱した。状況が落ち着いたところで、今更、恋なんてうつろいやすい感情に戻ることはなかったのだろう。それだけの深い関係性がある。
「君らよりも、異邦人が問題児しかいないことが分かっていたからな。俺らを見極める必要もあったから、余計、恋愛には進まんだろうな」
「問題児という認識なのだね」
「帝国で村を襲ってるっていっただろ? 無関係な人間から略奪、殺しても構わないと考える奴らだ。こっちも似たようなもんだ。1日遅かったら、町を襲う計画を実施する連中でな。俺とナーガは巻き込まれていれば……どうなってただろうな?」
「王都に……」
ふと、出てしまった言葉に頷きが返ってくる。
王都に集められた者は問題児であったなら……彼らがどうなっているのか、把握しているのだろうか。
「まあ、問題があるのがわかっていて、帝国の状況を見ている王国側が普通に管理しているかはわからんが……ここの貴族はシビアだからな。現に、俺が聞いた話だと異邦人用に用意していた食料、3か月後には無くなるらしい。1年分以上あったのを難民に分ける形で目減りさせ、今年の収穫前に無くなるそうだ。これから働かざる者は食うべからず……王国の兵として使われるんだろうな。まあ、それでも食料不足が目に見えていて、王家の威信が低下してるらしいけどな」
「安泰ではない? それなら、帝国のように……」
「反乱は起こせないように、数を分けているらしいがな。君が考えるほど甘くない。君の盗み聞き程度で、貴族と渡り合えると俺は思わない」
「彼女にはできると?」
「腹芸が出来ないからな。命が危ないなら、従う意思を見せるだけで十分。裏切らないことが相手に伝わる。そもそも、俺がなんとか話ができているのもクレインからの助言や判断を聞いているからだ」
信じることが出来る。
わたしが仲間たちとそこまでの関係になれるか。それは、難しいことであっても……表面上だけではなく、本当の意味で仲間になれと。彼はそのために話をしているのだろうか。
「……わたしは、本人すらよくわかっていない指示に命を預けることが出来ない。彼女に判断を委ねようと……いや、すまない」
「ははっ、まあ、これからだな。あの子なら、自分が助かるために誰かを切り捨てないと思っている。俺は狭量なんでな、大事なことのためならあっさりと顔見知りであろうと切り捨ててしまう。君と同じ側の人間だからな」
確信をもって言い切れる。それは、人を殺すことも、戸惑わないということなのだろう。盗み聞いていたのは……アルスと一緒にいた子を処刑にしたという話。
彼はすでに人を殺すようにと指示を出した人間だ。恨まれる……その覚悟をもって。
「俺や君のような人を信じてない奴より、自分が傷ついても、仲間を信じて守ってくれる奴に判断任せた方がよくないか?」
「……それで、彼女が誤った判断をして犠牲を出した場合どうするつもりかな?」
「君、授かった能力まで信じられない訳じゃないだろう? 能力は絶対だ」
「それは……」
「あの子は、〈直感〉というユニークスキルを持って、危険察知能力に優れる。むしろ、それに全振りしている。説明が無くても、俺が信頼している理由だ」
あやふやな理由であっても、その能力を疑わない。
決めたことなら異議を立てることなく、従う。……人ではなく、能力なら信じられるだろうという意味で言っているのだろう。彼自身は彼女の心を信じているのに、私が折れるところを提示してきているのがわかる。人を殺すことを戸惑わない一方で、彼もまだ人を信じることが出来る側だ。
「まあ、君が出来ないなら現場から外す。ダンジョンで命を互いに預け合うのは厳しいが、それだけのことだ。危険がないところであれば、多少の反目があれどなんとでもなる」
「放逐しなくていいのかな?」
「クレインがパーティーから自分が外れるといったんだ。あの子が仲間として無理と言わなかったのに、俺が勝手な判断で放逐することは出来ないだろう? 俺はあの子に判断を委ねたのに、それを覆すことはない」
あくまでも彼女の判断を優先するらしい。
わたしのことは全く信用していなくても、死は望まないということだろう。
「その徹底ぶりが出来ていれば……いや、無理だろうね、わたしには……」
どの道を通ろうと、行き詰るだろう。信頼が出来ない時点で、無理なことだ。
それでも出来ることはあるはずだ。共に行動し、命を懸けることは出来なくても。
「……では、頼みがある。きみたちが預かる土地、わたしに任せてくれないか?」
「なんだ、知ってたのか?」
「ナーガが少し教えてくれてね。わたしはそこで現場監督をしながら、住む場所を整備しよう。忙しいきみたちに代わってね。どうだろう?」
グラノスは一度、目を瞑り、真剣な表情を作った。こちらの一挙一動を見逃さないというのが手に取るようにわかった。
「一つ、確認だ。君、帝国で知ったことを俺に話す気はあるかい?」
「……ないね。わたしの胸の内に留めさせてもらうよ」
一瞬、言葉に詰まったが、穏やかな微笑を浮かべて断った。
帝国でわたしが何かを知ってしまったことを確信している。その内容を報告するか、否か。
知らなくていいことだろう。今後も、彼は貴族との折衝役をするのであれば、知るべきではない。
「いいだろう」
満足そうな返事だった。
彼も知りたくて聞いている訳ではない。その内容をわたしが抱えきれるのか、他の者に漏らすことがあるのかを確認したかったらしい。
「いくつか面倒な人物を預けることになっても構わないなら、土地の都市計画及び、建物を作り始める場合の現場監督を頼む。都市にするつもりはない……大きくなっても村だな。身内のみで済ませたいとは考えている。専門外だろうから、大工とかは雇うけどな」
わたしに任せてもいいのか、そんなくだらない確認はとらない。
手が足りていない状況で、拒否することはないらしい。
「君なら任せられる。サボってる奴を見つけるのは得意そうだしな」
「そうだね。早急に形にするために雇って、適当な仕事をされては困るからね。しっかりと見張ろう。それで、きみが村を治めるのかな?」
「その予定だったが、ダメそうだ。俺に爵位を譲渡することを国王が認めないらしくてな。お師匠さんが亡くなった時点で、自然と俺らの身分も平民だな。村長くらいなら平民でも出来るだろうが……厄介ごとが起きる可能性がある村だ、しっかり管理出来る奴をおくるだろうな」
「……目立たず無難にということだね」
「見た目はな。まあ、多少の堀やら防壁は作っても大丈夫だろう。とりあえず、君に任せる。……ナーガのペットを飼う牧場は大きめにスペースを取ってくれ。どうせ増える」
「……もう遅い気もするけどね」
おそらく、ナーガとちゃんと話せていないのだろう。
レウス達が別れた後に何をしたか……わたしが報告することではないだろう。
もう遅いと言う言葉に、「増えたのか」と楽しそうに笑う。今回は増えたのではなく、進化させただけと聞いている。動物が好きなのはこちらも同じらしい。むしろ、増やせるように準備をしている。彼女の希望は叶わないのだろう。
「それで、君は構想をすでに練っているのか?」
「わたしも素人ではあるけど、簡単にはね。具体的な時期は決まっているのかな?」
「いや。今回、それも話してきたかったんだが、クレインが負傷したと聞いて、すっぽかしてきたんでな。謝罪の手紙は書くが……赴くことも厳しい」
「謝罪に赴くよりも優先することがあるとも思えないけどね?」
「そうだろうな……まあ、ラズとも話し合うが、君の方で計画だけでも用意しておいてくれ。働いた時間はしっかりと記録を取っておいてくれ。給料は払おう」
必要になるだろう物や経費なども計上するようにと頼まれた。
本気でわたしに任せるつもりらしい。
「彼女は大丈夫なのかな?」
「……信じるさ。クレインが目覚めたら俺は出立する。しばらくは戻らない」
「急だね。何をするつもりかな?」
「帝国領へ。素材採取だ……バレると不法入国やら色々面倒になるから内密にな」
わざわざ帝国にということは、危険でもあるのだろう。
ナーガ達を連れて行かないと言う時点で、あまり良いことは考えられない。
「一人でかな?」
「ああ。心配しなくても、仲間のことは君ではなくクロウに任せていく」
「ひどいね。信用して欲しいとこだけど」
「無理だな。君は君がするべきことを……ちゃんと役目は与えたんだからな」
「そうだね……やっておくよ」
わざわざ冒険者をしなくてもよい。しかも、貴族と関わることもさせないのだろう。その上で、任せたことに対しては文句は言わないのだろう。それが確信できた。
「さて、俺は戻るぞ」
「では、わたしも行こうか」
教会に入っていくグラノスを追い、わたしも中に入る。
「皆のように心配するべきなのだろうけど……」
彼女が死ぬと言うのがしっくりこない。
目の前で倒れたのを見ていたが、現実味がなかった。
「助かるだろうと思ってしまうのは……なぜだろうね」
そこが、彼女達とわたしの考え方の一番大きいところなのかもしれない。
一度死にかけてもなお、死が遠いところに感じてしまうのは……この世界で生きるという意識が足りないからなのかもしれない。死んでも構わないとどこかで考えている。
だが、それではいけない。
自分でも、変わっていかなくては……せっかく、生きるチャンスをもう一度もらったのだから。




