4-16.衝撃 〈クロウ視点〉
〈クロウ視点〉
グラノスに頼まれて、教会に行くと泣いて目元を腫らしているレウスとナーガにジト目で見られた。
「今更、何しに来たんだよ。薄情者」
「怒るな怒るな……やることがあったんだ」
「クレインより大事なこと?」
「起きたときに悲しませないためにやっておくことだ。さて、グラノスに頼まれてな。ナーガ、少し代わってもらっていいか?」
「……」
不満そうだが、こくりと頷いて席から立ち上がったナーガに礼を言って、クレインの横に座り、脈拍を取りながら一つ一つ症状を確認していく。
全てのステータスに、〈半減〉という文字が灰色で表示されている。この灰色の表示は、他の奴からは見えない。本人よりも、より詳細に知ることができる。俺だけが見える内容だ。倒れる前に会ったときは〈低下〉だったが、今はそれよりもひどい状態だ。もともとのステータスの最大値が普段の半分になってしまっている。
半減されているHPだが、全回復している。
だが、MP:枯渇とSP:枯渇という表示は見たことがない。
普通は数字で表示されている欄に、枯渇と表示されている。通常はあり得ないだろう。
そして、状態異常として、〈生命力低下〉。生命力低下という症状を見たことがないため、そこに焦点を当てると、一気にSPが消費され、代わりに青字でより知りたい情報が表示される。
生命力低下:状態異常の一種。生命力が2割をきっている危険な状態。放置すれば衰弱死する。
生命力:人が生きる力の源。HPが減ったとき減少する。また、SPやMPを使い過ぎると減少することがある。
表示された内容を確認した後、クレインの生命力を確認すると最大値の1割程度しかない。この状態で、SPとMPが枯渇している。これでは生命力を削り続けている可能性がある。また、このままでは生命力が回復するとは考えられない。
「レウス! 神父呼んで来い! ナーガ、持ってるならMPポーションとSPポーションを! 無いなら、家から取ってくるんだ!」
「ちょっ、何!? 急に言われても!」
「早くしろ……どうして、こんな状態になってる!?」
俺の声を聞いて、部屋に入ってきた神父に、確認を取る。
治療後については、基本的には様子は見ているが生命力自体はすぐに回復するものでもないため、起きないと考えていたらしい。
当然、普通の人には生命力なんてものは見えていない。
「どうしたんだ?」
「SPとMPが枯渇状態だ。これでは、生命力が回復するどころか、どんどん削られていく」
部屋に入ってきた神父に状況を説明する。
「なんだと? そんなはずはない……衰弱状態でもないのに、SPもMPも回復していない? いや、そもそも枯渇するはずがない。運ばれた時にはMPは減っていたが、SPはあった」
「事実だ。ポーションを飲ませる許可をもらいたいんだがなぁ」
「ああ。もちろん。危険な状態だ、ゆっくりと飲ませるんだ。……確かに、SPが0になっている。どうして、いつ、消費されているんだ?」
神父の方でも鑑定をしたのか、SPとMPが無いことを確認できたようだ。
許可を得て、ナーガにゆっくりと飲ませるように頼む。
「……クロウ、これでいいか?」
「ゆっくり、飲ませてくれ。俺は確認をする」
ナーガがMPポーションをクレインに飲ませる。
MPが3割ほど回復したが、特に変化はないか。
「SPポーションもだ」
「……ああ」
SPポーションを飲ませると、回復させたMPとSPが同時に減少した。……代わりに、生命力がわずかに回復。
「……どうだ?」
「クロウ、どうなの!?」
「少し待て、今、確認してる……」
生命力の回復量を見ると、SPとMPの消費が激しい。割に合わない状態だな。ポーションで回復させることが出来るだろうが、ポーション中毒になる可能性が高まる。
さすがに、体に負担がかかるのはまずいだろう。
「……」
手を握り、俺のMPを直接流し込もうとするが……上手く流れていかない。
クレインは簡単そうにやっていたんだがな……。
「駄目か……」
「!?」
「クロウ!? 駄目って、なに! クレインは!?」
「ちょっ……落ち着け、レウス、首がっ」
俺の服を思いきり引っ張るせいで、首がしまりかけた。
ナーガがレウスを止めてくれたが、げほげほと変に気管支に入ったせいで咳がでる
「で、兄ちゃん。何がだめそうなんだ? 説明してくれ」
「MPとSPをポーションで回復したが、それを消費して生命力を回復しているらしい。もっとMPとSPを回復させて、生命力を回復させたいとこだが……ポーションを飲ませ続けても、割に合わない。中毒にさせてしまう」
「……兄ちゃん、生命力がわかるのか?」
「内密に頼む。それで、直接俺のMPを体に注ごうとしたんだが、上手くいかなかった。クレインは器用にやっていたんだがな。それで、この手段は駄目と言ったんだ」
「代わろう。MPを注ぐくらいなら、回復魔法の要領で出来るはずだ」
席を譲ると、神父が手を握り、ぽぅっと繋いだ部分が光る。
クレインのMPが少しずつ回復している。問題は……レベルが上がったことで、クレインの方がMPの総量が多い上に、多くは回復していない。
「やれやれ……すまんが、休ませてもらうぞ。また、MPが危険域まで減ったら知らせてくれ」
「ああ。すまんなぁ。こちらで見ておく、助かった」
「俺もまだまだだ。兄ちゃんがいて、こちらこそ助かった」
神父のMP残量が3割をきり、クレインのMPが半分まで回復したところで、神父は部屋を出て行った。仮眠をとってMPを回復させるらしい。ポーションを使って回復させる方が効率はいいだろうな。
「SPはポーション飲ませるかねぇ」
「……グラノスを呼んでくる」
「ナーガ? どうしたの?」
「…………SPの扱いなら、クレインより上だったはずだ。あいつなら出来る可能性がある」
立ち上がって、ナーガが部屋を出ていく。
レウスがどうしようかと、ナーガとクレインに交互に視線を送っていたが、大人しく席に着いた。
「助かる、よね?」
「わからないが、生命力が回復すれば、目を覚ますんじゃないかぁ? さっき、MPを送り込む様子を見ていたが、体の下腹部……この辺りで、どうも詰まりが起きている。そのせいで、上手くMPとSPが回復出来ていないのかねぇ。レウス、刺されたっていうのはこの辺りか?」
「うん……というか、クロウって体の中も見れるの?」
「……見るとSP使うから見たくないがな、治療中は確認しておく必要があるだろう……グラノスを呼ぶなら、もう少し調べておくかねぇ」
「クレインへのセクハラって判断されたら、グラノスさん怒りそうだよね」
「あのなぁ。裸が見えてるわけじゃないのに、ハラスメントになってたまるか。だいたい、医療行為だろう。ほら見ろ、少しは顔色良くなっただろ?」
「え? う~ん、そんな気もする?」
レウスが絡んでくるのを受け流しながら、ナーガが出していたSPポーションを二本拝借して、飲み干す。
「大丈夫?」
「1、2本くらいでどうこうなるか。ミドルポーションやハイポーションだとまずいがな。ただ、色々確認するために必要だからなぁ」
「ふ~ん。ねぇ、黙っててほしい?」
さっきまで暗い顔でナーガとクレインを見ていたが、少し元気が出てきたらしい。いつもの調子に戻り、にんまりと楽しそうに笑った。
「何が欲しいんだ?」
「アルス。クロウの指示なんでしょ? ここにいないアルスのこと、ちゃんと庇ってやってよ」
「俺はその場にいなかったんだ。ルストがこの町に居るのも聞いていない。アルスの行動はあいつがちゃんと話すべきだろう。その後のことは俺の指示だと伝えるがなぁ」
「うん。みんな、クレインを心配してるのは変わらないし、仲たがいしたくないじゃん?」
「別行動にはなるだろうがな。ルストの他にも新しいのがいるみたいだしな。グラノスなら、体よくティガに押し付けそうだ」
ティガとずっと一緒に行動するには、多少時間を置いた方がいいだろう。それくらいには拗れている。だが、そのまま放り出すかというと、そこまで非道にはならないだろう。そして、クレインの希望で敵対する可能性のある悪魔族を手元に匿った。
グラノスは、匿うことは許したがクレインとは別行動とするはずだ。そうなると、クレインの命を狙う奴らをまとめてティガに頼み、多少の資金と引き換えに押し付けて、行動把握はあり得そうだ。
これで、ティガ自体も貴族関連に巻き込まれることは無い。双方、完全に切り分けるわけではないから利益は残るだろう。
「ルストのこと……なんか知ってるの?」
「見えてるから、多少なぁ。まあ、俺は何か言うつもりもない」
「あっそ。そうやって、知ってることを言わないのがいけないんじゃないの?」
「お互い様だからな。クレインも、グラノスも、俺も、ティガも。お互いの情報をすべてさらけ出して精査すれば、さらに厄介なことになるから言わない。大人は卑怯だからなぁ……そんな大人にはなるなよ」
「はいはい。……クロウはダンジョンいかないの?」
「時間があるときはレウスに付き合ってやってもいいが……しばらくは、婆様とクレインのために作業に駆り出される。その間に強くなって俺を守ってくれ」
「りょーかい。まあ、俺はタンクとか向いてないけどね」
ルスト。種族が悪魔なのは見て知っている。クレインが天使の混血であることも。天使と悪魔が対立することくらい想像できるが言わなかった。ルストが冒険者ギルドに、この町にいることも知らなかった。
本人はぼんやりとした気のいい青年だ。もし、今回のようにクレインが襲われるという事態になっていなかったら、再会した時に、俺の方からもグラノスに普通に紹介してしまっただろう。
悪い奴ではない。
ただ、クレインの天使という種族と致命的に合わない。
知らなかったことだが、もう、これについてはどうしようもないことだろう。
「ダンジョンは好きか?」
「うん、俺は楽しいよ?」
「大量の蜂蜜が欲しいんでなぁ。共和国の方にあるダンジョンで大量に採ってこれるか? お前とナーガとアルスだけで」
「う~ん。物理のみで、何とかなるなら? というか、俺らだけ?」
「さあな。まあ、そうなるかもしれないと言う話だ……二徹は体に堪えるなぁ」
「今は若い体だから、そうでもないでしょ」
闇系の魔物素材や、回復できる薬草などについては、ギルドに依頼するが蜂蜜については大量に必要になる。
クレインの容体が落ち着いてからになるが、採ってきてもらうのがいいはずだ。そうなると……行けるのはレウス、アルス。……ナーガについては、わからない。ティガを付けることは嫌がるだろうし、俺は新素材作成のためには残るしかない。
グラノスが一緒に行けるならいいんだが、クレインが落ちている状態では、貴族への対応も含め、この町を離れられないだろう。
「……俺がお前らと行ってもいいんだが、その分開発が遅れるかもしれないからなぁ」
「開発? なんかやるの?」
「ああ。クレインから頼まれていたんでな」
「ふ~ん。クレインが帰ってきたとき、そのこと話してたの?」
「まずは婆様のとこに挨拶に来てたからな。その時に頼まれごとをした……叶えてやりたい」
そもそも、錬金が出来ないからクレインが目覚めないと進まない話ではある。ただし、時間が有限だからこそ、やれることをやるしかない。
「いいんじゃない? でも、ティガは別?」
「たぶんな。グラノスがルストを無罪放免すると思うか?」
「思わない」
「だから、ティガを間に置く。完全に縁を切るのではなく、居場所くらいは把握する代わりに援助をする。ティガも断れんように持っていくだろう」
「あ、やりそうだね」
「クレインの安全を考えるなら、ルストは殺すか、居場所を把握する……ティガも受けざるを得ない。面倒だがなぁ」
ティガとしては、お人好しなクレインに付け込みたいところではあるだろうが……本人が目を覚ます前にグラノスが片をつけそうだからな。
どうなるかはわからんが……。
「で、何があった?」
グラノスとナーガが戻ってきた。一緒にいかつい冒険者ギルドの職員もついてきていたが、軽く頭を下げられた。
おや? と首を傾げる。俺に対し、警戒していたはずだがな。婆様の家で会った時も睨まれたので、そそくさと逃げ帰ったんだが……何があったかねぇ。
「どうも、生命力を回復するのにMPとSPを使うらしい。どちらも枯渇しているので、ポーションを飲ませたが、飲ませすぎるとポーション中毒になるんでな。出来るならSPを直接注ぎ込んでくれないか」
「そういうことか。任せてくれ」
「出来れば、ここら辺から送ってくれるか」
お腹の当りに手をかざして、グラノスに指示をする。そこが一番気になる部分だった。
「ここかい……何かあるのか?」
「わからん。怪我をした場所だと思うが、ここでMPが乱れるように見える」
「君の目は本当に便利だな」
「上手く循環できるように治らないとこのままかもしれん。クレインの感覚だと、詰まったように感じるらしいから、それをほぐすように頼む」
「君、難易度上げてないか?」
グラノスがゆっくりとSPを注ぐと、ずいぶんとすんなり受け入れているように感じる。
注いだMPがそのままクレインのMPになるわけではなく、通常、3:1か4:1くらいの割合で変換されていると思っていたが、グラノスの場合、2:1くらいで受け入れている。
馴染ませようとしているのか、ゆっくりとだが解されて、きちんと流れるようになっている。
「慣れてないか?」
「まあ、初めてじゃないからだろ。それで、君の見立てではどうなんだ?」
「今のところ、大丈夫だが……SPやMPが詰まる原因排除しないと回復は難しいんじゃないか? ただ、神父の様子を見ると普通の状態ではないみたいだしな」
「……何らかのトラブル起きてるか。悪魔と話をしてくるか」
「いや、あいつ無自覚だから聞いても無駄だなぁ……もうしばらく様子を見たらどうだ」
「ふむ。君が俺に話せる範囲でいい、情報をくれ」
情報。
俺は現場にいたわけではない。ただ、そういうことではなく、俺が見て知っている中で、言っても構わない情報があれば……ということだろう。
拒否しても咎めるつもりはないし、それに対し文句も言わないのだろうが……。
「……あいつは悪魔種の固有アビリティとして〈蠱惑〉を持っている。これを使われると、状態異常として知覚できない魅了状態に陥るらしいな。ルストの場合、人の嗅覚を刺激する〈蠱惑〉らしい」
「無自覚というのは?」
「あんた、フェロモンを自分で操って分泌できると考えるか? そもそも、そういうことが出来ると言う自覚すらあいつにはないだろう……俺がそういうアビリティを持っているのを確認できただけで、自分のステータスですら表示されていない可能性が高い。俺はルストと対峙すると操られる側だから、直接確かめる気はないがな」
仕組みはわからんが、俺ら異邦人の場合は一部のアビリティやスキル、魔法が灰色のように表示されている。たまに、レベルアップ前に覚えるのが確定しているとそういう表示になるようだから、本人自覚前というのはおそらく間違いない。
防ぎようもないため、俺自身がルストに魅了される可能性がある以上、距離を取っておくに越したことは無い。
「ねぇ、それって、アルスは魅了されてもいいってこと?」
「違う。あいつは、耐性があるから任せたんだ。流石に、アルスならいいとか非道なことは考えていない」
「そんなものがあるのか?」
「スタンピード前は無かったな。ただ、ルストの逃亡阻止を頼んだのは、耐性持ちだったからだ。まあ、グラノスとティガも操られることはないだろうがなぁ」
ただ、ティガはルストに肩入れする可能性があるので任せられなかったし、グラノスはいなかった。その点では、アルスしかいなかった。
「アルスが平気な理由はわかったが……俺とティガが平気な理由は?」
「……ここで口にしていいのか?」
ちらりとギルド職員とレウスに視線を送るが、グラノスは「構わない」と口にした。信頼できるということだろう。
「クレインは、天使種の固有アビリティ〈祝福〉をティガとグラノスに使った。ステータスに〈祝福持ち〉という表示がされている。これがあると悪魔族の〈蠱惑〉はかなり効き辛い。まあ、ちらっと見たところ、なぜかルストにもかけて持ってるようだが……そこら辺の事情は知らない」
「え~何それ! ずるい、何でティガだけ!?」
「ティガの治療の際、あいつを助けるためだろう。実際、クレインがかけたのも無自覚だろうし、それが無いとティガは今のように五体満足ではいられなかった。治療後にそういうステータスが付いていたから、間違いない」
ちらっとギルド職員を見ると、こくりと頷いた。あの毒については、加工しないそのままの方がやばい毒みたいだからな。治った時点で予想外だったのは、反応で察していた。通常の魔法や薬では治らないなら、特別なことは〈祝福〉しかないだろう。
「あの毒で、一度でも仮死状態になったのであれば、助かるはずがないのは事実だ。しかし、アビリティが自覚が無いなどあるはずがない」
「それなんだが……俺の場合、ステータスを見るときに、本人の自覚が無いアビリティは色が違って見える。多いのが、ユニークスキルに付随しているアビリティやスキルだったり、種族でも純血種がもつ固有アビリティだったりだな」
「ああ。そういえば、レベル2から覚えるアビリティや技能があったな。そういうことか?」
「おそらくな」
「アーティファクトよりも詳細に調べられるのか」
「おっさん。内密にな……クロウ、助かった。悪いな」
「いや。構わんが、どうするんだ?」
ティガはともかく、アルスについては俺が任せているので庇うつもりでいる。レウスも心配そうにしているので、確認をしておく。
「アルスと話をする。……悪いようにするつもりは無い、そんな顔をするな」
「本当に? 大丈夫?」
「……任せていいんだな?」
「アルスについては、本人の希望に沿う予定だ。ティガとも話す。ただ、こっちは期待するな」
苦笑しているとグラノスがちらっと視線を送ってくる。ティガに対し、情がないわけではないが、どちらかしか選べないなら、決まっている。
「クレインの容体は落ち着いたのか?」
「たぶんな。MPとSPで生命力が少しずつ回復している。まだ、ここの滞りは残っているから、自分で回復が出来ない可能性はあるが……1時間様子を見る」
「わかった。……レウス、アルスを呼んで来てくれないか? なにかあれば、俺はSP補給する必要があるからな」
「いいの? ティガと二人きりにしたら逃げるかもよ?」
「あれはそんな馬鹿なことをしないだろうな。後先考えずに動いてくれるなら、楽なんだが」
ティガは自分が不利な状況にならないような振る舞いは慣れている。直感でかぎ取るクレインと、その様子を見逃さないグラノスだからこそ、窮地に立っただけだ。
ルストのことをかばいたくても、自分の身が危ない状況で一緒に逃げるという選択はないだろう。
それは、グラノスも俺も承知している。当然、ティガ自身もわかっているはずだ。




