4-15.衝撃 〈グラノス視点〉
〈グラノス視点〉
クレインと別れて、キュアノエイブスに到着し、翌日、王弟殿下に謁見することが決まった。
その夜、なぜかセレスタイトに食事に誘われたが、ルナ達を放置するわけにもいかないので断る。
ルナ達とは食事が一緒というだけで、男女別で部屋が用意されている。隣の部屋なので何かあれば対応ができるが、基本的には放置でいいだろう。
カイアの方からは何もなかったが、スペルが会いに行くとは聞いたので、そちらを優先したのなら明日にでも会いに行こう。
一人で本を読んでいると、スペルが食事を終えて、俺の部屋に強襲してきた。酒を飲みつつ、話をすることになった。
「カイアと食事してたんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんだけどね。ちょっと調子が悪そうだったからお暇したよ」
「そうかい」
部屋にあったワインを注がれ、乾杯をする。
つまみは、クレインの作った鰹節を軽くスライスして出しておく。
まだ、カチカチに乾燥していないので、生で食べてもうまいはずだ。
「あいつ、調子悪いのか?」
「君に会いに来ることが出来ないくらいにはね。まあ、主な理由は薬の素材不足により、普段飲んでる薬がないとかじゃないかな。心配?」
「いや。あいつは俺に心配されるのは嫌がりそうだ。まあ、出来れば滞在中に顔見せておきたいがな」
身分とか、対等でないことは承知しているが。
それでも、同じような経験を得た身だからこそ、嫌がることはわかる。俺の前では強がっていたいだろう。
会えるときには呼び出してくるから、それまで待っているつもりだ。
「ふ~ん。そういえば、土地を貰うらしいね?」
「普通に飼えないペットが増えそうだしな。まだ、確定してないが……」
「場所は決まったみたいだよ。僕の領地とは遠いから残念だよ」
「どうせ、何かあれば、呼び出すつもりだろう? こっちも負い目があるから断れない。……どこらへんなんだ?」
カイアから聞き出したのか、おおよそのことは知っているらしい。
スペルは完全に王弟派についたということだろうな。俺が爵位を継いでからという話だったが、妨害もあるから先に土地だけでも用意したらしい。
代官として、俺を任じるとかで、カイアが療養のために住める場所を用意するか、何らかの体裁を作って渡すつもりらしい。
それならメディシーアとして、薬草などの栽培や研究のために渡してもらった方が自由に出来て楽なんだがな。
「キノコの森ダンジョンの近くで、国境山脈への睨みも利かせるような位置だね」
「なるほど。悪くなさそうだな」
国境山脈からの密入国もあるらしいのが厄介だが……まあ、冒険者が宿を使うこともないだろう。目立たない土地だ。
密入国以外だと、不便な場所になるため、貴族からの接触も少なそうだ。
話が進んでいることに安堵し、スペルに付き合い、軽く飲みながら適当に会話をしていたが…………。唐突にセレスタイトが飛び込んできた。
告げられたのは、クレインが負傷し、重症で教会に運ばれたという。ラズからの緊急連絡で、すぐ戻るようにと言われる。
「どうするんだい?」
「……すまん。マーレに戻る。馬を貸してくれ」
「うんうん、お兄ちゃんだね。それが君だよ」
スペルは嬉しそうに笑いながら、頷いた。
貴族として、その選択は間違っているだろう。
下位の者が、謁見を申し込んでおきながら、反故にする。それが許される世界ではなくても、今すぐにでもクレインの元へと駆け付けたかった。
「明日、僕の方でスタンピードの経緯を報告しておいてあげる。彼女達も、ね。その後、送り届けるよ……貸し1つね?」
「すまん……この展開、知っていたとかないよな?」
「ないない。あの子の力を使ったのはスタンピードだけだよ。ああ、でも……本当は王弟殿下と話してからと思ってたけど、これを彼女に渡してくれる?」
スペルが取り出したのは手のひらに透明な石。石の中に、青い炎のような光と反射する線状の光が生まれては消えていく。
「これは?」
「クヴェレの家宝。竜玉。貸すだけだよ。それがあればドラゴンと話ができる。……流石に死にかけてるときに襲われると困るでしょ? その力を感じ取って、寄ってこないはずだよ」
「……ありがとな」
スペルから預かったものを荷物にいれ、急ぎ準備をする。セレスタイトが馬屋にまで見送りに来た。
「ラズからの話だが……命が危ないと言う。治療はしたが、このまま目覚めない可能性もあると……」
「王弟殿下に、大変申し訳ない、落ち着いたら今回の件の詫びに伺うと伝えてくれ」
「いや。詫びはすぐに返してもらいたい」
「は?」
「……カイアのために、君に頼みたいことがある。妹御が落ち着いたら、書面の指示に従ってくれ。それをもって、君の無礼はなかったこととなる」
「……仰せのままに、必ず遂行致しますと伝えてくれ」
ルナ達には一言だけ告げて、急ぎ、マーレスタットに向かう。
「どういう状況だ?」
夜通し馬を駆けて、マーレに戻ったのは翌日の夜更けだった。そのまま、クレインがいると聞いている教会に直行する。
教会に入って、生臭神父に開口一番で状況を確認する。
「出来ることはすべてやった。すでに傷は治っている。けが自体を治しても全く、ぴくりとも反応しないんでな。生命力の低下が原因なら、すぐに目を覚ますことはないと予想している。嬢ちゃんが開発したドリンクで水分と栄養を取らせている。他にはパメラ様が調合した造血剤やら、薬を飲ませているな」
俺の顔を見ると、神父がこくりと頷きを返し、状況を説明してくれた。
すでに治療を終え、安定しているらしい。傍についていないのは、見舞い客に気を使ってのことらしい。
「側にいるのは誰だ?」
「レオニスとボウズ二人……レウスって言ったか、あとはたまに獣人の男が顔を出している。他の冒険者は断っているな」
「そうか。……妹を助けてくれて感謝する、ありがとう」
「いや、俺らが助けたわけじゃない。嬢ちゃんは、傷をある程度、自分で回復させていたからな」
自分で回復が出来るのはヒーラーの強みではある。クレインも致命傷にならないように回復をしていたらしい。
「料金だが……」
「落ち着いたらでいい。支払い能力があるのはわかってるしな。まとめて請求させてもらう」
「だが、寝てないんじゃないのか?」
「昼間はディアナが代わりをしてくれたんでな。俺は休めてる……ボウズ達は寝てないが……お前もか?」
「俺もここまで駆け付けるために寝てないな。ただ、もうしばらくやることもありそうなんでな。終われば、交代で寝るようにする」
「ああ。見舞い客まで倒れて治療するのは困る。いくら普段は人が来ない教会でも、教会に人が多数倒れていては評判に関わるから勘弁してくれ」
「気を付けよう」
クレインが寝ているという部屋に行くと、レオニスのおっさんとナーガとレウスがいた。
俺が近づくと、レウスが座っていた場所を開けようとしたが、手で制して、クレインの横に立ち、頬に触れ、首に触れ……指先に触れる。
脈が少なく、体も冷え……普通の状態ではない。
だが、生きている。それに安堵する。
そして、胸の奥に燻る怒り。
だが、それを外に出すわけにはいかない。冷静に……接する必要がある。
「ナーガ」
「……悪い奴じゃないと思ったんだ。紫の瞳で……ただ、酒飲んでたせいか、あまり気にしてなくて……一緒に話をしていた。……クレインが来たら、その場の空気が変わった……守り切れなかった」
「ナーガ。クレインはそれを責めたかい?」
「……いや……ささえて……と……だから……」
「なら、それで正しかったんだ。君にそいつを殺せと言わなかった。それはクレインの意思だ。……大丈夫、あのクレインだぞ?」
「……ああ」
不安そうなナーガを励ますように笑いかけると少しだが、安堵したらしい。ほっと一息ついていた。
「ナーガ。もう少し、見ててもらってもいいかい?」
「……ああ」
俺の問いに少し戸惑ったようだが、こくりと頷いた。
剣呑な光をともしたのはおっさん。俺がこの場を離れるつもりなのを察したらしい。
「レウスも付き添っててくれ。少し外す」
「え? 側にいてあげないの?」
「おっさんから状況を聞く。それと、クロウはどこだい?」
「えっと、わからないけど……」
「あいつはばあさんの家か、クレインの家だろう。調べ物をしているはずだ」
「そうか……レウス。眠いか?」
「……ううん、眠くない」
「なら、ナーガと一緒にいてくれ。君達になら任せられる。俺は問い詰めて、場合によってはとっちめてやらんといけない大人たちがいるんでな」
「わかったよ」
レオニスのおっさんに視線を向けるとこくりと頷き、二人で部屋を出た。
神父に二人が残っていることを伝え、何かあれば家の方にいると伝えて教会を出る。
「人に聞かせる話でもないだろうからな。俺らの家でいいか?」
「随分と冷静だな」
「ああ、神父に聞いた話だとすぐに起きない可能性のが高そうだからな。まずは生きてるのを確認した。ただ、傍で祈るくらいなら、可能性にかけて手を打っておく」
「すまんな……俺にも油断があった。クレインが顔を出すのも予想外だったが、そうでなくてもそこまで警戒をする相手ではないと思っていた」
家に戻ると、地下室にて調べ物をしているクロウがいた。
何かを書き写していて、同じような書類が重なっている。
「よう。今からおっさんに話を聞くんだが、君も聞くかい?」
「俺だけ聞くわけにもいかないだろ。それに、朝までにこれを書いておきたい」
「君、なにをしているんだ?」
「魔物素材の納品依頼書の作成だ。ギルドに発注するための書類だな。クレインだが、冒険者ギルドに顔を出す前に婆様のとこに挨拶に来ていてな。俺は話す機会があった。その時にちらっと言っていたが、本人があの状況だとすぐに手配できないだろうからな。代わりに手配する準備だ。無駄になる可能性もあるが、目が覚めてからすぐ動くためには、手元に素材がないと話にならんだろう」
「おい、けが人をすぐに働かせる気か!」
「婆様の持病を抑える薬の代替素材。クレインは体が動かなくても絶対にやろうとするはずだなぁ。素材が無ければ自分で採りに行ってでも……準備だけでもしておくべきと思うが?」
おっさんは怒ったが、クレインはやるだろうな。おっさんも、お師匠さんの名前が出て矛先に困っているらしい。
「できれば、グラノス。あんたの名前で依頼を出して欲しい」
「ああ。事情はわかった。依頼主名は俺が書いておこう」
よく見ると、依頼者の名前は空白だった。
奴隷であるクロウが頼むよりも、俺の方がいいだろう。金額については……だいぶ高くなりそうだが、必要経費だろうな。
「君がしっかり動いてくれて助かった」
「いや…………俺はクレインが疲労状態で、ステータスが低下していることが見えていた。襲撃を受ける前に話もしていた」
「……クロウ」
「低下していても……大丈夫だろうと、高を括っていた。付いていったとしても、魔導士の俺では何もできなかっただろうがな」
悔いているのがわかるような、苦し気な表情だった。側にいない理由には、見えていたのに動かなかった後悔があるらしい。それをおそらく、他の奴にも話せなかったのだろう。
「後悔しているなら、頼みたいことがある」
「なんだぁ? あんたがこの状況で俺に頼むのは裏がありそうで怖いんだが」
先ほど見せた後悔を感じさせないほどに、軽い口調に戻る。気持ちを切り替えたのか……言葉とは逆に、何でもやるという決意が見える。
「クレインを診察してくれ。治療は終わっているが、生命力が低下していて目を覚まさないらしい。君が見て何かわかるようなら、と思ってな。納品依頼書は俺が書いておく」
「……だいぶ血を流したと聞くし、傷がひどくて起きないと聞いているんだが? 何かあるのかぁ?」
「それならそれで構わない。何か異常が起きているのか、ただ傷が深くて深い眠りに落ちているのかを確認したい……クレインは悪魔の力を封じることが出来た。逆に、悪魔がクレインを封じることもあり得るだろう? 現場にいたらしいじゃないか……異常の有無、確認をたのむ」
俺の言葉に、クロウはやれやれと首を左右に振った。
だが、言いたいことはわかったらしく、書類をまとめ、引き継ぎできるように並び替え始めた。
「俺は現場にいなかったんでな。一度遠目に様子を見た時には、治療中だったが状態異常は特になかったがなぁ。症状が落ち着いているなら見て来よう。それが依頼する素材のリストと、依頼書がある。続きはあんたに任せる」
「ああ。あと、レウスとナーガはそのまま居させてやってくれ。梃子でも動かない様子だったからな」
クロウが家を出ていき、俺とおっさんは上の部屋に行く。
俺とクロウとの会話にしきりに首を傾げているおっさんに苦笑しつつ、茶を用意して、おっさんが座っている前の席に座る。
「おっさん、そんなに意外か?」
「一度顔を出しただけで、クレインのことを気にする素振りも無かったからな。婆さんのところに行ったら、俺の顔を見たら逃げ出すように帰ったしな。そもそも、普段の行動がうさんくさい」
「クレインが助手にするくらいには、裏切らないし、優秀なんだがな。意外と若い奴らのことも見ているし、不和が起きないように引くべきとこは引いてくれる」
「……そうか」
「で、おっさんもいたんだろ? いったい何が起きたんだ?」
おっさんから詳しい事情を聞いた。
数日前に流れてきた帽子を被っている、紫瞳の青年。冒険者登録をした新人らしい。ラズもおっさんも、その存在を把握していなかったという。
詳しい話を聞いたわけではないが、冒険者ギルドにて報告は受けた。様子を見に行けば、祝いの場でレウス達と盛り上がっている。顔見知りだったらしく、瞳の色には警戒をしていたが、戦闘能力もない旅人相手で油断をしていたらしい。
ギルドでは、ナーガ達がダンジョンを初踏破したため、お祝いムードで昼からずっと酒が振舞われていた。そこに夜になってひょっこりとクレインが顔を出したらしい。
「他の冒険者達が一斉にクレインに襲い掛かった。何が起きているかわからず、止めようとしたとき、精神干渉を受けた。俺は頭痛がするくらいで耐えられたが、他の冒険者はその精神干渉を受けて、クレインを襲ったんだろう。ナーガは頭を抱えながらも、クレインの方に行こうとしていたから、なんとか耐えていた。レウスは座り込んでいた」
「おっさんがなんとか耐えられるということは相当な精神干渉のようだな」
「だが、その時に平気だった奴らもいる。黒幕である紫瞳の男、ティガ、アルスの三人。三人とも何が起きているのかを把握していないで、混乱しているだけのようだったがな」
妙だな。どう考えても、アルスが無事になる理由がない。
いや、ティガもタンクとはいえ、ナーガに比べて、耐性も持っていない。能力が劣るのに、ナーガが耐えられない状況でけろっとしている? 何かあるのか。
「紫瞳の男もかい?」
「ああ。あれが演技ならだれでも騙される……本当に混乱している様子だった」
「だが、黒幕なんだろう?」
「クレインが、腹に剣を刺されながらも、そいつに向かって何かしていた。周りの襲ってくる奴らよりも、そいつが危険と判断したんだ。その様子をみての判断だが、間違いないだろう」
腹に剣が刺さってても、そいつを抑えようとしたか。まあ、悪魔を抑えないと周りの連中は襲ってくるだろうしな。
しかし、ルナ達に最初に会いに行くときには、直感が発動していた。俺やスペルすらも精神干渉する可能性があると感じ取っていたからだろう。なぜ、今回発動していないんだ?
「何か知ってるなら、教えろ」
「おっさん。ユニークスキルは条件を満たしていれば、発動するよな? 発動しない場合は何かあるかい?」
「あん? 俺やお前の場合は、対象となる物を装備しているかどうか。俺は盾が無ければ発動しない、お前もそうだろう?」
盾の道、刀の極み……どちらも、装備をしていることが前提となるユニークスキルだ。だが、そうでない場合は、自分で使おうとしなくても発動しているはずだ。
「ああ。俺は装備の有無で能力が段違いだ。だが、クレインは常時発動型のはずだ」
「発動しないとしたら……不調が原因だろう。病気や怪我、疲れ、他にも本人の能力を低下させるようなデバフを受けている場合だな。常時発動型は自分でも認識できていないことがある」
「まあ、本人も使い熟せていないと言ってたしな」
スタンピードに、奥方の治療、ルナの件……疲れが溜まっていた可能性は十分ある。クロウが疲労状態でステータス低下とも言っていた。ルナの件が響いて、直感が使えない状態だったか。
倒れるほどの状態だったのに、本人が「大丈夫」という言葉をそのまま受け取ってしまった。ちょっと頭が働かないとかぼやいてたが、あれは直感が働いてないって意味か……離れて行動するべきじゃなかったか。
「……す……おい! グラノス!!」
「あ、ああ……すまん。少し考えに耽っていた。なんだい?」
「で、悪魔とか、封じたって話はなんだ?」
「うん? ああ。黒髪紫瞳の奴だ。悪魔族を選んだ異邦人なんだが、クレインの種族と敵対するらしい。クレインの場合、混血なんで相手に対して思うところはないが、相手側……どうやら、本人の意識ではなく、体を乗っ取られるようでな、その中身の方からは命を狙われてる」
「あの男が主犯で確定か」
「本人の意識がないがな」
レオのおっさんには、わかる情報だけでも伝えておく。
この世界の法では、心神喪失者の行為は、どうなってるんだったか。明らかに心神耗弱者ではなく、喪失者に該当するとは思うが……そもそも証明する手段はないだろう。
クレインを襲った冒険者たちは心神耗弱者の行為になるか? あとで、調べた方がいいな。
「ラズに頼んで欲しいんだが、クレインを襲った冒険者達の後ろ盾の情報が欲しい」
「わかった。ギルドでも今回の件については、処理に困ってるからな」
「まだ、判断を出さないで、町に留め置いてくれ。クレインが目覚めてから判断したい」
「わかった……お前の意見は伝えておく」
おっさんには、クレインが竜種、特に最強と言われるドラゴンに命を狙われること。今回のような悪魔種族に襲われること……そして、手元に、悪魔の女子を保護していることを伝えた。
「大丈夫なのか?」
「いや。俺としても、クレインの選択ならと信用し過ぎていた部分はある。なんとかなるだろうと安易に考えていたな」
「いいか? クレインが命を狙われるのが確定してるのに、動けない奴を側に置くのはやめろ。危険が増す」
「一応、各自の考えを聞く。まあ、命を懸けられないなら、側に置かない。俺も知らないところで襲われるようなことは二度とごめんだ」
ナーガとレウスはわかりやすい。あいつらは、クレインの側から離れる気はないと瞳で語っていた。
クロウはやるべきことをやる。側にいれなかったのも、クロウ自身の弱さであり、後悔が勝って、何かしていないと落ち着かなかっただけだろう。そういう点では、俺と行動原理は同じだろう。側にいるよりもしてやれることがあったから、その場を離れていた。
ティガとアルスは……話をしないといけないだろう。
「おっさん。わかる範囲でいい。このリスト以外で、闇属性の素材、回復効果のある草、実、液体、なんでもいい、教えてくれ」
「あん? 何だ急に?」
「クロウがさっき言ってただろ。〈安らぎの花蜜〉の代替素材を作るにあたり、大量の蜂蜜とそれらの素材を発注しようとしてる。使えるかわからないが、一通り揃えておく方がいいだろう」
「あれか……ばあさんが定期的に採ってこさせていたが、依頼品だけじゃなくて自分の分もあったのか! くそっ」
「おっさんが引退したから言わなかったんだろ。お師匠さんも水臭いな、必要なら言ってくれればいいのに……。その素材が採れるダンジョン地域の状況、帝国への密入国の方法もラズに確認してくれるかい?」
セレスタイトから預かった文書でも、安らぎの花蜜の入手を命じられている。
異邦人が陣取っている地域となると、対人の戦いになる可能性もあるから、ナーガ達は連れていけない。シマオウを借りて、一人で行った方が早いかもしれん。
「しかし……クレインはなにをするつもりなんだ?」
「錬金で作り出す構想……クロウが持っていたクレインのメモだがな。問題は、普段のクレインが出来ると判断したなら、作れる可能性は高いんだが……直感が利かない状態で判断してるなら、難しい可能性がある。ついでに、目を覚ましてからもすぐには動けないだろうしな」
「だから、帝国への密入国をして、直接採ってくるつもりか?」
「お師匠さんの時間がどれくらい残されてるかにもよるが、必要だろう? こっちにも事情があるしな」
クロウが残していった〈安らぎの花蜜〉は、小さな小瓶だった。あれを薬にするにしても、一瓶では量は作れないだろう。クレインが作り出すまでの時間稼ぎが必要になる。
「いない間に、あいつが死ぬとは考えないのか? 襲われる可能性もある」
「ナーガは残していく。それに、おっさんも守ってくれるだろう、あの子を」
「当てにしてくれるのは嬉しいがな? お前、場所がわからないだろう。俺も一緒に行く。その方が早い」
「引退は?」
「今回だけだ。無理にでも休みを取ってやる」
「おっさんと二人旅か……猫アレルギーないよな?」
「アレルギー? よくわからんが、猫は好きだが」
まあ、それなら移動は何とかなるだろう。
体格は多少あるが、装備を身に着けない状態であれば、シマオウに乗るのも何とかなるはずだ。
「おっさん。書くのを手伝ってくれ」
「まて。今、この本と照らし合わせて、足りない物を書いていく」
「ん? いい図鑑だな、そんなもの持ち歩いてたのか」
「お前らの父親の形見だ。王国の南側や西側の植生でしか採れないやつはどうする?」
「そっち側に行く余裕はないんだ、発注だけしておこう。量は少なくてもいい。出来る限り種類が多い方が可能性が少しはある」
「だな」
クレインのことは心配だが、それだけにかまけてお師匠さんを失うことがあれば、俺ら以上にクレインがショックを受けるだろう。
そうさせないために、まずは出来ることをやる。




