4-13.衝撃
師匠の家を出る瞬間にクロウに声をかけられた。
「冒険者ギルドにナーガ達もいるはずだ」
「うん? そうなの?」
「今日、ダンジョンを踏破して帰ってきたらしくてな。ギルドで祝杯されてるはずだ」
みんなお祝いしてるのに、なんで師匠と二人で酒飲んでたの? レウスのこと祝ってあげなくていいのかと思ったが、近くにいすぎて成長を阻害することのないように気を使っているらしい。
「なんで、クロウは参加してないの? 3人で出来たなら褒めてあげればいいのに」
「俺はダンジョンに行かなかったからな。その場にいるとややこしいだろう? ダンジョン踏破は一人前として祝われるらしいからな。邪魔をせず、他の機会で褒めればいいだろう」
「う~ん、まあ、ほら、私も兄さんもまだ踏破したことないから。そのうち、クロウもできるよ」
「どういうフォローだ?」
いや、なんとなく。ちょっと、拗ねてるのかなと思ったけど、そういう訳でもないらしい。
しかし、ダンジョン踏破したのか……。早いな。スタンピードから帰ってきて、すぐに行ったとしても……5日間くらいで踏破したことになる?
レベルが高いから十分だったのだろうけど。話を聞くとティガさんも行ってないはずなので、考えていたよりも早い。
でも、ギルドで祝ってるなら、レオニスさんもいるだろう。会えるなら嬉しいなと思って、ギルドに向かった。
途中で顔見知りの冒険者とあったが、ちょっと酒の匂いがした。
ナーガ君達が一人前になったということで歓迎の意味も込めて、酒が振舞われている。途中であったベテランの冒険者は昼間から飲んでいたらしい。夜になって、他のパーティーが顔出し始めたから帰るとこだったという。
「おチビちゃんの方の祝杯もちゃんと参加するからな!」
「ただ酒ばっかり飲んで、体壊さないでくださいね。ほどほどが一番ですよ」
「おう! まあ、もうちょい続けるつもりなんでな。大事にしとく」
冒険使者ギルドのドアを開けると、むわっとした酒の匂い。
昼間から飲んでるせいなのか、かなり酒の匂いが充満している。
ギルド内にいる人たちは知らない人の方が多い。情報くれたりとか、目をかけてくれている冒険者は不在。ただ、それなりの人数が楽しそうに飲んでいるので雰囲気は悪くない。
奥の方にナーガ君達を見かけて、声をかけようとし瞬間、ティガさんの横にいる帽子をかぶった青年と目が合った。
「あっ……」
紫色の瞳。
そう思った瞬間に、ふと酒に混じって、何か、甘い匂いを感じた。
瞬間に、体が吹っ飛ばされ、そのまま壁に激突した。
「シロ……殺す……」
「殺……ス…………」
冒険者に殴られて、吹っ飛ばされた瞬間に、別のパーティーの人間からも剣で攻撃されるのを、何とか避ける。
「何をしてる! 武器をおけ!!」
「クレイン!?」
突然の音と衝撃。武器を抜いているこちらを敵視している冒険者。
奥にいたレオニスさんが気付いて、大声をあげて止める。ナーガ君やレウスも私に気付いて近づいてくるが、それを他の冒険者達が阻んでいる。
「ははっ……まじか……」
乾いた笑いしか出てこない。
いつの間にか、周りを十数人の冒険者たちに囲まれ、ナーガ君達も行く手を阻まれているが……全員、正気じゃない。
ルナさんの中にいた何かが、リュンヌさんを操ったのと同じ。まずいのは、あの時と違って、全員が冒険者。実力がそれなりに近いこと。さらに牢屋の中とかでないから、自由に振舞えること。
「んぐっ……」
多勢に無勢……致命傷にならないように、自分も剣を抜いて応戦しているが、厳しい。
正気を失ってるだけに、攻撃も遠慮がないし、こっちが牽制する動きをしてもお構いなし。負傷しても関係なしで攻撃してくる。
魔物のように倒していくわけにもいかないし、魔法をここでぶちかますわけにもいかない。
操っているのは、さっきまでティガさんの横にいた青年だと思うけど……。
ちらっと確認するが、なぜかきょとんとした顔している。正気だけど、何が起きているか、わからないという顔だ。
操っているという雰囲気はない。でも、多分、あの人だよね? こちらも不安になってくる。
「クレイン! 多少の怪我は治せばいい、安全を確保しろ!」
ただ、正気な人は少ない。レオニスさんすら、頭を振りながら、なんとか他の冒険者達をどけようとしている。
ナーガ君とレウスは、頭を抱えて、膝をついてしまった。ティガさんとアルス君は平気みたいで、こちらに向かおうと周囲を抑えてくれている。
冒険者ギルド内が異様な雰囲気になってしまっている。
騒ぎを聞きつけたのか、奥の部屋から出てきて、驚愕しているマリィさんとギルド長も見える。
「クレイン!」
「ん……だいじょ、ぶ!」
ナーガ君の声に、冒険者からの剣の攻撃を自分の短剣で止めつつ、後ろから振りかぶって攻撃してくる冒険者に蹴りをいれて……横からの攻撃はしゃがんで、避ける。冒険者達は合流させたくないのか、ナーガ君達との方向にばかり集まっている。
一人ひとりを解呪〈ディスペル〉で回復させる余裕はない。使ったことはないけど、一か八かで聖魔法を唱える。
その場に効果があるはずなので、効いてくれれば……。
「鎮静〈カルム〉!」
乱戦状態を鎮めるために、魔法を唱えると興奮状態で私を襲ってきた人たちの動きが止まった。立ち眩みを起こしたように、その場に座り込む人もいるが、とりあえず落ち着いたようだ。
ナーガ君達もこっちに近づいてきてるので、ほっとして顔を上げた瞬間。
「ぐっ…………」
後ろから、下腹部を剣で貫かれた。
唱えた魔法のおかげで、興奮状態から覚めた。それは間違いない……ただ、ほんの一瞬だけだったらしい。
衝撃とともに周囲を確認すると、また、元に戻ってしまっている。
「クレイン!!」
力が入らずにがくっと倒れ込みそうになったのをナーガ君が抱き留めてくれた。一瞬の効果でも駆け寄って側に来てくれていたらしい。
さっきよりもさらに甘い匂いがする。その匂いの先にいるのは……帽子を被った紫瞳の青年。ただ、紫色の瞳が、先ほどと違い爛々と輝いている。
さきほどのキョトンとした表情とは違う。今、アレが表面に出てるのだろう。私を殺そうと狙っている悪魔が……。
「くれい……」
「ごめん……ちょっと、立てないから、ささえてて……」
ナーガ君にそのまま全体重を預けたまま、右手を青年に向けて〈祝福〉を発動する。周囲よりも、そっちを止めないと意味が無かった。
致命的な判断ミス。
「っ……」
唇を噛みしめて、意識を失わないようにしながら、青年を封じるためにMPとSPを減らすが、お腹の傷のせいでHPの方がガンガン減ってしまっている。
「あっ……」
ただ、すぐに効果が出てくれた。……青年の眼の光が消え、ぱたっと倒れた。
周りにいた冒険者も紫目の青年が気絶して、頭を押さえて、ざわついている。
「おい! クレイン! 意識は!?」
「れ、お……さ…………すみ、ませ…………じぶ……で、かいふく…………で……けんぬい……」
「わかった。剣を抜くから、ちゃんと回復魔法かけろよ? いいな?」
レオニスさんが寄ってきたので、お腹の剣を抜いてくれるように頼むと、了承してくれた。
ナーガ君が震えながら抱きかかえてくれているので、背後に回ったレオニスさんが剣を引き抜く。
「ごほっ…………光回復〈ヒール〉……っ……くっ……」
ナーガ君の肩口に血を大量に吐き出してしまったが、剣が抜けた場所に自分で回復魔法を唱え、傷口を塞いでいく。
血が……結構、きついかも。くらくらしてきた。
「クレインさん!」
「おい、クレイン!」
「あっ……あっ…………」
「クレイン! なんで!? なにが!!」
「クレインさん!!」
「なぜ? いったい何が?」
マリィさんの声、レオニスさんの声。
ナーガ君が泣きながら、抱きしめてくれているのが分かる。
レウスが切羽つまった声で呼んで、アルス君が泣きそうな声が呼んでる。
ティガさんが動揺して、何が何だかわからないと言った声。
近くにいたはずなのに、目が開かない。呼びかけられているのに、声が遠くに感じる。
そのまま、ぷつっと意識が途絶えてしまった。




