4-10.今後に向けて
改めて今後のことについて兄さんと話をする。スペル様との話を伝えていくと、少々雰囲気が悪くなる。いや、隠し事せずにちゃんとそのまま話した。私が死ぬ可能性あるところ以外……だけど、胡乱気な瞳で見られている。
「ドラゴンと話をするか……現実味がないな」
「まあ、それはそうだと思う。ただ、最優先ではなくても、それなりに優先が高いと思ってる」
「君が考える最優先事項は?」
「師匠の持病を抑える薬の素材開発」
これは譲らない。私がドラゴンとの交渉をすることが必要なのはわかるけど、それよりも先に師匠のために動く。ここら辺はラズ様に言って、事前許可をもらいたい。
「どういうことだ?」
「今回の解毒治療に使う素材が、報酬でもあった『安らぎの花蜜』。これが必須な場合、帝国から輸入できない現状はまずい。早急に対策を練りたい」
「なるほど、確かに最優先だな」
「私とクロウで代替品開発をしようと思ってる。どっちにしろ、ルナさんを封印したから、しばらくそっちの力は使えないって話だし」
「直接、素材入手はできないのか?」
「帝国内にあるダンジョン素材だからね……今は採りに行く人いないんじゃないかな」
反乱による影響が大きく、どうなっているかわからない帝国に行くのは無理。結果、素材がない状況。何とかしないと、師匠の持病が心配すぎる。
「もう一つ。代替素材にヒュドールオピスの肝を使うつもり」
「また、突然の話だな」
「そのまま放置すれば、あれは毒として裏社会で広がる。逆の素材にして使った方がいい」
「そんな簡単にできるのか?」
「……毒の効果を高めるように複雑な毒薬にされてるだけだから。魔改造されない状態であれば難しくない……と思うけど、まだ……構想を練ってる段階」
「わかった。君はしばらくは薬師として研究に専念だな。クロウも助手として使う、でいいのか?」
兄さんの言葉にこくりと頷く。
私だけでは、作るのが難しいのは兄さんもわかっている。クロウに手伝ってもらわないと私の〈解析〉では、能力的に足りないんだよね。
「そのつもり。そのために、パーティーから離脱する」
「ティガを追放ではなく、君がパーティーから離れるか。俺としては、俺ら3人とあいつらに分けてしまえばいいと思うんだが?」
「どうしても、クロウは助手として使いたいんだよね。素材の成分を調べるなら、私よりも確実だから。パーティーを分ければ、それも難しい」
「いっそ、クランを立てればいい。俺らは第一パーティー、クロウ達を第二、許可が出るようなら、ルナとリュンヌを第三にしてな」
それも、悪くないのかな。でも、ちょっとしっくりこないんだよね。彼女達はむしろ、ティガさんにお願いしてしまっても良いかなとも思ってる。別行動させるには不安が残るので、纏められる人が必要だろう。
「ティガさんが残ること、望むと思う?」
「わざわざ帝国に行って苦労したいとは考えないだろう。指名手配されてる、荒廃した土地に行こうとするほど無謀でもない。貴族関連はこっちで対処、君の欲しい素材採取を任せるとかな。何かあるんだろう?」
確かに……加工するにしても、元の素材は必要。
多少は購入してでもと思っているけど、取ってきてもらえるなら助かるから採取部隊があるのは助かる。
「戻ってから、話し合いの場を設けよう。どうしたいか、各自で決めさせる方がいいだろうな」
「そう、だね。その後については……協力して欲しい部分はあるけどね」
「だな。ルナとリュンヌを紹介する時点で、悪魔とドラゴンの話はするしかないだろう。代替素材を作って、すぐに動くことも無いなら話すだけに留めよう。俺としては、危険があるなら、ドラゴンについても反対したい」
「でも、スペル様はドラゴンが聖教国を襲うと確信してた。それなら、私を狙ってくる可能性も無いとは言えない。私のせいで、マーレスタットを襲われても困る」
まあ、有無を言わさずに襲ってくる可能性はある……。そして、その時にまた、ナーガ君が操られては困る。そのためには、こちらから出向いても話し合いの場を持ちたい。
「……ここで放置しても、逃げても……いい結果にならないよね?」
「まあ、いつ竜が町を襲うかがわからないか。君の性格では、暮らし辛いだろうからな」
兄さんへの説得において、重要なのは一つ。天使の力を使うと、私の生命力が削れるということは話さない。
これを言ったら、絶対に反対される。
それに……確かに、生命力を削ってしまったのは失敗だったけど、SPとMPが無くなる前に止めればいいので、次は大丈夫だと思う。
「悪魔について、今後、ルナさんと同じように封印をするのは厳しい。それよりは、ドラゴンと話をした上で、こちらも協力をする。あとは、それをラズ様や王弟殿下に認めてもらう」
「まあ、ドラゴンが襲ってくるのは、対処できないが……異邦人が襲ってくる分には、近づけないように対処可能だろうからな。わかった……ちなみに、君はマーレを離れる気はないという認識でいいか?」
拠点とする場所……う~ん。
しばらくは、マーレを離れたくない。それは、師匠のことが心配だからでもある。何かあったときに、傍にいれば少しくらいは何かできるかもしれない。ただ、旅に出るつもりでいる。
「王弟殿下に用意してもらう褒美って、地位じゃなくて土地だっけ?」
「ああ。ナーガのペット達のために困らない土地を頼んでいる。あちらは用意すると言ったが、爵位を継がないならどうなるかは、確認するつもりだ。ただ、俺としてはあの町を離れることも検討している」
「ナーガ君のことを考えると、私も移住するべきだと思う。いつまでもテイマーギルドに預けるわけにはいかない」
「だよな。すぐに拠点となる場所が作れるわけではないから、準備はしておきたいが、お師匠さんも気になるしな」
シマオウは、おとなしくて賢いけど、危険な魔物でもある。預けるのは結構な料金が発生している。キャロとロットは移動用、貨物用に飼育されている魔物であるからそんなに料金は高くないけれど、それでもタダじゃない。
モモはまだ小さいから問題は無い。そして、あの蛇……。どういう状況で小さくなったかわからないけど……そのまま、ヒュドールオピスが小さくなった姿だったので、テイマーギルドに預けられない。かといって、町で連れ歩いてるのもまずいと思う。
「しばらくは師匠が心配だし、マーレスタットを拠点にすることは変わらないとは思う。でも、師匠の言っていた通り、いずれは世界各地を周って、素材の研究をしようと思ってる」
「……一人でか?」
「それがいいかな。新しい土地に拠点を作ることに反対しているわけじゃない。むしろ、協力するつもりだよ。でも、師匠の言うことだし、行きたい……ごたごたが片付いてからだけどね」
「俺としては危険だと反対したいんだがな……だが、わからなくもない。ただし、危険な状態で一人旅は認められん。ドラゴンの件も異邦人の件も落ち着いてからにしてくれ」
そう言われると思っていたので、そこは頷いておく。
ナーガ君も心配するだろうから、ちゃんと片が付いてから行く予定。
「うん。私は私がしたいことをすると思う。だから、兄さんもしたいことをして欲しい。危ないけど、貴族になりたいなら協力するよ?」
「いや? きみを守るために効率が良さそうだっただけで、なりたいわけじゃない。俺としては……そうだな、俺も一人旅で世界を周りたいという気持ちもあるな。まあ、ナーガとシマオウ達の寝床を準備してやる方が優先だな。旅をするにしても、帰る場所を作ってからだ」
帰る場所があるのは、大事だと思う。一人で身を隠すための逃亡のような放浪とかは無理。ただ、ゆったりと世界を周り、素材研究はいずれしたい。
というか、採取して帰ってきて研究するという点では拠点は必要なので、私の家もその土地に用意して欲しいとは思っている。
「もっと広い素材置き場とか、醸造部屋とか、欲しいんだよね。ちょっと……手狭でもあるし、本棚とかも増やしたい。メモも重要なことが多いから、きちんとまとめて取っておいてるけど、保管に困るようになってきた。もらった土地で、少し大きめな家は欲しい。建築用木材とか、用意できるので、材料費なしなら……安く建ててもらえるかもしれない」
「いや、こっちの世界では、石造りだろ。木材では無理じゃないか?」
「確かに……でも、醸造用の小屋とかは木材のが良くない? 自分たちで建てる?」
「ふむ……酒蔵のイメージは石材よりも木材だな。酒樽とかも大きいもので仕込みたい」
しかし……。
私は味噌とか醤油を作るための小屋のつもりだったんだけど。兄さん、お酒を造る気満々? いや、いいんだけどね。師匠にアルコール消毒に必要になるからと作り方は教えてもらっているから、多少は仕込んでいる。ただ、調合で必要な消毒は魔法ですませてしまっているから、アルコール消毒を使うことは今後もなさそう。
「とりあえず、話し合いの場では俺らのやりたいこと、今後の予定も伝えて、あとは各自の判断に任せる。それでいいか?」
「うん。ルナさん達も含めて、話し合いの場を作ろう」
「ああ。まとめて話した方が楽だしな。どうせ、君だけでなく、ルナもドラゴンに狙われるんだろう? 保護が確定したら、マーレで話し合う。君が先に帰ることになるが、俺が戻るまでは話し合いは待ってくれ」
「わかった。伝えておく」
翌日も屋敷で過ごしつつ、許可を貰って、書庫に籠ることが許されたので出来る限りを兄さんと調べた。
ルナさんとリュンヌさんに関しては、牢屋から出ることは許されたけど、書庫への立ち入りは許可されず、とりあえず、二人には私が与えられた客室にいてもらうことになっていた。
ライチがナーガ君の手紙を持ってきてくれた。ナーガ君達は、無事にマーレスタットに帰り、町の冒険者がスタンピードに駆り出され、いつもよりは人が少ない状態になり、町全体は前より落ち着いた雰囲気があったらしい。
手紙の内容では、ラズ様へ報告し、きちんと預けた物を渡してくれたらしい。
10個もらった安らぎの花蜜だったけど、解毒薬を一回で成功させた。それでも現場で何かあった時の予備として3つは私が持っている。残りの6つについては先にラズ様に渡すようにお願いしてあった。ラズ様から受け取ったという手紙も入っていたので、なんとかなったらしい。
他には、ティガさんとも話をして、ナーガ君はちゃんとティガさんを納得させたらしい。レウスとアルス君との3人で鉱山ダンジョンへと向かうと書いてあった。クロウは商業ギルドと冒険者ギルドからの依頼でシロップ作りに追われていて不参加らしい。
あと、なんでかキャロとロットを進化させたという一文がある。なにこれ? 進化するの? あの兎達、進化させて餌が奪われたら私は困るのだけど?
「あっちは大丈夫そうだな」
「え?」
「どうした? 何か気になることでもあるのか?」
「いや、まあ、進化ってのは気になるけど……大丈夫」
兄さんが心配そうにこちらを見ているが、大丈夫だと誤魔化した。
体調は、いまいち怠さが消えていない。頭の働きもなんとなく悪い。スペル様から、しばらくは症状が続くと言われていたが、本当らしい。戦闘に支障が出るほどではないと思うけれど、注意をしておいた方がいいかな。
翌日、クヴェレの別邸からマーレスタットへと出発する。
「ルナさん。リュンヌさん。その……無事をお祈りします」
「やめて、それ、なんか不吉に聞こえるから! 大丈夫だよね、そんなに危険?」
う~ん。私は王弟殿下にあったことがないからわからないけど。ちゃんと挨拶して、使える……いや、役に立てるように言わなくても、兄さんが何とかしてくれると思うけど。ドラゴンの件があるから、切り捨てられないと思うけど。本人達にそれを話してないから、どうなんだろう。
「ルナ、落ち着け」
「いや、でも、占ったけど、まだ、いい結果が出てないの……それに……」
「力が使えないのは、封じたからだと思う。その……使おうとすると、敵対することになるので……」
「わかってる! 使わない、使わないから! 怖いから!」
兄さん、わざと鯉口を切る音を出さなくても……ルナさん、本気で怯えてる。
ルナさんには、無意識でも悪魔の力を使っていくと、封印は解けると伝えておく。完全に解けた場合には、私とは敵対関係になると伝えた。
「あ、そうだ。ルナさん。前にも言ったと思うけど、貴方のユニークスキルは公言はしない方がいい。あなたが嫌でなければ、あなたのユニークスキルや種族を他人に話すなと命じて、言えないようにできるけどどうする?」
「え? あの……そんなに言わない方がいいことなの?」
私の提案に恐る恐る確認をしてくるけど、まあ、他人に話さないようにしておいた方がいいと思うくらいには、危険だと思う。
兄さんもスペル様も頷いている。シュトルツ様は、きょとんとしているのでもしかしたら知らないのかもしれない。
「じゃ、じゃあ、お願いします」
「ルナのためになるなら、命じてくれ」
「じゃあ……ルナさん、リュンヌさん、二人がユニークスキルや種族のことを他人に話すことを禁じる……これで大丈夫だと思う」
「ああ。人に聞かれてどうしても誤魔化せないようなら、〈天気予報〉とでも言っておけ」
「そもそも、わたしはユニークスキルを知らぬのだが?」
「うん。仲間と合流してから説明はするから。天気予報くらいは出来るよね」
「た、たぶん。雨降るか、晴れかくらいなら占える」
占いでそれくらいは出来るだろう。まあ、出来なくても、予報は外れることもあるしね。
兄さんの命令について、スペル様も見ている。これで、ルナさんのスキルがバレて命を狙われるなら、スペル様とシュトルツ様ということになるのかな? 兄さんがにんまりとスペル様に視線を送り、ふふっとスペル様も笑っている。
「怖い……」
「ルナ……」
「うん、気持ちはわかる。でも、気を付けてね? 感情に任せて、無意識に力使わないように」
もう一度封じるのは大変。魅了を封じてもいるし、その後は前みたいにリュンヌさんも魅了にかかると伝えたら、絶対しないとは言うので信じる。
「さて、モモは俺が連れていくでいいのか?」
「うん。私はマーレに着いたらシマオウとか、キャロ達と戯れるから。兄さんはしばらく帰ってこれない可能性あるでしょ? モモ、兄さんのことお願いね?」
「にゃ~」
モモの頭を撫でて、兄さんに任せておく。
兄さんのストレスケアを頼んだ。……多分、色々と気遣いとか大変だと思うからね。私はマーレでのんびりしつつ、師匠と一緒に研究する。
「シュトルツ、悪いがクレインのことを頼む」
「ああ、任せてくれ。クヴェレの名に懸けて、必ず送り届けよう」
「すみません、シュトルツ様」
「君たちのおかげで母が助かったんだ。これくらいは任せてくれ」
そう言って、シュトルツ様とメイド、それに私の3人が馬車に乗り込む。
兄さんとルナさんとリュンヌさんは別の馬車へ。こちらの3人はキュアノエイデスへと向かい、王弟殿下に保護を求めるということになっている。
兄さんの爵位の件もあるから、早めに報告することになった。
「じゃあ、僕も一緒に行ってくるから」
「兄君!? 母上は?」
「大丈夫だよ。父たちは拘束したっていう報告が来たからね。あとは母上が対処するっていうから、僕も王弟殿下のとこ行ってくるよ」
兄さんの隣に、スペル様が乗り込んだ。ルナさんが泣きそうになってる……うん。
一応、しっかりと貴族に対する礼儀、無礼打ちとか、この世界の常識を伝えた効果はあったらしい。リュンヌさんも大人しくなっている。迂闊なことはしないように、貴族の力を嫌というほど肌で感じてほしい。大人しくお願いします。
まあ、スペル様は身分とかにうるさくないので、大丈夫だと思うけど。
「じゃあ、マーレでな」
「うん、兄さんも気を付けて」
挨拶をして、馬車のドアが閉まり、走り出した。
さあ、マーレスタットに帰ろう。




