4-9.二人のお茶会
翌日、昼過ぎになるとスペル様からお茶をしないかと誘われた。……二人きりで。兄さんもシュトルツさんもいない、二人の茶会だという。
兄さんはすごく渋っていたけれど、スペル様がまずは私に話してから、許可が出るなら兄さんにも話すということで納得してもらった。
「大丈夫か?」
「うん……そんなに心配しないでよ」
「君、体調が悪いと断ったらどうだ?」
「兄さん。大丈夫、ちゃんと話を聞くくらいできるから……その後、話は伝えるよ」
「わかった」
体調……うん。
本調子ではないことは事実なのだけど。
なんだろう、いつもみたいに頭がすっきりしていないというか、考えても、考えても……答えが上手く出てこない。
「やあ。急にごめんね~」
「いえ。でも、兄さんに聞かせたくない話って、なんでしょうか?」
「うん。まあ、まずはお茶を飲みつつ、お菓子でもつまんでよ」
「あ、はい」
本題を早く聞きたかったのだけど、そうもいかないらしい。
ちらっと食事やお菓子、お茶を鑑定してしまったけど、特に問題はなかった。まあ、毒を盛るようなことはないとは思うのだけどね。
「さっそくだけど……王弟殿下やラズが保護してくれているのを僕に乗り換える気はない?」
「……ないです」
一瞬何を言っているのか、わからなかった。
ただ、こちらには全くメリットがないので、そのまま断っておく。その言葉ににんまり笑うあたり、答えはわかっていたのだろう。
「だよね。そうなると、王弟殿下に僕から話をして、許可を取ってからになるんだよね。その上で聞くけど……命令だったら、命を捨てる覚悟はある?」
「……スペル様が王弟殿下に伝えたら、王弟殿下が私に『死ね』と命じることになると確信している内容ですか?」
「一人の異邦人と、この世界の未来を秤にかけた時にどうするのか、あの方がぶれることはないよ」
「…………事情を教えてください」
兄さんを呼ばなかった理由はそれか。
私だけが犠牲になるということ……。その時点で、兄さんは却下してしまいそう。ただ、重要なことであれば聞いておかないとだめだろう。
「書庫にも沢山の資料があったと思うけど、僕らの家は、かつてドラゴンを退治して成りあがった家だ。でもね、それは表向き。僕らの先祖はドラゴンと話をした。話をして、暴れていた場所から去ってもらった。当主にだけその内容が伝わっている」
「……ドラゴンと?」
「そう。その時に、ドラゴンから聞いた話がある」
「それが、私に関係がある?」
「う~ん、そこが難しいとこなんだよね。関係はあるけど、君である必要はない。でも、君以外に手札にできる存在が王国にいない」
王国にいない……つまり、他国であればいる可能性がある?
ドラゴンから聞いたというなら……黒と白と呼ぶ存在を殺したがる理由を知っている? もしくは、他に重大な内容が隠されていて、それを私に頼みたいってこと?
「あの悪魔の子への対処を見て、確信したよ。だから、悩んでいる」
「……竜が聖女を襲う理由、ご存じなんですね?」
ルナさんを封じたことで、私の力に確信をもった。スタンピードの戦いぶりや、侯爵夫人の治療ではない部分で……。聖女としての、能力だろう。
「伝え聞いた話だけどね。……異邦人が現れる理由は、かつて、神話の時代、神が聖女の器に降臨し、現世で使ってはいけない力を使ったことが原因らしい。その時、次元のはざまが出来てしまい、そこからたびたび異邦人が現れ、この世界を破壊しようとする。そして、力の強いドラゴンたちはそれを塞いでいる。だけど、それも絶対ではない。おおきな次元のはざまは塞いでいるけど、小さなひずみは現れては消えるからね」
「……異邦人が持つ力は神に与えられている。そもそも、この世界の人にとって、神も異邦人も、『敵』ですか?」
「昔は、ね。全ての異邦人を『悪魔』として、敵対者として扱っていた。だけど、強大な力は取り込めれば魅力的でもある。利用するために、『異邦人』という名をつけた」
利用できるなら……。悪魔という名では、異端として扱われるから、新たな名を与えたのか。そして、それは……普通の貴族には伝わっていない話。
兄さんと予想した内容は的中したということ。そして、王弟殿下もまた、王家の人間として知っていた。敵とするかどうか、取り込めるなら取り込むことにした。
それくらいはするだろう。貴族であればこそ、清濁併せ呑む……。
「でも、それは人側の話。ドラゴン達は、次元のはざまを封じる側だからね、二度と同じことが起きないように、神の器となりえる悪魔と聖女を殺しにくる」
「えっと?」
「竜が聖女を襲う理由はもう一つある。次元のはざまを塞ぐ力を聖女は持っている。だから、攫うこともある」
そういえば、攫われた聖女の話もあったような? でも、助け出されてないバッドエンドっぽい話だった。つまり……私に聖女の力があると王弟殿下に伝えると、私に次元のはざまを塞げと命じるってことか。でも、それをすると私は死ぬ?
「君は聖女の力を持っている。でも、十分に力を使えない」
「え?」
「あの悪魔の子を封じるのに、君は自身の生命力を使っても、中途半端にしか封じることは出来なかった。レベルの差を考えれば、難しくないはずだけどね。君と彼女では決定的に違う何かがある……僕はそう思うんだけど、どうかな?」
「彼女は純血種であり、私は混血……種族のもつ本来の力は、使い熟せない……」
聖女というか、天使族なのだけど……その純血種がいるなら、依り代にもなるだろうし、力も十分に使い熟せる。その人が次元のはざまを塞いでくれた方がいいのだけど……。
私の種族適性値は、低い。ルナさんは高い。悪魔を封じるには、力が弱い。それは、次元のはざまを塞ぐ力にもなるってことか。
「ちなみに、聖教国はこの話を知ってるんですか?」
「あの国が布教している神のせいで、異邦人が現れるなんてこと認めると思う? 聖女、聖者を国で酷使しつつ、絶対に国からは出さないよ。国を襲う竜退治は手伝わせるけどね」
だよね。聖教国に都合の悪い事実だし、認めるはずがない。
そもそも、この話の前提がドラゴンからという時点で、国と国で言い争うことになっても、信じる人いないよね。
「聖女の力をもつ異邦人は聖教国にしか降り立てないと考えていたんだけどね。でも、君にその片鱗があることがわかったからね」
書庫で調べさせたのは、ここまで見込んでの事だったのかな。
私に聖女としての資質、天使族であることを自覚させ、悪魔族を封じるところまで、彼は確認をしたかった。そして、それを王弟殿下に報告することも含め……死ぬかもしれない依頼を自分の意志でさせるためにも。
「……伝わっているだけで、スペル様が直接聞いた話ではない、ですよね?」
「そうだよ。…………どうする?」
「竜に接触して、話を聞きたい……それで、本当の話なら…………」
「いいの? あの子を封印するのにも手古摺った君がやるなら、その後を保障できないよ」
「嫌ですよ……絶対いや」
でも、断れる気がしない。
なんで、私が? でも、やらなくても竜にも悪魔にも狙われている現状。せめて、竜種と和解するなら、それくらいしないとダメかなと思う気持ちもある。
それに……王国には、私しか駒がいない。それはそうだと思う。白銀の髪とか、黄金の瞳って見たことない。私や兄さんが似た色合いだけど、それも珍しいからこそ、兄妹であることを違和感持たれてない理由でもある。
「聖教国から聖女攫ってくれるなら、ドラゴンに協力したいくらいに嫌です」
「あはは、それもいいかもね。こちらとしては、異邦人が今後現れなくなるなら、手段は問わないよ」
「聖教国に現れた異邦人の人数は?」
「わからないんだよね。王弟殿下側も調べてると思うし、王家も共和国でも……探っているはずだよ。まあ、あの国では情報をつかむのは難しいけどね。でも、聖教国は珍しく、他国の異邦人を集めようとしてる動きがある。まあ、聖者か聖女が現れるとドラゴンに襲われる国だから戦力が欲しいのかもしれないけど」
聖教国の状況は、クヴェレ家ではつかめないらしい。
敬虔な信者を装って近づくようなことはしていないし、そもそも実権を握ってる侯爵とスペル様って敵対している。お家騒動もある中で、対外姿勢まで広げてられないだろう。
ラズ様は、そこまでの情報を持っていない可能性もある。3男で、そこまで重要なポジションにはついていない感じがする。
「異邦人、王国で嫌われてますよね」
「なんでそう思うの?」
「帝国が戦力として集め、共和国が奴隷にして自由を奪っている中で、中途半端に王都に集めただけです。しかも、結構……やらかしたら、殺してしまっています。もちろん、問題行動をしているので仕方ない部分があるにしても、他国にも異邦人がいる中で、戦力を減らしている。それに、過去、王国内で異邦人の記録がない」
王国では、異邦人はいらない存在。
少なくとも、クヴェレ家にとっては、異邦人はドラゴンよりも信じられない存在なんだろう。それでも、私を試したり、ルナさんを一時的だろうけど、隠していたりと完全に切り捨てるわけではなく、使えるなら使うという貴族らしい強かさをもっている。
「異邦人は扱いにくい。不満を持たせると一気に帝国のようになってしまうケースもある。地方にそのままに置いておくと、領主と組んで独立しようとしたりすることもあり得るから、領主たちに任せるわけにもいかない。とりあえず集めて、暮らしていけるように基本を教え、あとは他の国の動きに合わせて少しずつ減らすつもりだよ」
「減りますか?」
「そのうち、聖教国がドラゴンに襲われる。異邦人はなぜか、ドラゴン退治が好きらしいから、有志を募れば聖教国に行くと思うよ? そして、聖教国にいいように使われて消される。あとは、仲間の異邦人が建国したのだからと言って、帝国に行くか、王国に残るかを選ばせて……少しずつ、王国の戦力で抑え込めるだけの人数にするだろうね」
「……それは、誰の構想ですか?」
「僕だったら、だよ? 国王陛下や王子たちには、そこまで考えてる人はいない。おそらく、セレスタイト殿下も真っすぐなご気性だから、考えないかな」
名前が上がらなかったのは、王弟殿下。王子たちがいるため、継承権こそ下がっているけど、放棄していない。王家に何かあった場合には、王になれる存在。国内の人気は高い。あと、兄さんと仲のいい次男、カイアナイト殿下か。
「カイアナイト殿下とは同学年だったそうですね?」
「そうだよ。彼と表立って接した数は少ないけど、不思議と反りがあった。僕も彼も、素直ではないからかな。カイアに頼まれてね。昔、彼はここで療養していたこともあるくらいだよ」
「……シュトルツ様は?」
「う~ん。僕の友人って感じかな。弟は、セレスタイト殿下との方が気が合うんじゃないかな」
う~ん。関係認めたってことは、指示はそっちかな? どこまで知ってるのかを聞きたかったけど……教えるつもりがない? それか、こういう裏側を知るのは少ない方がいいから?
気のせいじゃなければ、私と兄さんは裏方の処理に回されてるよね? とりあえず、今のうちに調べた内容で気になったことを確認しておこう。
「…………スペル様、教えてください」
「うん? 何かききたい?」
「共和国の建国に異邦人が関わってることは、資料を見てわかりました。……かつて、王国の建国に協力をしたクヴェレ家にお聞きします……王国の祖は、異邦人ですか?」
「おしい。その能力も頭のキレも、放置するより取り込む選択をするのは危険でもあるのに……面白いよね。君自身は腹芸は出来ないけど、補う人もいる。さらに、人を救えるだけの能力を有するから、消しにくい。ふふふっ、大変だね」
他人事っ!
楽しそうにくすくす笑わないで欲しいんだけど……。
消すには価値があるけど、危険な存在ってことか! 貴族に利用されるだけで終わる人生……そうはなりたくない。こちらのやったことを認めさせて、見返りを得て、幸せに暮らしたい。
大変だけどね……でも、出来ないとは思ってない。平穏を手に入れるくらいの希望は持っている。だから、笑わないで欲しい。
「怒らないでよ。そうだね。王国は兄弟の建国記だって、知ってる?」
「はい。ただ、兄には後継者が出来なくて、弟が継いでますよね」
「うん。その兄が悪魔に魅入られていたっていう記録が、当時の当主の日記にあるよ。見つけられなかった?」
すべての書を読むようなことができる時間はない。
当然、情報の見落としもあるけれど……あの膨大な量を読めるはずがないのはわかってると思うのだけど。
「つまり、王国の建国にも異邦人が関わっていたわけですね」
「帝国と聖教国、亜人の国以外は、建国に異邦人か悪魔が関わってるよ。まあ、聖教国はそもそもが聖女・聖者という異邦人を利用している国だけどね。今回ほど大規模な異邦人出現ではなかったけど、少数でも影響力をもつからね」
この世界、昔から異邦人がかなり関わっている。こういう情報は貴族の方が持っているだろうけど……。建国からの侯爵家であるからこそ、その情報は多い。
「悪魔も聖女も、貴族ではどこまで把握しているんですか?」
「うちは特殊だよ。ただ、どの家も異邦人は強力な切り札であると同時に扱いにくいということは知ってるんじゃないかな。ちなみに、君が異邦人であるのは意外と知られてないよ」
「なぜ、情報を与えるんですか?」
「君が動いて、今後も王弟殿下に協力することを期待してだよ。クヴェレは王国の建国に関わったからこそ、他の家よりも情報がある。だからこそ……異邦人の存在自体が無くなって欲しい」
「…………ドラゴン、どこにいるか把握してるなら……できれば、温厚なドラゴンを紹介してください」
「いいよ。でも、いいの? 嫌なんでしょ?」
「王弟殿下側、知ってますよね?」
この話をスペル様しか知らない……それなら、彼の胸先三寸だけど……。
そんなはずない……。〈聖女〉のユニークスキル持っていた女の子、わざわざラズ様の館で保護していた。聖女が重要なことは、ラズ様を含め、王弟殿下だって認識していた……王都に送ったとしても、手元から完全に無くなったわけじゃない。
神父様も、私に対してはかなり厚遇してくれている。そこには、聖教国の〈聖女〉の片鱗がわかっていた可能性もある。
「王家の情報は我が家以上のはずだよ」
「なら、自分から動いて、ちゃんと褒美として、その後の安寧をもらいます……でも、不確かな情報で動けないので、先に情報を集めます」
嫌だけど。
絶対に嫌すぎるけど、ここで逃げ出した時……みんなはどうなる? 兄さんやナーガ君も……レウスやクロウ、ティガさんとアルス君も……。
保護は無くなったら……私のせいで捕らえられることすらあり得る。
それに、竜が町を襲う……悪魔や天使という種族のせいで、もし、竜がマーレに来てしまったら?
師匠やマリィさんも巻き添えで大変なことになる。
竜……本当に実力のある竜やドラゴンが現れたら、冒険者でも歯が立たずにやられてしまったら?
それは避けたい! 絶対に!
「平凡にゆったりと好きな事して暮らしたいので……竜を説得して、襲わないようにお願いして……代わりに、多少の命削っても、次元のはざまを封じます。絶対に死ぬとは限らないので」
この世界のこととか、どうでもいいけど……マーレでお世話になった人たちに迷惑はかけられない。ついでに、やることさえやれば、将来安泰。この話を聞いても、全く直感が反応していないから、死なないと思う。
「ふふっ、面白いね。いいよ、ドラゴンの件だけど少し待ってくれる? 一応、家宝でもあるから、すぐには渡せないけど。僕が当主を継いだら、貸してあげるよ。どちらにしろ、君はしばらく休んだ方がいい。無理をしたせいで、しばらく能力は使えないだろうからね」
しばらく、怠さは続くと警告されてしまった。思った以上に、SPとMPが枯渇しても使い続けた代償は大きいらしい。
人にもよるが、2,3か月は本調子にならないという……。
「そこまで、感じないですけど?」
「一気にレベルが20くらい上がったせいで、低下していても違和感がないだけだと思うよ。その間に準備はしておくよ」
「いいんですか?」
「君が死なずにやり遂げるならそれが一番だからね。王弟殿下にも僕から話を通しておくよ。やっぱり、君は面白いね」
「はい?」
「グラノスにはどうする? 伝えていい?」
「私から話します。その後であれば話しても構わないです」
この後、ちゃんと話し合いの場をもたないとそもそも納得しないと思うので……。
今後の活動方針も変わる……いや、変えたくないけども……ちょっと考えよう。ナーガ君がドラゴンと相対したときどうなるかも、調べないといけないしね。




