4-8.夜に
目を覚ますと、ベッドにいた。
真横に机と椅子があり、カリカリと音を立てながら、何か書いている兄さんがいる。
「兄さん?」
「ああ、目が覚めたか?」
「うん……お水、ある?」
「ああ、ほら」
起き上がるとだいぶ体がだるい。微熱とかがあるわけではないけど、頭が働かない感じだ。
兄さんはコップに魔法で水を入れて、渡された。水差しが机の上に置かれているのに、その水を使わないのは違和感がある。
水を飲み干してから、部屋の中を見渡せば、私が与えられた客室だった。兄さんがいるのは、多分、護衛だよね。別室を与えられているのに、一緒に過ごす理由は他に無さそう。
兄さんが机に刀を置いてる時点で何かあったらすぐ抜けるようにだろう。ピリッとした空気ではないので、多分、念のためかなとは思うけど。
「どれくらい寝てた? その間に何かあった?」
「6時間くらいだな。日付が変わって、夜明けまではまだ数時間あるな」
「6時間?」
MP、SPもまだ完全には回復していない。
いつもなら、6時間も寝れば全快してるのに……まあ、使い切った状態で、気絶ってことが今まで無いから、比べても仕方ないけど。回復が遅い。
しかも、怠くて頭が働かないような……。いや、でもそもそも寝起きは良くないからかな?
「何かあった?」
「大した事じゃないが、奥方殿の水差しに毒が検出された。屋敷中を調べたら、そこかしこで水に毒が紛れてるとさ。地下牢に運ばれた水も毒が入っていた。俺らの部屋は毒は検出されてないが……そもそも、毒を作り出せる薬師に対し、警戒するような動きが一部からあるな」
「……え?」
「奥方殿が口にする前に発見されたし、地下牢の二人はいつもと違う人が持ってきたから口にしなかったらしい。コックやメイドの一部が腹痛の者がいるくらいで、たいした影響はない。殺すための毒でない……犯人は不明だが。俺らを疑うやつは何に扇動されているんだか」
兄さんが一通り鑑定して、毒などの確認はしたから問題はないらしい。ただ、気分が良くないから水差しから注がなかったという。
兄さんの説明にこくりと頷くが、やっぱりなんか遠く聞こえる。説明が理解できないわけじゃないけど、なんか入ってこない感じだ。それにしても、殺さない程度の毒? 確かに、弱っている状況であれば奥方様には効果が出る可能性はあるけど。
一番警戒されてるのに、失敗するのが前提で動く……。こちらを疑わせたいとかも、なんかありそう。
「大丈夫か? 疲れてるなら、もう少し寝るといい」
「眠いわけじゃないんだけど、怠い……」
「だろうな。スペル達から聞いたが、君、生命力を削ってまで、発動させていたらしいぞ」
「MPもSPも切れちゃったけど……もう少しだったから。でも、兄さんが操られなくてよかった」
「ああ。そうだな」
ちょっと無理をしたけれど、なんとかなった。兄さんが操られることがなくて良かった。〈祝福〉が兄さんにちゃんと効果があったと言うことか……ただ、そもそもの力の差がありそう。
今回は耐えられたってところかな? 定期的に兄さんとナーガ君にはかけておこうかな。そもそもの効果はわかってないんだけど。
もし、兄さんと敵対してしまったら……。
一瞬、ぶるっと体が震える。格闘センスというか、判断力なのか……私みたいに直感とかをもってるわけじゃないのに、兄さんに勝てると思えないんだよね。そもそも、敵対したくない……。ナーガ君ともだけど。
「寒いか? 上着を被ってるといい」
「違う。その、生命力……」
「ああ、それか。今後、MPが切れたら、すぐに使うのをやめるようにな」
「……うん」
もう少し、足りないと思ったから続けてしまったんだよね。
祝福の発動を続けないといけないと無意識でもわかったから。まあ、HPが削れると同時に、削っちゃいけないものを削っている気はしたのだけど。
ゆっくり休んでいればそのうち治るだろう。そんなことを考えていたら、兄さんの目が剣呑さを増した。
「あれらのために、君が傷つくなら次はない。いいな?」
「……多少の無理で、今後の安寧が買えるんだよ?」
「…………君がその考えを変えないなら、俺も手段は択ばないが?」
兄さんの声の響きに、怒りが滲んでいる。
あ、これ、まずい。
うまく働かない頭でも、まずいのが分かるくらいに激おこだ。にっこりと笑っているのに目が笑ってない。
「ごめん……もうしないから」
「そうしてくれ」
兄さんが私の頭を撫でて、机の椅子ではなく、ベッドに腰をかけて座る。
少し、怒りが解けた、かな? 頭を撫でられた。
心配させてしまったのだろうけど……兄さんもSP枯渇までしたから、辛いはずなんだけどな。
それでも、6時間も目が覚めなかったから心配させてしまったのだろう。さらに、なんか毒事件が起きて護衛をしてるっぽいからね。何か起きた方がスペル様達も動きやすい部分はあったのかもしれないけど、何が起きてるんだか。
「それで、兄さんがわかってることだけでも教えて?」
「ルナの状態が封印状態になったことは、スペルが確認してくれた。30分もしないであっちは目が覚めたから、選ばせた。俺らと来るというから、奴隷契約を結んだ。条件は主の命を狙わない。対象は君に対しては個別で、ついでにメディシーアの人間だな。次に悪魔の力を使わないことを命令した」
「うん……とりあえず、魅了も封じた?」
「ああ。あの目隠しの布を外しても、周囲を魅了することが無くなった。ただ、まあ……紫の瞳は目立つからな。眼鏡と鬘でも用意して隠した方がいいかもな」
まあ、目隠しが外せるのであれば、良かったのかな。あれ、完全に封じていたわけでもなかったけどね。
周囲を魅了しなくなっただけでも普通に暮らせるようにはなったはず。どちらかというと導火線が短そうなリュンヌさんが落ち着くだけでも変わると思うのだけど。
ただ、兄さんのいうように容姿の特徴を隠されてしまうと、私としては困るんだけどね。パッと見てわからないだけで、一瞬の油断で死ぬことになりそうで怖い。
いや、多分……もう、ルナさんから狙ってくることはないと信じる。あんな苦労したので、もう一回するのは勘弁して欲しい。
「ちなみに、あのルナは魔眼……目によって魅了をするらしいな。君に力を封じられてから本人も使い方を自覚したらしい。ついでに、髪の色が、変な色になってたな」
「変な色?」
「前髪は白、他は黒……少し、試すために封じられた状態で魅了を使わせたんだが、発動しない代わりに、髪の色が一部、白から黒に戻った」
「ん? どういうこと?」
「スペル達が、髪が真っ黒に戻らない限り、魅了の力は戻らないという憶測を立てていた。俺もそう思う」
兄さんの説明を聞いても、なんだか頭に入ってこないような。いつもなら、そうだなとか、そんなことないってぱっと浮かぶんだけど。駄目だな、理解が追い付いてない? ……疲れてるのかな。
「君も疲れてるだろう。今日は休みつつ、奥方殿の治療に専念しよう」
「そうする。心配かけてごめん。兄さん、寝てないんだよね?」
「ああ。メイドが信頼できないから、一人に出来なくてな。あのメイド長は奥方殿についている。……再度、毒殺を狙ってくるのかはわからないが……スペル達の父、侯爵を捕らえるまでは警戒しろと言われた。そこで、君にはメイドを近づけないために、俺がついた」
「私、眠くないから、代わる?」
「大丈夫なのか?」
「うん、怠いけど眠くはない、かな」
じっとこちらを確認するように見てくるが、嘘ではない。
もう一度寝ろと言われても、困る。体は怠いけど、眠くない。兄さんが寝なくてもこのまま、起きているつもりだった。
兄さんが寝ていないと言うなら、交代した方がいいと思う。
「わかった。じゃあ、代わってくれ。眠くなったら、いつでも起こしてくれていい」
「うん、おやすみ」
兄さんがベッドに入り、私は机に移動する。
とりあえず、私の方もラズ様への報告書は作っておこうかな。治療については報告しないとだろう。
机には、書庫から持ってきたらしい本が何冊か……うん。書き終わったら、これを読みながら時間をつぶそう。
しばらくすると、兄さんの寝息が聞こえてきた。ちらっと見ると本当に寝てる。落ちるの早いなと思いつつ、疲れてるんだろうとも思う。スタンピードでも、兄さんは睡眠時間を結構削っていた。
多分、スタンピードも私が起きてるとき以外は、何かあったときのために起きてたっぽい。当番は関係なく……おそらく、3時間程度しか寝てなかったとか、ありそう。
う~ん。とりあえず、なんとかなった。寝顔を確認しつつ、ほっとする。
「うん……一安心かな」
ルナさんに対する脅威は無くなった。これで、一段落かな。ずっとバタバタしていたけど、なんか終わった気がする。
落ち着いた状況になったなら、調合の腕を磨く時間も取れる。師匠の持病については心配だから、代替素材を研究するとかも良いな。レウス達に頼まれている付与もやりたい。
色々とやりたいことは多いかな。




