4-7.対決
兄さんとともに、話をしに行くにあたり、念のため、兄さんには刀を渡してもらった。
もともとステータス的に兄さんの方が素早い。刀を持ってたら攻撃力も格段に上がり、逃げることも困難なので、もしものことを考えてだったけど、あっさりと渡された。
「いいの?」
「ああ。ただ、もしもの時には、すぐに撤退だ。俺の戦力が落ちてる以上、あの女と戦うようなことはしないでくれ」
「うん。それはもちろん。なにかあれば、兄さんと一緒に逃げるから」
兄さんの戦力……刀を奪っても、強いけどね?
いや、普通に対人戦で、刀を使わない状態の兄さんとの稽古はするけど、本気の状態で勝てた試しはない。ナーガ君も同様。惜しいところまでは行くんだけど。
刀を奪っただけで、戦力ダウンと言うほど……いや、でも刀をもつとチートだからなぁ……。
そのまま二人で地下牢に向かう。
見張りの人に確認をしたが、目覚めたルナさんは普通の状態だったらしい。悪魔が常に出るような状態でなくほっとした。
「……今、大丈夫ですか?」
「ああ、来たのか……すぐにルナを起こす」
「あ、まだ寝ているならいいです。また後で来ます」
「いや、あの後、ちゃんと目を覚ましている。ここでは時間もわからず、やることも無いのでな。寝て過ごすことが多いだけだ」
そう言って、リュンヌさんは奥のベッドにいるらしいルナさんを起こしに行く。
だいぶ、こちらを睨んだり、勝手な主張をしていたときに比べると落ち着いている。
「ずいぶんとまともそうだな」
「うん。私もそう思う……魅了状態って、やっぱり言動おかしくなるんだね」
兄さんと会話していると、ルナさんが起きたらしく、戻ってきた。
まあ、牢自体がそんなに広いわけじゃないから、全て見えているけど。
「重ね重ねすまなかった。今は大丈夫なはずだ、迷惑をかけた」
こちらの会話を聞いていたリュンヌさんが再び頭を下げて謝罪をする。
「全くだ。で、君たちの意志は決まったかい?」
「……あの、選択肢を教えてもらえませんか? 今、私とリュンヌが生きるために、どんな選択肢があるかだけでも、教えてください」
二人で頭を下げてきたので、ちらりと兄さんを見るとこくりと頷いたので、任せることにする。
「一つ、共和国に強制送還。二つ、王都へ強制連行。三つ、ここから逃亡して二人で生きていく。四つ、スペルの部下、奴隷になる。五つ、俺らと手を組む。ただし、5は俺らの上にいる人の意思を確認しないと、君らの身は保護できるかはわからない。大まかにいえば、この5つだな。ちなみに共和国に行けば、即奴隷。王都はとりあえず保護されるだろうが……君たちは離されるんじゃないか?」
「離されるとは?」
「……こちらもどうなってるかを詳しく聞いてるわけではないのだけど、能力とかで区分けして管理しているみたい。リュンヌさんの能力は知らないけど。一緒にいることは難しい、かな。そもそも王都の異邦人たちの今後についてもどうなるかわからない。楽観視はできない……どちらにしろ、国の思惑によって、いきなり戦地に送られるとかもある、どうなるかはわからないと思っていいよ」
まあ、最初の二つの選択は、国は違えど、徴兵されて国のために働かされる立場。それから逃れている私達のほうが普通ではないので、なんともいえないけど。
「あなた達と手を組む場合、どうなるの?」
「手っ取り早いのは、借金奴隷となってもらう。そうすると基本的には主の命令には逆らえなくなるので、クレインへの危害を加えないと命令をして行動を縛る。それがないと危険すぎて側に置けない。次に、出来るかはわからないが、その悪魔の能力を封じさせてもらう」
「え? 出来るの?」
「わからない。だが、試すことは出来る。その上で、出来たなら、俺らを保護してくれている人に掛け合ってみる。ただし、それでも保護が出来ないとなる場合もある。異邦人の中でも、悪魔は別格だからな」
別格というか、危険だよね。
今のところ、帝国の反乱の原因になった人も、悪魔族という話を聞いている。魅了状態にして、周りを巻き込んでしまうあたり、かなり危険。
「あの、その悪魔っていうの……」
「この世界で悪魔という伝承がある。容姿が黒髪・紫瞳……ルナさんの容姿だね。能力の中には、人を惑わし、下僕とするっていう能力が伝わっている。まあ、リュンヌさんが魅了状態になっていたから間違いない。自分で種族を選んだ記憶は?」
「……預言者っていう、ユニークスキルは取ったのを覚えてるけど」
「私はダークエルフの純血を選んだが、ユニークスキルとはなんだ?」
あ、リュンヌさんは種族のみか。じゃあ、ユニークスキルは、〈天命〉かな。説明は……しない方がいいかな。死んでも生き返るって言われても、困るだろうし。
「記憶が曖昧だったり、変な法則もあるみたいで……詳しく説明は出来ない。ただ、ルナさんは多分、悪魔という種族。〈預言者〉が、ユニークスキルの二段目かなと思う。他に何も取ってないなら……種族は純血かな」
「純血……」
「ハーフとかクォーターはわかるよね? 多分、血が混ざってない純血種ってこと。ちなみに、伝承に残るくらいに以前の人たちがやらかしているから……黒髪だけでも不吉って言われるし、その容姿だと町中歩けないと思っていい……兄さんから聞いてない?」
「理解してなかったが、伝えたな」
うん。黒髪も紫瞳も不吉の象徴です。これは民間でもその認識なので間違いない。
兄さんとしても、パッと見ただけで違和感感じるレベルだったらしいしね。
「……そういう意味、だったの?」
「それで……その目隠しも、多分、スペル様の方で危険と判断して封じてるでしょ?」
「うん、そんなこと言ってた……見えなくて、かなり不便なんだけど」
まあ、不便だろうと、不穏分子をそのままにできないから、それは諦めて欲しい。ただ、完全に封じられているかは別だと思うけど。あくまでも、視線を合わせないくらいのものでしかないよね。
「あなた達と手を組む、奴隷になっても保護してもらえるとは限らないのよね?」
「ああ。俺らも保護してもらっている立場で我儘は言えないからな。提案はするが、断られる可能性が高い」
「……悪魔だから?」
「ああ。人里離れた場所で暮らすことを勧めるぜ? あとは、スペルに頼んでみるか、もしくは……帝国に行く。まあ、すでにやばい状態だが、異邦人同士だから何とかなる可能性もある」
「……本当に?」
異邦人同士だから助けるべきみたいなことをリュンヌさんが言ってたから、もしかしたら、気があうかもしれないけど……すでにやらかしてる大規模な野盗集団だと思うので、私は女の子には勧めないけどね。
異邦人は女が少ない。白い世界にいた時も男の方が多かったけど、こちらの世界で見かけた異邦人は男の方が断然多いんだよね。レウスの話だと帝国でも男のが多いって話だったし。まあ、逆に大切に扱ってもらえる可能性もあるけど、どう扱われるかは保証できない……。
「帝国で何が起きているんだ?」
「反乱だな。今、帝国では国としての機能を失っている。ただ、俺は帝国の連中は近いうちに自滅すると思ってるぜ? なにせ、食料不足になった時、奪うしかできない。作れる奴を殺しまわっているからな」
「各国、自分のところで手一杯の間は放置されるけど……自分の意志で、未来は見えないんだっけ?」
「……占うことはできるけど、百発百中ではないの……でも、多分、東側に向かうことは良くないって占いに出てる。占いでなく未来が見える時は、勝手に流れてくる夢みたいな感じ」
扱いにくそうな能力……。直感を使いこなせていない私が人のことを言えないけれど。
しかし、東側……すごく曖昧だね。
たしかに、ここからずっと東に向かうと帝国はあるけど……領地が3つ4つあるはずなんだけどな。そもそも、王都もここから東方向にある。
「ひとつ聞きたいんだが、奴隷になるのはルナだけか?」
「いや、君もだな。犯罪奴隷ではなく、借金奴隷という形で君らの滞在費やら、密入国による罰金を俺らが立て替えるという体裁だ。……ちなみにだが、俺らの町にも帝国兵が潜伏していて、見つかると問答無用で、奴隷だそうだ」
「兄さん……そもそも、同じ町には住めないと思うけど」
「そう、なのか?」
「リュンヌさん。私、ルナさんの中にいる何かに命を狙われてるんだけど? 貴方だったら、その人と近くで暮らしたいです?」
「あ、うむ……」
リュンヌさんがぽかんとした表情をしているけど、普通に考えて、普段から一緒に行動するのは無理。危害を加えない=安全、とはならないよ。だって、その中身は人外だよ? まあ、二人きりにならないくらいの警戒でいい気もするのだけど。
「……ごめんなさい」
「いや、いいよ……それで、どうする?」
これから先、どう生きていくのか? 決して、有利な選択肢などないけれど、それでも何かを選ぶしかない。急かして申し訳ないけど、こちらもずっと二人のために時間を使えるわけじゃない。
「あの、悪魔の力、封じられるの?」
「わからない。ただ、やるにしても……料金取るよ? 払える?」
「……お金ないから、無理です」
「だから、借金奴隷になってもらうことが前提になる。無償でなんでもやってあげられるわけじゃないからね」
しばらく、沈黙した後、ルナさんは大きくこくりと頷いた。
リュンヌさんに声をかけ、小声で話し合いをした後、こちらに近づいてくる。
「5でお願いします。あなたたちと……」
駄目だ……直感が発動してしまった。一筋縄では、いかないらしい。
兄さんに合図を送ると兄さんも気付いて頷き、牢から二歩下がり、距離を取る。
「許サン……ソンナ事サセン……」
牢の入口にいたルナさんの周囲に紫色の靄のような物がまとわりつくようにあふれ出し……周囲に広がっていく。
声も、男性のような声に変っていて、身体を乗っ取られたのがわかる。
そして、紫の靄が広がり、それに触れたリュンヌさんが発狂したかのように牢屋の格子を握りガタガタと外そうとしているのか、暴れ始める。
「兄さん。お願いね」
「ああ、ちゃんと守るさ」
兄さんにお願いをして、その場に膝をついて、祈りを捧げるようなポーズをとる。
正直、形から入るのが正しいのかは、まだわからないのだけど……合掌をして、目をつむり、祈る。
……ルナさんを元に戻してください…………。
体からSPとMPが抜けていく感覚……。
ティガさんの治療の時に、兄さんに祈った時と同じ。〈祝福〉が発動する。ただ、今までのようにがくっと一気にSPとMPが減るのではなく、じわじわと減り続ける。魔法を使うよりもぐんぐん減っている。これは、短時間で枯渇するだろう。
兄さんと私の周りにキラキラした光が広がり、ルナさんの紫色の靄と拮抗するようにお互いがせめぎ合う。
「……っ…………」
ティガさんの時は、一瞬だけの祈りで2割ものMPとSPが無くなった。兄さんの時は5割。今回は……すごい勢いで減っている。すでに3割が削れたけど、まだまだ発動している。そして、SPの方が少ないから減りが早い。
「……無理するな。ちゃんと使ってくれ」
「……っ」
兄さんの言葉に、わずかに頷くが……きちんと答える余裕がない。
事前の打ち合わせにて、兄さんにお願いしていたのは、一つは危険と判断したら、逃げ出すこと。祈りの体勢になってる状態の私をそのまま抱えて、地下から脱出してもらう。
もう一つ……SPの補給。兄さんのSPを私の体に流してもらい、そのSPを吸収して私が使う。
私のMPとSPの値はだいぶ大きいから、その分を兄さんから分けてもらっているわけだが……それでも辛い。
たらっと冷や汗がこめかみから顎まで流れ、合わせている手が震えるくらいに圧迫感を感じる。目を開けて、前を確認すると魔法攻撃がこちらに来ていた。
「っ……!」
「大丈夫だ」
どうやらリュンヌさんが何かの魔法を発動して、こちらに攻撃を仕掛けてきているが、兄さんがSPを流すために、私に片手で触れている状態なのに、空いてる片手で、私のミスリルの短剣を使って魔法を切り裂いた。
兄さんが刀を持ってると危険と思ったけど、ちゃんと持ってた方がよかったかもしれない……。上手く扱ってるけど、いつの間に私の武器を取った?
「悪いが今、降りてこないでくれ! 危険だ!」
魔法の発動に気付いたのか、牢の見張り役がこちらに降りてきそうな足音がしたが、兄さんが大声でそれを拒否している。気配を探ると止まってくれたので声は聞こえたようだ。
この場に来た場合に、リュンヌさんのようにあちら側に付かれると対処が大変になる。兄さんの声に対し「承知した」と声が返ってきたので、一安心。
ルナさんの様子は……正気ではないが、限界を迎え始めている。
こちらのSP・MPが切れそうなのに、レベルが低いルナさんが残っているはずはない……あちらも限界だろう。
「ウアァァガッ!!」
そのまま祈りを続けるとルナさんが苦しみ始め、紫の靄を光が消し飛ばしていく。光に触れたリュンヌさんがガクッと力が抜けてそのまま、そこに倒れる。
ルナさんの周りを光が包み込み、さらに苦しみ始めた。
「ぐっ……」
「……もう、いいよ、にいさん……」
兄さんのSPが切れ、うめき声をあげた。
私のSPも切れ……MPもわずか。
それでも、そのまま祈りを続ける。MPが切れても、そのまま……気持ち悪くなってきたが、もう少し…………。
MPとSPの代わりなのか、HPが減り始めたが……もう少しな気がする。
「……殺ス、殺ス、コロシテヤル! コノ娘ダケダト思ウナ……アレの眷属ナゾイラン……絶対ニ殺シテヤル……死ネ、死ネ、死ネ、死ネェェェェ!!」
断末魔のような叫び声を聞きながら、私の意識もぷつっと切れた。




