4-5.少女との対面
地下牢にいるという少女たちに会いに行く。一緒に付いてきてくれたのは、昨日からお世話になっているメイド長。
どうやら、治療のことも聞いていたらしく、とても感謝された。この人は双子が生まれる前は奥方様に仕えていてたらしい。体調が良くなったのを見て、安心して、こちらを信頼してくれたみたいだった。
「すみません。念のために、魔法をかけてもいいですか?」
「魔法、ですか?」
「状態異常になりにくくする魔法です。魅了状態にさせる可能性があると聞いているので」
「ああ、そういうことですね。もちろん、大丈夫でございます」
許可をもらって、状態異常抵抗〈レジスト〉を私とメイド長にかけさせてもらい、相対する。
あ、ダメだなと思ったのが、視界に入った瞬間から、ピリピリというか背筋がぞくぞくするので、直感が微妙に発動している。気を付けないと死ぬってことか……。
まあ、話をするだけで、近付かない。油断をしなければ、多分……平気かな。
「おはようございます。起きてます?」
「誰だ?」
「クレインと言います。貴女がリュンヌさん? そっちが……」
「ルナ……クレインさん? あの、私……」
「兄さんから一応、あなた方の事情は聞いています。私を殺そうとする何かが、憑依している、ですよね?」
「うん……今は、平気みたい。あの、助けてください、お願いします」
ルナさんが頭を下げると、一緒にリュンヌさんも頭を下げた。
目隠しをしているので顔は見えないけれど、声も震えて、頬が扱けて、やつれているのもわかる。外見年齢は同じくらいだと思うけど、言動がルナさんの方が幼い。
「気持ちはわかる。でも、私の命を狙ってる人を側に置くことは出来ないのはわかる?」
「……」
「あなたのせいでなくても、その可能性があるなら一緒に行動は難しい」
「はい……」
私の言葉にこくりと頷く。素直に応じているので、多分、私と行動するつもりは最初からなかったかな? 私を殺してしまう可能性にも恐怖を感じているような素振りがある。
「その上で、聞くけど……この世界で、どうやって生きたいと思ってる?」
「え?」
「あのね、兄さんから聞いた話で悪いのだけど『自分に不利なことは何もしないで悠々自適に暮らしたい』、そんな風にも聞こえてしまう」
「そんなつもりじゃない! でも、真実か確認するために奴隷にするって言われて……」
「うん。奴隷という言葉に拒否感があることはわかるよ。でも、あなたが自身の能力を使って預言をしても、それが本当かどうか、確かめようがないことなの。貴女しかわからないから……嘘か本当かだけでも知っておく必要があると考えたんだと思う」
「でも……」
優しく諭すように伝えるが、リュンヌさんがこっちに向かってきて、牢の鉄格子をつかんで睨みながら言葉を発した。
「奴隷なんて!! そんなことができるか! 勝手なことを言うな! 貴様にわかるわけがないだろう!!」
怒鳴って、こちらを威圧するようにしているが、レベル差があるので効果はなかった。ただ、気分がいいものではない。話が通じないのはこっちか。
「今、ルナさんと話しているから邪魔をしないで。貴女の意見は後で聞く」
「なっ、貴様がルナを責めるから!」
「貴方がそうやってかばうせいで、彼女をよりひどい状態に置こうとしている自覚ある? 今、私は彼女と話をしているの。『助けて欲しい』、それはわかった。でも、そのために何をするのか、彼女から聞きたい。リュンヌさんの出来ない理由への言い訳を聞きたいわけじゃない」
リュンヌさんがこちらをなおも威嚇しているので、こちらも同じように威圧をして黙らせる。
ついでに、敵意を向けられたので、いいやと思って、鑑定もさせてもらった。
ばっちり、〈魅了〉の状態異常が付いている。アルス君の時は、状態異常はついてなかったよね、私が分からなかっただけかもしれないけど……。まあ、治療するかは後で判断しよう。
「気に入らないのであれば、話は終わりにしようか」
「……なにがだめだったの?」
「……多分だけどさ。色々と予知が見えてるせいで、選択肢を狭めてない? 余計なことをしないように、変な方向に行かないように。この情報を言って、行動が変わったら自分の不利になるとか、情報の取捨選択してるでしょ? でも、そのせいで一貫性がないから、信用し辛いんだと思うよ?」
ハッとしたように顔を上げた。
うん、図星か。自分に都合のよい未来になるように誘導するのは、気持ちはわかるけど悪手だと思う。
これしか手札はありませんと見せておいて、実は他にも方法はあるけど自分に不都合だから隠してある手札がある……。これって、相手からするとふざけんなとなる。
隠された手札に気付いていない間はいいけど、相手がそれに気づいたときは信頼関係が破綻する。
「でも……そうしないと、私だって死んじゃうかもしれない」
「それで、上手くいった?」
「……ここに閉じ込められて、保護してくれる約束も無くなった」
「信頼できないと判断されたからだね」
「なんで、だって……」
対等な関係であれば、お互いに手札を隠すこともあると思う。
ただ、それは対等であればという話で、どう考えても貴族と保護を希望する異邦人の立場は対等じゃない。
「状況が違うけど、私は殺されるって思った時にすべての手札を晒したよ。何を考えて、どんな能力を選んだか。知ってることも全部。それでも足りないから、契約を結ばされた。嘘をつかないっていう契約だと言われたけど……長く続ければ精神が壊れるような契約をね。相手は契約の詳細を説明してくれなかった」
「そんなの、なんで結ばなきゃいけないの! 可怪しいでしょ!? そんな……」
「対等じゃないんだよ。こっちは全ての手札をさらけ出して、相手は手札を隠して当たり前だった。今はその時よりも……異邦人の状況はひどいよ?」
目隠ししている布が濡れてきている。泣き出してしまった、かな? どうしようかと様子を見ていると手で顔を覆って泣き出してしまった。
「私、だって……かんがえ…………なんでぇ……ただ、リュンヌと……いっしょに……」
完全にしゃくりあげて泣き出してしまった。リュンヌさんがルナさんを抱きしめつつ、私を睨んでいるが……。
そこまで厳しいことを言ったつもりではなかったのだけど……。
とりあえず、落ち着くまで待ってみる。
いや、泣き出したのでちょっと心配になって牢に近づこうとして、背筋がピリっとした。近づくな、危険ということか。
さっきまでは、死にはしないけど、近づかないでおこうと思うくらいの微妙な感じで発動していたけど……それ以上はダメと、珍しく直感さんがお仕事している。いや、基本はお仕事しないでいてくれた方が私の精神的に良いのだけどね。
うん、やっぱり、彼女の中にいる何かに命を狙われてる……。
この子が悪いわけじゃないんだけど、本当にどうしよう。
「……ごめ……なさ……」
「うん、こっちもちょっと大人げなかった、かな。落ち着いた?」
「はい……あの……どう、すれば……」
「あなたは考えなくても、大人が考えて教えてくれる、そんな年齢だったかな? この世界では自分で考え、選択しないと生きていけないよ」
「……はいっ」
「自分で考えて、頑張ったのに上手くいかないのはつらいと思う。でも、誰かに決めてもらうのは危険だよ……まあ、ヒントというか、アドバイスくらいはできるけどね」
流石に、何も知らない状況では、選択することも出来ない。それに、もう、考えることすらできないくらいに追い詰められている。
「あなたの能力は、使いどころがすごく難しい。知った未来を変える事で、得をする人も損をする人もいるかもしれない。それに、知っていても避けられない未来だってあるかもしれない。その全てを受け止めることは、多分、貴方にはできないと思う」
「……わたし、死にたくなくて……」
「うん。自分のために能力を使うことがあってもいいと思うよ。でも、受け止められる? 例えば、自分が怪我しないようにしたせいで、他の誰かが大怪我する……そういうことがあった時、貴方の能力を相手が知っていれば……責められる。それだけじゃない、貴方が知らなかった未来さえ、悪いことが起きれば、あなたが責められる可能性がある。そういう能力だと思うよ」
「……そんな、つもり……なっ……」
「貴女にそんな覚悟がないこと、スペル様はたぶん、見抜いてるよ。だから、使えないと判断した。すぐに、自責の念で潰れてしまうことが予想できたからね。貴女の判断で能力を使わないためには、奴隷という手段はあると思う……主人が命じたこと以外のことを口にしないという命令があるだけで、だれも責められないでしょう? 能力に制限をかけることもできるらしいから」
かたかたと震えだしてしまった彼女の頭を撫でている、リュンヌさんの手つきは優しい。心配していることはわかる。支えてくれる人がいるなら、大丈夫か……一人だと押しつぶされてしまいそうだけど。
「まあ、私がそうかなと考えているだけで、スペル様と話したわけじゃないし、真実は違うかもしれない。けれど、その能力は貴女を幸せにしない……多分ね。使いこなせないなら、だれにもその能力のことを言わない。その力を見込んで、保護してもらうというのはやめた方がいいかなって思うよ」
「……」
「この世界で、どう生きたいか、考えてみよう? 力を使うことも、使わないことも……自分で決めた方がいい。……私自身も自分で奴隷にした人がいる。悩んだけど、それが失敗だったとは思ってない。こんなこと言う権利なんかないけど……貴族の人に保護してもらうのは、衣食住を保証してもらえることでもある。でも、辛いことをすることにもなるよ……本当に何がしたいか考えてみて?」
ゆっくりと頷き、「少し、時間が欲しい」という。とりあえず、素直な子ではある。こちらが説明すればちゃんと聞いてる。
「さてと……言いたいことがあるなら、話をする?」
リュンヌさんに視線を送ると睨まれた。さっきまで、ルナさんには優しく接していたはずなんだけどな? 私が悪いのかな?
「ああ! 貴様も、その兄も何様のつもりだ? 自分は保護されたから、上から目線で好き勝手なことをっ!」
「そう思うなら、それでいいよ」
「仲間を助けることもしないのか!」
イラっとした。
仲間? 誰が? まさか、私の命を狙う人を仲間として助けろと?
こっちはアドバイスをしたりと、出来る範囲では助けている。仲間でも何でもない、こちらに不利益を与えるかもしれないのに……。
「……異邦人はみんな仲間? それなら、帝国に行くといいよ。異邦人の仲間を集めているからね。現地人の町や村を襲い、食料を略奪している奴らがきっとあなた達を受け入れてくれるよ。私は、異邦人はみんな仲間なんて思ってないから」
「なっ!?」
「すでに帝国を選んだ異邦人の半数以上死んでるらしいけどね? 帝国も滅びそうって聞いているし、世界の敵になりつつあるけど……異邦人をみんな仲間だと思っているなら、そこで異邦人の国でも作れば? 好きに生きればいい……私の知らないところでね」
なんか話をする気も無くなった。話が通じない人とは無理だ。ルナさんは幼くて未熟かなって、多少はアドバイスをする気になったけど、この人は無理。
「王国で生きるために、保護が必要なんだ!」
「王都に異邦人集められてるから、そこに行けば? 王国では奴隷にされてないから、よかったね? あなた達がいた共和国にいた異邦人は選択権もないまま、ほぼ奴隷だってよ。戦時の戦力として貸出すら検討されてるよ」
「なっ……人でなしめ! 目の前にいる者を助けようと思わないのか!」
「私も兄さんも聖人君子じゃないからね。自分のために犠牲にする物もあるけど……他人のために何か犠牲にしろと言われてもね。いい加減にしなよ? 子供を甘やかすだけで、責任を他に押し付けないで。その子の状況を悪くしてるのは誰だか、考えなよ……考えられないのかもしれないけど…………解呪〈ディスペル〉」
面倒なので、リュンヌさんに解呪〈ディスペル〉をかける。イラっとしたので、もう、黙らせる目的で、魔法で強制的に魅了状態を治す。鑑定すると、一応〈魅了〉状態は解除された。
「くっ……」
頭を抱えたリュンヌさんを見ながら、少し様子を見る。まあ、きちんと魔法は効いているので、これでまともになってくれるといいんだけど。しばらくは頭を押さえながら、色々と首をふったりと怪しい感じだった。
顔を上げたときには、疲労感と困惑はあるけど、少しまともな目をしている。でも、こちらとしては好感はない。
「……すまなかった」
「はい。状況はあなた達の考えている数倍悪いと考えてください。その上で、あなた方がどうするかを考えてください。ルナさんはともかく、貴方の力になる気はないですけど」
「あ、ああ……何があったのか、わからないんだが」
「無自覚に魅了されていたのを魔法で治しました。ご自分の言動は覚えていますか?」
「あ、うむ……しかし……」
混乱しているリュンヌさんに話しかけた瞬間に、牢から距離を取る。まずいと感じた。
「……ヨケイなコトヲ」
「る、るな?」
「浄化〈プリフィケーション〉!」
ルナさんの雰囲気が変わった。その声に背筋がゾクッとした瞬間、咄嗟に魔法を発動させる。
「ぐわぁ!」
「あれ? 効いてる?」
そのまま魔法を全力で叩き込むようにかけていたら、苦しみつつ、しばらくしたら気絶していた。
中の何かが、ルナさんの表面に出てきたと思ったのだけど、消えた?
「どういうことだ?」
「多分、ルナさんに悪夢を見せてた元凶が表にでたのではないかと。とりあえず、寝かしておいてください。また、話をしに来ます……もし、目覚めたときにルナさんでなかったら、大声で人に知らせてください。見張りが上にいるので」
「あ、ああ……」
どういうことと聞かれても、私もよくわからない。一旦だけど撃退できた感じかな。
気絶と同時に直感が収まったので、とりあえず、危険は回避。
しかし……どうやっても、私とルナさんは両立しない。でも、見捨てるのもちょっと罪悪感はあるけど。
地下牢から離れて部屋に戻るために階段を上る。ずっと端の方、声も出さずに待っていてくれたメイド長は、地下から出た時点で声をかけてきた。
「お疲れ様でございます」
「はい……あの、奥様の治療の前に、一度、顔を洗ってきてもいいでしょうか?」
「はい。それがよろしいかと」
ずっと黙って見守っていたメイド長さんに部屋まで案内されて、お茶を用意してもらっている間に、顔を洗い、少しすっきりする。
お茶を飲んでいたら兄さんがやってきた。「疲れた」と愚痴ったら、頭を撫でられて、ホッとした。
「どうした?」
「……本当に命狙われてる。一緒にいるのは無理。ただ、見捨てるよりは……居場所把握している方が、こっちも対処しやすい」
「わかった。……王弟殿下に報告するが、許可がでるかどうか、だな。俺らではどうしようもない」
私達がどうするか、決められるわけではない。
未来を予知をするユニークスキルよりも、種族としての魅了の方が厄介だとわかった。側にいると変わってしまう……魅了が少しずつ浸食していくということだろう。
「情報が欲しいな」
「悪魔のか?」
「悪魔の情報もだけど、異邦人の情報。警戒されているのは理由があるはずでしょ? 白と黒、竜……特に竜から警戒されているということは、人とは違う視点でも何かあるはず……」
「なるほど。確かに調べる必要はあるか……竜か。ナーガのこともあるしな」
ルナさんとは関わらないでいいけど、ナーガ君と離れるつもりはない。
なぜ、白……私の種族が竜に狙われるのかは調べておきたい。




