4-3.女の異邦人〈グラノス視点〉
〈グラノス視点〉
クレインを部屋に連れて行った後に、スペルの元に向かう。
色々とごたごたがあり、ヒュドールオピスの討伐後、クレインと打合せ出来ていなかったのが失敗だった。事前にもう少し、異邦人に対しての話し合いをしておくべきだったな。
クレインが死の直感を感じた。
なんとなくとか、気になるとかではなく、はっきりと直感だと認識した場合は、『死』に直結する可能性があると本人は言っていた。
だが、俺一人で行くのは「多分、平気」という。
狙われているのはクレインだけ。あの子を殺せる状況が俺には想像できないんだがな。
どちらにしろ、俺では相手を見極めるのは厳しい。判断能力としては、間違いなくクレインが突出してるからな。
「やあ、早いね。妹は大丈夫かい?」
「緊張が解けて、一気に疲れが出たんだろう。今日は休ませる」
「別に明日にしてもいいよ?」
「まずは会ってからだな。出来れば、さっさとマーレに帰りたい」
「僕としては、母が落ち着くまでは診て欲しいんだけどね」
「悩ましいところだな」
流石に、患者が急転する可能性を考えると控えていた方がいいとも思うが……だが、医者がいるのであれば、そちらに任せてもいいはずだ。
毒さえ何とかなっているならだが……。専門家に任せた方が間違いがない。
「弟も母に付き添っているから、二人で行こうか」
「カイアにでも任せてしまいたい気分だな」
「あはは。むしろ、君がカイアの目であり、足でしょ?」
カイアとスペルが友人であるとは聞いているが、どういうやり取りをしているんだか。
俺自身は手紙のやり取りはしているが、大したことを伝えた覚えもないんだがな。貴族としてのやり方を教えてくれているのは助かっているので、こちらも出来る限りは魔物やら自然の情景を手紙で綴っているだけだ。
「ただの友人だ。で、地下牢か?」
「うん。危険人物だからね」
牢屋には、二人いた。
一人は黒髪の長髪に目隠しをしている。鑑定するが女であることくらいしか俺にはわからない。着ている服はボロボロになっているが目隠しだけはとてもきれいな布で何か封じる力が働いているようだ。誰かが来たことはわかるようで顔を上げて、その後もう一人の女の後ろに隠れた。
もう一人は褐色肌に金髪の髪、エルフのように耳が尖っている女。肉感的な体に少なめな布地で、鑑定するとダークエルフと確認できた。こちらをきっと睨みながら、スペルに話しかける。
「帰ってきたのか……それに、そいつが?」
スペルを睨み、もう一人の女を隠すように前に立った。そして、俺が一緒にいることに眉間に皺を寄せている。俺は身に覚えはないが、なぜか睨まれている。
「色々と片付けることも多くてこんな時間になってしまってね。その子の預言は当たったよ」
「そうか。ならば約束通り、我らの自由を保証してくれ」
「約束? 君たちの預言は聞いたけど、それが君たちを保護するという話ではないはずだよ」
「なっ! 話が違う!」
ダークエルフの女が怒鳴っているが、その程度でこの男が心を乱すことなどない。ふふっと楽しそうに笑っている。ただ、牢にいることもだが、関係性が良くないことは理解した。
「有用であれば取り立てるとは言ったけど、君たちのどこら辺が有用かな? まさか、預言が当たったら有用? 危険を避ける術を授けるでもなく、教えたから後は自分たちでってこと? 真実を言っているかを判断するための魔道具を付けることも拒否したよね? だいたい、どうやって自由を保証するの? 君たちは共和国に所属している。他国の人間、しかも各国で迷惑をかけている異邦人。保護する利益がないよ」
「だが、他に頼れるものがいない! 保護された異邦人たちと同じように、私達も保護してほしいと言っているのだ!」
「……なるほどな」
押し掛けてきて、自分たちを匿う様に要求か。面倒そうだ。
使える手駒は欲しいだろうが、面倒事は嫌がるだろう。リスクが大きいだけに、匿うことが出来る人間など限られている。
ついでに、スペルは、預言などどうでもいいと考える側の為政者だからな。その能力を欲するような貴族であれば保護してもらえる可能性はあっただろうが……預言ができるなら、それこそそういう貴族に保護を求めるべきだろう。
どうも、やっていることに一貫性が感じられない。
それでも、スペルはのらりくらりと拒否の姿勢を見せながらも、俺に押し付けようとしているくらいには助ける気があるようだが……相手は気付いていないな。
「……そこにいるのは、グラノスっていう人?」
「ああ。それも預言かい?」
「……そう…………助けて欲しいの」
目隠しをつけて、俺が見えないはずの少女が俺の名前を当てた。なるほど、荒唐無稽な預言者でもないらしい。それなりには、力がある。
「俺にそんな権力はない。だいたい、占いやら預言を信じるタイプでもなくてな」
「……毎晩、ううん……昼夜問わずに、あなたに似たクレインという少女を『殺せ』と声が聞こえるの。頭の中に映像も流れる……私が彼女を殺す夢……」
「穏やかじゃないな。…………だが、君がそれを実行する前に俺が君を殺してやる」
クレインの殺害予告をした少女に向かって、魔法袋から刀を取り出して殺気を放つ。
俺の目の前で宣言した以上、敵対者とみなす。ただですませるつもりは無い。
「ひっ……」
スペルに対し五月蠅く口を開いていた褐色肌の女は腰が抜けたようにへたり込み、震えている。
ばたばたと上から騎士たちが集まってきたが、スペルが「大丈夫だよ」と手を振って返していた。どうやら、そちらまで殺気が届いてしまったらしい。
「落ち着きなよ。話だけでも聞いてあげたら?」
「不愉快でしかないんだがな」
俺に対し、落ち着くように言うスペルは、困ったように笑っている。おそらく、クレインを殺す夢を見ると聞いていたのだろう。だからこそ、扱いに困ったか。
「……予知夢や占いじゃない。でも、私の中にいる何かが殺せというの……でも、それをすれば私は死ぬという予知夢も見た……私は殺したくないし、死にたくない…………でも、目の前に彼女が来たら、私は殺そうとしてしまう」
「……それで? 俺はあの子が大切だ。君はどうでもいい」
「……でも……私の持つ情報、彼女を生かすために必要なら……助けてくれる?」
クレインを人質に交渉を持ちかけてきた。
いい度胸だと思うが、そもそも土台が成り立っていない。クレインを殺させないのは当然だが、そのために助けるかと言えば、否だろう。
「いいや。そもそも、君はその黒髪、どこに行っても迫害されるだろう。目隠しの下が紫瞳なら、さらにな。この世界にとって、その色は禁忌。悪魔の色だからな……死にたくないなら、こうやって牢屋にでもいて、保護してもらったらどうだ」
「……何それ? 私は自由に外も歩けないの?」
「助けを求めるなら、助けることが出来る奴に言え。俺にはそんな権力は無い。だいたい、君たちに何が出来るんだ? 何をする代わりに保護を、自由を保証してもらうつもりなんだ? あれも嫌、これも嫌、でも保護はして欲しい、そんな我儘を聞いてもらえる立場かい?」
確かに、面倒ではあるな。スペルが押し付けたがるのもわかった。
一から十まで全て説明をしたところで、5くらいしか理解しないんじゃないか?
その容姿がこの世界に受け入れられない、外を出歩くだけで襲われると言ったつもりが、「自由に歩けない」と取る。一つ一つ説明してやるには、敵対関係であるため面倒でしかない。
「奴隷になるか、嘘をついていないか、確認するための道具を身につけろというのが正しい行いか? 犯罪者であろうが黙秘権があるというのに、隠すことすら許さないのだぞ!」
「だからどうした? 自分の正義感だけで語るな。この世界は君たちが生きてきた世界じゃない。この世界にはこの世界の常識がある」
「だが、理不尽だろう!」
ダークエルフの言葉にため息しか出てこない。
理不尽だろうが生きるために飲み込むか、死ぬしか道はないのがわからないらしい。スペルをちらりと見ると、「面倒でしょ?」という。
俺が説明役になるのか……。
「行動をちょっと変えただけで、未来が変わる。真実かどうかを確かめるため、提示された手段に過ぎない。信頼関係がないのに、ほいほいと全て信じる領主など、民にとって害悪でしかない。相手の目線も少しは考えたらどうだ? 自分のデメリットも受け入れた上で、信じてもらうために行動する覚悟もなく、嫌だ嫌だとガキみたく喚くから、有用でないと判断されたんだろう」
ちらりとスペルを見るとこくりと頷かれた。
まあ、交渉の土台に立つ以前の話でもあるが、こいつら感情のみで自分の事しか考えずに動くタイプなのかもしれない。正直、話が通じないように感じてしまう。
「だが!」
「リュンヌ、黙ってて……あなた達は違うの? 理不尽だと感じても、受け入れるの?」
「少なくとも、妹は精神を蝕む、奴隷のような契約を受け入れることを即答したぞ? 自分が生きるために必要なことだと割り切ってな。そんなあの子だから、一人で重い荷を持たせないために、俺も支え、一蓮托生、半座を分かつ覚悟をした。王弟殿下の元へ行き、情報をチラつかせ、有益であると示し、捨て駒になろうと主に仕える覚悟をな。俺は命令さえあれば、何でもする。たとえ、それが相手の破滅、命を奪うことでもな……自分の常識を他人に、この世界に押し付けるな」
中途半端な覚悟、口先だけで仕えるつもりはない。王弟殿下から命令があれば、従う。
そして、少なくとも、俺とクレインとナーガは、滅びる時はともにと覚悟している。その覚悟を同じ様に要求できないから、不和が出来ていることも承知している。
「君たちの言う、自由がどのようなことを指しているのかは知らない。自由に生きたいなら、好きにすればいい。だがな、甘ったれて、他の奴に迷惑をかけないでくれるか? すでに帝国で異邦人がやらかし、世界の敵と認識されつつある中で、貴族相手に馬鹿な要求するような奴がいるだけで、迷惑でしかない」
「ごめんね、グラノス。でも、わかったでしょ? これ、頭悪くて使えないから、いらないんだよ。でも、処分も難しくてね」
スペルが扱いに困っている理由はわかった。前提として、クレインに危害を加える奴を俺に預けられても困るんだが……まさか、これを受け入れるのも、俺の忠誠を確認するための試し行動の一つとか言わないよな?
話は終わった。そう考えて、牢に背を向けると、か細い声で「待って」と声がかかった。仕方なく振り返ると、二人は土下座の体勢になって、頭を下げていた。
「助けてください…………どうしたら……助けてもらえますか?」
「そもそも、俺に言うな。俺には君たちを助けることが出来る権力はないし、目下、妹を殺そうとする敵でしかない。自分の出来ることを示し、雇ってもらうなり、野垂れ死ぬなり、好きにすればいい」
「……予知夢は勝手に見えるの。自分で選べるわけじゃない……そこで、私は大抵は死んでしまう。他の、誰かの未来を予知しようとしても、その人が知りたい、望んでいる未来を予知できるわけじゃない。使いこなせないの……」
「それなら、他で生計を立てることを考えろ。まあ、信じないけどな? 君の預言は詳しく書かれ、概ね当たっていた。矛盾している。人によっては使える……そもそも、俺らの秘めた能力も当てている」
「無理……あれは……中にいる何かが私の力を勝手に使ったもの……彼女と私を出会わせるために。でも、彼女と会うことで……死なないかもしれない未来が見えたの……」
なるほど。
詳細に預言されていた内容は有用かと思ったが、本人の力ではないのか。中の何かが、操り、能力を使うと本人よりもうまく使える……厄介だな。
だが、本人にとってもそれを頼る必要があると判断した。
どちらにしろ、クレインより考えが甘く、考えが浅い。覚悟も足りない時点で、本当に使い物にならない。
「あのね……変なの。人が……急に人が変わってしまう……ありえないくらいに厚遇してきて……今も、リュンヌがおかしい」
リュンヌというのは、褐色の方の女。こいつも異邦人で、共和国の村に二人。いや、三人で活動していたが、一緒にいた男にエロいことをされそうになって二人で逃げ出したらしい。
その後、次第にリュンヌが自分に依存するようになっていって、今は従者のように振舞う様になってしまったという。
「まあ、それだけ肌をさらしてれば、そういう男が寄ってくるのもおかしくないだろ」
率直な感想としては、あるだろうな、それだけだ。
スタイルがいいこともだが、それが惜しげもなく披露されている服を着ているんだ。マーレで冒険者登録したら、速攻で男どもが寄ってきて餌食だろう。
うちの子らが引っかからないことを願うが……。
「違うの……私に……なんでも貢いで、言うことを聞いて……村の人もみんな……おかしくなっちゃった……」
ぼろ布を纏い、スタイルは普通……というか、まだ成長前の少女のような体躯だが、襲われたのはこっちらしい。怖くなって泣いて、慰めようとして迫られたと言われてもな。
「う~ん、そこらへんがおかしいんだよね」
「スペル、どういうことだ? 何かおかしいのか?」
「グラノスは知らないんだね。『黒き悪魔は人を引き付け、魅了し、惑わせ、下僕とする。目を合わせては成らぬ、声を聞いては成らぬ、触れさせては成らぬ、その香しき匂いを嗅げば意思を失う。近寄ること能わず』……悪魔の伝承の一部だよ。悪魔と接するなという戒めかな。その子の特徴はまさにそれ……ただ、危害を加えるという行動にはならないはずなんだよね。ちなみに、僕に仕える部下で何人か、この子崇拝し始めちゃってね……この子と目を合わせるのは危険だよ」
悪魔ね。
そういえば……アルスと一緒に行動していた女も妙に誰からも好かれていたな。あれは黒髪ではなく焦げ茶のような髪色だったが。下僕ね。まさに、リュンヌという女はそう見えるな。
鑑定をしても、黒髪の方の種族は〈???〉と表示されている。
レベル差を考えれば、表示されても良さそうだが、仕方ない。スペルの言葉から瞳を封じていると判断して、悪魔族と仮定していいだろう。
「スペル、何か対策とかは伝わっているのか?」
「悪魔なんて伝承で伝わるしかない存在だよ。でも、奴隷にしてその力を封じるとか、方法がまったくないとは思わないけどね」
「だとさ。どうするか、君たち自身で考えるんだな。ただ、一侯爵家の人間が王家に逆らって異邦人を所有する意味はきちんと考えろよ。助けてもらうこと前提にせずにな」
スペルと地下牢を出て、ため息をこぼす。
クレインと話し合う必要があるが……明日の朝になるな。
「お疲れ様」
「で、君はどうするつもりなんだ?」
「う~ん。今日の話を聞くと、王弟殿下に渡すのも戸惑うよね。手駒を殺すようなことしたら、僕の方も睨まれる。でも、君たちに預けたいんだよね。何せ、使えなくなった部下たちを戻すためにも、アレがいると困る」
「だろうな……まあ、とりあえず今日は寝る。明日の朝食はクレインと二人で取らせてくれ」
「わかったよ。おやすみ~」
「ああ、おやすみ」
自室に戻り、ベッドに潜るが眠くはならない。
悪魔、か。
異邦人の中には悪魔と伝承に残っている黒髪紫目、それと同じ見た目の奴がいるのは知っていた。俺自身も目が合っただけなのに、妙に印象に残っている男の特徴がそれだ。
帝国の反乱のきっかけにもなった特徴も同じ。すでに扱いづらいのはわかっている。しかも、明確にクレインの命を狙っている……。
クレインもおそらく、この悪魔族の少女に対し、直感を発動させたと考えるのが妥当だろうな。
「さて、どうするか……」
駄目だな。頭が混乱していて、対処方法が思いつかない。やはりクレインに相談してから、決めるしかないか。
最悪は……クレインに危害を加える前に、この手で……。そんなことがないことを願うがな。