4-2.解毒治療
情報交換という名の食事会を終えて、離宮の地下室へと案内された。
スペルビア様には「明日でも良いよ」と言われたけど、さくっと終わらせた方が、ゆっくり休める。明日に延ばすと大丈夫かなとか、失敗したらと……考えてしまい、寝れなくなってしまうのもある。
案内された地下室にあったのは、水晶の棺だった。
「……水晶? ……ちがう、虹水晶? すごい……」
鑑定すると、虹水晶と鑑定結果が出た。水晶が虹色に光っていて、より貴重な素材だと思われる。私では詳細を読み取れないが、凄まじいほどのMPとSPが棺に練り込まれている。
そして、透明なその棺の中には、女性が寝ている。う~ん。二人の母親というには若く見える。
「この方、ですか?」
「そう。僕らの母だよ……棺を開けると時間が流れるからね」
「この棺の中では時間が流れていないのか?」
「棺に込められた魔力が切れない限りね。ただ、これは特別。教会や聖教国で扱われてるのは、これの廉価版だから、時間を緩やかにするくらいしか効果はないよ」
兄さんの問に対し、肯定が返ってきた。
アーティファクトらしいけど、かなり貴重なものらしい。とにかく、時間を歪めるほどの性能であり、他にはないという。S級ダンジョン産らしいが、クヴェレ家の始祖が手に入れたものらしい。
まあ、こんな効果がある物がほいほいとあったら大変なことになりそうなのはわかる。一侯爵家がなぜ、こんな物を持っているのかはわからないほど貴重っぽい。
ちらっとスペルビア様に視線を送るが、にこりと微笑まれた。深く考えない方が良さそう。
「えっと……薬を自力で飲めない場合、依頼人が飲ませるようにお願いしていますが……」
「うん、弟がやるよ」
「わかりました。では、症状を見てから、加工をすることもあるので……自力で飲めず、飲ませる時はお願いします」
棺を開けて、治療を開始する。
まずは、〈鑑定〉と〈診療〉……衰弱と毒状態、微まひ状態、魔力封じ、ね。症状については、予想はしていた。クロウが成分を割り出してくれたことに感謝する。予想通りの状態異常が付いている。これなら、用意した薬と魔法でなんとかなりそう。
飲んでしまった毒も、事前に渡されたあの瓶に入っていた毒で間違いが無さそう。ただ、魔法治療をさせないための、魔力封じが施されているのがちょっと嫌なんだけど……。
魔力封じについては、解呪〈ディスペル〉であれば、治せる。単純に、解呪ができる神父が少ないから、魔力封じの効果を付けた毒はあると教会の書物で見たので覚えている。
「解呪〈ディスペル〉……」
「かはっ……」
魔法を唱え、まずは状態を安定させようと思ったが、魔法を唱えると患者がせき込み、患者は血を吐いてしまった。
シュトルツ様が近づこうとしたのを兄さんが止めている。一気に魔力を送ったことで、体に負担がかかってしまったらしい。ただ、もう一度鑑定をいれると、魔力封じの状態はなく、回復している。
「うん……これなら、いけるかな……」
もう一度魔法をかけようとしているのに警戒したシュトルツ様が止めようとしたのをスペル様が首を振って「邪魔したらだめだよ」と言った。
「状態異常複数回復〈クリア〉」
最初のミスを繰り返さないように、薄く、ゆっくりと患者の体に負担をかけない程度に、状態異常複数回復〈クリア〉を染み渡らせるように魔力を通していく。
ゆっくりと魔力を送りながら、体の魔力と気力の流れを確認する。
魔力封じの効果を毒に混ぜ込み、魔法での治療を妨害しているとはいえ、成分が体全体に届いていない。というか、おそらく胃の当りで止まっている。
毒を飲まされたことに気付いてからすぐに時間を止めていた、かな? これなら、治療もそこまで難しくはない。
「……っ……ぬし……なにもの……」
「スペルビア様、説明を……兄さん。この薬の半分、この水薬で薄めて。反発はしないから、ゆっくり混ぜるだけで平気」
「わかった」
私は魔法を継続して使用しているため、左手で兄さんに薬を渡す。
患者本人の意識があるので、飲んでもらうことに問題は無さそう。
スペルビア様が患者の横に来ると、安心したように頷いた。まあ、私が何者かわからないなら警戒させてしまったのだろう。
「ほら、出来たぞ」
「ありがとう、兄さん……解毒剤です、飲めますか?」
「あのどくを……げどく、できるだと? ……なにものじゃ?」
「パメラ・メディシーアの弟子です。魔法で緩和していますが、毒の元を断つために飲んでください」
「なにが……はいっている……?」
「素材は言いません。この毒をさらに質が悪い物にされたら困るので……私は解毒治療を受け持っただけですから。治療方法は内密に、解毒薬の素材も公表しません。元々の毒を打ち消すものが主です。魔力封じは魔法で治しているので、そのための成分は入ってません」
「そういうことだよ、母上。僕と弟を信じて、飲んでくれないかな?」
私としばし見つめ合った後、患者は自分で薬を飲みほした。
用意していた量の半分だが、十分に効果があるはず。そもそも、毒耐性のアビリティ持っているっぽい。毒の効きが悪い分、解毒薬を飲み過ぎると体に負担がかかりそう。
「後遺症の可能性を考慮し、今後、3日間、こちらの薬を服用してください。朝と晩に2回、傷ついた内臓などの働きを助けます。また、内臓が弱まっていますので、食事は粥などでお願いします」
用意しておいた解毒薬とは別の薬を患者に見せたあと、スペルビア様に渡す。
こちらの薬については、別に鑑定、解析されても構わない薬なのでそのまま渡してしまう。滋養強壮に良いだけで、危険な物はなにも入っていない薬。師匠のレシピなので効果は抜群だけどね。
「わかった……そなたには、ほうびを……」
「不要です。私は私が仕える方からいただきますので。……スペルビア様」
「うん。君への褒美はラズとやり取りをするよ。母上は平気かな?」
「魔法で、症状を緩和した後に、薬にて毒を中和しています。解毒は大丈夫だと思いますが、念のため、明日の朝にもう一度、診せていただけると助かります」
「母上……」
「うむ……へやへ……たのんでよいか?」
「俺が運ぼう。母上、失礼する」
シュトルツ様が抱き上げて、患者を連れていく。私と兄さんは頭を下げて、それを見送った。
「お疲れ様。見事なものだね。もう大丈夫なのかな?」
「しばらくは油断せず、口にする物は鑑定してからにしてください。体は負担がかかっています……もう一度、毒が盛られた場合には危険です。おそらく、胃についても負担があるため、気を付けてください」
「わかったよ。安静にさせた方がいいのかな?」
「出来れば……体に負担がかかるので長距離移動は勧めないです。最低、一週間は療養を」
「うん。わかったよ。それから、もう一つの用事はどうする?」
もう一つの用事?
兄さんをちらっと見ると面倒くさそうな顔をしている。異邦人がいると言っていたからそれかなと考えた瞬間……体にぴりぴりと電流のような背筋が凍るような、ぞくっとした感覚が体を巡る。
直感さんの出番ですね。
「どうした!? 顔色が悪いぞ!」
「あ、ははっ……治療が終わってほっとしたら、疲れが出たのかも」
兄さんが駆け寄ってきて、心配そうにこちらを見ている。
久しぶりかもしれない……これは、死の直感。用済みで消される? そう思って、スペルビア様を見るけど、「大丈夫かい?」と聞いてくる彼は普段と変わらない。むしろこちらを心配してるようにも見える。
貴族である彼は私を殺そうとする理由もあるし、それを表情には出さないだろう。でも、違う気がする。じゃあ、何に直感が発動した?
「スペル。すまんが、クレインは休ませる。俺だけでも構わないよな?」
「そうだね。ありがとう、クレイン。ゆっくり休んでね。グラノスは寝かしつけたら、僕の部屋に来てくれるかな?」
「わかった……じっとしていてくれ」
ひょいっと兄さんに抱きかかえられた。そして、そのまま与えられた自分の部屋まで移動する。
「兄さん……」
「大丈夫だ……(どこで聞かれてるかわからんからな……ぐったりした振りをしてくれ)」
兄さんにもたれかかるようにして、耳元で小声で会話を続ける。
「ん……(直感が……急に発動した)」
「……まったく、無茶をする……(俺だけで用事を済ませてくるなら、どうだ?)」
落ち着いて、ゆっくりと考える。私が用事に参加する場合、考えただけで直感が発動している。
最初はスペルビア様に命を狙われるのかと思ったが、異邦人に会いに行くのに発動したっぽい。ただ、私には発動しているけど、兄さんだけと考えると嫌な感じはしない。
この感覚を信じていいのか、少し悩みどころだけど。
「ん……(多分、平気……)」
「今日はゆっくり休め……(一人にするが、平気か?)」
「うん……(使用人出ていったら、結界を張るから大丈夫。……任せて、ごめん)」
「おやすみ……(大丈夫だと思うが警戒しろ。俺が帰らなければ逃げ出せ)」
「えっ」
「君はいい子で寝ていてくれ。おやすみ」
「……おやすみなさい、兄さん」
部屋に入り、ベッドに寝転がりながら考える。
異邦人……ここで、死の直感がした理由が異邦人?
正直、このスタンピードを得て、私達のレベルは上がり、ステータスがまたぐーんと上がった。よっぽどの事が無い限り、実力が劣ることはないと思う。
でも、異邦人のことを考えると、ピリピリとした感覚が戻る。つまり、私はそこに死の可能性を感じている。
何だろう……何が起きてる?
兄さんには「寝ろ」と言われたけど、寝るのは難しい。
せめて、体だけでも休めておこうとは思うけど……。困ったな。
モモが近づいていたので、撫でながらどうしようかなと考える。
一難去ってまた一難か……。




