3-37 .スタンピード5日目 〈グラノス視点〉
〈グラノス視点〉
何かが起きることはクレインの様子から予想していた。直感が発動しているような、いないような微妙なラインだったからこそ、下手をうつと大惨事になる。
それは、クレインへの信頼であり、〈直感〉を過信した結果だった。
いや、もっと、クレインと話して、不安を突き詰めていくべきだったのだろう。
クロウとティガを外すことはクレインが望んでいた。逆に、アルスについてはクレインが連れていた方が良いと言った。
それでも、何か引っかかりがあるのであれば……俺か、ナーガか、レウスか……そこに要因があることに気付けなかった。
ナーガと一対一での戦いは、多少の怪我を負ったものの、俺自身はクレインの回復魔法で十分だった。
クレインにナーガを任せ、アルスと向かった先には……先ほどのナーガのように頭を抱えて蹲っているレウスの姿。
「……グラノスさっ…………」
「何があった!?」
俺が来たのがわかったのか、手を伸ばして縋るようにするレウスの瞳が碧から赤に変色している。普段よりも犬歯が伸びているようにも見える。
ナーガほどではないが、何かに操られそうなのを必死に抵抗しているのが察せられる。
「わからないんだ。咆哮が聞こえて……急に、様子がおかしくて」
一緒にいたアルスは、おかしいと思った瞬間にシマオウが寄ってきて、乗せてもらい呼びにきたらしい。何が起きたか、一切わからないが報告を優先したらしい。
俺がレウスに近づくと、頭をいやいやと振って……自分で持っていた剣で、手の平を刺して……正気を保とうとした。
「おれより……はやく……たおして…………ぜんぶ、くれいん……ねらってるから」
川側でも進化したらしいヒュドールオピスがぞろぞろと俺がいた方向……ため池の方へと向かっている。シュトルツが一人で倒しているとはいえ、数が多い。
「アルス! 君はシュトルツを助けてこい! 川からわざわざ出てきているんだ、こっちが有利だ……いけっ!」
「……うん! 任せて!!」
シュトルツの救援に向かうように指示をして、ここから離れてもらう。
レウスは未だに自分の意志で何かに抗っているようだが、苦しんでいる。
「レウス……よく耐えたな。休んでいい……落ちろ」
「…………ん……」
レウスの後ろに周り、首に峰打ちして、気絶させる。
ナーガに比べれば、レベルこそ追いついても防御も実践もまだまだ……俺の動きについてくることもなく、一撃で倒れた。そもそも、操られずに抵抗しているから隙だらけで、あっさりしたものだった。
傷ついた手には、ポーションをかけ、それでも目覚めて襲ってくる可能性を考慮して、手足を拘束しておく。
「すまんな、レウス…………大丈夫だと思うが、見ていてくれるかい?」
近づいてきたモモとシマオウにレウスを託し、シュトルツ達に合流してヒュドールオピスを倒していく。アルスも地上であれば、問題なく戦えている。
いや、むしろアルスは戦力としては十分すぎる。当初は一番レベルが低かったため、本人の性格もあり自信なさげであったが、予定外のナーガとレウスの戦線離脱に奮起したのか、次々にヒュドールオピスを倒している。
流石に槍の一突きで倒せるほどではないが、かなり致命傷を与え、2,3発与えれば倒せている。レベルが追い付いた結果だろうが、俺、ナーガに次ぐ攻撃力がありそうだ。
だが……予想をはるかに上回る水竜の大群との戦いだった。
川の方も、ため池側も合わせ、全てのヒュドールオピスを倒した後……進化していなかったユニコキュプリーノスは下流へと向かい始めた。
「どういうことだ?」
「今回のスタンピードは終わりってことだね」
俺が川の様子を確認しつつ、双子に状況を確認する。
どうやら、進化していない個体は、諦めて退いたらしい。
「スペル……ため池側は?」
「終わったよ。あの子も治療をしているから助かると思うよ。戦果は申し分ない……多少のことは水に流すよ」
「……感謝申し上げます」
「あはは、畏まる必要はないよ……でも、話をしようか」
ふふっと楽しそうに笑いながらも、拒否は許さない凄みがあった。
まあ、こちらの失態である以上、謝罪をする必要があることはわかっている。
少なくとも、二度目の進化……さらに言えば、川側の進化はナーガが引き起こしたことであり、そのせいで全員を危険に晒した。
そして……このやらかしは、俺らが責任を取れない以上、上の者が……ラズ、または王弟殿下が負うことになってしまう。
「驚いたよ、まさかこんなことになるなんてね」
「こちらの不備でお二方を危険に晒したこと、お詫びのしようもないことだと理解しております。本来、あの場で弟が切り捨てられても文句は言えないところ……ご厚情いただきましたことに感謝申し上げます」
「ふふっ、うそだよ。知ってたからね。僕もね、半信半疑だったけど……本当にこうなるとは思わなかった」
「……」
その言葉にはっとして顔を上げると、メモを渡された。
さっきまでの戦い……スペル目線とシュトルツ目線での出来事が簡易ではあるが、ナーガの暴走なども含めて、一通り書かれている。
どういうことだと、スペルをじっと見ると相手もこちらをじっと観察していた。
「怖い顔だね……君は預言って信じる?」
「は?」
「試したかったんだよ。預言の力をね。だから、知っていた。あの赤髪の子が暴走することも、これでラズ達に貸しを作れることもね。……便利なものだね、異邦人のユニークスキルって」
「……くそっ」
預言……。おそらく、預言というユニークスキル持ちの異邦人を確保しているということか。だが……もし、これとは別の行動を取ったらどうなるんだ?
スペルとシュトルツの役割を逆にするだけで、このメモの意味は無くなるだろう。
今回は、この通りに行動してみたということだろう……。この状態で、俺にそれを伝える意味はなんだ。企みがわからない。
「そんなに警戒しないで欲しいな。僕は君たちが気に入ったから話をしたい。警戒しなくていいよ……君たちの足掻き方は嫌いじゃない」
「……ティガの能力を知っていたのも、その預言者の力か?」
「そうだよ。通常ルートでは、帝国側が君達の奴隷たちに固執しているくらいしか調べられない。王弟殿下を敵に回したい貴族なんていないからね。君たちを調べようとしても、強引には出来ないよ。安心していい」
「安心できるわけないだろう」
預言の力を持つ異邦人がいることをこちらに晒す意味。いや……それすら、俺の反応を見るための可能性もあるんだが……どいつもこいつも、読めない性格しやがって。
「話をしようよ。別に、僕らが敵になる必要はないだろう? 派閥だって、僕らは鞍替えするしね。話がしてみたかったんだよ。あの王弟殿下が配下にした異邦人とね」
レウスとアルスをそのまま放置も出来ないし、ナーガのこともあるのに……じっくりと話をするつもりらしい。
戦闘後の混乱はクレインに任せるしかないだろうな。
「……わかった。だが、茶でも入れて話をしないか? 戦闘直後で喉も乾いたしな」
「いいね~。美味しいお茶と菓子を頼むよ」
「ああ……」
先ほどまでの激闘と変わって、テントの中で、優雅なティータイムをすることになるとは思わなかった。
俺がお茶を用意している間、楽しそうにこちらを確認しているスペル。さっさと茶を用意し、茶請けとして、クレインが用意していた果物のシロップ漬けを出しておく。
「美味しいね~」
「そうかい、口に合ったなら光栄だ」
俺が用意した物でも気にせずに口にするあたり、大物なんだろう。
ネビアからの資料では、侯爵家の嫡男として生まれ育ち、貴族の学園に通った際には、カイアと同年だったらしい。交流があったという記載はなかったが……そちらから接触があってもおかしくはない。
「せっかくきれいな顔しているのに、台無しだよ?」
「顔に出しているつもりはないんだがな」
「でも、怒っているでしょ? 怒らせるつもりはないんだよ……君は協力的な異邦人だって聞いているからね」
「……誰に?」
「君が今、思い浮かべた人じゃないかな」
やはり、情報が杜撰なんだよな……。情報源はカイアということだろう。
まあ、俺らの素性は隠しきれるものでもないんだろうが……。
「僕らとしても、母を助けてもらうために願った立場だからね。君たちを調べようとした。それが嫌だから、提示したんだと思うよ。彼を疑う必要はないよ」
「……君たちの母は、そこまで重篤なのか? 毒を盛られてから時間が経ち過ぎているなら、無理だとクレインも言っていたが」
「助けられるなら、君の妹だけだと預言されてね。ただ、その異邦人、能力は良くても少々頭が足りていないから扱いにも困っているんだよ。全く……預言なんて、為政者が信じると本気で考えているのかな? 一つ、嘘を紛れ込まされたら大惨事だよね? 役に立てば立つほど危険視されると思わないのかな」
本当の預言か、嘘の預言か……調べる方法が無いわけじゃないだろうが。
そもそも、預言通りに行動しない結果、被害を受けなかった……そんな話になってくると何が真実かなんてわからない。
預言なんて不確かなモノにのめり込むような為政者では困るだろう。
「だが、信じて行動しているんだろう?」
「母を治してもらえるか、そこは大きくてね。君たちに治療してもらいたいんだけど、いいかな? お礼にその異邦人あげるよ」
「……王弟殿下はなんて?」
「話はしたけど、立場上、ただの貴族子息に肩入れは出来ないからね。ラズに言ってくれで終わったよ。あと、引き取るなら土地を用意しているから、それまでは待ってほしいって」
立場上肩入れしないといいながら、俺に土地を渡す予定の話を伝言する……。
ある程度、話は通っているらしい。というか、すでに解決後の異邦人の処遇の話になっている。王弟派に渡して、俺に預けるって話だよな……そうなると、俺が拒否できることでもないのか。
監視が必要な異邦人は集めておいた方がいいというのはわからないわけじゃないが……こちらとしても、扱いにくいのは困るんだが。
「君はどうしたい?」
「いらん」
「それなら、君は自分の処遇を考えた方がいいよ。君はすでにハンバード子爵家とヴァルト伯爵家を潰した。王家からも、国王派からも恨まれているよ。……君が爵位を持つと大変なことになる」
言いたいことはわかる。
命令に服従するべきだと思っていても、統制がとれないなら新しい仲間など必要ないと考えてしまう。
それに……身分か。養子が家を継ぐことは許されている。だが、貴族にとっては血縁が全て……お師匠さんの血筋でない。養子を認める気が無いなら、爵位を返す方がいいのだろう。
それに、俺らが異邦人であることも、現状ではよくないだろう。
「……出る杭は打たれるかい?」
「あはは、上手いこと言うね。そう……貴族は君を認めたくないだろうからね。粗捜しをして、弱点を調べる。君の弱点はわかりやすい。君は貴族には向かないよ」
「……そうかい? 出来なくはないと思っているが」
「出来る、出来ないじゃないよ。性格的に向いてない。……容赦なく、弟を殺してでも止めるべきだった。僕らを危険に晒すことの意味がわかるならね。君の軽率な行動は、王弟殿下の負担になった。それを自覚して……今後、弟妹を切り捨ててでも、民のために生きれる?」
甘い行動を繰り返せば、切り捨てられるだろう。
予想外だろうが、ナーガの行動により危険に晒したことは事実。国王派の侯爵家の人間を王弟派の人間が危険に……今、政情が不安定になれば帝国の二の舞となる可能性もある中で、やらかしたこと。
今回、スペルはナーガの暴走を理由に優位に立つ気はないようだが、次はないだろう。
やらかした奴を差し出して、自分の保身に走ることは…………俺はしない。
ナーガとクレインを守るために地位が必要であればという考えで、その二人を差し出して自分だけを安泰な場所に置く選択はしない。
「…………」
「それが答えだよ」
「なぜ、そんな忠告をする?」
「気に入ったって言ったでしょ?」
「話したくないならいい」
気に入る要素なんてないだろうに……それでも、笑顔で腹の底が読めなくても、悪意ではないのだろう。
「古い友人が新しい友が出来たと手紙をくれてね。……心配しているよ?」
「……」
「君は上手くできてしまうからね。でも、大切なモノがあるなら、引き返すといい。僕みたいに、末弟を殺すことにならないうちにね」
引き返すね……貴族にならないほうがいいのか。
ただ、それをやると流石にクレインとラズの婚約も無かったことになりそうだ。
考えないといけないんだろうな。
俺のできることは……貴族であった方が、要求を跳ね除けることが容易。そして、今は次期当主としてふるまうことが出来るが……お師匠さんに何かあった時に、全てが敵にひっくり返る可能性もある。
俺とお師匠さんが願ったのに、継承の話が進まないのであれば、準備をしておかないとだ。
「今のところ、メディシーアを断絶させるという国王派の考えを覆すことは難しいよ。後ろから討とうとする貴族もいるしね」
王弟派すら、味方にはならない。本当に綱渡りだよな……。
だが、今回の件はかなりマイナスに作用させたことも事実。クレインが解毒出来ることは疑っていないが……それ自体も、新しい敵を作るということになる。
「はぁ……君は俺を貴族にしたくないってことでいいのか?」
「うん。君が貴族になれば、潰さないといけない側だからね。だけど、頑張っている子は好きだからね」
「……忠告は感謝する」
今後を考えようにも、状況がころころ変わっている……。
クレインと話し合うにしても……厄介だな。仲間内すら意思統一できていないのに、外敵が強すぎる。難易度高すぎないか……。
やれやれ……どうするべきか。厄介だな。
ナーガ達も一緒に連れていくつもりだったが、これは帰らせた方が良さそうだ。クレインと二人で乗り込むか。




